「あ」 の暇潰し定義達
愛・・・人間を人間たらしむ所以でもある"欲望"より起因する直接的で醜悪な言い回しを円滑、美麗に解釈する為に極めて有効に活用される慣用句。因みにその言い回しとは"独占欲及び依存欲"。個体が発する欲望のエネルギー変換及び相互作用がスムーズな場合がこれに当たる。通常メディアで垂れ流される"美しき恋愛ドラマ"はこれに拍車を掛け、あちらこちらで各々の"続編"が演じられる。これ無しには生きていけないが如き錯覚すらおぼえるが、他人からは情緒不安定レベルと見なされる(流感程度の疾病)。一般認識では「目に見えて与えるもの・与えられるもの」となり、不測の場合に人となれ合う為に屡々用いられるが、実際は"庭を掃除して小使いをせしめる"程度のものである。経済原則では最も効果的に金を吸い上げることが可能な金券吸引装置として非常に重宝される。かの"ハンムラビ法典"もこれの一種。人間同士の愛は往々にして周りの個体・他の種族・生態系を蹂躙することを厭わないほど凶暴・凶悪なものとなるのは、それが作用する側の主観的道義のみで語られるからだ。その為に影響を及ぼされる側の道義はそこに微塵も含まれていない。従って本来の愛とは「行為の言い訳としないこと」であり、「存在の存在する所以」である。「与えれば与えられる」という行為の「愛」は「愛」ではない。個体の生命が完結した後の「見返り・行き場所」を期待して他人や愛玩動物に施す行為も然り。よって一般の認識に於ける「愛」とは、"個体の欲望を満たし、他を満たしたつもりになる事"という歪んだ代物となる。「愛する」などという"行為"を伴う欲望の交換業務は、それが"金になる・愚人を感化させる"という必要悪を纏う事で数多くの人間を無意識のうちに罪人へと貶め、しかも罪の意識の欠片さえ感じさせないほどの凶暴さを持つのだ(それらが教育としてもたらされ、観念として全体に刷り込まれているからだ)。ライオンに捕食され、断末魔の呻き声を上げ息絶えるヌー。そこにも「愛」は存在する。それが、いきとしいけるものに平等に与えられた権利である。お分かりと思うが、「愛」とは"存在"そのものである。それが"かたち"の有無にかかわらず。人間同士で機能する代物は「愛」ではなく"欲望"の相互衝動達成作用である。それを正当化・美化して悦に入るのが人間たる所以か
余り物・・・必要な物に比べて安定した形質を持ち、安住の地が遙か彼方にあり、到達までに長い年月を要する何処かの誰かとその付帯家族の食い扶持がそれで賄われた物
オカマ・レズ等・・・向こう(あちら側)の手続きミスにより、半ばにして"覚醒"する人々
あてにならない・・・新規情報の提案に際し、語尾に付随した「・・・って友達から聞いた」「友達が言ってた」「友達が聞いたらしい」の引責比率に伴って
援助交際・・・「商品や情報を提供、若しくは"危害を加えられる"という目に見えた実力行使を暫く押さえ込んでもらう」目的に応じて行われる金銭トレード。コギャルから武装急進国家勢力迄
いのち・・・炭素組成型分裂モジュールの"防腐・耐蝕剤"。モジュールの腐蝕レベルが(年数・環境・習慣等より抽出された)一定値を越える事で放出
生きている・・・存在が存在であろうとする意識全般。分離・融解による生産活動が行われる前段階。「苦痛・恐怖・不安etc...」を避けて進むうち、"生きている"事が「苦痛・恐怖・不安etc...」と入れ替わる事で速やかに次の段階へと移行
英知・・・こう位置付けられるのはそれがあたかも「森羅万象」の全てを包含して光り輝くように思えるからである(実際それが何であるかよく解らないが、よくわからないからこそ全ての解答がそこに含有されている、と信じ込まれている為)。実際それは全ての解答を含んだブラックボックスのようでもあるが、それに到達した暁にはその存在すら忘れてしまうものである。従ってそれが"全く何もない"状態である事は余り知られていない。現実に対する"理想"の作用と同一と考えられる。個体の認識では理解不可能。理解不可能だからこそ、そこに逃避したつもりになる事を黙認されている、とも言える
アヴァンギャルド・・・「歴史」の家から「進歩(父)・発展(母)」を親に持つ「文明」と言う名の子供が、「文化」と呼ばれている犬に、遠くに転がっている「芸術?」と書かれている薪を取ってこさせる様。「文明」は、「文化」の働きに感謝し、「芸術?」と書かれている薪を「一般大衆」と書かれている暖炉に放り込む。そこに「情報」と言う火を点けると、「標準化作用」と言う熱反応を起こし、その前で「文明」と「文化」はくつろぐ。「芸術?」と書かれている薪はやがて「芸術」と言う灰と「評価対象外」と言う煙とに分かれる。残った「芸術」と言う灰をかき集めて、「経済機構」と言う土壌に埋めてある「流行」と言う種を発芽させる肥料とする。そこに「広告宣伝」と呼ばれる水をやり、収穫の時を待つ。立派に育った「商用芸術全般」と呼ばれる木からは「美術工芸品」と言う名の実がなる。これを「進歩・発展」の親たちが行商して回り、得られた賃金で「歴史」の家を改築する費用とする
安心感・・・学識不足・軽薄短小・優柔不断・容姿不良の知人を所有、電話指図が容易な
宇宙人・・・感覚器官よりの情報のみに委譲する人間という個体を纏った意識体には認識不可能の存在。と、いうことは彼等が"目に見える現象として目視・確認できるレベルで存在している"という非確証的前提は脆くも崩れ去る。単純に「宇宙の生成過程において我々より先に肉体として存在している」「我々より遙かに優れた文明を持ち、高度の知性を有する」「故に肉体は恐らく退化している」と思い描くのは自由であり、趣味性と想像性の問題だが、彼等が人類と同じ時間軸での生成・分裂サイクルを踏襲しているという確証は何一つない。つまり、貴方達と同じ物理的リアリティに存在するという保証もない。従って彼等が肉体と思しき不安定な形状を今でも保っているという推論は不確定なものである。と、言う事は彼等が"未確認飛行物体"と言われている超高度推進装置を駆使して貴方達の居住地に訪れている、という憶測も成り立たない。大体彼等が貴方達の認識している範疇での"現象宇宙の彼方"から来ているという証拠もない。貴方達とは違う宇宙か、違う次元の何か、或いはもっとミクロの単位からやって来るのかも知れない。以上をもって唯の一人もその根拠が"絶対に違う"とはいいきれない。たかだか貴方達人間のような"欲ボケ"の極みにある、寄りかかれる物や考え方にしか興味のない、ゴキブリのようにせかせか動き回る連中を征服して飼い慣らすようなリスクを負う為に貴方達を監視しているとは考えられない。大体彼等が貴方達と同じ様な"欲望と利害"を有しているという考え方はナンセンスの極みである。以上の観点から、先に提示した数々の希望的観測は何ら根拠を持たぬ机上の空論でしかない("SF侵略モノ"やUFO・オカルト特集番組の類はこれの恩恵をたぶんに受けてはいるが)。ちょっと考えれば今現在激しく交わされている「彼等についての考察」がどれだけ無意味で埒のあかない「シャモの喧嘩」であるかは言うまでもない。少なくとも彼等の多くは貴方達人間の"不毛サイクル"に愛想を尽かし(遙か過去、若しくは人間レベルの感知できない次元で)、貴方達より先に忌々しい思考形態を捨て去って、数々の苦悩と欲望に苛まれる必要もない形状へと変遷している。この克服なくして他の種族にちょっかいを出すような愚かさ(支配欲)を有する、という理に叶わない屁理屈はまさに"人間的発想"の極みである。彼等はそれが「無駄・無意味・無益」である事をよく判っている。よく判っているから何の感慨も生まれる隙がない。そんな次元・立場の違う連中の事をあれこれ思いめぐらせる暇があったら、美味いモノを食う事と生殖に励む事を考えた方が貴方達の為にはなる(もっとも、彼等のことをネタに金を稼ぐのなら、それも手段の一つではあるが、所詮は人間という形質を背負った以上、大したことは出来やしない)。もし貴方が彼等に会いたいと思っているなら、貴方の纏っている服や身の回りにある物に話しかけてみるといい。彼等は受け答えはしないが、その形態でいることが「無常の平安」なのである。今は何のことかさっぱり解らないだろうが、遅かれ早かれ貴方も彼等のように変遷する
宇宙人の侵略と呼ばれるもの・・・どうやらかなりの人間達は彼等が 1,人類を「隷属」若しくは「殲滅」させようと目論んでいる 2.宇宙の隣人として平和と友好を望み、銀河系惑星連盟(?)への加盟を促している 3.様々な革新的科学技術という食材をデリバリーする代わりに地底か海底当たりで生存権を得る、若しくはサンプルとして幾らかの被験体に施術を行う事を黙認する権利とを等価交換するetc...と考えているらしいが、それはあくまで彼等の脳味噌と呼ばれる部分に、人間と同じ様な血と殺戮の歴史が刻まれているという一方的な思い込みから来ているに過ぎない。つまり、貴方達が今のまま進歩したと仮定して連中をその"人間と同率の進化ベクトルの彼方"の断片に当てはめているだけなのだ。あまりに一方的な帰結だとは思わないのだろうか。『人口爆発及び惑星環境変化という逼迫した種族問題に伴って、居住可能な惑星を探査できる科学力を培い、居住可能な惑星発見と共に種族をそこに移住させる計画を案じ、先にその地で「原住民」として棲息している、科学技術・思考形態の発達していない、生態系として劣っている(と一方的に決めつける)連中がいた場合、そいつらを手なずけるか若しくは殲滅させるか・・・』
単純なからくりだが、数百・数千光年も彼方から飛来する未確認飛行物体の類が、それだけの科学力を用いて製作されていると考えられているのなら、それ以前に彼等は自分の肉体・精神・取り巻く環境に関する多くの問題をとっくに克服しているはずだ。つまり、与えられた環境で如何に適応する能力を身に付けるか、というのが先決であり、その環境での"最適な"種のバランスを保つ能力を身に付けているはずだ。何の思慮もなく「商品価値」だけしか用を為さない金太郎アメ種族を延々排出する愚行に見切りが付いているはずだ。更に言えば、極めて不安定で環境に左右されやすい肉体などと言う代物に意識を委譲する"愚行"が「無意味」な事ぐらいとっくに判っているはずだ。そんな不安定な形状を保ったまま、全く違う環境に棲息する生物を殲滅させ、新たなる植民惑星にしよう等という大戯けが公然と罷り通っている愚かな連中に存在の意義を説いて廻る程のお人好しだとは到底思えない。という事は、肉体というくだらない形質をほんのちょっと"快適"にさせると思わせるだけしか用のない「(苦しみを引き延ばす)進歩・進化とかいう愚にも付かない体たらくな科学技術」とは縁を切っているはずだ。"種族"としてそいつ(科学とか言うバケモノ)に依存する危険性をイヤと言うほど知っているはずだ。彼等は既に限られた環境で個体を完結する幸せを享受しているはずだ。"利己主義"等という「苦痛を引き延ばすしか用のない無意味な」代物とも縁を切っているはずだ。そうなると、他の惑星種族にちょっかいを出す理由など何処にもない。それが自然の理に叶っていないことは明白だからだ。つまり、彼等が頭でっかちの灰色をしたぐりぐり目玉のバケモノである根拠は何処にもないのだ。肉体を有するたかだか数十年のサイクル(数百年かも知れないが、長さは問題ではない)で発生する自我のみで欲望にかまける、貴方達と同等で凶悪な「低俗さ」を有し、しかもその凶悪な頭脳で凶暴な科学力を利用し、種族の存亡の為に一致団結して他種族を殲滅するべく企てている、という戯れ言はまさしくSF映画の刷り込み効果の賜である。「その苦しみから愛や友情が育まれる、云々・・・」等というお涙頂戴映画のような「個別の欲望を促進・追求するだけの→究極的には支配力に帰着する」馬鹿さ加減に人類よりも長い間依存している、と考える方にどだい無理がある。彼等は無闇に貴方達を怖がらせる事なく貴方達の大半を遙か彼方から洗脳(利用)することも出来るはずだ(現にもう洗脳の済んだ後かも知れないが)。彼等は意識体として存在し、とっくに貴方達の体を、貴方達が無意識のレベルで拝借していることも十分考えられるのだ。つまり、貴方達にわざわざ目撃されるようなドジは踏む訳がないのだ。それが「彼等は我々人間に徐々に認識される為に・・・パニックにならないように・・・」等という愚にも付かない繰り言の筈がない。そんなまどろっこしい事をやる前に彼等は速やかに貴方達の気付かないレベルで、極めて快適に貴方達を地獄の悪魔が、ワッカを載せた天使達が待っている屋敷へと続く道へと連れていってくれるはずだ。
だが、この"宇宙人の侵略"という件に貴方達の興味が惹かれている間は"(このドタバタ劇を企画した、否、企画した連中の陰謀を暴く素振りを見せる、一連の趣味を共有する)連中"も一安心していられるという訳だ。これにより暫くの間、飽和状態から人心を遠ざけることが出来る。実にイヤな話だ。一体何を企んでいるのやら・・・
或る宇宙人よりメッセージ・・・「貴方達が現在拠り所としている不安定形質への変遷には憶えがある。我々は遙か昔にその形質を捨て去ったから、暇が有れば意識体としてそのサイクルを愉しむのもいいかな、と思うこともあるが、別に貴方達の体をもろとも乗っ取ろうとはしない。その様なくだらない刺激で貴方達の趣味にちょっかいを出すのが我々のするべき事ではないからだ。貴方達に対しての我々の興味とはその程度である。貴方達の存在する"物理界"に対しての興味だ。それは、然るべき手続き(何処の世界でも例外ではない)を踏めばいつでもそちら側にいける様になっているものだ。もっとも、意識体としての記憶をこちらに置き去りにするのはリスクでもあるから、滅多な事ではそちらに行こうとは思わない。従って、その存在に宿っている"借用自我"としての貴方達には何の感慨もない。貴方達のような肉体から発生した自我の覚醒による"個別化"作用が、実に途方もない遍路巡りへの第一歩であることを知っているからだ。我々意識体として、貴方達が我々についての様々な憶測を巡らせていると思うが、この際はっきり言ておこう。貴方達の行為、思念全般等、貴方達の物理レベルに於ける様々な思惑について我々は何の興味も持っていない。よって興味がない事に干渉する奇特な趣味も持ち合わせていない。それと、我々意識体を「宇宙人」という、貴方達のような"個別化"作用の産物的な種別で括られるのもあまり芳しいとは言えない。我々は貴方達のように、意識体を取り囲む肉塊に自己の権限を委譲してはいない。従ってそれに付随する欲望なども存在する根拠がない。数十年で灰になる貴方達の自我と呼ばれる"個性"の毛が生えた程度という認識で我々を分別しない方がいい。そこに固執する限り、貴方達は我々の事を永遠に理解しないだろう(誤解しないで欲しいが、理解して欲しいと言っているのではない)。そのサイクルに見切りが付かない限り、貴方達はその意識とは別に、個体別の受動情報に振り回されるだけの存在でしかないが、それだから多くの我々のような意識体には都合が良いのかも知れないが。まあ、せいぜい頑張り給えよ」
飽きる・・・微少・極大・可視・不可視・顕在・潜在に関係なく、宇宙に存在する全ての現象は、"飽きる"事により存在を存在たらしめ、次の行動へと駆り立てている。貴方達が認識している最小の単位である「原子」は、"飽きる"事により次の行動を開始する。「より楽になる為、次の行動によってちょっとばかり安定してみる。その状態で満ち足りたつもりになる。それによりその状態に固執する事自体が無意味であることに気が付き、絶望する。その絶望に"永遠の安定"を求めようとして、その状態そのものが退屈になり"飽きる"(大方これで一巡)・・・」以上の循環が、とりあえず最大の単位である「宇宙」に至るまで綿々と続けられている。そして遂に「原子」は、原子でいる事自体に飽きて、その経験を持ったまま変遷するのは"宜しくない(その判断の源泉はそれを求めようとして屍になった連中に委譲)"ので「強制リセット」機能が作動、次の循環に乗り換える。一般的に"悟り"を開いたと思しき連中は、どこかに無常で永遠の某かがあり、それに至る為に色々回り道をしているが、残念ながら、それも長くは続かない。「無常で永遠の"何か"なんて代物が元々我々を駆り立てるための繰り言でしかない」事に気付いて絶望するまでは。そして、意識単位毎の「強制リセット」がかかるまでは"永遠"と認識する位の浅はかさを保ち、それが"永遠の安定"であると意識している間はこの循環に身を任せている事自体に喜びを見出すのだ。その状態が長く続かないことを知らずに・・・つまり、いかなる状態であろうと(低俗・崇高の別なく)何れはことごとく"飽きる"宿命にある。でなければ宇宙なんて代物ははなっから存在していない。宇宙も、それ自体に"飽きる"まではその形質である事に不満を憶え、あれやこれやと動き回ることで満足している。より楽になる為に・・・そしていつか宇宙も「強制リセット」される。そうしないと彼等のモチベーションがなくなるからだ。そう、宇宙もその事をよくわかっていないのだ。"飽きる"までは宇宙をやっていることを、自分の発生が「強制リセット」がかかる以前にこの状態を"飽き"てしまった某かの産物である事を・・・
エスカレート・・・「手が後ろに回る」という絶対条件に(光速機関の変動以外に)たいそうな変化がなければ、取るに足らない躓きからでも大量殺人を犯す人間はごまんといる。どうせなんだから
エスカレート・・・言い出しっぺに呼応する賛同者がやたらと増え始める事により、その反動として言い出しっぺにのしかかるプレッシャーを受け流す手段として用意される逃避物件の一つ。「部外者を巻き込め(排斥しろ)」という事。世界に数多存在する言い出しっぺ連中が最も多用するマネジメント能力
異例の・・・「名と恩」を売っておく為の
痛み・・・普段眠っている器官が刺激により研ぎ澄まされる様。通常二つのタイプに分類される。一つは肉体に与えられる痛みで、皮膚の極めて敏感な部分を小指の第一関節ほどの大きさのアリンコに噛まれる・足の小指をタンスの角に強打し、骨にヒビが入る・階段を踏み外し向こうずねのあたりにアザをこしらえる・爪の間に尖った物が突き刺さるetc...想像力は無限大と言っていいほどに痛みの種類も果てしなく存在する。思いつくだけでも大手出版社のウン十万クラスの大辞典をも凌ぐ情報量となる("痛み辞典"という書籍が出回れば売れるかも)。もう一つは精神的な痛みであるが、主に五感から情報として知覚される痛みと、極めて辛辣な言語を媒介して起こる場合とがある。後者はおかしな事に罵った当人が時間的振幅により時には罵りを受けた個体よりも痛みに苛まれることがある。通常これを"自己嫌悪"と呼ぶ。肉体・精神どちらの場合も相互に併用するか若しくは過度に常用することで質的に変化する場合がある(参照→快感)。非常に可愛い動物を見る・琴線に触れる音楽を聴く・素晴らしい芸術作品を目の当たりにすることで個体内部がこの状態に陥ることも。その場合は「感銘・感動」を伴う痛みであり、悲しい映画やテレビドラマ、ドキュメンタリーを観る・近親者の不幸や知人の不幸話を聞いた場合などは「置換・共振・移入」を伴う痛みと言える
予め・・・遙か彼方の銀河、太陽系、諸惑星及び空や海や山、果ては台所を占拠するゴキブリや空気中に漂う微生物にまで、この世界に存在する全ての形質が相互に干渉する影響を悉く考慮した上で。それら全ての"運行ダイヤ"を正確に把握できれば、「天気予報」は今よりましになると思われる
当てが外れる・・・"便乗・相乗り"する事に比重を置き、趣向調査を蔑ろにしたばかりに捌く見込みのない"不良在庫"を山のように抱えて途方に暮れる事
受け取り方・・・人それぞれに抱えているバックボーン(自我の体験や経験等)を無視し、無思慮に言い放たれた被害者の"助言(加害者側:暴言)"とっちもどっち
五月蝿い・・・なまじ言語を解する為に雑音として聞き流す事が困難な状況下。まだ人間同士で済んでいるが、仮に獣類が人間と同言語を介していれば、人間は確実に彼等を死に追いやっているだろう
栄光・・・人生の大部分を依存してきた"悪あがき"が、幸運にも他人の共感を呼び、賞賛となる事で当人に訪れる慌ただしい数日間の。時を経て、当人が"たそがれ"た際にその価値が最も忌まわしく感じられるものへと変貌する可能性のある
言い値・・・「俺達素人は相場なんか分かっちゃいない。あんたの買値に頷くしかない事は承知している。だから、余計な蘊蓄を語ってあんたが付けた値段の正当性を主張するな!あんたがもっともらしい事を言えば言う程、その値段が"適正"でない様に聞こえてくるんだ!これだから玄人は厭なんだ」:素人側意見陳述 「俺達玄人は、その豊富な知識と蘊蓄で自分の子供を学校にやれるんだ。技術職なんだよ。それを理解してくれよ。あんたの様に"ルーティンワークで、一家揃ってハワイ旅行"なんて腑抜けな暮らしが出来ねえんだ。これだから素人は困るんだ」:玄人側意見陳述
維持・・・収益に対するコスト算出をシミュレートした場合、女性よりも男性が、若者よりも高齢者がより費用のかさむ「人生の様々なイベント達成と共に減衰する"充足感"にすがる(体裁を整える)為に要するエネルギー」拠出能力。その拠出に対して一定の収益が得られれば、この操業は継続されるが、減衰する"充足感"という「インフラ」の老朽化に伴ってメンテナンス費が増大、収益比率が落ち込んだ場合、これらの活動は速やかに停止、次の達成に向けた地場固めへと操業基盤が移行する。因みに、これらの操業で得られる収益とは「世間体・見栄」。殊に男性と呼ばれる種族では、「維持する」ことを「停滞・失速する」と錯覚する恐れがあり、必要以上に周囲を叱責する醜態を晒したりもする
英才教育・・・オタマジャクシに「空を飛び回る」優越感・幸福感を煽り立てる事。勘違い甚だしいろくでなしの"成熟ガエル"が嗜む趣味の一つ。その趣味の持続要因は 1.自分も過去同じ目に遭って苦しんだ 2.自分の様な間抜けになって貰いたくない という心情から来る。「無い物ねだり」と「サディズム」
思いやり・・・1.恋人同士で電車に乗った場合、一つしか空いていない座席を無視して、相手から「私、疲れてるのに・・・」と文句を言われる事 2.クルマの運転で後ろのクルマにクラクションを鳴らされ、同乗者から「トロい人」と言われる事 3.道端にいる鳩を通行するクルマの妨げにならぬよう、若しくはクルマに轢かれぬよう追い払い「冷たい人」と蔑まれる事・・・恣意行為(思いのままに振る舞う)無意識に総体的なバランスを保つ→教育以外より起因→一般的には「バカ正直の愚か者」と考えられている。大抵本人は無自覚の場合が多い。降って沸いたような他人からの感謝に「何の事?」とただただ困惑するのはこの手の人。(みんなが)判るようなことは敢えてしない。(注)個体の生成環境及び接触した別個体等の影響により若干の誤差あり
嘘・・・人間社会を円滑に運営する為に極めて重要な役割を担う、人間の体で例えると"血液"のようなもの。過去の現象に対する説明として様々な個体が抱えている曖昧な"記憶という幻想"を主な抽出場所としている為、実際は千差万別の釈明を有するので、却って薄っぺらな真実を頼りにする方がリスクが大きく、これを大幅に緩和させる(先送りにする)為の手段として用いる。従って"嘘なしの"世の中は血液の流れが滞り、血栓ができてあちこちで炸裂を起こす事になる。初期使用時に於ける精神的消費エネルギーは使用回数増大に伴い急激に減少し、究極的にはその使用実感すら奪い取るほど強力な浸透性を誇る。これ無しに人間関係を成立させる為には、貴方は"黙っている"か"大嘘つき"と言われるかの選択しかない。極めて善良な一般市民となる為の"必須アミノ酸"。溢れた世の中の嘘を所々暴こうという試みだけで国が活性化(膿が出る)する様は、どれだけ世の中が嘘で満ちているかを思い知らされる縁になる。これに"白を黒と思わせる"技法を身に付ける事でアジテーターとしての地位を確立する事もできる
大人はみんな嘘つき・・・厳密には「大人の方がより巧妙で最もらしい、聞こえがよく重量感のある」嘘をつく、という事で、子供が指摘する大人の嘘は、大人にとって"嘘"という位置づけが成されない。それらは「不埒・不遇・不義」という名称で親しまれ、誘発された要因があたかも外部からの圧力でそうせざるを得ない様な錯覚を起こさせている。これにより子供側は真実を語っている様な感触を持つが、実際はより「素直・率直」な"曖昧さ"を口にしているだけである。従ってこれに対しての貴方の決めゼリフは「お前をそこまで育ててやったのは誰だと思ってんだ!」の一言に尽きるが、往々にして「生んでくれと頼んだ覚えはない」という小賢しいセリフが返ってくる事があるが、その際迷わず手足に訴え「生みたくて生んだ訳ではない」と言い放つと良い。大抵こうして底なし沼に落ち込むのだ
明日・・・その認識からは昨日の。填められた"足枷"に付いたおもりの重量を確認するきっかけに充てられる
明るい未来の為に・・・現世の施しで来世への不安や恐怖心を軽減させる目的の為に親しまれている実存の自己満足意識
安全・・・より狙われやすい・踏み込まれやすい・詰られやすい場所へ移動する事で束の間もたらされる、くだらない悩み事にうつつを抜かせる時間
浮気・・・契約の成立した「支配欲と依存欲」の相互交換業務に愛想が尽き(飽きが来て)、自らの所有物に内緒で別の新規相互交換業務を立ち上げる事。主に「男性」と呼ばれる生物形態の"性癖"。通称『コンクエスト・シンドローム』
裏切り・・・隠していた"性癖"がバレる事
大袈裟・・・「情熱」の延長線上に位置し、周囲がその諄さに食傷気味となった時点より知覚され始めるもの
お前がいたから・・・正誤・善し悪しの問題はともかく、"踏みとどまる・思いとどまる理由"として機能していたもの。主に「卑怯者」と呼ばれる生態系が得意とする
一般的に「神・仏etc...」と位置付けられている象徴の・・・『如何にして"死"を拒絶させ、"生"を尊ぶ言い訳をでっちあげさせる事でよりドラマチックな悪あがきを見せてくれるかコンテスト』の主催者側。信者と呼ばれる参加資格者の加入比率で運営資金を調達(注)このコンテストの主催者は単一ではなく、それぞれ直轄の区域毎に担当役員が割り振られており、一般に「寺・神社・教会etc...」と呼ばれる出先機関で新規参加の募集を行っている。近頃は出先機関の管理者との意見の相違(こちら側から明確な指示が出来ない故の根元的な方向性のズレ)が顕著で、コンテストの審査基準を見直さざるを得なくなっている。参加者は現世で優秀な成績(物心つかない時分にアリンコを洗剤で殺す行為よりはみ出ない範疇)を収めると、主催者側が共同出資で誂えた「楽園」への入園を許可され、「いつまでこんな所に閉じこめておくつもりだ!」と不満を漏らすまではそこで怠惰を謳歌できる特権を得るが、最近ではこの催し物を運営するだけの参加資格者が集まり辛くなっている(参照→信者)
運命・・・個体の「あること」と「ないこと」の振幅。帰結すべき(してしまう)道理。一般では「オールマイティな言い訳」程度と認識。屡々無駄な"努力"を有する連中の常套句で"運命は自分で切り開く"等と言う戯れ言を耳にするが、実際は「生活態度を改める」程度のもので、そうした思惟行為も全て"運命"に入っているのだ。残念ながら。格好は付くかも知れないが、自慰行為と言えばそれまで
おだてる・・・真剣に誉める事(ボケさせる為の常套文句)→狙い:無力化させる
アメリカン・・・内面で発生した様々なストレスが、全て"外界より起因する(俺がこうなったのはアレの責任だ!)"と位置付けを行う思索形態に依拠する(自らの存在道義を棚に上げる)事で様々な補整手段(経済活動)に生き甲斐を見出す趣味に興じる"自分の尾尻に噛み付き振り回されて人生を全うする"宿命を帯びた。早い話が「金と名誉と権力」が入手出来れば、あらゆる問題は解決できると信じている精神状態をこう総称する。仮に入手できずとも"天(神)の思し召し"という理屈があるので一安心
教わったこと・・・幾ら日本人だからといって、普段から「和服に髷」の出で立ちではない、という事
営業・・・布教活動
永遠の愛・・・戦後最大・最悪の粗悪輸入品。無税・無審査(本国基準の立ち後れ)の上に芸術・音楽・映像等のメディアに絶妙な形で封入されて上陸・増殖。その根幹は「所有・支配欲を掻き立てる固有対象を、同一の考えを有する連中と戦って勝ち取る・奪い取る」事の重要性と手段に関わる経済効果及び個別化への固執推進と自己犠牲及び逃避の精神分断作用
言い分・・・「俺達人間はこんな事の為に生まれてきた訳じゃねえ!責任者出てこい!」と"だれか"に向かって叫んでみる。大抵その"だれか"は、身の回りの物や人に帰結不可と判断された場合、個体が絶対的な観念で捉えている至高の存在をまつりあげたりする。帰結すべき対象が"きっとどこかに存在している"であろうと願う心情より来る「自衛本能」。人間が多くを"成す"為に存在し、絶対的な意義があるはずだ、という思いこみから来る実に威勢のいい「はったり」
大雑把な・・・他人の懐具合を探る(どの程度絞り出せるか、を見極める)為に前もって提示される「これを所有するに必要な条件は、この程度で済むかもしれない」に於ける、"かもしれない"の部分。それを目にした相手の浮き足立つ様を察知し、最早引っ込みが付かないであろう(相手が懐に手を突っ込んだ)、と的確に判断し、素早く"かもしれない"の部分に"訳がない!"と書かれたステッカーを、それとは悟られずに貼り付け「そんなもんですよ」とうそぶく。これが平然と出来れば貴方も社内表彰を受けるに値する。普段は喫茶店やパチンコ・映画館で暇を潰すだけの主体性で飯に与れる営業マンは、貴方より"この部分"が優れている。従って、貴方に「罪悪感・自責の念」と言う機能が備わっている場合、この業務は不向き
哀れ・・・当然の権利を主張して不義な相手を罵っていたが、その活動が他人の賛同を誘ってしまい、大勢で不義な相手を罵る構図を作り上げてしまったことに対して、今や捨て猫のように打ち震える相手を見つめて不意にこみ上げてくる感情(情け)を賛同者達にぶつける事で、今度は賛同者達とやり合う図式へと変化、結果的に罵っていた相手と二人で糾弾の矢面に立たされる事になり、散々罵られた挙げ句、今度は「元賛同者達」が二人の"捨て猫"を前にして湧いてくるもの
哀れみ・・・漠然とした目標に向けて一生懸命に努力してはいるが、方向性が定まらない為に目に見えた成果が上げられずもがいている人物のうち、自分より能力・経験値的に大差ない場合「小バカにする・批判する」感情が湧くが、自分とは比較にならないぐらいに劣っている、と判断される場合に、口に出せない(指摘が奏功しない→相手がそのレベルに達していない為に生じる)もどかしさと痛みから、見ている相手に思わず感情移入してしまう様。言語疎通の困難な種族に対しても適応
思っている・・・実行は面倒であり、大した成果があるわけではないと判断されているが、他人に問い質された場合を考慮すると、この回答が最も当たり障りはない、だろう(実際は最も非難される確立の高い)
お祝い・・・当人に縁のある(養育した・鍛錬した・助言した・取り巻いた)人物が、当人を差し置いて嬉しがる・自慢する事で知られるもの
あやかる・・・活躍著しい有名人の名前を我が子に押し付け、だいぶ経ってから「その年に付けられた子供の名前ランキング」で独自性・創造性のなさと軽薄さを周囲に露呈する顛末となるもの
お喋り・・・内面にて順序立てて理解に及び、完璧な内容とそれに付随する相手側の反駁をサンプルとしていくつか仮想定義した後に言語として発する直前の深呼吸状態で相手側が堰を切って延々と話し出す様。「極めて間の悪い雑談・放談」と定義できる。屡々後述の話し手となる場合があるが、聞き手側が深いため息を付くか肩を落とす動作をつぶさに見て取りながら"ざまあみろ"とほくそ笑むのも一興。貴方がこれを誰にも迷惑をかけず純粋に楽しむ最善の方法は、デパート等で一抱え程ある大きさのぬいぐるみを購入することである。誰もイヤな思いをせず、貴方も友人と呼ばれる連中をなくさずに済む筈だ(その姿を他人に目撃されない事が前提)
大人・・・"リターン保険"が「満期」になる事。然るのち国の「債権者」となり、未来の自分の食い扶持の為に、"リターン保険"製作の準備をし、生きる権利と責務とを引き替えに国の「債権」を搾取、そこに生じる借金を自分の"リターン保険"で宛うよう公的機関に身柄を拘束させ、「満期」になるまで食い扶持を宛う事。屡々自分の"リターン保険"の叛乱を公的機関のせいにする、若しくは"私の監督不行届で"と常套文句を吐いて他人の同情を買う。決まり文句は「〜の為に頑張っている」「暇がない」「将来を考えると・・・」そして「誰がお前達をここまで大きくしてやったと思っているんだ!」。いい加減何事も「人・物のせい」にするのは、少なくとも"大人"らしくないという事に気付かないものか。そんな事だから往々にして"リターン保険"に愛想を尽かされるのだ。それすら解ることの出来ないほど様々な下らない事に振り回されて死を迎えるのが、この世界では"大人"としての責務である。残念ながら
卑しい・・・子供・小動物・お年寄りを多用する事で情に訴え掛け、何の関連性もない商品を購入させる為のコマーシャルに見受けられる
押し殺す・・・振り上げた拳で嘲笑を誘える奇特な能力
いけしゃあしゃあと・・・社会的に優遇されている立場を確保し、人間的・能力的に優れているという自己の立脚点に依存し、且つ周囲がその影響力を珍重していると自負している「ろくでなし」が、世間的な好感度を上げる為に"弱者救済"の能書きを標榜する様
頭の悪い・・・一般的には「会話が面白くない・要領が悪い」程度の事を指すが、実際は「寄り掛かる考えや実務を基準点としてしか行動・言動の規範点が見出せず、その規範を逸脱する外因に対しては"無関心"を装う」修学意識の高い学歴至上主義全般を総称する。この不安定な世の中での幻想(安定)を追い求める性質を持ち、早くから囲われたポジションに居座る努力を怠らず、結果として二次的な犯罪者となる可能性を持った人々。通称"エリート・キャリア"
怒り・・・個体の存在及び行為に於ける道義的責任の所在を他に当て擦る現象。自分に対してよく怒る個体は他人の「同情・悲哀」という感情を煽る技術に優れている様で、主に他を納得させる言い訳をでっち上げる能力のない個体に顕著であり、外に対してよく怒る個体は他に己の有用性及び優位性を知らしめたい欲望に駆られている。従ってこの手合いには形ばかり頭を垂れることをお勧めする。一緒になって争うことは貴方の為にはならない。何故なら彼らは「怒り・争い」が快感へと繋がっているからだ。無闇に彼らの趣味に付き合って持ち回り時間を消費する事はバカらしい
ええかっこしい・・・複数で行動中、着信した携帯電話をすぐに取らず、着信表示を確認し、周囲に"煙たそうな"表情を振りまいて、いかにも「鬱陶しいんだよな」という素振りを見せる様。大抵この手合いは一人の時だと喜んで電話を取ったりするのだが。実におかしなものである
後ろめたい・・・道徳や倫理観・法や秩序の管制を行う者の、肩書を伏せた部分(就業時間外の回遊)での背徳に対して湧いてくる確率の高いもの。あくまでも"主観"である為、往々にして破廉恥である事が多い。行為終了後になって穏やかに訪れる性質を持っている
安堵感・・・極一方的な認識を持つことで得られる一過性の心身マヒ。通常"個体を取り巻いている環境が皆にとって絶対的価値観を有している"という思いこみから生じる数々の落とし穴がこれに当たるが、それに填っている間は"実に心地いい"と思いこんでいるから始末に悪い。帰属意識の強い個体に顕著であり、集団の抱く同一の妄想が大勢を占める為にそれをもって「真・善・美」と帰結することで起こる。「耳に穴をあける」「髪を奇抜にする」「ボロボロの服を着る」という、一般では"個性"と見なされている事象も、その本質は「絶対的社会環境内で許される範疇のささやかな抵抗・アソビ」へ無意識に依存することで安堵感をおぼえているに過ぎない。そこに危機感などは微塵も存在しないのだ。彼等を拉致して中東等の国々で置き去りにすると興味深い結果が得られるだろう。頻度により"依存症"へと移行。集団として共有する事で"良識"というボケを促進する
あの世・・・"この世"での果てのない不毛な分裂活動に「もうウンザリだ」と愛想を尽かす事によりさっきまでいた物理世界での筆舌に尽くし難い数々の苦悩を、それを企画した主催者をとっつかまえてウンザリするほどの悪口雑言をぶちまける為に意気揚々とあちこち尋ねて回り、その果てにそれらを企画した主催者とやらの正体が"どうやら自分自身でこいつを拵えたことをすっかり忘れてしまっていたらしい"という答えに直面して愕然とし、すっかり観念してそこに落ち着かなくなるまでは落ち着いていようとする「場所」。また暫くして"落ち着かなくなった"という思い込みで前述の項目(この世)を繰り返し、これをつなげて一連の循環とする
怯える・・・心因性の知覚過敏によって、皮膚の感知能力が増す様
依存・・・「人間は一人では生きていけない」という社会認識を美化・拡大解釈した為に起こる"もたれあい症候群"。「人という字の成り立ちは・・・」という悪魔の囁きから始まり多くの無垢なる人々を手際よく罪人に貶める。見えない傷を舐め合っている内に傷の本質に鈍感になり、気付いた時には他人から巨大な傷を被ることになる危険性を孕んでいる。多くの場合"他人が何とかしてくれる・当てになる"という思いこみにより帰還不能の不毛地帯へ足を踏み入れることになる。このバランスが悪いと人間・社会不信に陥ることにもなるが、楽をして方々に押しつけたツケが回ってきた、というだけ(自業自得)。その真意は「"楽をさせている"と思い込ませることで逃げ道(言い逃れ)を断つ」と言う事。仮に貴方の友人に人を殺した個体がいれば、貴方は社会から"同類項"として括られる。「タダじゃ済まない」と言うことだ。依存症の場合は身の回りの愛玩動物や物質にももたれかかる。趣味の一種
一般的・・・上下振幅自動削除機能付き単純反復型ヒューマノイド思考がもたらす"軽薄基準値"。最低三人の人間で二人が同意見ならばそれをもって"一般的"と解釈する。その際一人はその基準測定値外となるが、大抵の場合基準値内の人間は互いの傷を舐め合うことに安堵感を見出し、漏れた一人を嘲笑する算段を講じる。この際に用いられる基準は実に他愛ないものが多い。"常識"等を併用することでほぼ無敵の社会秩序となりうる
安売り・・・見た目で"商品"と分かる。「顔グロ・露出度の高い服装etc...」
意見・・・"翻る余地のある考え事を持ちかけられた"と判断される場合にのみ使用を許される私的見解、若しくは「もうあんな奴に二度と相談事なんか持ちかけるか!」と相手にいわしめる為の常套文句。これにより一日の持ち回り時間に幾らかの空きが生ずるので、有意義な事に使える時間をもたらしてくれる高等技術と言える。(注)これが著しく欠如すると「相談に乗ってくれる頼もしい人」という取って付けた評価を受ける羽目となり、寝入りばなにすすり泣きの電話で叩き起こされる事となる。"身から出た錆"の一種
いいとこ取り・・・優性収益に対する後発の利点・先発のやっかみ
安心・・・裸よりも服を着た方が、軟弱よりも筋肉質の方が、暗所よりも明るい場所の方が、誰かに何かされた時に"致命的な恐怖感を軽減させてくれるかも知れない"という期待感を推進させる要素を含み、それらの思い込みを、"死神(管理人)"から「苦悩」を先送りにしてもらった恩赦と引き替えに、個体の人生観を抵当に借り入れて嗜む事が慣例となった道楽の一つ。属性の社会に於いであらゆる大きさを設定してある夥しい"領域"の中で個体が「漠然と何かに囲われている」意識を持つ様。"社会"という総体的な囲いが脆くなった場合、絶対的象徴(認識上)に個体を護る囲いを造って貰うよう、その象徴に早くから依存している連中に依頼、連中を肥やす代わりにそいつらから「これであんたはそこそこ大丈夫だと思う。何故ならその様に祈祷しておいたから」というお墨付きを頂戴、一時的な安堵感(心身マヒ)を得、それらが漠然と「見守っている」と信じる(思い込む)事に依存することで保険にでも入ったような気分に浸る。そして有事の際に初めて己の間抜けさ加減を思い知ることになるが、この不安定で不自由な肉体を背負っていなければそもそも考える必要がない、という意味では「とりあえず・ひとまず・少しは」と冠を付けた方が説得力がある、と考えられている。もし貴方が永続的な安心を手に入れたければ、「完璧にボケる」為に精一杯努力することだ。とりあえず貴方だけはそれで「安心」だ。もっともその頃には「安心」すら認識できない程ボケるとは思うが
相手になる・・・人を力でねじ伏せる悦楽を知り、「音楽鑑賞」「読書」等と同様に"趣味"として昇華されたロクデナシが好む事で知られているもの。コミュニケーションツールの一つ
おっちょこちょい・・・物事を客観的に洞察する能力の欠如した→元気・勇気・根気・やる気等の盲進を肯定させる、個体毎で勝手にはしゃぐ(個別に完結している)分には当たり障りのない
一瞬・・・"永遠"という認識不可能のワッカになった木の幹を切る事でとりあえず見受けられる年輪
意地・・・対人関係に於いて共通の利害が生じた場合に個体それぞれにもたらされる生物学的反応。複数の個体が同一の異性や物などに執着した場合や、結果としてもたらされる快楽に浸る姿を思い描いて歯止めが利かなくなる場合等に起こる。"プライド"とも。通常捨てることが解決への糸口となるが往々にしてその状態を維持・誇示することが個体を個体として強調させるという思いこみから不毛のしのぎ合いとなる。長引けば長引くほど意地が意地を呼び、原因となった当初の要因をも包括するエネルギーを帯びる。稀に「一体何に、誰に対して意地を張っているのかも分からなくなる」程の有様となり、ふと正気に返る事もある。同レベルの者同士のぶつかり合いではどちらが先に気の利いたエッセイ等を本屋で立ち読みして決めセリフを引用出来るかで勝敗が決まることも。「友達だから」「誰も傷付けたくないから」と言う"負け惜しみ"も非常に雄弁で好感の持てる撤退理由と言える。大抵直接的要因となったものの意見・意志を全く無視して進行、時間を経るにつれて張り合っている自分に酔いしれる"趣味"へと移行、安定期に突入。当初の目的等は眼中になくなる
宇宙・・・「足りない・満たされない」事で知覚される(何となく、という意味で)、思考に頼る生物には理解不能の極ありふれた環境。従って「足りる・満たされる」と、全てが止まる、若しくは人間の認識を遙かに超越した状態で活動する。それが永遠か、一瞬か、永遠の一瞬か、一瞬の永遠か。因みにこの宇宙では、存在として個別化された形状が複雑で不安定な状態を「最低・最悪」レベルと位置付けるが、心配は要らない。何故ならそれは「川の流れの何処か」にいるだけの事であり、後は余計にもがかなくともその流れに身を任せていればいいだけである(これが社会にとっては非常に都合の悪いことは言うまでもない。何もしなければ政治・経済・文化は破綻すると思い込んでいるからであるが、連中の考えている程この宇宙は善悪や美醜で縛られてはいないのだ。だがこれにこだわらなければ人間という存在は怠惰で人殺しで肉欲に明け暮れるだけの肉塊に成り下がると本気で考えているのだ。そのような世の中にしてしまった先人の愚行を蔑ろにして。やっぱりこの醜さは人間に貫徹されたものなのか)
アイディア・閃き・・・在らぬ方向から、若しくは夢などから得られた有意義な情報を実生活に反映させ金儲けをしようという企み(注)有意義な情報は全方位的に拡散している為に、往々にして個別の肉体にそれを拾い上げるチャンネルがONになっていれば(意識的にしろ無意識にしろ)、大多数の人間が同一の情報を持つことも可能である。時間的振幅が入らない為に革新的な発想も往々にして百年も前にできていたりも、この場合は特許権の問題で裁判沙汰になることは避けられない(好例=音楽関係)。やった者勝ち→先に生まれた者勝ち。従って現在言われるところのアイディアとは、そのものがアイディアとして認識されていない程バカバカしい類のものが前提である。そのバカバカしい類でサッカー場を所有するほどの屋敷を購入した場合、それがアイディアである(あった)、と一般人は地団駄を踏む
鵜呑み・・・"体にいい"と教えられた食品を効果的に取り入れる為に朝っぱらから百品目以上の食材を利用した食事を摂り、"体にいい"と教えられた運動を日がな一日実行し、その浅ましさが元で心因性の病気に罹る事
遺伝子操作・・・たかだか数十年でサイクルを終える炭素細胞集積ユニットの快適性追求という"欲望"の為に純粋組成物を醜く組み替えて喜び、且つ「人類の為」と公言する事で神の如き崇高さでも身に付けたつもりでいるろくでなしが誇りを持って実践する大愚行。この連中は下らない目先の取り繕いを無知な一般人に"進歩"と思いこませ、それによる弊害(顕現化するのはそれらを世に送り出した"研究者"と呼ばれる容疑者連中が死んでからだとは思うが)を子孫に押しつけることで責任の追及を逃れたつもりでいるらしい(追求する側も死ぬ故)。概して"研究者"とは目先の達成に美徳を感ずるあまり善悪や道徳観念が著しく欠如した連中であるから仕方はないが、そりゃあ誰しも「自分の死んだ後の地球及び人類の行方なんぞ知ったこっちゃない。とりあえず目の前が快適であればそれでいい。それで何が悪い!」というのが本音だろうが、ね。そんな戯言の為に人間の思惑を越えた連中を貶めなさんな
思いこみ・・・認識・理解と、それに付随する個人的断定。個体の意思決定時に多大な影響を及ぼし、屡々善悪や美醜をも超越する力を持つ。他とバランス(馴れ合い)を保つ為にはこれを持って私的認識とすることがより豊かな社会生活を個体にもたらす
イデオロギー・・・財力と兵力に富む大国の介入を踏み止まらせる程の帰属的残虐性を正義的解釈として民族統制を図る様。狂気を超越した美徳。差別的圧力により顕在化。容認するか、根絶やしにするか
エコロジー・・・地球の自然に対して人類が"取り繕い"と"言い訳"をする様。これにより某か贖罪の縁となっているという醜い思いこみを促進する。極めて深刻な打撃とならない限り使用を許された(地球に許可を貰った訳じゃあないが)"くだらない商品の流通を円滑にする"為のシンボル。つまり、人間の「"エゴ"ロジー」
曖昧・・・演算器を携帯しない事。これが足りない(高性能の電算機を携帯する)と他人に対して個体の正義や信念を振りかざして闇雲に主張しまくるだけの孤独な人間となる。それ以外は「不良債権者」扱い
音楽・・・「芸術・文化」の範疇で論じるにはあまりにも不当な"人間の生み出した最初にして随一、最高にして最後"の趣味・娯楽であり、古のまつりごとを司るほど崇高な目的を担っていたが、言語を介することで「文化」にスポイルされ、みてくれを気にすることで「芸術」にスポイルされる側面を持つ。従って真の意味での音楽は「共感・納得」する類のものではない。それらは決して言葉で言い表せる程「狭量」なものではないのだ(絶対音楽とも)。だが現状は「音階の振幅の狭間に漂う感傷的な歌詞」にただ「共感」しているだけの体たらく。だがそれで納得がいくのなら貴方は非常に「幸せ」であると言えるかも知れない
思い通りに・・・金・権威・知識・容姿等の個別インフラを餌に他人が貴方の私欲の為に稼働する範囲。この際、そのインフラの重要性を相手が"(おこぼれに与る余地があると)認識している"事が前提条件となる(犬猫や、相手が"犬猫並"の場合は除外される)
イライラする・・・貴方の領域で他人が1.いい加減な挙動を示す 2.極めて神経質な挙動を示す 3.適度な挙動を示すが必要以上に長く居座る 事で貴方の手足が断続的な痙攣運動を始める事
苛立つ・・・目の前に"(初期)言わなきゃ分からない→(経験により)言っても分からない=結果として怒り出す事が懸念される"人物が貴方に「黙っていては分からない!言いたいことがあるならハッキリ言って!」と強要する事で、目下のところ"怒らせる"しか善後策がないと覚悟、おもむろに襲い来る"憤懣やるかたない"様。この場合、どんな事を口にしようとも(或いは黙っていようとも)導かれる結果は常に明快である。これが治まった(嵐が過ぎ去った)果てに「こんな事なら・・・」という念を随時喚起、次のアクションに対する大まかな方向付けを行う
陰謀・・・込み入った(様に窺える)「事業計画」
"陰謀"の追求・・・"所々内容が漏れている(この時点で"極秘"扱いではない)、事業内容が不透明な大規模計画"を調査・暴露を趣味道楽とする「おひねり連中」のオモチャとなる事で初めて「陰謀」と名称を変更(言葉の響きがスリリングで、且つ一般人の興味を惹き付ける魅力を備え、文章に変換してもインパクトがあり、メディアの露出度が増す、という理由から)、わざわざ発見されやすい証拠をを残しつつ(ハトを鳥かごにおびき寄せる様なもの)、それをわざとらしく"隠蔽"している真似事で彼等の"知りたい"という欲望をそそり、あらゆる論証と憶測の憶測によるこじつけの可能な証拠の羅列で「全容」を解明しているつもりになる事で一握りの人間に夢を与える、それ自体は有意義な(「損した!」と思われない程度の暇つぶし・趣味のひとときを提供した、という意味で)「言語パズルゲーム」の主催者サイド。この手合いにありがちなパターンだが、その大半が「解明」すると見せかけて、自分の"信念"と位置付けられる思い込みの優秀性を説いて廻り、思い余って矛盾点を露呈する事で泥沼に填って身動きがとれなくなっている様は滑稽でもある。まあ、それはそれで結構な話だが、他に迷惑だけは掛けないで欲しいものである
アドバイス・・・「僕は何故この世界にいるのだろう?僕は何故存在しているのだろう?いや、他の人もそうだ。何故人間は存在しているのだろう?僕だけかな?みんなもこんな事考えているのかな?」多感で純粋な少年は物思いに耽っていた。「そうだ、父さんに相談してみよう。僕より遙かに長く生きているんだから、きっとなんか役に立つ情報を持っているに違いないし、きっと過去に僕のような悩みを持っていたに違いない」程なくして少年は、件の悩みを父親にぶつけてみた。手許のテレビ番組の方に気を取られている父親は、一頻り話し終えた息子を鬱陶しげに見つめ、吐き捨てるように答えた「お前、そんなバカなことを考えている暇があるのなら、来年の入試に控えて英単語の一つでも脳味噌に詰め込んだらどうだ?その話は今論じるほどの値打ちもない。お前がもっと大きくなってから考えればいい事だ!そんな下らない事を考えているのは、自分に何の自信もない人生の負け犬だけだ!」粗方返答の内容は予期されたとはいえ、それでも少年はやるせなさを覚えた。「やはり父親では年齢が離れすぎているのかも知れない。それなら、友達に相談してみよう」少年はクラスで人気者の少年に件の悩みを打ち明けた。彼は薄ら笑いを浮かべながら「それはお前が、今の自分に不満だからだ。何の取り柄もない自分の今後の人生が不安なんだよ。ましてや彼女がいる訳じゃないし、スポーツに打ち込んでいる訳でもない。要するに、自分をアピールする場所がないんだよ。主張できるものがないんだよ。持て余してんだよ。そんなんだから、そんな訳の解らない問題に拘るしかできないんだ。そんな訳の解らない、ちゃんとした答えの出そうもない事を周囲に持ちかけて自己主張する事しか出来ないんだ。そんな暇つぶしに精を出すぐらいなら、そうだな、何か"これ"というものに打ち込んでみたらどうだ。勉強でも、スポーツでも何でもいいから、自分を空っぽにして打ち込めるものを探すんだ。そうすれば、そんな下らない事を考えてる暇もなくなるさ。そうすれば、毎日が楽しくて、充実するはずさ。まあ、もっと不真面目に、気楽にやれよ。一度きりの人生なんだから、もっと楽しまなきゃ。そうだ、女の子と付き合ってみるって言うのはどうだ?何なら紹介してやっても・・・」と一蹴した。"相談する相手を間違えたな"と少年は考えた「アイツはモテるし、スポーツ万能だし、秀才だし・・・自分に自信があって、自分が大事な奴にこんな質問をした僕が悪かったんだな・・・」行き詰まりを覚えながら家路を急ぐ少年の目に、電柱に無造作に貼り付けられた広告が飛び込んできた"一人で悩んでいないで!貴方の悩みを解決します。ご相談下さい ○○教"少年は藁をもすがる想いで○○教の門を叩いた。中から実に柔和な面持ちをした男が現れた。少年は、自分が悩んでいる事や、周囲の人間の振る舞いと自分との落差を切々と男に話した。男は"ありふれたタイプだな"と少年を分析して、それに対応する一握りほどの話をピックアップし、少年に話し始めた「少年よ、君は渇いているようだな。その渇きは、きっと君が"自分という人間"の存在証明を何らかの形で周囲に示したい事への反動なのだ。周囲に"自分という人間"の存在価値を認めて貰いたいという無意識の欲望の現れなのだ。それは"他人の為に自分が何をしてあげれるのだろう"という奉仕の精神から来ている。その精神が、今の君にとって一番大切な"人間としての救い"を求めているのだ。つまり、他人の為に努力し、他人の力や助けになる事が、翻って君自身を救う事になるのだ。その為に君は努力し、一生懸命になってこそ、周囲の人達も、君という人間を"大切な人間"として認めてくれる。そうする事で君の魂は救われ、同時に周囲の人達も救われるのだ。君の奉仕と自己犠牲の精神が、いつしか君自身に収穫され、君を導く。もっと自分に自信を持ち、小さな事でもいいから、人の為に、自分の為に努力をしたまえ」少年はふと、何かを悟ったような面持ちになった。男は少年の見開かれた眼を見つめ"しめしめ一丁上がり"と思った「わかりました。有り難うございます!僕は、僕という存在が出来る事で、人々を救って上げたいと思います。人々を苦悩から解放して上げたいと思います。それが一番"僕自身"として輝ける瞬間であるのだと悟りました!」深々とお辞儀をしている少年を見つめながら、男は"さあて、このボウヤから幾らぐらい搾れるものか"と考え、入信用の資料を取る為に振り返った。「新規入信案内書」と書かれたファイルを取ろうと手を伸ばした瞬間、男は後頭部に鋭い痛みを憶え、眼前が朦朧となっていくのを感じ"一体何が起きたのか"と男はおもむろに振り返った。薄れゆく意識の中で、満面の微笑みを湛え、血みどろの灰皿を握りしめた少年の姿を最後に、男はことぎれた。
『狂信少年、聖職者を撲殺!"僕はこれで救われた。僕は彼を救ったんだ!"』翌朝の朝刊三面記事には、少年の純粋性と衝動性が綿々と書かれていた。悲嘆に暮れる身内と困惑する友人の談話を残して・・・
教訓:「他人への場当たり的なアドバイスは身を滅ぼす」
厚かましい・・・会話などで不意に発生する「正誤の水掛け論」に於ける個体の優位性(見識)を誇示する為に、場に居合わせた何の関わり合いもない赤の他人に同意を求める(ただ肯定して欲しいだけで、意見を述べて欲しい訳ではない)姑息な手段に出る事。言語知識に乏しい・情に訴える手段に長けている個体に顕著
当たり前・・・哲学者は「存在追求」を、社長は「社長職(?)」を、泥棒は「盗みの算段」を、貴方は貴方のものと思しき異形の存在と「種の保存」作業を、極日常的な事と認識、行為の弾みとしている(そこに"正誤""善悪"の規範は発生しない)。"当たり前"だったのはそもそも"当たり前でない"事態が個体に及ぼす影響をゼロ基軸として、その間の振幅で認識することが出来る。泥棒が仮に「貧乏人に金を恵んだ」事を基軸とすると考えやすい。が、冷静に考えればそもそも"当たり前"とは実に根拠のない戯言であると思い知る。そして、一般で言うところの"当たり前"とは、世襲的"性癖"という「足枷」であるという事に気付く
医者・・・「苦痛を解放する」と信じ込ませておいて「苦痛を先送りにする」事で私腹を肥やす贖罪意識を保とうと算段する輩。医学という「個体に宿る自然治癒力が微細な細胞に働きかけ、ゆっくりと効力を発揮する前に素早く押さえ込む」技術を行使
お買い得・・・"肉を切らせて骨を断つ"術策
頭に来る・・・「俺もみんなと同じように社会に隷属して、義務を全うしているんだ!だからお前もちゃんと・・・」が拒絶・受け流されて
潤い・・・マジマジと凝視され、化けの皮が剥がされる危険性のある箇所を滑り易くする事で、留まろうとする連中を転ばせる技術。これで暫くは正当評価されずに済む
劣った・・・"目障り"ではない、という意味で有意義な
愛している・愛する・・・存在そのもの。通常一般的に、成就された(相互作用化が確定済みの)「独占欲・依存欲」の維持手段として用いられる、戦後欧米より輸入され土着化し、強烈な経済成長促進作用を持つ"癖"の一種。個体同士の"吸着作用"を促し、用意された様々なイベントで金を落とすであろう算段を試みる。しかし「聞こえがいいから・寂しいから」というだけの根拠ならば乱発は避けるべきである。でなければ貴方は会社の上司にまで"愛"を振りまかねばならないからだ。しかし、これを用いるだけで行為を肯定的に作用させる働きがあるので、様々な人間関係を"簡潔に"運営する点に於いては比肩するものがないと言える(効力がある間)。当然の如く「同性」同士の濫用は忌避される傾向にある
偉い・・・自分にとって何も利害が発生しない事を確認した上で、心情として「私の人生とは何の関係もない」と認識する事で"相手に塩を送る"だけの理由がある。立場的に上の者が下の者の行為に対してこれを使用する場合があるが、それは「少しはこれで向上するのなら安いものだ」という心情を含んでいる。(注)子供等から小馬鹿にされる可能性があるので、使用に対しては細心の注意が必要である。無闇な濫用は言葉自体の持つ価値を下げるばかりでなく、受け手側を中毒症状(マヒ)に追い込む危険性がある事を忘れてはならない
応報・・・目先の企みと半年後の利益と一年後の軽視と五年後の叱責と十年後の弾劾と五十年後の忘却と百年後の再認識と百一年目からの崇拝。この場合、策謀者及び関係者の生存は五十年後付近で満了している事が望ましい(その方がより早く美談となる可能性がある)
色褪せる、退色する・・・所有物としての位置付けが確定した対象物が、位置付けを行った個体の支配領域で安住を始めたその日から稼働スイッチが勝手に入る仕組みを持つ"半自律駆動型魅力減衰装置"の、日増しに効果が顕著になる様。この装置を停止させる最善の方法は言わずもがな、支配領域から所有物を立ち退かせる事にあるが、支配側の"(寂しい・手持ち無沙汰などの)都合"により、装置を作為的に遅らせる、若しくは内密に(公にならないように苦心しながら)新たなる所有物を支配領域に確保しバランスをとる等の措置により、当面の強制代執行は免れる、かもしれない(所有物がそれ程貴方のことを信用していれば、の話だが)
言いたい事・・・"言わなくてもいい事"を抱え込んで辛くなり、不意に他人から促される事でつい口を滑らせ、"言わなければ良かった事"と等価交換する業務
言わなくてもいい事、言わなければ良かった事・・・後の沈黙を受け流せるだけの柔軟性、若しくは図太さを有していれば間違いなく本当に"言いたい(言ってしまいたい)事"
思い違い・・・万人が有していたはずの「思い込み」がいつの間に別の「思い込み」にすり替わっているのに疎い様
有り難み・・・日常生活に於ける作業領域の制限を蒙る事が確実な自己損害的事象に対して、外部からのマネジメントでその事象を、それを蒙る以前の状態にまで平定してもらった事に対して初めて認識されるものであり、逆に、至極当然と思われていた外部からのマネジメントが不意に完全撤廃される事でも認識されるものである。「事故の際の保険会社」「一人暮らしの際の両親」等がこれに当たる。従って、元からこれらの事象に関わるマネジメントが不必要、若しくは存在しない場合は発生する余地のないもの(この場合は"クルマがなくても事足りる""天涯孤独"という落ち着いた状態)
疑い・・・前提条件:『貴方の成功を心から祝福してくれる人はいない』
上記の前提条件を踏まえて、以下の文章を読み、設問に答えよ。
貴方は一般的な中流家庭の次男として生まれた。長男は優秀で、学業・スポーツの面で常に学校のトップクラスであった。両親は当然の如く、兄を可愛がった。貴方はと言うと、世俗とは懸け離れた夢ばかりを追い続ける、妄想癖豊かな"平凡な"少年であった。当然、友人も貴方の甘言に実効性が伴わないのを理解し、面と言わずとも貴方をバカにしていた。両親や兄もそんな貴方にほとほと手を焼いていた。兄は有名医科大学を主席で卒業し、付属病院でスキルを磨き、名を上げていた。貴方は高校を卒業し、長年暖めていた夢のプランを立ち上げる決心をする。両親や兄はそんな貴方を大いに窘め、大学に進学し、平凡なサラリーマンになることを勧めた。言う事を聞かねば「勘当もやむなし」という条件まで強要した。友人も口々に「いつまでも夢みたいな事ばかり口にしないで、一人前のことをしてみろ!」と詰った。
四面楚歌となった貴方だが、貴方には、一般家庭から廃棄される中古品を「商品」として蘇らせる特殊な能力を持っていた。幸い貴方の夢を買ってくれるエンジェルが見つかり、その能力を駆使し、廃品回収の仕事から蓄財し、リサイクルショップを立ち上げ、更に"海外"からのリサイクル商品や激安輸入品も取り扱い、チェーン展開も良好、たちまち巷で人気となる大成功を収めた。メディアにも頻繁に顔を出すほどに知名度が上がり、やがては、貴方の仕掛け一つでブームが隆盛する程の影響力を持つに至った。巨万の富と名声を手にし、勇んで実家へと戻る貴方を、両親や兄・友人が出迎えた。さらに「知り合い」と名乗る人物や、思春期に貴方を振った恋人までが、貴方との面識を持ちたがっていた。
貴方は「成功者」となった。貴方は「名士」の仲間入りを果たした。実家の近くにこれ見よがしの、お手伝いが複数必要な程の大邸宅と、高級マンションが購入できる程のクルマ、身に付けるものは高級ブランド、自家用飛行機にクルーザー、おまけにクレジットカードはプラチナ・・・窘めていた両親や兄、バカにしていた友人も、一様に作り笑顔で貴方の御機嫌を窺う有様である。そんなある日の夜、疲れて帰宅した貴方は、豪邸の室内が荒らされているのに気付いた。装飾品や調度品は壊れ、観葉植物は無残に倒れていた。貴金属類が手つかずなところを見ると、単なる"物取り"の犯行ではなさそうだ。貴方はすぐに警察へ通報した。動揺する貴方だが、貴方には"心当たり"が。確証があるわけではないが、貴方の成功を妬んでいる者の犯行に違いない。どうやら、寝室の開け放たれた窓から侵入したらしい・・・
設問1: 以上のシナリオを元にして、貴方が推理する犯人を下の括弧内より選び、○印をつけよ。
【両親・兄・友人・知人・元恋人・親戚筋・同業者・空き巣・犬や猫】
解説:先に提示された前提条件と、本文とを照らし合わせた結果、欄に示されている(犬や猫を除いた)ほぼ全員がその可能性を秘めている事に気付かされる。もし、それが「何かを得る為に」失うものであるのなら、それは"成功者"の宿命と言えるだろう。それだけ、成功者である貴方に対する風当たりは強いのだ。成功者とは、常に何かを失う不安と戦っている事でその地位にありつけているのだ。逆に「失わされるかも知れない力」の多寡が、貴方の成功の一翼を担ってもいるのだ
解答:警察の緻密な捜査と倒壊物の検証の結果、開け放たれた窓から吹いた一陣の風が、留めていなかったレースのカーテンをはためかせ、付近に置いてあった大きな観葉植物を薙ぎ倒し、その枝葉が、周囲に置いてあった装飾品や調度品を次々に打ち壊すに至った、と結論付けた。その"行き場を失った結果"が出るまで、貴方は周囲の人間を片っ端から尋問し、詰り倒した。周囲への疑惑は大きな疑心暗鬼となり、貴方の周囲は、いつしか互いが互いを疑うようになってしまった。両親は"弟の出世を妬ましく思った兄の仕業ではないか"、兄は"バカにしていた友人の仕業ではないか"、友人は"冷たくあしらった元恋人の逆恨みではないか"、元恋人は"立場が逆転して威厳が保てなくなった両親の仕業ではないか"そして皆が"ひょっとしたら、貴方の狂言ではないか"と。だがその結末は、全て貴方が撒いた種であることが明白になった。一時とは言え、貴方は周囲を疑念の眼差しで見てしまったのだ。そのわだかまりはもう拭い去ることは出来ない。友人も、兄も、両親も、悉く貴方との接触を断ち始めてしまった。そして貴方は、貴方の周囲を埋め尽くす、物言わぬ所有物を心なく見つめ、それが初めて「失ってしまったものと引き替えに得たもの」である事を思い知った
設問2: 以上の解答から導き出される「失ってしまったものと引き替えに得たもの」とは"やるせない孤独感"であるが、それとは別に、具体的な"教訓"として残されたものは何か答えよ。
解答:「外出時の戸締まりを怠るべからず。レースのカーテンは留めておくべし」
恩着せがましい・・・「エサを与えてやっている」連中が「"無償で"エサをやっている」事を次第に強調し始め、それに対する見返りを無言で要求する様が見え透いてくる事。サーカスを生活領域とする獣類と不慣れな楽器を押し付けられた児童に共通する観念。「そうしてくれと頼んだ訳じゃねえ!」
引用・・・「何処かで聞いた事がある」と言われないだけ古風でマイナーな出典所を掘り当てる事で"個人的見解"として昇華する可能性のある「知的カンニング」の一種
思い出・・・美化して言えば、後ろ髪を撫でるもの。実際は足首に填められた鎖の末端にある、経験と共に肥大化するおもり(丁度旧時代の受刑者のような体裁)。個体維持活動終了間際にそのおもりが自我に反する形で自律行動を取り、特殊効果と素晴らしい演出機能、複数回リピートサンプリング機能等をフル活用、今際の個体を完膚無きまでに蹂躙、「やり残したことが沢山ある、死にたくない」という断末魔の欲望を刺激、次回も人間をやるように仕向ける実にたちの悪い"強制個体復帰回路"。どのような科学技術を用いても有効な対抗策はない(せいぜい死を長引かせて金を巻き上げる程度)。通常、顕在意識を先行する(引っ張っている)形で知覚され、自慰行為から殺戮行為迄の付帯意志をなすもの
恩・・・仇となって帰ってくる事で初めてその資産価値を尋問できるもの(この場合"現行犯"である事が鉄則。でなければ説得力や威圧感がない)。それを回避する唯一の方法は、恩を売る相手を見極める能力を養う事である。出来れば、の話だが、そもそも見返りを期待する浅ましさがなければこんなものは気にならない筈
赤い液晶・・・タダでさえ気を短くさせる機器の、頻繁に視認を必要とする部位に、血圧を上昇させ感情を逆撫でする"赤"色を使用する事で様々な諍いや刃傷沙汰を誘発させ、その弊害が様々な経済活動の一環を担っているという真意を覆い隠しているもの
思い余った・・・当初は感情にかまけてしたためた"恋煩い"文面が幾年のスパンを経て読み返す機会に恵まれて
インターネット・・・情報のアダルトビデオ(プロセスの簡略・空洞化推進)型システム体系。「便利で重宝」しているように見せかけ、個体の持つ「潜在的依存体質」を刺激・促進し、それにより派生する様々な弊害で金儲けを企む事を可能にした"一石二鳥"の「アメリカ万歳」テクノロジー。自己処理(手淫)が簡潔になる、という意味では非常に有意義な(代償として"風俗系雑誌"の発行部数を喰い荒らす恐れのある)。利得・実益としての価値に依存している間は填る事が肯定されている"蟻地獄"の一種。究極的には「人間の極機能分類化」で完成の域へ達し、ユーザー・非ユーザー毎のヒエラルキーにより、一定基準以下を"労働者階級"へと篩い分ける際のアイソレーターとして機能、その利便性のみを力説し、システムより漏れた夥しい屍の上に胡座をかく(その危険性を最も認識している筈の)連中により支配体系の確立へ・・・(つづく)
萎縮・・・(主に立場が上の者に遭遇して)「気に入られたい」という"損得勘定"が働き、1.声量が絞られる 2.体が収縮する(手足が密着する) 3.微動だにしない 4.目線が落ちる 5.首の縦振り運動が強調される の内のどれか、又は全て。弱者である事を強調する様
打ち明ける・・・停滞しつつある不毛の会話に於いて、「相手に不愉快な思いをさせていないか」という強迫観念から、"記憶"に蓄積された"経験"という貯金を引き出し、リメイクして寄進、後日会話に加わっていない知人の一人から「聞いたよ!」と言われ、苦し紛れに持ち出した貯金に喜ばしくない利息がついている(話に大幅な脚色が施されている)事に赤面・後悔する事
隠居の身・・・身体的な可動範囲の制約が反動となり、中国の故事成語や西洋の神話等から拝借した諺に堪能となる形態。属性的なリアルタイムへの対抗手段として、ちんぷんかんぷんだが何となく縦筋の見える会話に於いて妥当と思われる熟語の引用を行う事でその立場を誇示する性質がある。あくまでも、現状に対しての象徴的理解を提案する事が職域なので、それを判断材料として行動の糧とするのは大変危険である、と言わざるを得ない。大抵「顧問・相談役」と呼ばれ、"嘲笑・失笑・冷笑"を当人が感知できない場所で提供している事で知られている
お手柄・・・貴方の"手"が、貴方の指示(思った)通りに行った仕事に対して、貴方は感謝の気持ちを抱くだろうか?「抱くわけねーじゃねーか、バカ!」それが真意なら、社会の・企業の・地域の"手"である貴方への待遇はそれと同じである。集合的な指令に忠実である事は、人が社会性を媒介して生きている証として"当然"の責務なのだ。もし貴方がそれに対しての不服を申し立てようものなら、貴方は"壊疸を起こした手"として相応の処遇が待っている。したがって、貴方が称えられるべき当たり障りのないレベルはせいぜい"ボールを銜えて走り寄ってくる愛犬"の頭を撫でてやる程度のものである(注)何かの事故で、貴方は"手"を失ったとする。手があった時に出来ていた事は全て過去の幻想と成り果てた。その状態に及んで初めて貴方は、"手"のありがたさを実感できるのである。それと同じで、社会が何らかの形で貴方の行為に"勲章"でも授けるのであれば、それは取りも直さず、貴方が"在世ではない"という前提である。あわよくば、貴方の遺影の前で大臣クラスが感傷的な作文でも読み上げ、貴方の消失をドラマチックに演出してくれるかも知れない。もっとも、「何をやらかしたか」にもよるが
いたわる・・・他人や自分自身の稼働能率を、次回も同程度で維持できるように工作する事。愛犬がボールを銜えて得意げに走り寄ってきた様を見て、これからも同じようにしてくれると来客や知人に誇れる(と思われる)ので、頭や首を撫でてやる行為と同一。つまり、継続的な収益を見越した上での"グルーミング"。運動選手の"ストレッチ"、主婦の"お菓子とごろ寝でワイドショー"、画家の"画材洗浄"、営業職の"喫茶店・パチンコ・映画館"、政治家の"パーティー"等がこれに当たる
因果応報・・・今は詰られていても、いつか必ず感謝される日が来る。従って、今は感謝されていても、じきに詰られる、こともある
お知らせ!・・・この世界で平穏な人間生活を全うする為に守らねばならない根本規則として、一般的に「バカを相手にするな」という警句が声高に叫ばれているが、これだけでは説明不十分なので(バカも理解できないので)、この場を借りて補足説明を・・・
霊長類ヒト科に属する「バカ」と称される生物は、その顕著な特性として主に 1.無闇に他人と接点を持ちたがり、(優劣や損得を伴わない)単純な認知を周囲に求めたがる 2.自分の持ち物・獲物、又は自分が関わっている事象に対する実存性を他人と比較、自慢したがる 3.明確な目的意識を持たずに自律行為を持続・エスカレートさせる力を持ち、属性法規を逸脱しても無頓着で、挙げ句自分では制御不可能の状態に進んで陥りやすい 4.常に何らかの進化性刺激を衝動的・或いは無自覚に渇望する(これら4要素を、基本的な「バカ挙動」と総称)という特筆すべき生態を備えている。敢えて箇々を解説し、夥しいバリエーションを列挙するまでの事はない(辞典が作れる量となる)ので省くが、要するに「他人に対する迷惑及び嫌がらせ」に極めて無自覚である、という点に於いて、その性質を備えない通常型人間の忌避要因となっている。これらの要因を総合すると、単純に「相手にしないようにする」という、一見無難と信じられている対応策が、実は最も「バカ」を刺激しやすい触媒作用を持っている、という事実にぶち当たる。"相手にされていない→あしらわれている→バカにされている"という思索観念をバカに与えてしまう事で、バカの「バカ挙動」を喚起・促進してしまう恐れがあるのだ。何故なら、バカという生物は、外部の遠回しな指摘に極めて敏感に反応・拒絶するからである。これは、バカが自分自身をバカと絶対に自覚しえないという自己防衛本能から端を発している。バカが貴方に興味を抱くのは、貴方が「バカの興味を惹く」何かを発しているのである。容姿であれ言動であれ考え方であれ、その意味では、不幸な話であるが貴方は、無意識にバカのモチベーションを強固にする要因を提供し、バカへの恒常的な刺激材料へと成り上がっているのである。貴方にその気が全く無く、その事をバカに直接又は間接的に言い含めたのもお構いなしに、バカは出来うる限りのアクションを貴方に投げかける。それを貴方がキャッチするかはこの場合問題ではない。何故なら、バカにとっては"投げかけ"自体が重要なのだ。貴方に対して時間を割いている・エネルギーを消費している事が、実存を伴う快感へとすり替わるのだ(部屋で悶々としている内向性バカとは一線を画す)。この場合の"意思の疎通"は無意味に等しい。言葉による牽制を試みたところで、バカはもっと洗練された方法を用いて更に強い投げかけを行う始末となる。実際この程度の学習能力を備えているバカが属性下の大半を占めているので、事態は貴方が考えているよりも深刻である。バカを取り締まる為の法的規則が確立していない(突然変異型ウイルスと同様で、短期間に飛躍的な進化を遂げる為、過去の類例を用いた既存の対応策では根絶できない)、というのも、バカの属性比率を上げ、バカを増殖・増長させる一翼を担っている感がある。これはひとえに、バカと呼ばれる生態系が、その特性を発揮し、環境領域下で目に見えた被害とならない限り「バカ挙動」を黙殺されている(他人事として取り合わない)、という社会通念が、不幸にもこれを助長する結果となっているのである。貴方は不思議に思うかも知れない。何故かくもバカを庇護する社会通念が機能しているのであろうか?答は簡単である。バカというのが「政治・経済・社会・文化・芸術・法規etc...」の漸進・再構築及び熟成化に極めて有効な臨床サンプルとなるからである。対抗勢力としての相互干渉によるシステム向上を目論む故の"試金石"であり、国益や国力の安定に欠くことの出来ない負荷要素である。加えて、バカと呼ばれる種族が経済活動に極めて積極的であるというのも見逃せない事実である。バカであればある程無意味に高価で見栄の張れるモノを所有したがる。これはひとえに、バカの深層心理に「自分の商品価値・存在価値を上げたがる→単純存在証明の実践」という欲望が病巣として定着している為である。この"バカの欲望"こそが、物質的豊かさを促進させ、様々な「余計な物」の市場価値を高騰させ、更に「余計な物」を世に生みだし、国益を安定維持するのである(通常、社会に於けるバカ趨勢の指針となるのが「設備投資」という呼称で示されている事はあまり知られていない)。医学の発展は「病気やウイルス」への対抗策あってのものである。もし人間が様々な内部疾患に抵抗を持ち、風邪すらひかないような方法が公にでもなったら、医者は自転車での通勤を余儀なくされるだろう。絶対虫歯にならないような予防手段が考案されたら、歯科医は全て「歯並び矯正技師」となるだろう。原子力エネルギーは人間の生活動態を飛躍的に発展させた。しかし、一旦不備を露呈すれば実に広範囲・長時間に渡って環境を汚染し、食物生態系を著しく破壊する。だが、その弊害を考慮しても有り余る恩恵をもたらすのだ。このような両刃の剣であっても人が依存してしまうのは、それによって及ぼされる環境汚染は進行度合が急激ではなく、被爆者も極限られた技術者だけであるからだ。つまり、目に見えた被害として極一部の人間が「免疫不全」になり、個人が自覚する事の僅少な、当世代では顕現することの少ない汚染度合(周辺に住む妊婦に流産が多い程度)であれば、人はそれを必要悪として目をつぶるしたたかさを備えている、という事である。未来や環境や子孫の為をちょっとばかり主張しても、結局現実での快適な暮らしを優先してしまうものなのだ。更に、原子力エネルギーが先行しているからこそ、代替クリーンエネルギーの重要性が認識される(原子エネルギーの不備をわざと段階的に露呈させる事で、代替エネルギーの市場価値を吊り上げる事が出来る)、という利点も派生する。原子力エネルギーをバカに置き換え、被爆した技術者を貴方に置き換えれば、とりもなおさず、貴方がバカから受けた実質的被害こそが、管理システムを強化する大切なデータとなるのである(より洗練されたバカを生み出す弊害を持っている)。ただ貴方は、周囲から見れば少々"運が悪かった"だけの話なのだ。これは総体的に見て、非常に有意義な"鼬ごっこ"システムなのである。仮に、属性に於けるバカの比率が下がろうものなら、国は速やかに"途上国"という憂き目に遭う。社会でもその弊害は大きく、例えば、警察官は"道先案内人"となり、警備会社は"交通整理会社"となり、探偵屋は"職安送り"となり、スポーツ選手は"肉体労働者階級"となり、高級料亭は"浮浪者の簡易宿泊施設"となり、高価な毛皮は"極寒地"への救援物資となり、高級ブティックは忽ち"差し押さえ物件"となり、クルマのドレスアップパーツ屋は路頭に迷い、産婦人科は激減し、風俗産業は地上から消滅し、「完全失業率」等という語句は死語となる。枚挙に暇がないほどの二次的弊害が生じるのだ。このように、バカの"存在意義"とは、全社会欲望喚起システムのグレードアップ及び新規システム自律考案の為の「先行投資」なのである。様々な技術力・抗力を強化させる為の「争い事の火種」なのである。彼等のバカ挙動を統計観察し、システムへのフィードバックデータとする事で、明日のよりよい社会作りの礎となるのである。先進的な社会生活に於いて、バカの存在意義・存在事由は極めて尊大なのだ。以上の考察から、バカが属性社会で排斥されない理由が明白になる。バカあっての社会振興であり、バカは社会振興円滑運営の屋台骨を支えているのである。従って、バカに対する予防策・防衛策は常に後手に回る(被害・損害となって社会に影響を及ぼす)事で初めてその有用性を発揮するのである。これにより「バカを相手にするな」という言葉自体がナンセンスである事がお分かり頂けたと思われる。この社会で生きていく為には、如何にして「バカと交わり、バカの特性を知り、バカの機嫌を取り、バカを刺激しない姿勢を維持するか」が極めて重要な課題なのである。口にすることすら憚られるが、この社会でバカは"食物連鎖"の頂点に君臨している。様々なシステムを牛耳り、様々な情報を送り続け、様々な経験を示唆し、様々な人々を陥れ、更に夥しく存在する「バカ予備軍」への昇格材料を提供しているのである。これが"バカ循環型社会"であり"バカリサイクルシステム"の本質である。一つ行われたバカ挙動が洗練された多くのバカ挙動を生み、過去のバカ挙動を手本にした更にたちの悪いバカ挙動へと連関しているのである。このような現状を鑑みて、現在機能している社会システムが根本から見直されるような潮流がメインストリームとならない限り、局所的で一時的な対処法しか講じられない事がお分かり頂けたと思う。従って、賢明な貴方に残された選択肢はさほど多くない。バカは基本的に、貴方の"容姿・言動・振る舞い"から何らかの刺激を汲み取り、一定の成果が期待できる(隙間を埋める物件として、半恒久的に開発投資分の回収が期待できる)と判断された場合、次に"趣味性・感性・互換性"への刺激を強化し、絶えず何らかの刺激をもたらす存在へと成り上がる目的で貴方への投資パターン(自己アピール・重用性の主張強度)を調整する。この段階で、全方位に拡散していたバカ挙動は貴方一点に絞られる。この時点まで放置しておくと、バカにとって貴方は「互いに必要な存在であり、頼りあっている関係である」という傍迷惑な認識を一方的に持つようになる。バカにとってみれば、貴方は還元率のいい優良株へと変貌しているのである。ここ迄放置しておいた貴方にも責任があるが、逆に、この時点までエスカレートしないと、貴方が何となく感じていた「此奴は"バカ"である」という仮定が確証と成らないのも事実である。それに気付いた貴方が試みる性急な接触態度変換こそが、バカを著しく刺激する元となる。貴方が必死で退けようとすればするほど、バカ包囲網は貴方を幾重にも苦しめる(バカの術中に墜ちる)。貴方が拒絶のつもりで放った言動は悉く好意的に解釈され、貴方が本心で素っ気ない態度をとっているにもかかわらず、バカはその態度の裏に秘められている(実際は何も秘めてはいないのだが)奥ゆかしさを理解したような誤解を平気で持ち、主導的立場にいるものと勘違いを始めてしまう。現時点では、この状況に於ける有効な対処法は存在しない。バカが貴方よりも強い刺激を放つ獲物を新たに捕捉しない(他の犠牲者に乗り換えでもしない)限りは。このような発展段階にあるバカとの接触を持ったままであると「如何に被害を最小限に食い止めるか」という受動的な対処法しか講じられない。つまり、貴方に向いているバカエネルギーを逸らすのである。その手段として二つ程紹介しよう。先ず「新たなバカと接触を持ち、バカの同士討ちを促す」。同じ毛色のバカを焚き付けて、現在苦しめられているバカへの防波堤とし、うち寄せるバカエネルギー波の針路を、新参バカエネルギーに向けさせてシンクロ効果を生み出し、波同士を相殺させるのである。つまり、バカ同士が常に対抗しあい、バカ同士が貴方に対する接触距離を牽制し合うように仕向けるのである。次が「貴方と近似した雰囲気を持つ友人をバカに紹介する」。貴方に一極集中していたバカエネルギーを、友人を介在させて振り分けようというのが狙いである。元々バカエネルギーは放出量こそ凄まじいが、分散することが出来れば対応策も楽に立てられる。バカといえども日常生活は維持しなければならないので、自然と持久性も低下してくるだろう(あくまで"自立した"バカに限る。"パラサイトバカ"は勘定に入らない)。だが、何れの場合も一つ歯車が狂えばとてつもない損害をもたらす。前者の場合だと「仕向けたはずのバカが、既存のバカと結託し、貴方の情報を共有し始める」という点と「仕向けたはずのバカが、不用意に既存のバカを駆除し、既存のバカポジションに新しく納まる」という点と「(バカであるなしに関わらず)不意に別の参入者が現れる事で牽制の均衡が崩れる」という点である。後者の場合だと「分散を見込んだ友人が(関わり合うのはゴメンだと)、その立場を逆手にとって貴方の機密情報をバカに漏らし始める」という点と「友人に全く興味を示さない」という点と「友人が実はバカであった(前者と共通項)」という点である。こうなると最早民間では埒があかない。公的機関に転がり込んで時間と金を拠出する直前の貴方に残された最後の方法は、最も効果的だが最も困難な「貴方自身がバカになる」に尽きる。バカは案外縄張り意識が強いので、貴方が"仲間である"と認識した時点で貴方を尊重するようになる。そうなれば、途端に貴方への興味は薄れてしまう。バカにとって貴方が「自分と似たような出で立ちである」のならば、貴方へのちょっかいが自己刺激として成立しなくなる事ぐらいはバカでも理解できている。バカはきびすを返し、新たなる獲物を求めて貴方の前から姿を消すだろう。以上が初歩的な"バカをやり過ごす"方法であるが、貴方の周囲にも恐らく数多くの「私はこうしてバカをやり過ごした」という体験談が転がっていると思われるので、機会を見てバカ談義を開き、様々な情報交換を行う事をお勧めする。そうしてバカへの対抗手段を更新していき、あすの平穏を手に入れる事である。なにせ「犬も歩けば・・・」の格言宜しく、バカは貴方のすぐ側で、貴方を獲物にしようといつも牙を磨いているのだ(注)この世界には、頭脳明晰で、雄弁で、学業優秀で、武芸に通じ、情緒安定で、機知に富む"バカ"が夥しく存在しているという事実を肝に命じておかなければならない。貴方を理解し、力になり、笑顔で手を差し伸べたつもりでいる連中こそ、貴方が細心の注意を払うべき"潜在的バカ"の類であるのかもしれないのだから・・・
宇宙エネルギーと呼ばれているもの・・・その理論と実用性は遙か昔に立証されているにもかかわらず、「目に見えない場所から目に見えないエネルギーを変換するオカルト的で非科学的ないかがわしさ」を排斥へのもっともらしい事由としているが、実際は「有害物質をまき散らす実存エネルギー(化石燃料)が向こう30年分は世界中に埋蔵している事が調査で確認されている」既成事実から、それに関わる実に多くのロクデナシを路頭に迷わし、外貨獲得手段を失った、有数の軍事力を保持する産出国の報復を抑止出来る見込みがない、という避けがたい付帯条件から、それら化石燃料の備蓄を綺麗サッパリ食いつぶし、ヒゲ面の王族共が事実を受け入れない限り見向きもされないもの。実用化には現在の経済機構そのものの淘汰が必須とされている無尽蔵・無公害エネルギー
一流・・・小金を稼いだ当代が執心し、二代目への情操教育として(二代目の没落を阻止する意味で)用いられる足枷の一種。二代目からは「上流」と名称を変更し、当代の行った業務の質とは無関係に厚遇を受け、進んで生活水準を縮小できなくなる元となる。その実体は"一流=高価・高級"という図式に則った生活環境や趣味を嗜ませる事で、不測の時に醜態を晒す事無く自刎を図る潔さを身に付けさせる、とされている。幼少の頃より二流以下の新興情報を制限する事により確立、「歴史・伝統・格調」という言葉に弱い
お気の毒・・・"天国"と"地獄"という幻想の醸し出す相対抑止力に背中をつつかれて(漠然とした"おそれ・畏怖心"による)、見ず知らずの他人を感化させる癖を持ち、その貢献度合であわよくば"天国"の方にぶら下がろうと画策している、一般的には黒づくめの衣装を纏う時にしか用を成さない連中が日常に於いてその有用性を知らしめる為に口から出る言葉の支離滅裂な様を目の当たりにして
占い・・・全てが外れれば、それに対する自助努力の結果を指摘し(リピーターにする)、一つでも当たればその事実関係を元手に新たな示唆を与え(リピーターにする)、人間の特性を最大限利用した実に巧妙な職業形態。仮に貴方が、それがあたかも"備わっている"かの如く振る舞う事をお望みならば、まず「ウン億光年」彼方にある星の運行を把握することから始めるとよい。そこまですれば誰も貴方に文句を言わないだろう(まともである、という客観性は度外視して)
押さえ込む・・・"性癖"の純粋衝動から目を逸らす(理性・情緒にすがる事で、"真面目で慎み深い"対外的な人間像をでっち上げる)為に、スポーツや趣味に熱中するフリをして幾らかの相殺を試みる様。その反動で身体の隅々に要らぬ毒素を貯め込み、何かの拍子に噴出させ、様々な公的機関の世話になる事も
遺失・・・人が生きていく過程で"無くした・棄ててしまった"と思い込んでいるもの。実際は「決められたハコに新しく充填されたものの置き場所に困り、結局寒天のように押し出されてしまった取り返しようのないもの」の事を指す。いわゆる"子供のような童心・純粋さ"と銘打たれた美徳がこれに当たる。「サンタはトナカイに乗ってやってこない」→「サンタは煙突から入ってこない」→「よく見ると風呂屋ぐらいしか煙突を持っている家がない」→「世界中にそんなに多くサンタはいない」→「元々サンタなんていやしない」→「なんだよ、親じゃねえか」という情報の変化による個別反応
追い打ち・・・鬱陶しい×2。「日焼けでカンカンになった素肌を蚊にくわれる」「長時間の正座後、シビれきっている足を叩く素振りをする奴がいる」「消してはいけないビデオテープに予約録画をし、しかもスポーツ中継延長で収録番組が半分で終わっている」「不用意にレシートを処分してしまい、帰宅後発覚した"ダブり"嗜好品の処理に困る」等
大ボラ・・・「結婚したら大人しく家庭に収まる為に、今は遊び回っている」という理屈。結局この手は結婚してからも遊び回る(大体結婚そのものも鬱陶しいが、種族保存と老後の不安と迷惑掛けっぱなしの両親の為には止む終えない故)。以前と比べ唯一状況が異なるのは"秘密裏に"事を遂行しようとするやましさが更に洗練される、というくらい
アフターケア・・・既に正規販売の完了した商品への"無償メンテナンス"。生産者側の責務。翻って、既に肉欲の達成された性交渉後の「萎えまくっている」気怠い時間に、次回も円滑な運営に持ち込めるように"止むをえず"スキンシップを施す様。男性側の責務
意向・・・個人的な意志とは無関係に、所属する領域下で大勢が支持する"まつりごと"に服従する様。町内親交の為に無意味な新聞を購読する羽目となるもの。これで当面「村八分」は避けられるが、様々な下らない「〜後援会」への参加要請用の返信葉書が頻繁に届けられる事請け合い
軋轢・・・一般的に"会社"と呼ばれる領域の中で、平から会長までの隙間を埋める"役職者"が、家庭に持ち帰ってぶちまける事を義務付けられているものであり、慰安や祝賀、記念行事等の「酒宴」で、意識レベルの低下に託け、無思慮にその場で店を開いてしまう事で自分の立場を脆くする危険性のあるもの。
欺く・・・クロマキー技術を応用した目標物の誇大化現象。周囲の対象物とのバランスを比較した上で冷静に「評価」されてしまう環境下では、目標物の醸し出す主張の脆弱さを見破られる恐れがある。それを回避させる手段として用いられるのだが、日常に於いても、個人の主張を押し通す為に「感傷的激情」に任せて他の主張・思惑を退け、デフォルメされた自己主張の優位性のみを押し付ける(言い含める)強硬技術の事を指す。「真剣だが涙のでない」真実ならば「小細工で流れ落ちる涙」の嘘の方が市場では迎合しやすい
臆病者・・・暴走を始めつつある組織の挙動を平常値へ戻す為の提案を行う意思を持つ者であり、暴走の矛先(エネルギー)と、その後の酷評を受け止める勇敢さを併せもつ者、とされている(行動・言動として現実的に遂行されるかは別問題)。個体にも当てはまり、感情に起因する様々な衝動に対して的確な"歯止め"(その衝動に身を委ねた際の危険性を察知する)という学習機能が発達した者である(注)組織・集団で行動中は、集合意識の統制により個別の"歯止め"が、その酷評に対する恐れ故に機能を停止する事が多い。それらは一般的に「暴徒」と呼称し、一緒くた、と見なされ、治安部隊の棍棒を喰らう羽目となる。この場合、集団に迎合する気がなく、さりとて提案する勇気がなければ、そそくさと逃げる方が貴方の為になる。中途半端な"臆病"は身を滅ぼす
臆病者・・・暴走を始めつつある組織の挙動を平常値へ戻す為の提案を行う意思を持つ者であり、暴走の矛先(エネルギー)と、その後の酷評を受け止める勇敢さを併せもつ者、とされている(行動・言動として現実的に遂行されるかは別問題)。個体にも当てはまり、感情に起因する様々な衝動に対して的確な"歯止め"(その衝動に身を委ねた際の危険性を察知する)という学習機能が発達した者である(注)組織・集団で行動中は、集合意識の統制により個別の"歯止め"が、その酷評に対する恐れ故に機能を停止する事が多い。それらは一般的に「暴徒」と呼称し、一緒くた、と見なされ、治安部隊の棍棒を喰らう羽目となる。この場合、集団に迎合する気がなく、さりとて提案する勇気がなければ、そそくさと逃げる方が貴方の為になる。中途半端な"臆病"は身を滅ぼす
落ち着く・・・柔らかくて暖かいものを抱擁している・硬くて暖かいものに抱擁されている状態で、口臭や体臭が気になり始める迄の
板挟み・・・(慣用事例)"家族"という領域と"会社"という領域での先進性と快適性を維持させようと努力する個人が、"会社"領域の利益の為に"家族"領域での稼働率を落とす、若しくは侵蝕しなければならない状態に及び、個人的利益の為にどちらかを縮小、若しくは切り落とす手筈を整える事。つまり、領域と領域の"交わる領域"(図を用いると、円と円の交差した、斜線で示される部分)に自分の立場がおかれている様を指す。元々"社会性"とかいう魔物に踊らされなければ、そんなにまでして"領域"に拘る必要はないのだが
愚か者・・・努力家。"バカ"である為の、"バカ"の美徳に理想を見出し、"バカ"の生き様に魅せられ、"バカ"の悦楽を知る、"バカ"に懸命な様。その意味では「生き甲斐」の明確な。これに「世間的評価」という方向性が加味される事で、単なる「商売人」へと成り下がる
エンターテイメント性・・・「ニンジャ・サムライ」と言う響きが西洋人に与える印象は非常に魅力的である。だが、資料として現存する実際の生活習慣動態を克明に再現しても、そこには"華"も"色"もない。消費者側の望みそうな「愛・スリル・冒険」等の派手な要素は介在する余地がない。つまり、映像としてありのままを提供しても興味・面白味に欠けるのである。「ドキュメンタリー」の一環として製作されれば問題にはならないが、題材が現実性に即していない(現代社会に"忍者・侍"と言う職業で履歴書を提出し、住民税を申告している人間が普通に存在する訳ではない)マテリアルを料理するので、実際問題としてリアリティを追求しても、それが直接収益に結びつくかと言うのとは別問題である。だとすると「ニンジャ・サムライ」を商標として市場に提供するには、骨子としての「ストイシズム」を幾分遺しながらも、一般大衆が好みそうな付属品を付け加える必要がある。これによって、実際は90%地味で退屈な物語も「もう一回見てみたい」という具合になるのだ。しかも、これらの題材は大抵「過去の遺物」として葬り去られている場合が多く「実際と違うじゃないか」と専門職側からのクレームが発生しづらいメリットがある(存在しない故)。これらの検証から翻ってエンターテイメント性とは、消費者がイメージとして潜在的に抱いている「そうであって欲しい」という願望を先回りして具現化する作用である、と言える。楽しけりゃそれでいい
お笑い・・・進行性で未解決の心配事に対する日常干渉比率を質・量的に向上させる効果のある。「笑顔の過度には不安増大」
エゴ・・・結婚し、子供を産む。都合により離婚する。双方共に新しい家庭を再び持ち始め、それと同様に前に拵えた子供の親を気取ろうとし、学業や将来の事をとやかく口出しするようなもの。これは、自分用に設えてある"ご都合整理用棚"を活用する際に発生するもので、自分にとって都合の悪い要因を随時仕舞い込みつつ、自分の主張だけは押しまくる事を指す
忙しくしている・・・犯罪抑止(犯罪の為に労作する場合を除き)
黄金時代・・・大した罪悪感もなく楽に人を欺くことが出来、しかも欺いた連中から逆に"感謝"されていた時代、つまり、情報環境が整備されていなかった時代。ハイビジョン画像よりも白黒テレビの方が情感や趣がある様に錯覚するのは、後者がそれだけ「質的解像度合がもたらす情報量」に制限がある事を逆手に取っているだけの話である。これらの属性を「レトロ」と呼称、現時点とは比較にならないほどゆったりとした情報の流入量がもたらす長閑さが、現在の情報に慣れきった連中への楽しみとして知覚されている
墜ちる・・・それが自分の生活を支えている仕事であれ、自分の存在証明となる自己表現であれ、自分を辛うじて生かしている事自体が、実に不透明で充実感のない、ただ黙って通過するのみの現実が、最早自分ではその状況を変える程の精力が残されていないか、はたまた自分からは状況を変える気すらも湧かないか、という"生殺しの実存"が、その瞬間瞬間に生温い苦痛と奇妙な安心感に包まれ、移ろいゆく日常が、まるで延々とその地獄を誘き寄せるような錯覚さえ、今やもう、それを甘んじて享受する位しか残されていない事への最後の抵抗とも言える、力無い怒りと苛立ち、それでも尚すがっていたいとする、悲痛な心情の狭間から、物言わぬ、振動にならない叫びと、やるせなくも穏やかな時の砂粒の流れとなって、唯一自分を自分であり続けさせている、何処かの、何かの意志であるものなら、そう思いたいものなら、せめて、迎え入れよう。そして、いつの日か、突然に、またはおもむろに、その絶妙で朽ちかけた現実が、全く意に反して、若しくは意のままに、音を立てて崩れるのであれば、それも喜んで、迎え入れよう。そして、その最後のページに、こう記そう「それもまた"アリ"である。否、"アリ"であった」・・・どうしてだ、どうしてこうなった?単に不況のせいか、それとも市場が変化したせいか?・・・いやいや、誰の、何のせいでもない、そんな薄っぺらな状態の話ではない。原因は全て貴方の記憶にある。貴方の経験によって埋め尽くされてしまった「輝ける充実感」にある。貴方の体験によって塀が高くなってしまった「幸福の城」にある。貴方が転がしていた、貴方が食べていた、貴方が住んでいた、貴方が眺めていた、貴方が侍らせていた、夥しい持ち物と、夥しい廃棄物とが、煌びやかな実存として、遙か遠い過去に置き去りにされた物言わぬ活動写真の如く、今も貴方の眼前に、変わらぬ鮮明さを持って映し出されている限り、今の貴方は単なる抜け殻でしかない。だが、貴方はもう分かっている、自分が抜け殻である事を。そして、それでも自分が抜け殻として認められたくはない、抜け殻としての自分を知らしめたくはない事への、なけなしの、最期の試みとして、今もこの世界の片隅で、どの様な関わり合いであれ、社会との属性を自ら断ち切る事の出来ない最後の砦を、死守してみたいと思う切なさが、あわよくば何かの弾みで、何かの拍子に、件の活動写真の断片のどれか一つが、某かの形で結実するかも知れないという、悪夢にも似た期待感となって、寄せては返す波のように、貴方を惹き付けては遠のく未来の実像として、それでも貴方が朽ち果てるまでの束の間を、ほんの少しでも夢見心地にする為の虚像を、貴方に寄与するのであれば、貴方は最早、それから逃れようもなく、それから抜け出ようもない。これが、貴方の、いや人間の、本質的な生き地獄である。残念ながら、貴方の望んでいる形での終焉はそこには存在しない。あるのはただ、惨めな敗北感と、無常の安堵感だけである。それをどう受け止め、どう解釈するかは、貴方の活動写真が、貴方の意思に逆らって、何かに付け映し出され、それに心奪われる回数で決定される。その懐かしさに身を委ねるか、その醜態に決別するか・・・何れにせよ、今も貴方の周囲では、それでも何の感慨もなく、干渉もせず、ただ自然のままに育まれる鍾乳石の如く、時だけが、全ての真理として、極めて残酷に、流れていくのだ。貴方が何処にいて、何をしていようとも、どの様な環境を作り上げていようとも、どの様な関係を保っていようとも、裾野から初めて、否、振り返って眺める山の頂は、誠に神々しく、以前貴方が踏破した事実を語るでもなく、ただ黙して佇むだけだ。それはとても愛おしく、美しく、はかない。確実に、絶対的に、何の間違いもなく、貴方の目の前を、肉体を、精神を、自己を、全てを通り抜けてゆくのだ。その山の頂は、貴方が眺めている限り、いつも頂であり、貴方がこの世界と離別した後も、頂であり続け、無数の足跡を残しながら、夥しい至福を残しながら、ただそこに存在し続けるのだ。貴方が感じたのは、ほんの束の間だよ。唯一誰も邪魔できない貴方の望みは、ただただ物思いに耽る事ぐらいのものだよ
相容れない・・・磁石の"S極とN極"。つまり、潜在領域での繋がりを意識できない両人に於いて、実存に及ぼす働きが異なっている場合に双方が相手を称する時に使用される。"右手と左手"とも呼ばれ、自慰行為と平衡バランス保持行為という異なる作業をする者同士が「奴とは違う」という意識を持つのと原理的に一緒。勿論他の生態系でも同じであるが、それを悟られると生物特有の恣意的な営みを破壊する恐れあり。言葉を有する事がその問題を一層こじらせている事はあまり知られていない
移行する・・・長きに渡って確立されていた現象基盤の根幹を数値化する測定技術が、技術自体の進化によってどうやらその現象基盤が"原理的理屈に合わない"事が明白となり、その事態を大衆に知れ渡る前に、"発展"させるように匂わせて速やかに路線を変更する時に使われる「ラッピング加工処理」。「俺達はあんたを信じて何十年もやってきたんだ。それを今更"間違っていました"なんて言い訳で済まそうなんて虫が良すぎるじゃないか。それを認めるのなら、俺達が苦心した分の時間を返してくれ!」と言われ、訴訟沙汰に持ち込まれない為の手際
痛々しい・・・鮮度が落ち、旬の過ぎた(正確には新興勢力に駆逐された)商品が、その商品価値に関して"最後の抵抗"を試みる目的で昔から用意されている 1.裸になる 2.自殺未遂をする 3.雲隠れ 4.プロデューサーの変更 5.スキャンダル のうちから、最適と思われる幾つかを選択し、市場の「同情心」を誘い、束の間"物珍しさ"から来る話題性から、生活の糧を吸い取ろうという仕組みに対して
親バカ・・・普段は人任せで触る事も億劫な精密機器の、分厚い取扱説明書を読みながら、七面倒くさい操作方法やコード類の接続手順を喜んで覚える気にさせる塩梅の(裏を返せば、それだけこの類が世間に多いからこそ、これらの精密機器は扱いが日進月歩で単純になっているのである。だって「撮影用ビデオ」のCMは殆どが"子供絡み"だもの)
失った(失われた)・・・"すっかり忘れ去っていた事・物"を不意に思い返して懐古・消沈する様。第三者の何気ない「そう言えば・・・」というセリフにより具現化する事の多い。「古代遺跡から頭髪まで」その活用範囲は実に幅広い。例外なく"肉体"を失う事によりそれらは幾分軽減される
いつかきっと・・・今回は無理です。諦めて下さい。場合によってはこれからの人生でも無理です。若しくは「数世紀」別の場所でどうぞ。もし、覚えていたなら、の話ですが・・・
甘ったるい・・・携帯電話等の通話相手が貴方より上位の権限を掌握している事で、相手の御機嫌を取る為に声帯から発せられ、周囲を伝搬、普段の貴方を知る、貴方より下位の権限に位置する者達に知られてしまい「こんな側面があったなんて、1.お茶目 2.幻滅」と言う判断材料を提供する事
お高い・・・「仲のいい"異性の"友達」の真相(なまじ"恋人"と公表する事で生じる不都合が商品価値を下落させる恐れがあるので)
嚇かす・・・通常では販売に苦労する"クソ面白くもない"商品を円滑に流通させる為の。「どうしても必要である」と錯覚させる為に、前もってそれが無い場合の日常生活に対する圧迫度合を婉曲・誇張して服用、判断能力の低下に伴う妄想と逼迫感という絶大なる効能を喚起させて割賦販売にこぎつける(口頭)高等戦術。その副作用として「信用」を失うが、大抵これの利用者側は一過性の"売り逃げ"が目的である為に痛手は無きに等しい
諦める・・・慣れた様。より能動的。他で"元を取ろう"とする魂胆に変更する際の。「母親じゃないんだから、味噌汁の味付けが違うのは当然か・・・」
エリート・・・その深層下で「青年期の大部分を犠牲にしてここまで来た」という自負心が反動となって、無意識・無自覚に犯罪に手を染める趣味を嗜む(本人はそれを"職域特権"であると認識する事が判明している)比率の多い種族。当人がいない場所で"蔑まれている"事が多分にあるが、半分はやっかみでもある。どちらにしても「腫れ物」の一種である事に変わりはない。従って、誰一人として腹を割る知人がいないのも特徴的
生き甲斐・・・何処かで野垂れ死ぬまでは飯を喰らう権利を手中に収める際にトレードされる隷属義務観念の一つ。そこで許された趣味に精を出せ
衰え・・・"心地よい汗"が"肉離れ・疲労骨折及び長期療養"へと変遷する様。神経反射の先走りによって生じる
痛くも痒くもない・・・水面下で鬱積、メタンガスの形状を保っている穏やかな化石燃料。燃焼速度が遅い為に、表情としては「安定」しているように見受けられる様。癪に障っている事だけは間違いのない
汚染・・・環境への最適化・適応化を促進させる為に自然が用意してくれた頓服薬。強制復帰型優性淘汰システム
愛は地球を救う・・・愛と呼称されている"肉欲"が地球を巣くう、という事。翻って、地球の大いなる愛は、その存在をもって貴方達を迅速に淘汰し、最善を尽くす。間違ってもたかだか数十年で培われた自我を有するつまらない炭素組成物の「幸せ」と呼ばれる"微笑みの怠惰"を促進させる為だけに地球は、愛は存在しないのだ
過ち・・・繰り返している事に関しては極力周囲に気付かれないよう努力し、犯している事に内心気付いている様子の。その度に様々な発見があり、それを弾みに愉しむ余地のある"ルーティンワーク"の一種。実際、行為として成立したものが、そんな筈のない別の結果を運んでくる場合などに思い知るもの。彼方の未来に影響を及ぼすものも存在し、過去に於いで、それとは程遠い"数十分間程度の"欲望相殺が、数年後に自分が"親"となっている事実を受け入れなければならない状況を前に、件の欲望相殺を位置付ける際に用いる。稀に習慣として日常生活の"生き甲斐"の一部となる場合も
相槌・・・"辛うじて聞いています、とりあえず続けて。内容は殆ど把握してませんけれど、そうしている間に、貴方のお気に召す台詞でも考えていますから"
俺、僕、私・・・自己主張を始める際の発句