「か」の暇潰し定義達

クリスマス(イブ)・・・"性夜"。幾千年もの長きに渡り、そのきっかけとなった本人が最も悔やんでいる「肉欲の祭典」。その愚行は大抵夜半過ぎに行われる

恋・・・「愛」を手中に収めるまでのプロセス若しくは心理的"躁鬱"状態を総称する。それにより派生する行動様式は個体により様々であるが、「愛」が"独占欲→依存欲"の絶妙のバランスを保ちながら推移するのに対し、恋は屡々マスターベーション的な方向性を示す。対象は血が通っている人間がその限りではない。個体→外的対象物と言うエネルギー変換償却が不可能と判断された場合、発作的衝動を伴う実力行使となる事も。情報収集力・分析力・行動力・観察力etc...諜報機関や興信所に勝るとも劣らない能力を狭い範囲で短期間個人に与える力を持っている。加えて想像力や自意識の拡大をも促し、一見して有意義であるかに思わせる(触媒なしに、という意味では)→裏を返せばそれだけ凶悪な中毒性があると言う事である。発生するエネルギーは純粋で強力であるが、個体のモチベーションによる方向性の違いで天使にも悪魔にも変貌する

行楽・・・目的意識と、それに至るセオリーを念頭に行動する"発起人"が最も疲労し、翌日の稼働率低下を招く元凶となるもの。「休みの日ぐらい・・・」という要望に対する見解の相違("家でのんびりしたい→外出したい"の振幅)が最も如実な

怖いもの・・・人類が開発した学問体系や技術力をもってしても埋まらない隙間の事であるが、情報によって区画整理が進み、さらに隙間が"隙間"としての存在感を増す事で、今までそれと意識しなかった事象がその対象へと昇華する

雇用・・・厳密には無意味な事業の、厳密には無意味な人員拡充を、厳密には無意味な利用価値しか持たぬ連中から、厳密には無意味な基準を用いて、厳密には無意味な時間を潰す場所を提供し、厳密には無意味な"消費欲"を煽り立て、厳密には無意味な生き甲斐を構築させ、現実的に無意味となる迄鎖に繋いで飼い慣らしておく事

今度こそ・・・毎度お馴染みの

こころ・・・"小生意気なガキ"と感じられ始めた直後より発生、蓄積され始める、と一般には考えられている「自我の素養」

賢い・・・他人の同情を誘う言い訳に長け、不測の事態に於いて他人を盾にしてもイヤな顔をされない"やり込める"だけの知識・情報の豊かなる様。一般人が身に付けたがる才能の一つ。これがあればとりあえず人を見下して自分の存在価値を高められ、他に対する有用性を強調できるが、反面自らの手を汚す事を最も嫌う

奇遇・・・一番乗りのつもりだったが、全く同じ事をしている連中と不意に出くわし、仕方なくお互いの健闘を讃え合う様

愕然・・・"きぐるみ"とは知らずに好意を持ち、恋愛をし、全面依存に至ったさなか、不幸にもその"きぐるみ"の中身がくたびれた感じで溜息をついている姿を目撃し、構築されていた将来設計が音を立てて崩れていく迄の。結局、蜜月はそう長く続かない

癌・・・一向に進展の兆しが見えない個体に対し、自然が「自己の再認識作業」を促進させる為に先立って遣わす"純粋化石燃料"。各段階的に"絶望・孤独""意義・目的""平穏・充足"を喚起、それに伴って肉体維持活動を意識的に制限・縮小させる。極稀に外界の思念や刺激、宿主の意識変成により活動を停止する事があるが、この場合宿主が"博愛主義者となって神だの仏だのと口にして一般人を感化する"布教活動要員として利用価値がある、と見込む為である。こいつを有効に活かせれば「人間はその"絶対的存在の愛"を信じる事によって救済の道が開かれている、かもしれない」という思い違いを刷り込ませる事が出来、易々と人間を止めようとする連中の歯止めとなるからである。逆に、死に対して闇雲に恐れ、生に固執・欲望を露わにする事で症状は悪化する(それらの負のエネルギーが彼等の絶好の成育条件となるからだ)

紙一重・・・優れた雀士、優れたスポーツ選手、優れたコメディアン、優れた芸術家、優れた教師、優れた探偵、優れたビジネスマン、優れた弁護士、優れた警官、優れたオタクetc...の、彼等がそのカテゴリで生活が営める社会環境であれば、取り敢えずその分の夥しい犯罪者を排出せずに済んでいる、という極めて脆い事実。それに倣って様々なカテゴリの強化と保全を積極的に行い、新たなカテゴリを並行して開発、そうして一体何処までが犯罪として成立するのか分からなくなる始末となるべき

感嘆・・・全く興味のない四方山話を早々に切り上げてもらうよう遠回しに懇願する、成功率3パーセント前後の方策。後の96パーセントは、図らずともその話に弾みをつけさせるきっかけへと成り上がり、残りの1パーセントで「小馬鹿にされている」という感情を相手に喚起させ、相手に違った興味を抱かせる始末となる

こだわり・・・問い質して当人の"常軌を逸した"世界観を垣間見たくない・無闇に感化されたくない・無駄話を聞かされたくないが、"偏執狂・変態・オタク"で片づけては気の毒である、という意向から、他に迷惑がかからない範疇で放置されている"癖"の一つ。これに快楽的要因を見出すことで個体は自らに誂えられてある「名前」と呼ばれる個別化を推進するきっかけとなり、それをもって「個性」への構成因子とする

行程・・・悪あがきという"愉しみ"が知覚されている間

極秘・・・公開する手間の省けるもの(注)本来の意味での"極秘"であれば、それが「極秘」である事すら(妙な話だが)「極秘」にされている筈であり、文面やコンピュータなどに落とし込んではいない。そんな不確実で人目に晒される恐れのある物に頼らなくとも、その能力を有する人間を配すれば済む事。用が済めばそいつらをまとめて処分する(能力を手際よく削ぐ)能力を有する人間も用意する。そういうものだ。それらから、往々にして「極秘」が漏れることがあるが、それはその極秘がそもそも「極秘」でなかっただけの話である。そいつを「極秘」と位置付て"内容を隠そうとする頑なな姿勢"を見せれば、("真実の追究"とかいう冠を付けて)そいつを調査する機関を立ち上げることで幾ばくかの輩の食い扶持が賄え、様々なメディアの格好の暇つぶしになるのだ。丁度UFOや超常現象等の不確定現象に関する調査機関がこれに当たる。ケネディー暗殺なども、アレで相当な暇つぶしと荒稼ぎになったはずである(現在進行形)

快感・・・あらゆる要因が個体の許容量(差違はあるが)を超えて加えられるストレスとなる場合、脳の回路が偏重を来してしまう為に起こる脳内物質流出現象。痛みや痒みからも発生。屡々「幸福」と重複する錯覚を被験者に認識させるため、人為的に発生させる様々な有機触媒(非合法)が作製されたが、"常識人"の格好の餌食となる。観念的には"蚊に刺されて皮膚を掻き壊すまでの間"が慣例であるが、個体の趣味性の多様化により様々な(内面的)快感も存在する(クルマ・カラオケ・マラソン・射撃・高価なステレオ・目の焦点が合わない・満員電車・ストーカー・人殺し等々・・・)。個体の"趣味"の母胎部分に関わり、強い促進作用を持つ。個体によって様々であるが、過去の経験によるピークレベルが設定されており、その瞬間にさしかかることでこの状態になるが、稀にピークが持続性を保つ事で脳細胞を破壊する恐れがあり、帰還不能となる事も

快楽・・・快感に至る想起的な愉しみと過ぎ去った快感への回顧的な(幻想としての)楽しみ、及び全行程に浸透する、行為を煽る肉体・精神的高揚感

空白の・・・相互に共有できる貴重な話題に延命処置を施すつもりで持ち出したたとえ話が1.的を得ていない 2.下ネタ混じり 3.オチが消失する 事で訪れる、次にどちらかが口を開く勇気を奮い立たす迄の

強硬・・・領域内で立場的に先端部分(最高位)を任されている"生贄"が、同領域内に棲息する連中の利得を代弁・主張する為に他の領域に向かって(当人はそんな事迄したくはない、と考えているのだが、如何せん彼の後押しをしながら責任の所在を押しつける"側近"と言われる「大バカモノ」が脇をガッチリと固めているので)取り敢えず抜いた刀のやり場に困り、挙げ句に刀を納めるはずの鞘を件の「大バカモノ」が隠してしまった為に引っ込みが付かなくなる様

答え・・・分かり切った事を相手から提示されるという煩わしさにより、それ如何で他人から卑下される(認識の相違点で)可能性のある質問を「私が言うまでもなく、貴方が一番分かっているでしょう?」と言う事によって調子に乗りつつある相手の気勢をそぐ技法。これで大概のうるさ方はケリが付くが、「貴方の口から直接聞きたい」という小賢しい反駁が返ってくることがあるが、その場合は「貴方の喜びそうな答えを造り上げていますからちょっと待っていて下さい」と言えばいい。もう貴方に質問をぶつけようとはしないはずだ(注)複数でのやりとりの場合は手短な発言意思のない第三者に矛先を向けることをお勧めする。そうする事で(2+α):1の「詰る法則」が完成する

惜しい・・・それに払った努力すら忌まわしい、それと同等の努力で頓挫した(報われていない→評価されていない)数多くの歴戦の勇者と共に"無縁墓地"へ埋葬される事が濃厚となった

悲しみ・・・自分の持ち物(と身勝手に位置付けているもの)がなくなる、若しくは奪われる事。個体内で過去のデフォルメされた美しい"所有時の記憶"がスローモーションでリピートされまくる過程で現状を悲観する個体に囁きかける小悪魔。記憶が美しければ美しいと思い込む程現状復帰は困難を極める。「元々何も持っていない」事に気付かない個体が主にこれを実践する。屡々記憶は大袈裟である場合が多いが、他人への同情を買う為の賢い方策であるとも言える。代償とされる対象を得る事で相殺を試みる場合、屡々個体の体型を変化させる働きを持つが、相殺されてもその対象への依存体質が抜けきれず、個体の趣味として定着し、個体維持活動を著しく蝕む危険性を孕んでいる(拒食・過食症等)

幻滅・・・離脱する(別れる・切る)理由を見繕う為に、相手の日常行為・挙動を徹底的に探索・検証した結果、「どうやらあの"趣味・癖"に持続性・中毒性がある」という法則を発見し、その"趣味・癖"を忌み嫌うそぶりを見せる事で離脱に対する双方の後腐れ・わだかまりを軽減する根拠となるもの(注)基本的にこの語句が使用された場合、使用側はほぼ間違いなく貴方に「飽きている・もう顔も見たくない・興味が失せた」のであって、貴方の"趣味・癖"が直接の原因ではない。それは都合の良い・もっともらしい言い訳の通る材料の一部分(本心をありのままにぶちまけて貴方の自尊心を傷付け、これから先の人生に怨恨を残したくない、ストーカー化する貴方を見るに忍びない、という配慮)に過ぎず、相手の心情は貴方の想像を遙かに超える思念で満ちている(憎悪や精鋭的な拒絶等)。従ってそれを機に貴方がその"趣味・癖"を矯正する姿勢を見せ("努力・悪あがき"という醜態を晒し)ても到底無駄な話なのである。この危機的状況に直面した貴方に出来る(刑法に抵触する以外の)唯一の方法は「心底打ち込める(依存できる→暫し忘れられる)趣味を見つけだし、没頭する事」である。運が良ければその趣味を盾に、離脱した相手を見返せるかも知れない

概念・・・存在の目的、及びそれらに付随する行為の正当性を(誰に・何に対して、という"基礎的な疑問"は視野に入れずに)"服用"させる為の「方便」としてこれを利用、より多くの個体に共有させる事で精神的に"安心(去勢)"させる力を持つ

こざっぱり・・・個性的で独自性に富む特徴・特色を(その部分が意味もなく目立つ、という観点から)活かす努力をせずに極力目立たぬようにして、本来の風味や趣を損なう事。その対価として「より洗練されている」というイメージを抱かせる

会社・・・より臭いウンコを出す為に他人を貶める手練手管と高価な趣味にうつつを抜かす為に知人から金を巻き上げて孤独な時間を手に入れる技法を習得する"布教施設"

画一化・・・教育・倫理・道徳の「能面」を被らせる事で内面に気を配らなくなり、腐敗する素顔を晒す恐怖心を植え付ける世襲政策の一種。社会システム維持に貢献

去勢措置・・・「人間が生きている間にはもっと楽しいことが沢山ある」と思い込ませることでより"死"という個体に及ぼされる絶対的事象を忌み嫌う感情を個体毎に植え付け、個体の様々な欲望を煽る体裁を整えて経済を活性化させる試み

義務・・・立派な一人前の「誰の稼ぎで食っていけてると思ってるんだ!」と頭ごなしに怒鳴る事でしか存在意義を見いだせない成熟した個体へと昇華する為に必要な荷物を背負う前段階として"大きなショイコ"を背中に負ぶる事(二宮金次郎の如く)。属性への「イヌ化」。この道理に気付いてしまった子供は速やかに処置せねば後の憂いとなる事は必至

権利・・・個体が依存している社会に「隷属」する義務への謝礼としてもたらされる"体制側にとって痛くも痒くもない条文"。あらゆる個体に於ける属性を纏め、効果的に縛り上げる社会生活上の総体的規約。従って個体としての権利は"ない"と思っていれば間違いない。嘘だと思うなら試しに「死ぬ」権利を謳ってみるといい。「人道的措置」という名の呪縛が貴方を待っている。因みにその条文とは「他人に迷惑をかける恐れにある趣味を持たないようにする。経済活動で調達した金券を速やかに消費する。貴方の子供は貴方位の融通を保たせる。不平不満は、それが不平不満と感じないようにする」という事だ。もし貴方がそれに対しての権利を主張するなら、先んじて遂行・維持しなければならないものがある。即ち「社会が誂えた義務に隷従する」という事である。それにより貴方はこのシステムの抜け目のなさと"権利"の中身の脆弱さを思い知る事になるだろう。「生きる権利」と貴方が考えているものの正体は「社会が個体を飼い殺しにする為の人道政策」という事である。好むと好まざるとに関わらず、この社会で生活を営むのであれば、以上のはかりごとに身を委ねなければならない。それが個体の義務であり、権利である

筋肉・・・減量、或いは体脂肪の減少を促進させる為に一定量の装備が望まれるものであり、その整備段階で体重が増量している事実を本人の納得が行くまで説明しないと、整備前より醜悪な結果を招く元凶となるものであるが、これの装備が整っている身体を作り上げる事により自分の「痩せ方」を把握できるようになる、というもの。「先生、痩せたいのですが」『そうですか。それならば、貴方の場合は・・・このダンベルを持って、先ず上腕を鍛えましょう。初めは20回を1セットとして、4セットを・・・』「ちょっと待って下さい、それじゃあ、腕が太くなっちゃうじゃないですか」『大丈夫です。質を上げる為の強度にセットしてありますから』「そうなんですか・・・じゃあ、あと何をやれば良いんですか?」『腹筋と背筋、前腕に大胸筋、三頭筋に二頭筋、前頸骨筋に・・・』「そんなにやるんですか!」『まだ上半身のパーツの一部しか説明していません。それから、大臀筋や大腿筋群、ヒラメ筋に・・・』「体重ばっか増えちゃうじゃないですか!いつになったら痩せるんですか?」『それらをある程度まで強化して、エアロバイク・トレッドミル・ステアマスター・エアロビクス運動・水泳等の持久力系運動に長時間耐えうる身体を・・・』「具体的に"痩せる"迄にはどの位かかるんですか?」『人によって個人差はありますが、毎日やっていれば、半年もすると変化が現れます』「そんな気長な苦痛には耐えられません!もっといい方法はないのでしょうか?」『簡単です。一連のトレーニングの目的を"痩せる事"から"趣味"へと昇華させればいいのです。大丈夫、アッという間に半年経ってしまいます』「せめて一ヶ月ぐらいで何とかなりませんか?」『リバウンドが凄いですよ。一時は痩せたように見えても、肉体のダメージは相当根強く残ります。そうなると、次には更に痩せにくい身体を抱えて私の前に現れることになりますよ』「わかりました。取り敢えず運動を続けてみます。そのうちに趣味になっているといいと思います」『その通りです。"継続は力なり"ですよ。それから、これは、貴方の食生活改善メニューなんですが・・・』「ええっ!こんなに肉類や穀類を摂るんですか!それも一日四食なんて・・・無理です、出来っこありません!」『ここに示したメニューは、何れも貴方がこれから手に入れるべき肉体を強化するのに欠かせないものです。これを摂らずに闇雲にトレーニングをしても、却って肉体にダメージを及ぼし、場合によっては"長期療養"なんて事にならないとは言い切れませんから』「こんなので本当にダイエットになるんでしょうか・・・」『ダイエット?ああ、すみません。私はてっきり"減量"の事をおっしゃっているのだと思っていました。それなら、どうぞ好きなだけ喉の奥に指突っ込んで、寄生虫でも身体に入れて、水だけ飲んで、貴方の思いつくあらゆる醜悪を実践して下さい。それならきっと痩せますよ。正確には"やつれます"ですけれどね』

勘違い・・・長く一緒にいる・言いたいことを言い合う・気心の知れた間柄になったつもりでいる状態が継続する事で無意識に増大するもの

気が付くと・・・新品のCDケースに付いた引っ掻き傷、の様な

学術・・・どのようにすればその無意味な探求で飯が食えるのか思案する縁となる「燃すしか用を成さない紙っぺらの束」の中身。その無意味さに意味合いを持たせる作業に従事することで時にはその紙っぺらに名を連ねる程の「ろくでなし」として死後も醜態を晒す事が出来る

研究・・・或る一つの総体的な条件より遠ざかる(近づくと金にならない)為に様々な工夫を凝らしてちんぷんかんぷんな繰り言を一般人に鵜呑みに(納得させるとは言わない)させ、一分もあれば説明の付く要点を百枚のレポートにでっち上げ、件の要点を都合良くはぐらかして何度も使い回す事で飯にありつく技術を培う事。その総体的な条件とはズバリ「無意味」であるが、その「無意味」に至るまでの研究が果たして「意味」が有るのかという議論はとりあえずさておき、「無意味」に気付くことで研究を断念すれば、それは「意味」があるといえる(退屈しのぎの趣味という数多ある人間の必要悪を一つばかり減らしてもしょうがない話ではあるが)。個体の人生の殆どを費やしてしまった研究に自らが依存している(商売人に鞍替えするほどの甲斐性と意気地がない)場合、「無意味の断片より何らかの意味を探し、それが優れた事であると思い込む」事で対外的な体裁は取り繕えるが、それ程の思い込み(趣味性の問題だが)が不得手な場合「どの無意味に依存すれば飯が食えるのか」を真剣に考えることだ。周りの一般人は「得体の知れない」貴方を見てとりあえず「凄い」と言ってくれるだろう(大抵その「凄い」は"卑下・蔑ろ"の場合が多いが、面と向かって言われる訳ではないので、それ程気にするレベルではない。気にする程の細やかな神経の持ち主で有ればこんな趣味は持たないとは思うが)。よくできた思い込みに賛同する(優れていると思い込んでいる、という意味で)一般人をかき集めることでとりあえず老後の安泰は保たれるかも知れないが、その一般人より選ばれた「その趣味を引き継ぐ潜在的ろくでなし」により過去の繰り言を覚えさせる(後継者の育成という)煩わしさを背負い込まねばならない宿命を帯びる

健康的な・・・少なくてもスレンダーではないし、グラマラスでもない。肥満とも言い難いが、"丈夫"そうである事は確かだろう

堅実・・・見据えられた"人生の運行ダイヤ"に則って、指さし確認を怠らない、周到な。(注)ちょっとした運行ダイヤの乱れ(不可抗力等)に対処する柔軟性を持ち合わせていない事が多いので、長引くと自暴自棄の恐れアリ

芸術的・・・(!)より(?)に分がある場合にこの表現を持ち出すと或る程度周囲の同調が見込める(それに対しての主観的意見を他人から求められない事が前提となるが)、正直なところ訳が解らないものに対して

確実・・・万有引力の法則全般に(リンゴを落として、それが地面に落下せずに上空へ舞い上がる程著しい環境の変化がないレベルに於いて)付随する程度の

活動・・・"安定・静止"に不安を抱く事で個体が自発的に行う「ブラウン運動」

かすめ取る・・・営業活動が奏功する

格好いい・・・容姿が悪ければスポーツに打ち込め!知識で武装しろ!バカな事をやれ!芸術をかじれ!歌でも歌え!ゲームソフトでも作れ!コスプレマニアになれ!その評価を貰う為に人生を浪費せよ!それを生き甲斐にしろ!

我慢できない・・・我慢している、我慢できている、あと少しは大丈夫、或いは極度に無口・無反応になる前段階の。他人の宥め(気遣い)で鎌首をもたげ始めている凶暴性を押さえ込める余地が若干残っている状態

緻密・・・身動きはおろか、呼吸もままならない状態。その挙動がすぐに全体へと波及する恐れがある様。どこかの国の"マスゲーム"でお馴染みの

解説・・・物事を解り辛く説き、字数や時間・空間を埋める事で飯を食う作業に従事する連中の趣味に付き合ってしまい、違った意味での興味をそそられるきっかけを授かる事。興味を持った事物に関する前後のプロセスを、下らない会話の弾みとなりうる「蘊蓄」として入手しておく算段をする事でドツボに填るが、遡って「旧約聖書」レベルにまで掘り下げる事が出来れば誰も文句は言わないだろう(相手にしてもらえるかどうかは問題外だが)

空腹・・・感染比率によって、食材の鮮度や質、値段を下げても十二分に舌包みの打てる心理状態を提供すると同時に製薬会社へのキックバックを精力的に行うもの

聞いた話・・・幾ら遠い異国だからといって、東洋の何処かに「天翔る龍」なんていう家畜はいやしない、という事

公共事業・・・国によって予め囲われている痒い部分に、立派な"まごの手"の形をした、その役割としては"アリの手"以下の仕事量しかこなせないクズを宛い、そのクズを維持する名目で携わる関係者一同の子孫を私立の学校へ通わせる事を可能とした。それらの確認要因としては「目的地への到達時間が長い(断続的な渋滞に巻き込まれる)・水道や電気やガスが止まる」等として露見するもの。経年劣化に対しての取り繕いが最もスムーズ

快適・・・恒久的エネルギー消費。これになる為に汗を流す、これを満たす場所に移動する、これを維持する器具を稼働させるetc...つまり、どの様な状況に於いてもエネルギーを放出するという事であり、これが地球温暖化に拍車を掛けている事実は蔑ろにされているが、地球自体がこれを推進する為に活動を活発化させると・・・。まあ、彼がその優先順位を主張しないように祈ることだ

可能性・・・個体毎に予め割り振られている"悪あがき"の質量・熱量

軽蔑・・・「間の悪さ・状況判断の甘さ・思惑のなさ」か災いし、"一番最後まで感情を表に出している"事が他人に知れ渡ってしまう様

利いた風な・・・無意味に同情されている・一つ話しただけで理解したつもりでいる・腫れ物に触れるような扱いを受けている卑屈が見え隠れしての"返し"

窮屈・・・目を閉じる、若しくは動かない事で軽減されるもの。閉所に押し込まれても寝ている間は感じないもの

後生大事に・・・「これに熱を上げる趣味人の増加に伴って、若しくはこれを取り上げた番組が制作されることで、いつかは日の目を見るかも知れない」というはかない思い込みに夢を託し、居住域を占拠するガラクタの手入れに勤しみ、いつしか自分がガラクタになる様。そして最終的に、持て余し始めた当人の親族達が解体業者に依頼して(金を払って)処分することがあらかた予想される。しかしながら"当人が先に処分される"という意味では幾分救われる、と思われる

稼ぐ・・・限定された作業工程内での挙動を派手に見せる(無駄な動作を多用する)事で意識的に疲労感をアピール、それを傍観していた凡そ7割はねぎらいを投げかけ、後の3割が学習教材とする、「その手があったか!」という手本

くだらない・・・「気になる」と口にするのが癪な。別の機会に流用する価値の残されている

感情移入・・・民間人を登用した(様に見せ掛けている)目的達成番組が乱立する理由

原則的に・・・"前例"の一つとして記憶されるかも知れない、若しくは追放処分を受けるかもしれない「立ち居振る舞い」をしそうな恐れのある人物に対して、運営側から「禁止事項」として事前に通達される、抑止力のない"警告"。こういった大して役に立たない規則を進んで破る行いが認知される事で、様々なスポーツは枝葉状に類別体系を確立でき、新たなスポーツとして派生したりもする(サッカーから生み出された"ラグビー"のように)。面白ければ・多くの人が賛同すれば迎合されるもの

会話・・・他人を卑下・屈服させ愉しむ為に用いられるが、大抵一方が相づちを打つ程度で受け流すことが多いので"会話"として成立するのは一万分の一程度である。従って多くは"特定の対象に向けた互換性(相槌)のある雑談・放談"と解釈される。よって間違ってもそいつで相互理解が成立するとは思わない事だ。「楽しむ・楽しませる」「納得する・させる」のは貴方の思い込みであり、一つの選択肢であるが、後になればなる程大きな怨恨と後悔と自責の念を抱えるか、若しくは友人をなくすかするはずである。図らずともその状況に遭遇した場合、口に出した言葉を紙に書いて相手に渡し、相手の出方を伺う方法をお勧めする。時間はかかるがその方が後から余計な長電話をせずに済むはずだ。屡々「会話を愉しむ」と使われるが、その真意は"面と向かって好き勝手放談してストレスを発散させる"程度の代物である。その際内容の有無を確認するのは愚問である

結婚・・・自分の持ち物を公的機関を通じて一般に知らしめる為の「期限付き借用承諾証明書」発行手続き及び新規取得物の公開儀式。これにより貴方はもう一人の自分を養うだけの食い扶持を他から奪いとらねばならない。そうしなければ貴方が"たそがれ"た場合の"リターン保険"製作が滞るからだ。その"リターン保険"にも同じようにコストがかさむが、これが国の豊かさで明日の貴方の幸せだ。多くの常識人がそうしているように、当たり障りなくそのまま過ごせれば貴方は稼働する貴方の保険と、目に入れても痛くない"保険の保険"に囲まれて安寧な余生を送ることができるが、屡々貴方の不手際と持ち物の趣味性により貴方の持ち物が借款撤回請求をすることがあるので注意したい。請求が通れば貴方の"リターン保険"と食い扶持の多くは手放した筈の持ち物に吸い取られていくことになる。貴方が常識人なら件の手続きと平行して予め自分の持ち物を増やしておくことだ。「転ばぬ先の杖」となるであろうが、そもそもこの「独占欲・依存欲」を帰結させるだけのつまらない儀式に見切りが付けばそれらのリスクとは無関係となる

子供・・・国、社会、地域、家庭にとって必要不可欠な"リターン保険"。現在はこの"リターン保険"であるはずの子供達に大人は翻弄されているが、そもそも過去の忌まわしい物質至上主義を"幸せ"とすり替えて(醜態を晒しながら)成長したツケが廻ってきただけであって、単に教育や家庭環境を見直しただけでは何も変わるはずがない、と気付かない大人達に子供達は益々愛想を尽かしているのが実状である。子供は貴方達大人を尊敬していないし、信じてもいない。何故なら貴方達大人は、子供にとって"過去の醜い"存在であるからだ。平たく言えば"死にゆく"存在なのだ。"劣っている"存在なのだ。"適応に労力の要る"存在なのだ。何れは貴方達は貴方達の拵えた"リターン保険"に社会を委ねる事になり、"リターン保険"の作る規則で縛られて寂しい余生を送るのだ。それがいやならせいぜい子供の能力を奪う事だ。「道徳・倫理」とやらで。しかし「進歩・進化」を高らかに謳うのなら、子供達は貴方達より数段優れているのが理想的と言える。それを"技術の"「進歩・進化」とすり替えるのなら、子供は貴方達より役立たずでも問題ないわけだ。その狭間での調整が上手くいかないから子供は"キレ"るのだ。大人よ、もっと「もっともらしい嘘」を習得せよ。メディアが持ち出す「お涙情感企画モノ」に引っかかるのはせいぜい中学生迄だ

痒いところに手が届く・・・堕落促進効果

国際人・・・厚かましさと所有物の自慢と金のかかる趣味の互換性に富んだ、その空虚さに最も無頓着な(その無頓着は"ステイタス"と呼ばれている)

解決・・・パッチワーク処理

根本的解決・・・社会にとってそれが達成されては非常に困るもの。何故ならそれに至るネタに様々な緊急措置と呼ばれる「延命装置」を取り付ける言い訳が取り繕えるからだ。従って仮にそれが達成されでもした暁には、低体力で高齢の会社役員連中は莫大なローンと犯罪者一歩手前の身内を飼い慣らすリスクを背負って路頭に迷わなければならない。従ってこの社会での"解決"とは、「その言葉の持つ有効範囲内でどれだけ"緊急対策"と呼ばれる必要悪を稼働させ、一般大衆の糾弾の矛先をそちらに向けれるか」という理念に基づいている。通常の個体レベルの欲望と同じで、"それに至るプロセス"が肝心なのだ

空想・・・まだ見ぬ、潜在的に存在する全ての事象がたまたま個体の幻想となって現れる事。そして究極的には個体の幻想であったはずの空想が、それを司る個体の現実となって知覚される。という事は、この世界も貴方の空想の産物である可能性は否定できない

解消・・・成立した事象に対し、散々依存し、楽しんだ挙げ句"相違"というお決まりの理由を付けて初期出荷基準値へと戻そうとする(役所から貰い受けた紙切れにハンコを押す)力。俗称:クーリング・オフ

告白・・・人目を憚る大層美味い料理に舌包みを打ち、大量の下剤を飲み、括約筋が限界を超え、夥しい汚物をぶちまける様が"上の口"に起こる事。この場合、大量の下剤にあたるのが「周囲の追求」

警告・・・十人中一人は純粋衝動からトライするかもしれない別の楽しみ方について、過去のトライ実績が及ぼした影響を尊大にアピールする事によって残りの一人が如何に勇敢であったかを周囲に示すさきがけであり、新たなる"残りの一人"を、システムのバージョンアップを図る為のサンプルとして確保する際に掛けられる"篩"の一種

後世に残る・・・ビジュアル的に説明すると「しつこく便器にこびり付いた、褐色で"粘性の高い"廃物」。時の流れ(洗浄水流)と民衆の無関心・移り気(水圧の強い小水)によって消え入る宿命の

気楽に、気軽に・・・殆どが「本当にそうする可能性はゼロに等しい」という希望的観測から投げかけられる事の多い辞令句。従って"本当にそうされてしまった"場合の対応策は常に後手に回る。類義語に「遠慮なく」がある

勝手・・・個体の立ち居振る舞い。「〜の為」という言い訳を誂える事で昇華。他の「〜の為」という言い訳と利害がシンクロした場合、優先順位を全て自分に設定、今度はその「優先順位の為」に他を貶める事を厭わない

軍事・・・「イチモツ」。男性主導型社会の副産物

小言・・・立場尊重・維持の、少しでも敬意を払うようそれとなく促すつもりで

浸透圧・・・"安きに流れる"

危機管理・・・自分の借り物と所有物を、赤の他人や災害で壊されないように(自分の手で壊す楽しみを残しておく為に)囲っておく為の。当然その範囲には"自分自身"と呼ばれている借り物も入っている。自分自身が「管理されている」という自然の道理に無知である事から派生するもの

個性・・・年毎に濃度の落ちる内容物を封じ込めた煌びやかな"ペットボトル"(参照→安堵感)。早い話が"クリスマスツリー"のようなもの。従って貴方の個性とは「ペットボトルを如何に見栄えよくするか」という事にある。決して「見識・認識の個人的差違」と捉えてはいけない→"常識人"より迫害を受ける対象となる。屡々他人を卑下する意味合いで「個性的」と使われる(この場合の"卑下"とは「一般常識的でない」ということ)よって抑もが使われるべき言語ではない。これをやたらと尊重すると、却って自己尊重・他人軽視を煽る事になるのだが、教育者はそれに触れぬよう努力している。「金にならない」個体を排出するのに忍びないからだ

危機感・・・食物連鎖の頂点に立っているというとんでもなく浅はかな思いこみの為に蔑ろにされている人間本来の管理能力。従って世間一般で使われる危機感とは「仕事・対人関係・金・異性」に対してもたらされるもので、生命の危険を肌で感じる本質的な意味とは遠く隔たる。通例として、雨ざらしになって期限の過ぎたクレジットカードの払い込み催促通知票がポストの隅にへばりついているのに気付いた・公衆トイレで紙の確認を怠って用を足してしまった・恋人との待ち合わせをすっぽかしてしまった時等に発生

空虚・・・非常に多くの意味(味わい・趣)の漂っている。消臭剤のような。"無"等と同じく、記憶にによる情報蓄積がなければあまり意味のない場所→人間にとっては意味のある場所、と思われている

救済・・・通常では気にならない部分を"不幸で不遇な痛みである"との認識(錯覚)を迫った上で、それを取り除くように見せかけて苦悩を先送りにする目論見。

恐怖・・・一過性機能障害により思考形態に変調を来す事。一般的に個体の経験により嫌悪される事象や現象が顕在化し、個体での認識可能な範囲に据えられ、それが肉体に及ぼすであろう影響をあれこれと妄想する為に起こる。高層ビルを見て足が竦むのは、あたかも最上階より飛び降りるかの如き衝動が内在している為に起こると思われる。対して「高層ビルに行かなければいけない用事がある」と考え、滲み出る恐怖で消沈するのは"それ(恐怖に至る)迄"の不安材料でもある

共感・・・同じ"思い違い"を美徳とすり替える事で首の"縦振り挙動"が増幅し、大勢が占める、より権威ある"思い違い"を共有した気になって安堵感を得る事。よりビックネームで、より学識のある連中より発せられた意見を自分に同調させる作用。あくまでも主観的で一方的な判断材料なので、「全般的に肯定されている・支持されている・受け入れられている」等と思い違いをしない事だ

基準・・・確定と共に水準へと引き上げられるもの 水準・・・確定と共に淘汰されるに十分な根拠のある 標準・・・「誠にあいすみません!」と、誰かが生贄となって陳謝するまではその泥沼で水浴びを許された数多くの偽善者と共に過ごす夕べ

この世・・・初期段階において「適応せよ」というシンプルな命令系統を単位毎に維持させる事によって球体内に発生する様々な行動様式を何となく興味深げに眺めている内に、いつしか「あそこへ行って一緒に楽しんでみたい」という純粋衝動に駆られて物理世界を体験、それらの現象を「実に愉しいことである」ど思い込んでしまうほどボケる事により自分で仕掛けたトラップにまんまと填って実に永きに渡り個別データサンプル採取業務に携わる所。「自分で造ったRPG(ロールプレイングゲーム)で自分を見失うほどのめり込む」現象と酷似

気付く・・・「そこにいる」事が何となくわかる様。翻ってどの様な立場の存在であろうと「そこにいる」迄の事は"わからない"という事。それは決して"存在の理由"に気付くことではない。むしろその逆で"存在の理由"が「そんなものは最初からない・なかった」と気付くだけの事。例えそれが"万物を創造した"極めて象徴的な存在であったとしても、だ。彼らには彼らの"わからない"が存在し、「最初からない・なかった」が存在する。全ては如何。後悔と至福の日々 気付かない・・・取って代わられている状態。死ぬまでこの状態の個体が大勢を占めるが、それはそれで幸せな事である

権威・・・目隠しで綱渡りを繰り返しているうちに、足下の脆弱さに無頓着になる事。「一代で財を成す」個体に顕著。大抵この手の連中は、真っ逆様に転落した挙げ句に「何だ、俺の足下は最初の頃とちっとも変わっていなかったじゃないか!」という事に気付くのだ。お粗末

関係・・・何らかの利得がもたらされていると思われている間は、どちらか一方、若しくは双方が保とうと努力されるもの。この際、相手側の思惑がとっくに相殺されている(保つ努力をする理由がない)場合は「年賀状の一つもよこさない奴」へと変遷しているので、貴方はその相手にとって「何の利益にもならない」個体へと成り下がっている可能性がある。この場合、貴方がその相手にとって「利用価値がある」と思わせるだけの魅力がなければ"着信拒否・メモリ削除"の憂き目に遭う事も

記念・・・(発生要因が)能動的で個体別の場合、回を追う毎に衰退・忌避する傾向にあり、(過去の因縁を無関係の他人が浚うような)受動的で広範囲の場合、回を追う毎に華やかになり、ビジネスのネタとして「Tシャツ」の胸にワンポイントであしらわれるもの

クルマ・・・大量殺人兵器の発射ボタンに指を添えたまま、それを「押さないで済ませる」だけの思い込みと背徳により、運転手以外の個体を快適にあの世へ送るよく出来た「人口抑制装置」の一つ。「〜かもしれない」という不安要素を「〜の筈がない」という思い込みにはずみをつける事で機能、持たざる者の欲望を煽る(持ち得た場合の利便性を刷り込ませる)事により、人口に対して常に定数は保たれる。それにより更に高度で緻密な殺人兵器を開発する業務と、ある特定の公共サービス業に携わる個体に恩恵をもたらす

クルマ好き・・・憧れのクルマに乗る、と言うのは純粋なクルマ好きのする事ではない。それは"クルマ見られ好き"と言うものである。そこには、二次的な副産物を当て込んだ疚しい思惑が見え隠れしている。実用性が乏しければ乏しいほど、その傾向は一層強く見られる。ましてや「身に付けて楽しむ」という携行品ではないだけに、所有者の欲望を満たす要素は「法規反発・挑発」能力を秘めた"パフォーマンス的な優越感"をどれだけ周囲に主張できるかが重要なポイントとなる。つまり"見せびらかす・ひけらかす"事に主眼が移行し、本来の目的意識を大きく逸脱する事で初めて成立する観念と言える(それらは主に"迷惑・蔑視"という形で周囲に知覚されることが多い)。従って、純粋な意味での"クルマ好き"とは「クルマを眺めて楽しむ」事を指す。そのスタイル・ディテールが美しいのなら、手頃な模型を拵え、眺めて楽しむも良し、クルマ雑誌の切り抜きを下敷きに挟んでも良し。仮に購入できる環境が整っているのなら、自分が憧れているクルマを、自分が操るのではなく、他人に操って貰い、その姿を見て楽しむという事であり、物理的には2台のクルマと人件費持ち出しの運転手を一人所有する事を意味している。一台は自分の憧れのクルマであり、そのクルマを運転させ、それに併走する為のクルマを用意し、そこから"憧れのクルマ"が走っている姿を眺めるのだ。これが本来"クルマ好き"のあるべき姿(の訳はないか)

健全・・・意見・疑問・反駁etc...の客観的能力がマヒしている事。健康で快活で隷従能力の極めて優れている個体。現代社会の"アリンコ"

教育・・・依存する社会に於いて如何に効率よく"金を作り出すアリンコになるか"という洗脳命令を美化して脳髄に定着させる優秀な頭脳を拵える為に先立って積み込まれる極めて精製純度・燃焼効率の低い個体燃料。実社会でそれらが機能する場面は数えるほどしかないが、無限の可能性を秘めた子供を"去勢・無力化"させ、物欲至上観念を刷り込むのには大いに役立っている。宇宙人に拉致されて頭の奥の方に異物を埋め込まれ、そいつの指令で物事の判断を付けるようなもの。「もし貴方のお子さんが"要領"が悪いだけなら学習態度を見直すだけでずいぶん成果が違います。が、"容量"が悪いのなら優性遺伝ですので貴方自身を見直し、早急に見切りを付けた方がよろしいかと存じます」配偶者と子供を罵る格好の理由を得るのに必要な書類を家庭に配布する営利機関が主にこれを施行する。上下の振幅(芸術性と狂気を含有する部分)をカットする為、純度は益々落ちていくも、代替するテクノロジーの発達により、局所的なレベルでの洗脳が始まりつつある。その内"○○以外は役立たず"な人間で溢れ返ることになるが、"○○が出来るから素晴らしい"という教育にすり替わるだろう。その選別こそが教育の根幹

健康・・・気を遣いすぎて病んだ精神を封じ込めている「よくできた借り物」。"朽ち果てる"自然の理に抗する為にあらゆる無駄骨を折る様。単に"医療機関に世話になる"事がない状態を指すのではなく、"医療機関に落とす金額分だけ健康食品や健康に関する資料、運動施設への投資"を積極的に行う事を指す

気を遣う・・・A+=人にどう思われているか・人とどう接すれば最適であるか A=自分の身だしなみは整っているか・相手に不快感を与えていないか A'=自分のやっている事で他が不愉快ではないか・他の立場に立って考えられるか(ここ迄が標準) B+=意識的に他人を誹謗していないか・虐めていないか B=公共の場を汚していないか・迷惑をまき散らしていないか(ここ迄が軽犯罪者) B'=我欲の為に他の生活圏を脅かしていないか・利用していないか(立件可能範囲) E=以上の個体内思索プロセスが著しく欠如している・学習能力のない頭脳しか持ち合わせていない (参考)S=自分の存在自体が及ぼす影響を思索するレベルであり、柔軟性の欠如により1.収監される 2.残虐性を出す 3.自殺する 等へ変遷

きれい事・・・語尾を修飾する二重否定(〜しなければならない、〜でなくてはならない)の類。「事業を成功に導くには、嘘でもいいから"社会の為・地球の為"と言う建前を消費者にアピールしなければならない」という具合に使用される

ご立派・・・"どうぞ御勝手に、しかし呉々も迷惑だけはかけないで"

幸福・・・ありもしない"絵に描いた餅"を美味しく頂く為のテクノロジー。到達すると思われるプロセスを幾度も思い返し、現在の状況と照らし合わせて悦に入る事。実に素晴らしい"絵に描いた餅"が現実の餅となったところで不幸に移行、速やかに別の餅を思い描く。この社会では他人の不幸の度合いがより大きな幸福となってもたらされるが、それは"幸福が何もないところから自然と湧き出る物ではない"という思いこみから来る悲劇。本来は精神的な「ありよう」で、追い求める類の代物ではなかったが、経済活動の一環に組み込まれた為に肉体的「飽満感」を追うようになったと思われる(収穫プロセスより起因すると思われる)。屡々「極限まで抑制された生理現象を解放する」事で発生したりもする

仮想・・・"無限"という、有限の延長線上のそこかしこで見受けられ、拾い上げられるもの。従って個体が持つありとあらゆる"仮想"は、それ自体全てが現象に「含まれて」いる。過去・現在・未来を問わず。少々癪に障るとは思うが

永遠・・・1.宇宙が"宇宙でいる事"に飽きる 2.分解を始める 3.やることがないからまたくっついてみようとする4.新たな気分で宇宙を始める 5.最初の1.に戻る・・・この"初めから終わりのない双六ゲーム"に発狂する→正気を保ちたければ"永遠"という「言葉」は最初から存在しなかった「言葉」であるという認識を持つ→"永遠"という「言葉」を拵えた先人を永遠に(とりあえずは死ぬまで)呪う。「よくはわからないがとりあえず人間が知覚できる範疇を越えて何かが、或いはそれらが存在しているであろう」と朧気ながら考えることでそれらを"永遠"という「言葉」で括る作業に納得する事で、とりあえずは永遠の認識は暫くの間保たれるものと判断される

過去・・・遠い遠い"未来"からやってくるもの

現実・・・あらゆる楽しみや喜びが通過したあとのいわゆる"宴の後"の鬱状態。痛みや苦しみや悲しみを味わうことで実感。肉体に於ける様々な認識や知覚が凝縮されている、とほぼ人間全体で思いこんでいる為に、実は全体を支配しているたちの悪い夢であることに気付かないだけであるということはあまり知られていない。とりあえずは"ほっぺたつねってイタタタタッ"というレベルの話である。これに疑問を持ち出すと屡々疎外感を味わうことになり、ヘタすると人為的に隔離されたりもする。これを回避する為には常に妄想を抱くか欲望のギアを見直すか過去の思い出に浸るかしないと実生活に於いて"○○のような奴"と他人から決めつけられかねない

我慢・・・"きっかけ"を失って宿便が溜まる、若しくは宿便が溜まっている状態に一種の快楽を見出すおかしな"癖"

嫌疑・・・昔々、あるところに一匹の力のあるネズミが仲間達と棲んでいた。ある日、彼は自分と同じ質量ほどもある大きなチーズを抱えて仲間の居る巣へと戻った。「これは俺様が苦労して手に入れた大事な獲物だ!お前らはしっぽ一本触れることも許さねえ!」こう言い放つと彼はチーズの上にどっかと横になり、疲れの為かすぐに眠りに就いた。明くる朝目の覚めた力のあるネズミが昨晩の戦利品を眺めていると、右の端っこの方に昨日はなかったはずの小さな穴が空いているのに気が付いた。「この野郎どいつだ!」彼は片っ端から仲間のネズミを問い詰めた。その中にいた賢いネズミが「それなら、ほら、あの外の暖炉で横になっている斑模様のでっかい奴が今朝早くあんたの獲物のそこの所を引っ掻いているのを見かけたよ。僕達は止めたんだけど言うことを聞かなくて・・・」言うが早いか、力のあるネズミは電光石火の勢いで暖炉で横になっている斑模様のでっかい奴の鼻面を力の限り蹴飛ばしてこう怒鳴った「貴様が俺様の獲物にちょっかいを出しやがったのか!貴様のせいで俺の面目丸つぶれじゃねーか!ええい、起きやがれってんだ!」斑模様のでっかい奴は重たそうに片方の瞼を開けて、また閉じて、ゆっくりと全身を収縮させ、「う〜ん」と大きな溜息をついてから・・・電光石火の勢いで・・・!。事の顛末を見守っていた仲間のネズミ達は件のチーズの穴をしげしげと見つめ、そこに入り込んだウジ虫を一瞥し、これを勇んで持ち帰った力のあるネズミを偲んで、このチーズで彼の記念像を作った。そして賢いネズミはその足下に"嫌疑を貫徹せずに仲間の言葉を信じた希代の英雄"と記し、子々孫々まで彼の卓越した勇敢さと愚かさを言い伝えた、とさ

講演・・・ものの5分もあれば簡潔に伝わる内容・要点を、どうでもよく、聞きたくもない経験や知性にかまけて(本人はウィットに富んだ知的な話、と思い込んでいる)呆れるほど話を広げておいて、あまつさえその途上で他人の堪え性のなさを詰るべく内容を変遷させる事で更に話の要点をわかりにくくする、自らの罪を擦り付ける話術に長けた"趣味"を有する知識バカの十八番。「解らせよう」という欲望が「他人に耐え難い苦痛を与えている」という事を理解できない、著しく罪悪感の欠如した輩がこれを主に行使する

逆ギレ・・・追い込み過ぎ、逃げ道を塞ぎすぎて

きっかけ・・・過去の幻想を尋ね歩く際の道標で、一本の道が二叉に分離している部分。厳密には"きっかけ"の"きっかけ"は"きっかけ"から派生し、その"きっかけ"は・・・(割愛)

記憶・・・肉体レベルに於ける年齢に比例し培われた、と現実の認識で思いこんでいる、或いは思いこまされているサイレント映画。こいつがセピア色になることで人は年齢を感じたりもするが、往々にして自我の働きにより若干修正可能な便利機能を持つ。ねつ造したところで人の記憶など誰も疑わないし、実際問題として余り興味を持つ意味がない。完璧なねつ造によりウソ発見器にも反応しない立派な刷り込み記憶となる場合がある。現実逃避する個体の"避難場所"

誤差・・・(知覚条件+周辺環境)×時間経過=安全度(地団駄)

経験・体験・・・狭いところや高いところ、毛虫が嫌いだったりシイタケやピーマンが嫌いだったりする事。鮮明であればあるほど現在に及ぼす影響は計り知れない驚異となる。これもねつ造可能。ねつ造により他人の同情若しくは失笑を買う。貴方は少しばかり得した気分に浸れるはずである。好きな人が嫌いな物を自分も嫌いになるふりをして、本当に嫌いになってしまう場合等、思いこみもその一翼を担う

後悔・・・内・外圧により個体意識が不意に「目を醒ます」事。継続的行為のエア・ポケット。行為に弾みをつける(執着する)か、全面的に放棄する(忘却する)かの選択を迫るもの

警察・・・急な時にまるで用を成さない「いにしえ」の"サービス業"ではあるが、「自立不動型音声ガイダンス機能付きオブジェクティブナビゲーション」としての機能が幾分役立つ場合もある。末端の"正義感"と中枢の"袖の下"の格差が飛び抜けて大きい事業体。非合法の商売を一定期間見逃し、還元の済んだ(賄賂で或る程度潤った)頃合を見計らって、テレビのゴールデン枠を賑わす(密着特番モノの)活躍をしているように振る舞う事で一応面目は保たれている。一般人は彼らの存在により"安全"を約束されているかの如き錯覚を覚えるが、行為に於ける結果を受けて行動する為結局は"役立たず"という印象をぬぐい去れない。もっとも、顕現化する前に全ての事象を察知することが出来れば彼らの存在理由などは何処にもないのだが。そうならないよう彼らの幸せの為に貴方も自分の車を一晩公道に放置しようではないか。そうすることで貴方から吸い上げた金は彼らとその家族を養う為に有効活用される。と、いうことは彼らを活躍させる貴方の行為は翻って"慈善事業"というわけである。あくまで彼等にとって、ではあるが

技術・・・1.ぬかるみや山の斜面に建築物を拵える事 2.死に損ないから金を搾取する事 3.眼鏡屋を儲けさせる事 4.消費者を憤慨・後悔させる事 5.人間を"ダルマ(目に墨を入れるアレ)"にする事 6.顕現化せず、未来に押しつけられる程度に自然を破壊する事、及びその調和を滅茶苦茶にする事 7.その滅茶苦茶を「未来の人間が綺麗にする」為の大切な進歩であると大いにうそぶく事→"人類の幸福と平和の為に努力し、自分の人生全てを賭する価値がある"と大真面目に公言し、ありもしない"理想"という名の「目の前にぶら下がったニンジン」めがけて闇雲に邁進し、未来を担う者達への「足枷」を拵えることに美徳を感じる事。奥さん、それが技術と呼ばれるものの正体だ

技術的な・・・主に問題・失敗事の穴埋めとして用いられ、その原因が人為主導型のミスではない事を強調し、当事者間のいざこざを、場に居合わせないどこかの誰かに擦り付ける時に多用されるもの。二次的な人為ミス(PL法で追求を受ける側)への言及を容易にする

肝心・・・言い出しっぺが一番認識出来ないもの。"未来への布石"として言い放つ分には趣味性の問題だが、実際、行為として知覚される時間が余りにも短い上にポイントが解り辛くなるので、大抵通り過ぎてから認識され、地団駄を踏む要因へと昇華する

誤魔化す・・・(絵画・音楽・舞踊等に見られる)芸術的な表現が判断材料として差し込まれ、肝心の善し悪しが一般認識の範疇より逸脱する様。大した魅力のない商品を確実に売り捌く為の手練手管

僅差・・・判定結果が最も明確に顕れた、実にデリケートで感傷的な言い訳を必要とする「実力の百点」と「慰めの九十九点」との格差

犠牲・・・存在が「存在として」存在する、及び活動する行為に付随するもの。従って貴方は呼吸をしているだけで微生物王国の「凶悪犯」となっている

適材適所・・・貴方の寝床にある、敷布団に棲息するダニや、水洗いを怠ったビール缶にたかるゴキブリのように

疑問・・・どんなに取るに足らない「わからない」事でも他人に訊く前に先ず自分の中で昇華させないと変人扱いされることにもなりかねない、という先人の尊い教義。小さな疑問が大きな疑問となり、より大きな疑問はより大きな誤解を生む。長い間暖めていたような奥深いものではなく、ふと何かの拍子に思いついたような事である場合が多い。持つことはいっこうに構わないが、人に押しつけてみることで埒のあかない不毛の争いへとなだれ込む危険性がある。従って貴方が取るべき賢い方策は、疑問に思う事象が顕現化するまでじっと待つことだ。「待てば海路の日よりあり」という心構えが肝心である。しかし、どうしても抑えが効かない場合、他人に尋ねる際に「どうして〜」「何で〜」「何故〜」と、導入部よりいきなり疑問符を付けるのは避けたい。10人中9人はイヤな顔をするはずである。後の一人は"能なし"かもしれない。その場合、あなたは素晴らしく運がいい。(注)最高の疑問提示とは、それ自体を疑問と感じさせない程滑らかである事が望まれるが、この場合貴方の望むような解答はまず得られないことを覚悟しておく事だ

規則・・・個体を取り囲む環境全般に張り巡らされた高圧鉄条網であるが、よく見るとわざとらしく人の抜けられる程の大きな穴が無数に空いている。無邪気に通り抜けようとした途端、貴方のお尻には(不良)の烙印が押され、数々の報酬と懲罰の虜となる。その為の鼬ごっこ(技術革新)も盛んに行われる。その意味では非常に良くできた「経済推進システム」と言えるだろう

決めゼリフ・・・(善し悪しは別として)他人の痛い部分をえぐり、容赦なく黙らせる(呆れさせる)画期的な"飛び道具"。知的な比喩表現と、時流に沿った諺の解釈を織り交ぜ、メディアに則った「今風な」言い回しを加味する事で、とりあえずどっちつかずの議論を悉く粉砕する破壊力を持つ。後発がそれを上回る魅力を備えた"飛び道具"を使用するまでは内面の優位性はとりあえず保たれるが、あくまで"勝敗とは無縁の代物"と肝に銘じておかないと、後日同じ相手と「リベンジマッチ」を行う羽目に。このような泥沼を避ける為に、必ず「その場でにこやかに両手を広げて相手のケリを顔面に受ける寛容さ」を持つことが望まれる

金・・・あらゆる人間の欲望を包括する魔力を持つ"未来の借り物"。ゆとり・優しさ・笑顔・思いやり・愛etc...発生する全ての感情は個体毎にこれを保有する量で決定される。その保有手段は時として人間の生命すらその対象となりうる。通常欲ボケした人間に多く集まる、若しくは金が欲ボケを促進するとも言える。今貴方が手にしている金は貴方の子孫が貴方に預けたものである。従って貴方自身の本当の金は、貴方が経済活動に携わる以前、"小遣い"として親御さんから頂戴したものがそれに当たる。実際問題として、経済活動で得られた金は速やかに消費活動で還元することが、国を豊かにする基本原理である。ため込めば、国自体が夥しい過剰在庫で倒産することになる。モノを造ってれば金になり、それが豊かさだと本気で言い切るさもしい国家にありがちなパターン。今現在社会に出回っている金は未来から搾取したもの。従って厳密には、貴方のお財布には"未来の借金"が入っている事になる

経済(生産)活動・・・過去の遺物を繕って未来の賄いを手にするテクノロジー。騙された商品を購入する為に他を騙す商品を売って金を搾取する連関作用 消費活動・・・未来の賄いで過去の遺物を手にするテクノロジー。「国家という身内で金を回し合う」というのが通念。騙す事で得られた金で騙された商品を購入する事

価値観・・・百円玉で百円の物を買う→百円で買った物を五十円で他人に譲る→五十円で譲って貰った物を五百円で他人に売りつける→五百円で買った物を最初に百円で買った人に見せびらかす→最初に百円で買った人は目の前の浮かれた人を嘲笑う→五十円で買って五百円で転売した人はこの二人を更に嘲笑う→それを見ていた店主は次から百円の商品を六百円で売る算段をし、ほくそ笑む・・・互いが共通の価値観で縛られているのでこのような道理が通用、総体的罪悪感・自己嫌悪感の欠如が引き起こす有意義な経済活動と言える。価格的振幅は「価値観の多様化」という言葉で説明・納得可能。時間的振幅により損得が顕著となり、屡々後悔と自責の念を生むが、それはあくまで断片にとらわれた一過性のもの。件の五百円で買った物が一万円の価値を持つことを「ブーム」と位置付けるが、この場合嘲笑していた二人は地団駄踏んで悔しがる→六百円で売り切ってしまった店主は絶望的な後悔の念に苛まれる事になる。個人的見解で持ちうる様々な尺度が"金になる"という集団洗脳によりいつしか共有することに安堵感を見出す意味合いにすり替わった。似たような物を欲しがるのはこの範疇

怠惰・・・実に多くの人間が"平和"と思いこんでいる「爛れた状態」。緊張感と危機感のなさから屡々他人や自然の驚異を忌まわしむ。小さな虫を咀嚼するまで口を開けていることに気付かない有様。「一張羅のスーツに鳥の糞が付着・電車の網棚に重要書類を忘れる」ことで速やかに危機感に移行

混乱・・・帰属社会の液状化で起きる「神頼み」現象。"脆弱なる知識"に自らの人生観をも依存して生きてきた人間が主に陥る一種の「痴呆」状態。社会システムが大幅に変化したにも関わらず、思考体系が元のままである場合等にも発生、集団を席巻、無意味なパニックを引き起こす要因となる事も

混沌・・・風俗産業が国の基盤を成す事。ほぼ全域に波及し、特に"先進国"と言われる地域に顕著。追随する国々は"先進国"の上得意より外貨を吸い上げ、利潤を貪る

環境破壊・少子化・・・「最適化」への好転材料

経済・・・未来より搾取することで現在を潤す画期的"打ち出の小槌"システム。"貴方のお子さまは貴方を潤す大切な保険です"がシステムの骨子。よって子供が精神の豊かさを追求し出すと、大人としては厄介このうえないこと(安寧な余生が送れなくなる)になる為、或る程度無力化させることが存続の秘訣である(参照→道徳・倫理)。そうしなければ未来に大きな"穴"を開ける事になるのだ。このシステムが未来に借金を押しつける事を弾みとして回転しているうちは。それを押し隠して自分たちの子供をどう手なずけるかで大人の将来の永続的な安定は左右される。よってあれやこれやと物に対して執着を見せたり、人の持っている物を欲しがっているうちは安心である。「コストに見合うだけの収益をあげれるだろうか?」とよだれかけに食べこぼしのシミを付けて無邪気に遊んでいる自分の保険に対してふと思いを巡らす、それが貴方の"幸せ"だ。昔からそうなっていたのだからこれからもそうすればいい。その為にせいぜい頑張ることだ。仮に貴方の子供が僧侶並の清貧を美徳とする潔さを有する場合、不幸にも貴方は自分の力で余生を生きなければならない。"年金制度支持者"のおこぼれを頂戴する算段を付ける為に彼等に媚びておいた方が貴方の為になるだろう

改革・・・ケンタウロスの上半身部分を別の"代わり映えのしないもの"と取り替えて、不満が大勢を占めるまで放置しておく事 変革・・・ケンタウロスに弓以外の小道具を取り敢えず持たせて(活かすかどうかは別として)体裁を整える事 革命・・・ケンタウロスの上半身を一般公募する事

芸術・・・元々は自己表現の純化手段及び技術であったが、経済・政治・文明の介入により致命的な打撃を被った体系。初期の意気込みでは"「政治・経済・文明」等の変換を促す"程の大掛かりなアピールを伴うが、とりあえず"先立つもの(経済面)"の足場ができていないと一般の評価は"自己満足・自慰行為・不遇な趣味"程度となる宿命を帯びる。半世紀ほど前に生み出された"動画と音声を垂れ流すハコ"に美味しい部分を持ち去られ、現在では如何に彼等に迎合するかでその尊厳を維持している。彼等の機嫌を損ねれば即座に死活問題へと発展する。貴方にその技術が備り、且つ社会的に通用する芸術作品を遺したければ、"金になりそうなこと・とりあえず人が嫌がりそうなこと・物心着かない子供にさせること"を最優先になすべきである。屡々一般人向けに(メディアで迎合される、と言う意味で)デフォルメされた芸術は、例えそれがどの様な構造であれ、一般認識として「肯定」される立場を取る。従って現在蔓延る"芸術"とは作為に満ちた"芸能施術"と称する事が出来る。それらは純粋な"芸術"とはほど遠い代物ではあるが

哲学・・・"有意義な無意味"の探求。無意味に至る過程は意味があると思い込む事自体さしたる意味はないが、それに意義を見出す事でとりあえず面目は立つだろう。が、到達した無意味を悟る事でそれまでの行程が無意味であると感じた場合、残念ながらそこに意義はない。"無意味"という意味が残る事には意味があるが、そもそもそんな馬鹿らしい探求癖を持たなければ紙一重の脳味噌で世俗と隔たる必要もない

権力者達の行く末・・・"大喜利"で獲得した座布団が積み上がり、座布団の枚数と共に増加する飽和質量と自重(正座している際の重心や座布団と膝下の接地面等)の釣り合いが取れなくなり、座布団を下へ押さえつけておけなくなる事で座布団同士が離反・収まりがつかず転落する危機に直面する憂き目に遭うような。つまり、座布団を得る才覚と座布団を自分の領域に維持する能力の均衡の問題から来る顛末

欠如・・・余分な皮下脂肪を作為的に減らす、若しくは最初から付いていないと思われる。それらが一般的には「脆弱」に映る様

活性化・・・存在形質の寿命を作為的に縮める(クスリなどの触媒を用いる、或いは普段から遣り付けていない事をする)事でもたらされる「その場しのぎの快適さ」にうつつを抜かす様

買い物・・・「堅実性」という意味で"衝動買い"程の快感はなく、「自由度」という意味で"お使い"より魅惑的な、差し当たって「必要」だと思われる複数の目的及びそれ以外(財政面等)で余力のある場合に購入に踏み切っても痛手を負わない程度の「厳密には大して欲しくもないが、場の雰囲気で、"安い→欲しい"と感じてしまう」商品を物色している事に喜びを感じる"趣味"の一つ。「購入パターン」が"癖"と位置付けられ、家に帰ってレシートを眺めながら毎回うなだれる縁となる(ちょっとやそっとじゃ修正不可能)。どういう訳か必ず取りこぼしが見つかる事で次回に向けた一層の弾みとなり、いつかは必要になるかもしれない、という理由(言い訳)から、当座の「不必要」を増殖させる技能(これは書付でも持たない限り回避不能。"買って!"と言わんばかりの魅力的で夥しい商品を目の当たりにすると、最初期の用件等は綺麗さっぱり吹き飛ぶ。概して意識している事程ど忘れしやすい、という個体の特性の為であるが、この特性を有効に利用する事で小売店は生き残っている)

個性的・・・「不細工・不器用・異様」の隠語

絆・・・構造数式の共有によって存在同士で作用し始める磁界

堪え性のない・・・金銭感覚・置かれた立場・罪悪感・道徳性等が著しく欠如した為に他人の子供に養育費を払う趣味を持つ事

携帯電話・・・個別利便性よりも、「公共の場に於ける所有者の公衆衛生観念」を容易且つ的確に測定できる役割を持っている事は余り知られていない。この機能を有効に活用する事で、その人物が潜在的に有している火急時に於ける応用性や羞恥心・デリカシーなどを把握することが可能である。侮る無かれ

願望・・・"絶望"という大地に眠る種。"努力・忍耐"という水と"希望"という光明を得ることで発芽し、"達成・成功"という花を咲かせ、"栄光・名誉"という種子をばらまき、"喪失・虚無"によって枯れ果てる。この一連の循環に愛想が尽きる事で「願望は身を滅ぼす」という事が何となく判る筈である。それには試しに一度滅んでみるのも一興(死なない程度に)

虚栄・・・某有名デパート・某高級ブランドのネーム入り紙袋を別の利用目的の際にさりげなく携える事で他人に与える印象を想像して悦に入る様

企業・・・「如何に人の為になるか」という建前を民間人に服用させ「如何に間抜けな消費者から金を搾取するか」という"生業を企てる"行為に同調する者が徒党を組む領域

疑心暗鬼・・・おっちょこちょい・せっかちが「落っこちてからそれが"石橋"」だったと気付き、慎重・臆病が「"石橋"を叩いて渡る」のに対し、「手当たり次第に全てを"石橋"と決めてかかり、ぶち壊したのを確認してから引き返す」のがこれに当たる。一見すると「冷静沈着・分析批判能力に優れている」様に見受けられ、新規渡航者に有意義な情報を提供すると思われがちだが、何のことはない、はなっから渡る気は更々ないのだ。従って、渡りきった連中から見ると単なる「難癖自己主張」として嘲笑の的になる気の毒な側面を持つ

幹部・・・不測の事態に於いて"患部"として追求の責め苦の一切を負い、切り離され、処理される宿命を受け入れる"献身的精神"を有しているとされる「椎間板」の一種。その分人件費は嵩むが、それに見合った働きは十分期待できる(責任の所在を引っ被って無言の内に自刎してくれれば最高である)。そういった訳であるから貴方よりも金のかかる趣味を持ち、貴方よりも脂っぽい料理に舌包み打つ"贅沢と言う名の醜態"を晒す事を黙認されているのだ

会議・・・革新的な話題より目先の繕いが重用される、瞼に加わるおもりを我慢、若しくは目を開けたまま脳を休眠させる技術を競う近代耐久種目。この種目は日常に於いて、他人の抑揚のない長話に遭遇した際にも効果を発揮するので、その意味では有益なプラクティスと言える

患部・・・内部から発生し、機能障害を起こしている部分が"日常生活で様々な圧迫を受け続けた為により楽な姿勢を取りたがっている(労働基準法違反の疑いアリ)"と訴えているものを"病んで悪くなった部分"であると思い込む為に、楽な姿勢を取りたがっている部分に「クスリ・施術」という鞭を打ち、束の間治っているような錯覚を覚えて悦に入るが、楽な姿勢を取りたがっていた部分が周囲の部位へと労働を押しつける暴挙(自然の道理)に出る事でその周囲の部位をも含んで一緒くたに「ストライキ」を敢行、「労働条件との折り合いが付かなければこの仕事から降りさせてもらう」という三行半を経営者である個体に突き付け、交渉の末彼等を雇用するだけの経費(日常生活の見直しを図る事)が捻出できなければ(天寿等による)個体は全操業を停止、速やかに全ての部位及び細胞がまた"楽な姿勢を取る"為に各々分解を始める。高度経済成長下での内需拡大という好景気(若気の至り)のツケが一気に押し寄せる(病を引き起こす)、と考えればいいだろう。操業を長く続けるコツは、高度経済成長期(若者の頃)の過ごし方にかかっている

魂胆・・・年に二回程度の割合で送られてくる、某有名デパートの包装紙にくるまれて恭しく顔を出す物産品が無意識に語りかけてくるもの。様々な人間関係を維持する目的の"継続的根拠"をなす

結合・・・"より楽に・快適に・気持ちよくなる為に"という基本原理に則って、一定環境内に於ける存在同士の純粋挙動。基本原理が「離反」へと移行する迄の充足した状態

殺す・・・「殺人」以外の行為については「人間」という思考種族間で暗黙の了解が得られているという希望的観測が、却って大きな誤解となって幼年期の葛藤を生み出す元凶へと昇華するもの。しかしその大きな誤解が、「殺人」について無言の抑止力になっているという希望的憶測を推奨する縁となっている事は言うまでもない。今迄はその部分を深く掘り下げようとする、核心に触れる"趣味"をタブーとして押さえ込んできたのが功を奏していたが、果たしてどうなる事やら・・・

期待・・・相殺還元見込み。発行部数の多い雑誌に広告掲載を依頼して、来るべき大量受注に備える事。大抵「当然購われるであろう」という思い込みが先行する場合が多い。従って「期待に応える」とは至極当然の結果で、「期待に反する」とは想像を絶するほどの大ダメージを意味する

学者・・・現在に於いて何の足しにもならない(ともすれば争い事という"趣味"を提供する)過去の遺物を、持ち前の誇大妄想癖を利用して未来の賄いを手にする愚行を公認された、その範疇で"政治家・評論家"と双璧を為す、高濃度の"放射性廃棄物"の一種("死しても尚長い間無害化されない"という意味で)

転ぶ・・・"地べたに這い蹲る"という新しい視点を得る事で通常では見えることのない、気が付かない箇所に目を配り、前よりしっかりと立つきっかけを掴む事。当然ながらこの受動的行為にはある種の"鋭い痛み"を伴い、その痛みに耐えうる柔軟性・耐久性が求められる。「転ばぬ先の杖」を宛って痛みを先送りにし、いつまで経っても同じ目線で物を捉える事しか出来ない状態で「前進」に向けた新しい視点を得る事は不可能。そのまま、いつか訪れる"致命傷"を恐れて生ぬるい痛みに慣れ親しむと、何れは「地べたと同化する」程の事態を招くことにもなりうる。注意されたし

患者・・・個体の持つ"自然治癒力"を白装束の営利団体による"施術"によって等価交換する事で自らの意志を健康保険に頼るもの。会社で例えると、経常赤字(疲労し、働きの悪い部分)を出した事業形態(内部臓器等)を抱える大企業経営者。実際との違いは、件の事業形態を"おいそれ"と切り離す事が出来ない事である

愚問・・・質問に対する返答が、個体別の体験・経験を元手に構築されたあまりにも詩的・象徴的な表現を交えている為に、その解答に対しての客観的意見を差し挟む余地がなく、ただただ(鵜呑みにし、頭を縦に振り)肯定するしかやり過ごす術がない様。世に聞こえる名峰を登頂した直後の登山者に「何故山に登るのか」と尋ねればほぼ間違いなく前述の説明が理解できる。従って愚問とは「相手に愚にも付かない質問を浴びせた」事によって発生するのではなく、"その質問によって相手からもたらされた途方もない返答を納得せざるを得ない状況に陥って"自らの質問を「愚問であった」と位置付ける事で発生する

回避・・・目先の結果を取り敢えず丸く収める為に事態を圧縮させて翌日以降に自然と解凍させるよう仕向ける事。目の前の事態が収拾を見た暁に、未来に押しつけ、確実に成長する莫大な不安に苛まれる姿を想像する事でその場の雰囲気に馴染めないほど意気消沈したりもする。貴方も某かの達成直後の状況で、多勢に紛れているこの手合いを少なからず目にする筈だ。一緒に背負い込んで日常生活に変調を来すほどの"お人好し"な趣味をお持ちなら躊躇うことなく尋ねるといい「浮かない顔をしていますね、よかったらお聞かせ下さい」(注)貴方が"梅里(水戸黄門のこと)"並の秘めたる権威と忠誠心旺盛な下僕を携えていないのなら、これは避けるべきである

固執・・・腐臭を放つ"こだわり"、度を超えた"趣味"。屡々そこに個体の"存在意義"があるような錯覚を発生、意地と交わり、孤独を産み落とすが、頓挫する・ばからしくなる事で同情を誘う場合もたまにある

神頼み・・・他人や自分が最早当てにならなくなった・信じられなくなった、仕事量に若干の不満が残る人向けの善後策の一つ。能力・実力を考えずに立ち向かった難問に、充てられると見込んでいた他人の助力と自らの踏ん張りでは到底捌ききれるだけの力量がない事が判明し、顛末が十分予測できるにも関わらず、何らかの手違いや思い違いや失敗を、見ず知らずの他人が蒙ってくれるように(自分と、自分に関わりのある人には迷惑のかからぬように)、取りはからって貰うよう、金属片や紙屑や"信心深い戯言"で、とうの昔に死んだ連中の気を引こうと試みる事。そして結局は「全く関係のない、見覚えのない他の誰かに不幸を被せられますように」と神や仏に申告、自分の私欲を満たす為に他人を蹴落とす業務を代行してくれ、と手を合わせて懇願・買収する行為

顔見知り・・・"営業先の顧客・定期購入物の集金業務"という関係から端を発している、中途半端で私的な利害によってはリスクを伴う"知り合い"形態の一つ。お茶菓子を振る舞って世間話を楽しみ、段階的に「身内・身の上話をするようになる」でとどまっている分にはさして問題はないが「借金の肩代わりや名義貸しを再三に渡り懇願される」等にエスカレートする場合、返答には十分な配慮が望まれる。何故ならこの話題を持ち出した相手の心情は、崖っぷちのせっぱ詰まった状況である事が多いのだ。貴方が相手にとって"(身内や親戚筋からも弾かれた挙げ句)最後の砦"であった場合、貴方の返答(口調)如何では「不審に感じた身内が訪ねてくる・異臭を感じた近隣住民が通報する」迄の間"貴方を腐敗させ、室内を物色した"相手を野放しにする事になる。これがワイドショーなどで"顔見知りの犯行"と呼ばれて親しまれているもの

これでいい・・・それでいい訳がなかろう!ってな塩梅

感情移入・・・テレビ番組に登場する有名人や一般人、テレビゲームの主人公の"出来上がった悪あがき"を見ている方が安上がりでリスクが少ない(現実的な利益還元は伴わないが)

叶う・・・当然の報い、当然の代償。99%見積もり通りの

寡黙な・・・"これが言えればどんなに楽か!"という備蓄を保管するのに消費するエネルギーの耐性レベルにより決定される、喉元まで出かかっている備蓄を保管場所へ押さえ込める力の作用。押さえ込む力の多寡で個体内に発生するストレスの質量も決定され、時として「トランキライザー」依存となる事も

急進的・・・物事の半歩先にぶら下がっている利得(副次的流行)にしがみつく力。大企業がやり始めた「流行りの外食事業」でお馴染みの

気が散る・・・情報過多により、没入できそうな興味への対象が絞りづらくなる

家庭内暴力・・・「エサを与えている、飼い慣らしたつもりでいる」利害強要を逆手に飼い犬が飼い主に楯突く行為。その際飼い主は体裁を気にし、飼い犬の行為に一度でも臆する挙動を示せば、それを利用して飼い犬は行為を増長させるが、それは飼い主の不甲斐なさに苛立ちを憶えている心情の裏返しともいえる。"家庭"という領域が確立されているのなら、言語を介しているとはいえ、容易に「主従・親子」の関係は崩壊する、と考えておいた方がよい。生活環境を維持している事に敬意を払う意識は、それが全面的に消失してから初めて自覚されるものである事を肝に命じておくべきである(注)回避する方法の最たるものとして、外部に「崩壊危機因子(借金の取り立て等によって家庭に及ぼされるプレッシャー)」を設定しておくとよい。常に外部からの圧力で家庭が一定のテンションを維持している状態を保つことである。運が良ければそれをネタとして家庭が結束するかもしれない(運が悪ければ"即崩壊"となる可能性はあるが、生温い苦痛で作り笑いを浮かべながら日常を消費するよりはましである)

公的資金・・・市民の血税で"死ぬ(破滅)しか残されていない"腐敗事業体に投与されるモルヒネ。実際のモルヒネと決定的に違うのは"死ぬ(破滅する)苦しみを長引かせる"という、「安楽死」とはほど遠い実状。まあしかし、投与される方も、投与する方も"目先の体裁"最優先であるから仕方はないが

根性・・・撤退・挫折・辞退を"勇気"と認められない(恥辱とする)血液循環の滞った連中が盲信する事で周囲に同質のものを強要するはた迷惑な趣味の一つ。大抵その報復は、数年後の「ぎっくり腰・神経痛」となって還元される

ギャンブル・・・刺激のない人生を送る人間がそれに資材を吸い尽くされ、刺激的な人生を送っている人間が"生き様"に喩える事で知られているもの。あくまでも当人の主観的な自覚によるが、使用設定は「(相手よりも立場的に)勝っている・優位である」と自覚される場合にのみ使われる

究極の・・・目下のところ、これ以上(以下)の言い訳には誰も聞く耳を持ってくれそうもない(それを認識するだけの条件が整備されていない、若しくはそれ以上の事は日常に影響なければどうでもいい)であろう、という、他人の気を引くギリギリの線で

完全・・・遊離・分裂・破壊の始まる直前の遊離・分裂・破壊の集束により或る形状を成した、時間による測定や空間での認識が曖昧である事が前提で知覚される(概念として言い伝えられている) 不完全・・・曖昧な"完全"を認識していたつもり

掛け替えのない・・・"根元的欲望還元の肩代わりが出来ない(食欲・睡欲・性欲をより効率よく満たす)"という意味に於いて直接死活問題となる物・人。相殺される手段を講じる間は有効

感動・・・時間にすると「光の如し」。この現象世界に存在している事への屈辱感がほんのちょっとだけ緩む瞬間の

小回りの利かない・・・国益を見越したインフラの整備が良好である産業で、俗に「大手」と言われる、旧態依然の保護管理システム運営を強いられ、おいそれと事業基盤をシフトできない(旧システム保全・修復の為の拠出が、新システム開発資金を食いつぶし、加えて付加価値を掛けすぎて商品自体の価値が残っていない)事業体が、"高付加サービス・低料金設定"を武器に新規参入してくる事業体に市場占有率を崩され始める事で訪れる 1.新規採用規模の縮小化 2.既存社員のランク分け及び管理職の追い落とし 3.官官接待や贈賄による根回し 4.情に訴え掛ける(具体的な新商品の示唆がまるでない)CM戦略による消費者意識の訴求向上 5.更なる高付加(負荷)サービス開発による既存社員への重労務圧迫 6.5における生産性の向上と過労突然死の因果関係を遺族側から追求されないだけの"口止め料"贈与 等の実力行使でしか対抗手段の無い様。5番に対しては『労働組合』に対するテコ入れを行う事で"ストライキ"という最悪のシナリオは回避できるが、3番の露見により、マスコミの糾弾を一手に請け負う足切り役員への報酬を、何らかの形で確保する必要が生じる

好奇心・・・この世界を拵えた"途方もなく暇なヤツ"から綿々と受け継がれた"悪癖"の一つ。個体毎に稼働している様々な学習機能へ効果的な情報を供給する出先機関の掲げる「モットー」

矯正・・・共生を強制する様

共生・・・矯正を強制する様

強制・・・共生を矯正する様

神の啓示・・・個人及び少数に降りかかった物理現象を「とんだ災難」と言うのに対し、より多くの集団で降りかかった物理現象の事を"宿命"として受け止める際に添え物として出される刺身のつま。承っておきましょう

学力信奉・・・知識や学問以外の力による目的達成・直接統治が結実する見込みのない虚無感(物理的な豊かさにマヒする余り、精神的豊かさを渇望する"ないものねだり")へと取って替わる過程で、加齢する不安・恐怖と共に早期武装化が望まれるもの。特に芸能・スポーツの分野で、それのみに秀でた能力を持つ人間が切実に欲するもので、自らの力量の限界を思い知る・新興勢力の台頭で居場所の明渡しを迫られる・それ以外の分野(特に学識経験者等)に属する人間との邂逅により自らの不備が露呈する・それ無しで世間を渡る自信がない等の"疎外・屈辱感"への反動が主要因。中年期にさしかかって、高校や大学への思いを馳せる連中が抱くもので知られる

解決法・・・過去の物証を詰る趣味的思索の典例。出てしまっている結果と、それを発生させた原因との間に"有識者・知識人"と言う緩衝剤を投入、様々な"自分が利口に見える"意見(「〜するべき」と言う尾ひれの付く形)を述べさせた後に「他に方法がなかったんですかね」という締めで決を見るもの

虚構・・・電離層を反射してあちこちに飛び回る電波を拾い上げる機器を作動させる事で得られる音や映像のもたらす世界観。その電波は「貴方達に好かれそうな」事しか言わないし「貴方達が好きそうな」画像しか送らない。その一方的な性質は次第に貴方達をマヒさせる。マヒすることで貴方達の「好み」はエスカレートする(人間の特性を巧みに応用)。ましてやそこに何かを見出す程の客観性を貴方達の多くは持ち合わせていないので、貴方達の「好み」に対して"善悪"の判断基準はどんどん曖昧で陳腐なものになっていく。その"善悪"が、"損得勘定"へとすり替わる危険性に見て見ぬ振りを決め込む(その有用性を十二分に活用する)製作サイドの思惑に填り、果ては、大衆の"私的領域"を金品と等価交換し、エスカレートの手段としてさらしものとし、後付の加工を施す事で"幸福"を手に入れたような気になる始末。とどのつまり「それらが真実である」と錯覚する事で何らかの結論を手に入れてみたいだけである。そして同じ錯覚を有する数多くの連中と不毛の会話を楽しむ事でもたらされる連帯感にちょっとばかり安心してみたいのだ。そこには何の実体も存在しないことは明白であるが、それで死ぬまでの間、幾分の退屈しのぎになるのなら大いに促進されるべきである(参照→テレビ)

学のある・・・言いくるめられる・言い負かされる恐れのある"腫れ物"、転じて「滅多なことを口に出来ない」輩。当然ながら"洒落・冗談"の極度に通じない

頑固な・・・長きに渡って積み上げてきた持論を突き崩される(他人の意見を受け入れる)と自分の内容物の脆弱さを見抜かれる・露呈する危険性を熟知している、それによって「自分らしさ」が失われるのではないかと常に心配している

克服・・・もたれかかれる物や考え方、果ては自分の肉体を武器に、他を退ける行為に心酔、耳障りの良い事しか口にしない取り巻きを周囲に増やして安堵感を得る事

確固たる・・・他人の提案や忠告の通用しない・受け入れる余地のない状態が余りにも長引いた・放置され続けた"錆び付いた頑固"。その地位は周囲の「呆れ顔」の比率により明白となるが、当然ながら、それを当人が知覚できる能力を持ち合わせていない事で尚一層強固なものになる。周囲が同等の立場を入手し出す事で「誇り」が「埃」へと成り果てる

強迫観念・・・自分の領有地(精神的領域)を他人の思惑(この場合は"無言の相手に対して身勝手に抱く思い込み"の事)に占領される憂き目に遭う事。占領軍はそこに"不安・不信"という高性能地雷を敷設して速やかに退去し、遠巻きに苦しむ姿を眺めてこう呟く「あいつは被害妄想の強い奴だ」

好感度・・・子供or老人or小動物に媚びる(弱いフリをして取り入る)事で周囲への印象が上がるとされているもの。名を馳せる人間にとって、習得が死活問題とされる帝王学の一つ。癖として習慣化する事が最も望ましい

解放・・・(当初は何らかの利得があると判断されて)繋ぎ止めておいたものに「冷静に考えれば、そんな大した利用価値がない(そのまま放っておけば何れは保管料・維持費等の持ち出し金がそれを上回る)」と結論付ける事でその面倒から身を引く決心が付く事

決裂・・・様々な覇権を巡って派遣された戦闘機(渉外員)が激しいドッグ・ファイト(互いの利益追求・強要)を繰り返している内に双方が燃料切れ(根負け)で墜落する様。互いに譲歩する手段が講じられれば回避できる事であるが、墜落まで進展した場合、「プライド・意地」が、墜落に対して潔い印象をもたらす為に、余程の事が無い限りは回避不可能となる

暗闇・・・人間の想像力・創造性の豊かさが遺憾なく発揮される領域。優れた芸術作品や商品、体系等は、ここに暫く閉じこめておく事で生み出される可能性が非常に高い(この際、被験者が"眠る"暴挙に出ないよう随時監視する事が肝要)

解散・・・"自分一人の才能の恩恵で取り巻きが飯を食っている・その恩恵を取り巻きと分割しなければならない"事に不服を覚えて

危機的状況・・・「現状をこう位置付けておけば、大した努力をしなくても、やがて事態が好転した場合に"有能"さをアピールできる」と見込んで、主に国のまつりごとに関わる輩や、事業体の経営が進んで口にする機会の多い

探偵・・・嘱託ストーカー。"正当性"という意味に於いては両者とも立派な言い分を持つ("常識的、対外的規範"は度外視して)。巷に溢れる純粋な形骸の「ストーカー」と呼ばれる輩との明確な差違は、依頼者の種別(探偵は他人、「ストーカー」は自我)及び手段(探偵は悟られず、「ストーカー」は知らしめる)。ということは「ストーカー」も、それらの条件をカモフラージュする事で昇華する可能性を秘めている。これは厄介

偶然・・・個体レベルでは到底感知不可能の"必然" 必然・・・"偶然"を装う事。「偶然ですね」という言葉を耳にしたら即ち「その偶然の為に苦労しました」というのが真意である

化膿する・・・新型買い換えのサイクル化(物・者、特に異性)に伴う欲望相殺基準値の上昇に伴って悪化するもの。それによる痛みは、そのサイクルが何らかの障害(購入資金不足・欲望に見合った機種の不在等)により断ち切られた瞬間から発症、日常生活に支障を来すほどの苦痛へと変化。外部からの効果的な治療法は存在しないが、新たな欲望喚起によるサイクル化を推進するか、代替物の発掘による相殺が行われる事で個体の自然治癒力を目覚めさせるきっかけとなるが、このサイクルが滞りなく行われているうちは、症状が"悪化"している事に気付かないのが通例

頑張れ・・・当然の如く努力している当人にとってはかなり腹の立つ、これから努力しようとしている当人にとっては若干苛立ちを覚えさせ、全く努力する気のない当人にとっては実に心地よい響きの、「他人の苦痛」に対する弾み

厳選された・・・"金・権威にモノを言わせました・職権を十二分に濫用しました"というのは余りに直接的であり、一般に与える印象が芳しくない、という諮問機関の回答に寄せて

結果・・・或る特殊な状況下での異性間協議(片想いからの移行期に於ける相互意志確認作業)に於いて、主に"男性"と呼ばれる種族が一方的に求め、(聞こえなかった事にして)破棄するもので有名な

結論・・・或る特殊な状況下での異性間協議(恋愛からの移行期に於ける相互意志確認作業)に於いて、主に"女性"と呼ばれる種族が一方的に求め、(納得する回答が得られなかった事にして)破棄してしまうもので有名な

相性・・・男らしい男性−女らしい女性、男っぽい女性−女っぽい男性の間で安定するホルモンバランス

現状・・・くたびれ具合、消耗度合

虚栄心・・・高級クラブで豪遊していた頃の記憶が原因で、実入りが細くなっているにも関わらず、生活水準を落とせなくなる様。通常、初期段階として「寝起きを過ごす空間規模を縮小し、その分見映えの良い嗜好対象物に振り分ける」事である程度の外面は維持できるものとされている。ボロアパートの駐車場に燦然と輝く「跳ね馬」「スリーポインテッド・スター」が雄弁に語るもので知られている

機能的・・・姿形は似ているが、受信料を払って高性能のアンテナを宛ってみても、所詮電子レンジは"電子レンジ"という、与えられた作業領域から外れた仕事はこなせない・するわけがない、という事。無論人間にも共通で、学問での業績にある程度の評価が見受けられても、運動能力に図抜けた値を示しても、人間性が優れている事への保証とはなりえない、という事を意味している

芸術家・・・誰しもがリンク可能な"創造の源泉"から失敬したアイディアを筆や刃物を用いて或る程度他人が解りやすい造形にまでレベルを落とし込む作業プロセスに熟練した様。単に作業プロセスに熟練しただけだと、"芸術家"ではなく"職人"と名称を変える。従って、職人も"創造の源泉"からアイディアをかすめ取る知恵が有れば"芸術家"と括られる事ができる。一般人は往々にしてこの作業プロセスに比重を置く余り、純粋な意味での"芸術"とは疎遠になる

機能美・・・拳銃は、その顛末より生じる様々な利益を見込まれて生み出された。その機能が及ぼす影響及び真意・善悪や正誤等という小賢しい人間の戯れ言はそこに含まれていない。単にその機能的な役割を純粋に全うする事を宿命付けられ、その存在価値を保っている。その身体に充填される"火薬付きの鉛"が、破壊と死→創造と誕生という循環をもたらすことについて、彼は知る由もない。ただ彼は「引き金が動かされると同時に"火薬付きの鉛"を前方へと射出する」という純粋な機能を忠実に遂行するだけなのだ。その意味において、彼は忠実であり、神聖である

期待に添う・・・取り敢えず 1.余計なことはするな 2.搾取金を無駄にするな 3.どうでもいい公約を無理強いする事で方々にツケを押し付けるな 4.テレビやメディアで醜い建前の上っ面を晒すな 5.新しいのと取り替える迄は頼むから大人しくしていろ 6.そこそこの職権濫用で満足していろ 7.曲がりなりにも"推挙"してやった我々に恥を掻かすマネだけはするな

敬虔な・・・意識的・作為的に質量のある動物の生命を奪う行為に付随して発生すると信じられているもので、生命や自然のごちゃ交ぜになった"総合的贖罪"意識を発生する。特に「スポーツ・ハンティング」等の、日常生活の糧として直接的に関わりのない趣味性の領域にある種のテンションを見出す癖を持つ連中が標榜して止まない。また、"害を及ぼす"と位置付けられている(人間の一方的な取り決めに当てはまる)生物に対する残虐行為はその限りではない、とされている。死刑囚の傍らで、決別する現実を受け入れさせる「聖職者」の繰り言で有名なもの(この場合、聖職者自身の敬虔さとは無関係)

環境保護・・・達成されるべき目的を持たず、確固とした立脚観念を持たずに、ただ主張する事のみに実存性を追求する、趣味性の極めて薄い人間が崇拝する初動的支持基盤(通常"宗教"等の下位に設定)。少なくても、それを他人が納得して聞き入れるには「空き缶・紙パックリサイクル」だけでは脆弱である。もしそれを徹底し、信念を持って貫徹するのなら、生活基盤において"電気・ガス"等の、使用目的如何で環境に影響のあるエネルギーとは決別しなければならない。そうする気概を世間が評価し、主張に対する立脚点の脆弱さを払拭してくれるのだ。だが、そこ迄の見解を持たずに名目を主張するのであれば、それは「カルチャースクール」「PTAの会合」程度の"暇つぶし"と見ていいかもしれない。従って、世間に数多ある非営利団体の活動及び主張とは、内容的に「手編みのニットで冬支度」という名目と大差はない、と考えられる

学級崩壊・・・鞭に耐え、芸を習得する熊はその対価として角砂糖と美味しい餌と調教師の愛情を受け取る事でバランスを保っている(余程の事がない限り自分からそのバランスを敢えてぶち壊さない)。熊ですらそれだけの条件が整っていなければ、芸を身に付ける事はないし、辛うじて従順でいる事もない。鞭だけであれば、熊は容易く野生を剥き出し、調教師を肉片へシフトさせる凶暴性を発揮する。ましてや人間ともなると更に状況は複雑である。三分の一日を費やして、覚えたくもない体系と会いたくもない連中と、聞きたくもないバカ話に耐えうる精神構造を養うには、その対価として調教側が熊共に支払うものがある。単純に"愛情"と名の付く特効薬が全ての弊害を肩代わりしてくれるのはブラウン管の"おとぎ話"の中だけである。闇雲に"愛情"を強化したところで、その"愛情"とやらが当面の遊び資金を工面してくれる訳ではないし、優良な就職先を世話してくれる筈もない。ましてや社会構造の千変万化する今日日、旧態依然の倫理・道徳にすがって美徳を鵜呑みにさせ、「はい、そうですか」と納得して丸く収まるようなバカは皆無である(地域的な情報管制が敷かれ、外部の流感性刺激が流入しない環境であるなら別だが)。大人が考えているより遙かに貪欲・細密に子供達は世俗情報を仕入れている。様々なメディアから垂れ流される、汚く醜い世俗情報と、目の前の教科書に語られている制限付きの美化された情報とでは現実的に雲泥の差がある。もし仮に、目の前の美化情報が、来るべき汚く醜い(実践的な)世俗情報を咀嚼する為に必要な枠組みであるのなら、それを先ず理解させる事である。どちらの情報も"建前"と"本音"の如き連関を持ち、切り離すことのできない重要性が残されているのなら、どの程度の虚実が世間で通用するのかを教え込むべきである。ブラウン管の中で「大量殺戮テレビゲーム」が楽しめる時代である。身近な生き物の生死に感慨を持つ感性が備わっている事自体が稀であるし、それがあるからと言ってハクが付く訳でもないし、子供の観点から"格好いい"事ではない。大人が喜びそうな事をやっても、それが自分にとって何らかの「顕在化する利得」としての性格がなければ、子供は容易く放棄する。たとえそれが「何年後かに後悔する」と脅すだけの価値があるとしても、"下手な鉄砲"と一緒であり、人生を切り開く手段としては手薄である。少なくても子供は理解している「バカを為す者ほど有意義な人生を送り、バカを見る者ほど無意味な人生を送る」という法則を。教育者とやらが寄り集まって結論のでない会議を盛んに行う姿勢だけでは何も変わらないよ。それでも黙って勉強させたいのなら、授業態度に応じて放課後のレク資金を提供してあげたら?その方が社会勉強にもなるでしょ

極限の・・・"共食い"等の純粋生存競争に対する道義的責任・贖罪観念を「同情・共感」作用が押さえつける領域であり、生きる事への罪悪感を誰か(神とやら)に肩代わりしてもらう場所、とされる

苦悩の・・・何れは受け入れなければならない、様々な記憶や経験に彩られた、忘れ難き慈愛に満ち、限りなく豊かで限りなく優しい、貴方を包み込んでくれた美しい花園である"想い出"との決別(惰性的実存との隔絶)によって訪れる、当人以外は傷口の確認が不可能な、場合によっては当人にも傷口の確認が出来ない、痛みの種別・質量が特定できない、という意味では実に厄介な、例えようのない程の痛みを伴うもの。俗に、個体別に管理されている「あの頃の」と呼ばれる記憶への憧憬が、何らかの外因により保管場所から解凍される事で発生、「もはやどうにもならないもの」と諦めて再冷凍するまでの一定期間於かれる心理状態を指す(生きている間に"忘却"が完了する幸福な一部の人間を除き)。どのような境遇の人間であろうとも、どのような威厳を頂いた人間であっても、人生に於いて最低でも一度は何処かで"身を引き裂かれる"(全てが虚しく感じられる程の)凄まじい痛みを背負ったまま、日常を淡々と続けなければならぬ、はかない現実との狭間で激しく揺れ動き、藻掻き、切なくなる期間がある。それが早いか、遅いか・・・単にそれだけである。それも、たった独りぼっちで。周囲から遠く隔たって(現象的な位置関係や知人の有無は問題ではない)。何故なら、皆独りぼっちでここに来て、皆独りぼっちで堪え忍び、皆独りぼっちで還っていくのだから。そして解るだろう、その時に、外部から差し伸べられていた暖かな"救いの手"は、結局全て幻想であり、やがてはそれ自体が"想い出"の一部分として取り込まれ、貴方を幾重にも苦しめる事を。いつか思い知るだろう、その"救いの手"に一時しがみ着いたところで、その痛みは先送りになり、更に痛みの度合を増して、貴方自身に還元される日を待ち構えている事を。これだけは、外部から何らかの相殺手段を宛っても無意味である。又、貴方を愉しませてくれる友人の行動は、還って貴方を虚しくさせる。そして貴方は、傍らにいる良き理解者が、時として(本人はよかれと思っているが)無意識にその痛みを増大させてしまっている事を知るだろう。そして改めて気付くだろう、"想い出"が人間に課せられた、極めて重い「足枷」である事を。それらは決して、外部に施しを行った位では到底購えるものではない。自ら宛った趣味に打ち込んだところで、却っていたたまれなくなるだけである(幸運にも没入できた場合、その苦悩は先送りになり、貴方の目的意識と体力の減衰と共に巨大な鎌首をもたげ始めるだろう)。増してや、面白いテレビ番組を見ても一向に解消される見込みもない。逆に、ブラウン管の向こうで笑いを振りまく連中が、貴方と同じ人間である事に一種の違和感を憶え、更に切なくなるだろう。宗教はそれらを束の間緩和させてくれるかも知れない。絶対性を持った至高の存在のでっち上げで自分という個体がこの世界に存在している、生かされていると帰結できるならば。だが、所詮その存在は貴方の苦痛を肩代わりしてくれるわけではない。「よく私を信じましたね」といって、頭の一つでも撫でるわけでもない。元々、そんな道理は何処にも存在しないのだ。「信心」というエネルギーが内面の苦痛を押さえ込んでいる、というだけの話である。そのシステムは、貴女自身の苦痛をマヒさせる(当人に解らなくする→自分がとうに死んだ人間に突き動かされて生きている、その為の試練である、と勘違いしてしまう)危険性を孕んでいる。それはそもそも、貴方の背負ってきた様々な"想い出"が、その存在にも到底相殺不可能な質のものであるからだ。その存在が、過去にでも遡って、貴方の苦痛となるべき様々な経験を代行でもしてくれない限りは。未来に先行し、貴方の思念を突き動かす要因を取り除かない限りは・・・そうなのだ。話したぐらいで楽になれるのなら世界はもっと住み良くなっている。話したぐらいで解放されるのなら、それは単なる"悩み事"の類である。話したぐらいですっきりするのなら、それは内面の問題ではなく、外部に対しての"いちゃもん"でしかない。一向に楽にならないからこそ、人間は自ら見切りを付けずにいつまでも醜態を晒しているのだ。"何かをしなければいけない・何とかしなければならない"という強迫観念に後押しされながら・・・誰も救ってはくれない。逃れられない。忘れることは出来ない。それが"人間"の背負った宿命であり、業である。それが"楽でいようとする"単純明快なシステムの副産物である。その"想い出"全てが、そのままの、いつも変わりなく、清々しさの中に存在する限り、貴方の胸は締め付けられる。悲しさではない。寂しさでもない。逃げ帰りたい訳でもない。ただ、それがそこにある、という確証が、貴方を今日のこの瞬間、そして明日へと駆り立てるのだ。貴方の"今"を意義のあるものへと昇華させるのだ。貴方を活かす純粋衝動の弾みなのである。それは、何とも言えない、懐かしい、懐かしい、懐かしい・・・。思い出せただろうか?貴方が、貴方として、目覚め、音を聞き、香りを感じ、暖かみや風の流れ、目くるめく色彩、触れ、笑い、泣き、そして満ち溢れ・・・それは、貴方を「過去」へと引き戻す為にあるのではない。過去に対する後悔と自責を促している訳でもない。悲嘆に暮れる貴方に、安易な「逃げ道」を提供しているのではない。常に貴方の前方に、常に貴方の思念の前にあり、貴方の移ろいを見つめている。丁度、ハイハイしている貴方を見つめながら、両手を広げて微笑んでいる両親のように・・・こうして人はまた一人、一人と流れ、還ってゆくのだ。それが「人間の行動原理は常に"想い出"という触媒を先行させて推移している」という事の真意である。意識や意志の発生は常に"想い出"からのフィードバックなのだ。それでも貴方は生きていくのだ。ああ、いっその事"自律リセットスイッチ"でも体の何処かに付いててくれたらねェ・・・

謙虚・・・大した権威もなく、さほど利口ではないが(実はこれらが幸いし)、有用性(稼働率・可動域→一般渉外能力)は無視できない相手に、その有用性を私欲の為に利用してもあからさまに不快感を憶えさせないように普段から手なずけておく様。相手がその行為に"見え透いた卑屈"を感じ取り「バカにするな!」と言わない限りは有効とされる。「実るほど 頭を垂れて 舌垂れる」

ごめんなさい・・・自分の非を全面的に認めるる心情を告白する言葉のうち、最も他人に簡潔に伝わるが、その分最も自尊心が傷つく危険性がある、と思われているもの。全く関わり合いのない、通りすがりの他人に対して及んだ非礼事(足を踏む・身体がぶつかる等)には頻繁に使用されるが、旧知の間柄で、しかも実害を同じくする者同士では「悪かった・反省している・謝るよ・許してくれ・すまん」という優先順位の最下層に位置し、率先して使われる事は稀であるが、受け手側は間違いなく最優先で要求する(大勢の前では尚更である)事で一般的に知られている。至らなかった理由に対して「素直に謝れ!」という怒号が放たれた場合は、正当性のある言い訳よりも先ずその言葉を単純に要求するものであり、その要求成立後は「謝って済むと思っているのか!」「謝るぐらいなら最初から・・・」と続く。この手合いは相手の素直さを踏みにじる事で自己満足を得ているサディスティックな一面を持つタイプの場合があるので注意したい。使用後の立場関係は確実に崩壊する

価値判断・・・実物を目の当たりにする事で発生すると思われる衝撃を緩和させる目的で、実物の持つ様々な仕様や特性、それを取り囲む資本や資産の整備状況プロフィールの信憑性を"先入観念"として認識させておく事で邂逅した際の会食を有意義なものへと昇華させる可能性を含有しているもの(企業単位から一般見合までの各種)

キャンセル・・・或る私的で小さな楽しみ事は、他人が持ち込むストレスによって容易く打ち消されてしまう→そのストレスで顔をしかめている最中、それらを包括する(してしまう)更に大きなストレスによって、もろとも容易く打ち消されてしまう。例えば、貴方の息子が楽しみにしている修学旅行は、ひとえに貴方の給与に懸かっている。貴方の刺激的な楽しみは、陰険な上司への(半期別の評価値をAにとどめる為の)御機嫌取りに懸かっている。が、それと同時に、その上司を飼い慣らすだけの人件費を捻出できる会社の経営体制にも懸かっている。が、それと同時に、その営業姿勢が辛うじて市場に迎合できている、という社会システムがそれらを掌握している。が、それと同時に、或る他国の元首に君臨する唯我的・妄想的民族主義野郎の指先にも懸かっている。が、それと同時に、地球の引力に引っ張られてやって来るやも知れない、直径数qに及ぶ隕石の挙動にも掌握されている、とも言える。そうして貴方が楽しみ終わった後にやって来る一抹の不安は、包括・拡大する様々なストレスに影響を与え、やがては貴方自身に還元される日を心待ちにしているのである

原子・・・「ふーっやれやれ、助かった」と胸をなで下ろしている連中。人間の概念で、物質の最小単位であり、その立場に於いて執拗な追求を受けることのない。その意味では"宇宙の果て"とほぼ同じ扱い。その基本動力性能は"おかれた環境で、常に楽になるように行動・静止・分離・結合する"事

狂気・・・物事をより純粋に掘り下げ、見極めてしまった能力。その反動で屡々行動・言動等に支障を来す(本人はそう思っていない、彼等からすると、彼等とは明らかに異なる連中を"狂気"という位置づけを行い、それに伴う自覚は明快)が、件の純粋能力ではそれらの社会的規範が"鬱陶しく"感じられる(取り込む必然性・根拠が発生しない。ましてやその状態を人に説いて回る事もない)為である。過去に於いて教育や道徳等による"さるぐつわ"を部分的、或いは広範囲に渡り拒絶(その能力を維持する為に余計な脂肪分を無理矢理付けるリスクを背負わないようにする)し、能力維持に努めた結果と言える。感情や衝動が主観連動型へ移行する為、公の場での挙動は疎まれる

根幹・・・物事の大本、という意味。つまり、企業・官僚・公益事業・国家機構等の「談合(金銭トレードで潤う)」部分であり、血気盛んな新米の出過ぎた行為を遠回しに戒める「出る杭の打たれるタイミングを示唆する」部分であり、社会的に認知された企業の「ゴルフと女を買い漁って玉転がしにうつつを抜かす」部分

奇蹟の・・・極当たり前な宇宙の中に、極当たり前な位置関係にある銀河団の中に、極当たり前な運営・運行を行っている惑星系の、極当たり前な素材を湛えた星の、極当たり前な生育環境の中に、極当たり前に発生した分裂サイクルの早い連中の、極当たり前な或る一種族のみに機能する「自分たちが極当たり前ではない理由で極当たり前ではない思考を有する」と身勝手な思い込みを推進するに当たって、遙か昔にくたばった連中の意志を尊重し、諸々の責任所在を過去と未来に押しやる事を可能にした。という事は、実存に於ける"道義的責任"は、常に"過去と未来"へと押し広がっている、と考えられる

過大評価・・・感情を表にさらけ出す(大泣きする・大笑いする)・風雨に晒される・激しい運動をする・朝から顔をつきあわせている という条件が重なる事で表面的なディテールが崩壊し始める迄の、曖昧な確証と希薄な期待感の間で

気が紛れる・・・普段は他人を苛立たせるしか価値のない"下劣な会話"の有用性が最も評価された相手の心情的道義。逆算すると、相手から件の言葉が出た、という事は、翻って貴方の話は相手にとって"その程度"の価値であったと推測できる

過小評価・・・着膨れ・分厚いめがね・妙な化粧・目立たない服装等で武装され、探査する興味や気力の失せた

現役・・・生物としての"サカリ"が常に暖気状態にあり、ちょっとした刺激でアドレナリンの流出量が増加するもの。加齢や老化とは無関係である分、周囲及び当人が持て余す事が予期されている。実存思考復帰回路ON状態の

賢明・・・自分の商品価値を弁えた様。キャンギャルからAV女優までの流れ及びルックスから肢体披露、玉の輿から協議離婚、カムバックから地方営業に至る迄の納税額

格調高い・・・購入商品の過剰出資部分であり、帰宅を速め、所有者の神経を過敏にする効果のある

感性・・・肉体という外郭に対する確実性が曖昧である(精神が、刺激としての媒介作用に対する肉体の判別基準に頼らなくなる)事で、外界から受ける情報が、個体据付の思考フィルターを通りにくくし、次第に判断や結論の材料として対象物を捉えなくなり、多次元映像としてより多角的な情報搾取が可能になる事。通常、自己表現に対する様々な技法を習得する事で優れた芸術家として珍重されるが、「実存的日常性」への順応力が衰え、集団性に乏しく、一般人より格段に扱い辛く、しかも"騙されやすい(優れた判別基準を持つ人間の口車に乗りやすい)"というデメリットを併せ持つ、とされる

クローン・・・人道的見地・倫理、道徳的・社会的規範、有識・知識階層で頻繁に行われている論議は、それが「デモンストレーション」である事を感じさせない信憑性を有し、その白熱した討論で、語気を荒らげ鬼気迫る表情をさらけ出し、意見をぶつけ合う様は「アカデミー賞」でオスカーを獲るに相応しい程のリアリティを秘めている。だがここで憂慮すべき問題は、これらの時間稼ぎ水掛け論の"正誤"にあるのではない。「現実にどのぐらいのクローンが"人間"として誕生し、生活を営んでいるのか、一体彼等に何をさせようとしているのか」という、先に踏み出された事にある。極秘の項でも述べたが(参照→極秘)、一般大衆がそれなりの(クローン技術について)見識を持つに至る前段階でそれが既に実用化されている可能性は否めないのだ(UFO問題と近似)。クローンはその資質として間違いなく前回の肉の記憶(細胞分裂サイクル一セット分)を刷り込んでいる(アインシュタインの遺伝子なら、アインシュタインとして存在した際の記憶が個体に残っている、という具合に)。生命として後から付随する霊的現象部分はさておき、それらの記憶は現個体の「思考形態」等に多大な影響を与えるのだ。だとすると、クローンは或るポイントで「以前個体として存在していた頃の記憶が現個体の挙動により無理矢理滲み出る」可能性がある(狙いはここにある)。霊的現象部分は、今までの経験や記憶(前世での)を"駅のコインロッカーに預ける"程度の気軽さをもって、まっさらな状態で物理世界へ移行する(稀に手違いが生じるが、何処の世界にも"絶対"的な事象は存在しない所以である)が、何の因果か知らないが、物理界の不手際が元で「お前はアインシュタインのクローンだ。さあ、新しい体系を構築して、やり残した理論を貫徹し、人類の抱えた様々な問題に対処せよ」という命令を受けているかも知れない。過去に様々な分野で名を馳せ、早世した連中の"クローン"が、今日も何処かで「寝小便を垂れて叱られている」かもしれないのだ。存在する全ての物質及び現象世界は、それが例え人間の手によって生み出されようと、何かの弾みで世に出ようとも、須く「最善であり最悪」である。「誤り・間違い」という判断は単に人間の利害範疇に当てはめて結論を急いだだけであり、それこそがそもそもの「誤り・間違い」の根元的発生源である。それらが人間の道義的規範での「善か悪か」の議論を遙かに越えたレベルでその存在根拠を成す限り、「生み出された」存在は全物理界領域に波紋を広げ、確実に人類に影響を及ぼす(そこに好影響・悪影響という対極的見地を用いるのはナンセンス。それは一方的帰結に依存するのと何ら変わりはない)。それだけの「(人類が長きに渡り関わるであろう)足枷」を覚悟の上での研究であるとは到底言い難いが

悲しむ人・・・残念ながら、数十年のスパンで完結する(と思い込んでいる)思考主体性しか持たない人間という種族には、総体的判断に疎い部分があるのは周知の事実。なまじ「社会性・集合体」としての意識を植え付けられた結果、個体の意志はあらゆる場面でブレーキがかかるようになっている。つまり、貴方が「天涯孤独」でもない限り、自分の人生を自分の手で全うする事すらままならない、という事である。貴方はどの様な状態であろうと(肉体として現象世界にいなくても)、宇宙規模で影響を与え、且つ受けている。その隅々にまで、"関わり"を持っているのだ。その道理を受け入れられない(そんな事より一流の企業にでも就職してくれた方が誇らしい)という血縁依存による能動規制が、貴方自身を雁字搦めにし、その反動で貴方も誰かを雁字搦めにする欲望に駆られる。その鬱陶しい雁字搦めを解放する時、雁字搦めにしていた関係者は、その手持ち無沙汰に愕然とするのだ。従って、貴方が"社会人"としての自覚を持とうとするなら、進んで雁字搦めになり、且つ雁字搦めにする人間を拵える事である。こうして"人間"という醜い生き物は、ほんの数千年の期間栄華を極めたような気になって、於かれている実存を後世に残す(雁字搦め体質を存続させる)という使命を負っているような錯覚を起こすのだ。下らん

過程の重要性・・・"人間"と名の付く形質を借り入れる事で制限される様々な能力に"無限の可能性"が秘められていると言う大嘘を頑なに信奉し、種族繁栄に至る最善の美徳として世襲させるもの。一般に「気の長い探求事」の全般に封入され、永続的な空回りに意味を持たせる事で知られ、達成途上で頓挫した"失意の"人間に対して使用される

擬人化・・・幼年期の"自己葛藤"プログラム起動要素のうち、実存のグロテスクな淘汰システムを最も受け入れ難い形から認識させようとする試み。人間と人間以外の生物、捕食関係にある獣類も、相互理解で「仲良く」生活していけるものである、草食動物も、知恵と勇気(?)で肉食動物を撃退できるという「哀れな勘違い」を植え付け、動物ノンフィクション番組で展開される現実に直面し、やり場のない怒りと悲しみに打ちのめされる様が"人間としての経験を積ませる"意味合いとして有意義であるように感じられるが、実際は「成長する為に失うもの(成長と共に鈍化する観念)」の一つとして捉えられている場合が多い。この"現実"に対する順応が立ち遅れる(自分の中で昇華できない)と偏重方向性の志向を持つようになり、「ベジタリアン」や「動物保護団体」の先兵として"お粗末な動物愛護"に帰属する結果ともなりかねない。「ブタが喋り、ブタの生き様を模写した」映画が好評を博し、ブタを尊重して家で飼い始め、牛肉へと移行する主体性のない大バカ共の得意とする

硬派・・・そのルックスから推測すると、単純に"モテていなかった・拒絶されていた"だけである事は明白なのだが、素直な感想を口にして、敢えて自分から協調関係をブチ壊し、周囲から「人でなし」と思われたくない人向けの

結局のところ、貴方の「大切なもの」は、いつまでも貴方にとって「大切なもの」であるために、あなた自身が努力しなければならない、という事になる。先立って"カネ"と呼ばれている通俗理念は、とりあえずそれ自体を「大切なもの」と設定しない限りにおいて、最も効果的且つ能率よく機能する手段の最右翼として認知されるものとして、貴方が「大切なもの」を維持し、管理し、保全する事に用いるのは至極当然に思える。これが枯渇しない事を前提に、貴方の「大切なもの」はいつまでも貴方にとっての「大切なもの」でありつづけるだろう。しかし、残念なことだが、その手段自体を貴方が望んでいる一定のレベルに保ちつづける事もまた、違う手段を機能させていることによって達成されているのである。それが総体的な意味での"仕事"である。

怖いモノ見たさ・・・人気がある・珍しい・流行の・激安の という要素以外に経済効果が見込まれる、一過性の麻疹程度のもの。いわゆる"ゲテモノ"

興味本位・・・取り返しの付かない"イタズラ"を衝動的に実行し、観察する際の道義。行為後に得られるであろう、「一体どうなるんだろう」という純粋な疑問が道義を強固にする。"高価なスピーカーの出力部を指でつつく""エアコンのフィルターや、車のラジエターの薄く並んだ金属(フィン)を指で曲げてみる""テレビに磁石を押し当てる""すね毛をライターで焙ってみる"云々。結果「なるほどこうなるのか」→「やっぱりやらなきゃよかった」となる。個体の純粋学習資料取得能力の一つ。「カミソリの刃」「磨りガラスや黒板」と聞くだけで様々な想像力を掻き立てられるのはこれが機能しているお陰

拮抗した・・・対峙するどちらか一方、若しくは双方が抱いている"気の緩み"から派生し、相手の体力を消耗させ、持久戦でねじ伏せる→瞬発力を温存する目的で推移する状態。共に自分の力量に自信がある、という前提に於いて、共に実力を出し切る前段階として頻繁に利用し、共に相手の力量を過小評価し、最悪の場合、共倒れとなる危険性を孕む。緒戦を勝ち上がる有力候補が最も懸念し、二回戦で没落してしまった「技術的・体力的な」敗退理由と同等の比率を占めるもの。「緒戦でいきなり優勝候補同士の激突です」等と称されている場合に起こりやすい

価値観の相違・・・「だって『飽きた』という本音はストレート過ぎるでしょ?出来れば後腐れ無く別れたいじゃない。嫌われんのイヤだし、アイツの仲間内で自分の悪口言われんのイヤだし。だから毎回、これなんだよねェ・・・」

革新的・・・余計な小細工を労せずとも、ストレートで無骨な感情表現が市場に受け入れられる訳。逆に、技法・技巧に優れ、いかにも手間暇を掛けたものが、その表現に乏しい内情を覆い隠したい、というひたむきさを感じさせてしまう事はこれが"工芸"の規範にとどまる由縁でもある(一般的に「良くできています、が」の"が"の部分に当たる)。「自己表現としての"何か"を世に残す」という潜在的憧憬心情の一つに於いて、英才教育等より様々な技術を習得した者が生み出すものより、その技術がなくとも、様々な人生経験から絞り出されたものの方が、より説得力を有しているとされている。それだけ"先入観"という鋳型が内部に構築されていない分、発想の飛躍度合が尋常ではない、という感じを醸し出すのである。しかし、実際問題としてそれが"評価"されるかどうかは、市場を占める人間の"人生観"に依るところが大きい。"独りよがり"で終わる事の多いこれらは、それに対して現時点で評価できる程の「同チャンネルを有する」者が不在である場合に起こりやすい

カジュアル・ダウン・・・二日目から「チンピラ」にしか見えない装いを提案する事。「若者風」は、あくまでも若者向けである事を自覚せよ。「南国風で異国人風」な装いが、町中で浮きまくることを自覚せよ(酒とゴルフによる"浅黒さ"はマッチしてはいるが)。大抵、新鮮な驚きと共に周囲が"おしゃれ!"と言って面白がってくれるのは初日だけである(注)これらは"おしゃれ"と"お似合い"を混同する為に起こる有意義な経済活動とも言える。なまじメディアの甘言はあてにしない方がいい。彼等はあくまで"メーカー"に委嘱されているのだから

風邪気味で・・・かなり高負荷の労務を任されそうな空気を察知し、予め「不備に終わる・出来そうもない」結果を回避する為に用いられるもので、通常、昼間は「男」が、夜間は「女」が好んで使用する事で知られている。特に男女間の「夜の営み」を体よく拒む為、男女共に重宝する言語でもある(注)この言い訳を使用する相手は、貴方にとって余程の"隠し事・やましい事"があると見ていいだろう。いずれにしても、その道義付け及び作業効率の低下は"別の場所"での作業が祟った(気合いを入れすぎた)「当然の報い」でもある(本当の"風邪気味"の場合を除き)

季節はずれ・・・夏に第九を耳にする事で内部発生する観念的な違和感

寛容・・・個別警戒水域に結構なゆとりを持たせてある様。向こう見ずで執拗な発言者の諫言レベルに呼応し、突然と自己決壊を始める迄は、そこに"言いたいこと・やりたいこと"貯めておく場所とされている。従って、何かの拍子に決壊するまでは延々と貯め込まれ、自力で相殺される方法・手段が講じられない場合、別所にて想像を絶する言動・行動に駆り立てる要因となる事も。一般的な会話に於いて「追い込まれている」際のシグナル("お前、その辺でやめておけ!"と言う類)が表情から読みとり辛く、往々にして穏やかでにこやかであるが、時間を追って 1.無口 2.ほっぺたの筋肉が痙攣 3.貧乏揺すり 4.水分をやたらと摂る 5.手で自分の躰をしきりと叩く 等のプロセスを踏み、突然と決壊を始め、傍らで一連のやりとりを面白半分に眺めていた第三者が最も気を遣うひとときを迎える

器用貧乏・・・なまじ要領がいいと一つの事柄に没入する精神構造は養い辛い。最初からある程度の対応が出来ると、探求しようとする以前に飽きが来るものである。その結果、世間的な評価は「趣味人」という侮蔑のカテゴリーに据えられる。世に言う「性格的な飽きっぽさ」は、元来優秀な個体に見受けられる症状で、大したコンプレックスもなく(容姿は勘定に入れず)、作法立ち居振る舞いを他人にバカにされたトラウマのない人間が最も重度の障害を抱えている、とされる。青年期までの挫折を経験出来ない事が原因で、社会人として受け入れるべき様々な弊害に脆い側面を持ち、衝動的に自殺したりもする

極める・・・それしか取り柄がない・それをやってなきゃあ誰にも相手にされない・それを求めていれば他人がとやかく言わない、という強迫観念90%の継続理念。残りの10%は「好きだから・快感だから」

寛容な・・・自分の摂取分と、相手の持ち込み分、つまり丸二人分のストレスをため込める力であり、その"丸二人分"のストレスを他人に知られることなく穏便に解消する術を心得た様

寛大な・・・潰瘍を笑顔に変える力

結構です・・・「最初に断っておきますけれど、個人的な肯定、賛同の意志を表しているわけではありません。あくまでも"そうですか"程度の接続的な意味合いで使っているのです。その返答を用いて貴方の狙いを明確にしようとするのが使用目的です。従って、"参考意見"として貴方の行為に対する道義の肩代わりを当て込むような思惑だけは持たないで下さい。傍迷惑です」と言っておかないと、余計な契約履行をする羽目になるかも

子供っててのは、時に極めて残酷な生き物だ・・・そういえば、ボクの、小学校時代の友達に、足の動かない子がいたんだ。ちょうど、3年生になったクラス換えの時に、その子と一緒になったんだ。その子は、その子には、ボクと同じような・・・ここからあそこへ、少ない消費エネルギーで、少々快適に、そこそこ短時間で移動できる手段・・・の、腰から下に掛けて二股に伸びているつっかえ棒のような形状の、それが、確かに付随していた。少々ボクより細いように見受けられたが、それでもその子にもそれがあった。もっとも、ボク達のように、それが"足"と称されるような機能を果たしてはいなかったが。いつもひざ頭の擦り切れた、濃い灰色の、ウエスト周りがゴムで収縮するタイプのジーンズをその形状に穿かせ、ここからあそこへ、ちょうど、芋虫の行進、いや、アメリカ海兵隊員の訓練風景のように、ズルズル、ズルズル、面白いように腕を巧みに使って這い回っていた。ボクは、その子の事を、その子のような形状を、3年生になるまで情報として学習した事がなかったから、その子が、とても奇妙な生き物のように、とても新しい種族の先駆けのように、ボクの眼に映った。ボクや、ボクと同じような友達とも明らかに違う生き物であるような、好奇な印象が刷り込まれた。ボク以外にも、その子の事を初めて前頭葉に記録する友達が、いたんだろう、と思う。その子は、極度に無口なことも手伝って、その様相を象徴するにはまさしく"同系異質"という言葉が妥当だろうと思われたほどだ。
 正直、何て対応したらいいかわからなかった。「お前、何で足が動かねえんだよ!」「お前、どうして這いまわってるんだよ!」と、何度となく言葉にならない叫びが喉元付近でごぼごぼ泡を立てて湧き出していた。「王様の耳はロバの耳ィ〜!」「あれは裸の王様だ!」・・・不思議な事だが、ボクの周りの、ボクと同じように、腰から下がそれなりの機能を果たしている友達も、ボクと同じ事を考えているだろうと思われたが、誰もその事を口に出さなかったし、その上極力その子を忌避している態度も感じ取られた。あえて何かの世話を焼こう、とも考えなかったし、先生すら、その子のインフォメーションを何一つ公表しなかった。なにせ、給食のトレイも、先生が運んできていたのだから。そんな現状も手伝って、休み時間などいつも一人で窓辺に設えた用具棚にちょこっと腰掛けて、ただぼんやりと外を眺めている姿が掻き消えない印象となって、ボクの引き出しのスナップ整理ファイルに、今も大事にしまわれている。
 それ以上に不思議だったのは、その、ズルズル這い回るその子が、いつも笑っていた事だ。今考えると、その笑いには極めて多くの意味を包含した上での笑みであったのが理解できるが、その時はただ、不思議だった。まるで、ここにいるクラス全員を、何かあざ笑っているかのような、常に達観しているかのような笑みだった。時には「馬鹿にされている」ような錯覚すら覚えさせるふしがあった。
 ボクはその子に興味を持っていた。なんだかとっても不思議な魅力を放っていたからだ。女子のスカートの内部を覗いてみたい衝動に似て、その子の考えや、なぜそうしているのかを、自分が納得いくまで知ってみたいと思っていた。それに、何と言っても魅力的だったのは、登下校には必ず、お母さんが迎えにきてくれることだった。それは、ちょっとしたジェラシーにも近い羨望を抱かせるには十分根拠があった。ちょうど、「口裂け女」が巷の話題を席巻していた時期でもあったから、その羨望はさらに強くなった。"うらやましいよな。ずるいよな。汚いよな"。周りの友達は皆、その子の事をなるたけ話題にしないようにしていたし、その子が佇んでいるエリアを極力見ないようにしていたし、その子が這いまわっている付近から急いで退去する挙動をいつも示していた。いつしかその子は、みんなにとっての"腫れ物"的な扱いを受けていた。
 ボクはたいして勉強が好きではなかったし、頭も良かった覚えがない。たいてい下校途中に細かく裂いて破棄されるのが慣例となっていた、ガリ版でわら半紙に刷られた問題用紙を一瞥してはいつもイライラしていた。端っこをボンナイフでスライスし「ホームラン」「一塁」「アウト」「ファール」「ボール」「ストライク」と書き込まれた鉛筆を転がし、問題用紙の隅にスコアボードをつけて楽しんだり、無意味に消しゴムのかすを集めて前の席にいる女子の髪の毛に降り掛けたり、当時は宝物だった、表と裏に多くの鉛筆が収納できる、F1の写真が格好よく配置された筆箱を眺めては暇を潰していたが、それすら耐えられなくなると、頬杖をついて大きく貧乏ゆすりをし、黒板の脇にぶら下がっている大きな白文字盤の掛時計の秒針を見つめてはうとうとし始める。
 半信半疑だった事は否定しない。何しろ確認する手段が講じられなかったし、確認するために尋問しようとも考えなかった。それも仕方がない。誰も試そうとしなかったし、その事について友達と議論した覚えもない。だが、何か決定的な、周囲を震撼させるような仮説が発見できれば、状況は一変するといつも考えていた。
 時計の秒針をぼんやり眺めて夢心地となっていたボクはふと、そこに奇妙な整合性が見出された事に驚き、散漫としている思考回路と記憶経路をフル駆動させ、そいつの理論詰めを始める事にした。
 「カラクリは、こんなもんかな・・・時計の秒針は、そいつが誰かに見つめられた時にだけチッカチッカ動き始める。そう、そいつは誰かに意識されると"わざと、いやいやながら"動き始めるんだ。それまでは、ボク達が意識的に凝視するまでは、ふんぞり返って休んでいやがるんだ。つまり、サボっているんだ。機能していないんだ。それは何でか?それは、そうする事が"楽チン"だからだ。うらやましいよな。ずるいよな。汚いよな。って事は・・・」
 誰もこの理論は思いつかないだろう。と、ボクはちょっと得意げだった。試みる価値は十分だったし、成果も期待できると信じていた。この理論はおそらく真実を反映しての結実した見事なプロポーションを湛えていたし、みんなをギャフンといわせるだけの力も秘めていると信じていた。「早く休み時間がこないかな・・・」
 いつもと変わらない休み時間がやってきた。後ろの出入り口付近で一塊になり、「こっくりさん」に興じる者、ゴムボールを握り締めて校庭に走り出す者、クラスで飼っていたウサギにちょっかいを出す者、次の教科の宿題を家でやらずに、友達のノートを書き写している者・・・極ありふれた日常だ。描写する程の事でもない。そしてあの子は、いつものように床にはいつくばり、いつもの場所へ・・・
 「ちょっと待てよ!」ボクは、あの子の進路を塞ぐ形で、机と机の谷間に仁王立ちになった。今こそ、今こそ絶好のチャンスだ、そう考えていた。僕はこのクラスを、いや、この学校を代表して、はっきりと確かめてやるんだ。そして、みんなが言いたくても言えなかったことを、今ここで問い詰めてやるんだ。
 「お前、本当は足が動くんだろ?」それまでの喧騒が、それまでの日常が凍りついた。ボクの一言で、空気すら凍りついた。それはそれは、一種の快楽すら伴って、ボクのアドレナリン分泌を促進した。間違いなくこの空間の、振動する全てが、このボクの挙動に注目している。まるで英雄だな。
 あの子は、それでも笑顔を絶やさずに、ちょっとボクに視線を上げてから、笑顔のまま、またうつむいた。ボクは衝動的に、自分の両脇にある机を両の手のひらで強くたたき、もう一度、その子の気をこちらに向けさせた。その子の笑顔が、ボクの中で、何かの痛みを生み出していた。これか、これが、歴戦の勇者の追撃をことごとく回避した笑顔なのか、と感じたが、ここでボクが臆したら、ボクも、数多くの敗北者と同様の末路を辿る事になる。それに、周囲の好奇も、今回の"成り行き"を望んでいるように思えた。ボクに許されている時間は20分、それを一分でも超過すると先生が仲裁に入るだろう。それは無条件の撤退を意味する。
 ボクは、仕舞われていた椅子を引き出すと、その子の目の前に、よく見渡せるポジションを取って、そこに腰掛けた。その子は、この狭いエリアから脱出を図るべく、方向転換を始めていた。その子がいつも這うルートは"獣道"のように、周囲数メートルは誰も立ち入らないよう暗黙の了解があったから、この一連のやり取りは誰にも邪魔されずに進行している。あとは器用に仰向けになっているこの子を食い止めねば。
 「逃げんなよ!今日こそはっきりさせてやる!こっちを見ろ!」その子の横にある椅子を引き出し、その子のわきの下に手を入れ、強引に座らせた。その様子を傍観していた女子が何かこそこそといいたげな様だったが、別にボクはその子を苛めている訳ではない。語気は少々高圧的になってはいるが、場をしめる意味を持たせただけである。ボクは、ゆっくりと黒板の脇に誂えられた掛け時計を指差し、その子に問いかけ始めたんだ。
 「あそこに掛けてある時計な、あれは、俺達が見たときにだけ動いている。あれは、俺たちが見てないときにはサボっている。俺達が見たときにだけチカッ、チカッって音を立て、さも仕事をしている風を気取って、俺達が見なくなったら、音すらしなくなる。俺が何を言いたいかわかるな?俺はさっき、書き取りのテストのときに考えたんだ。お前は、"楽"をしている。本当は俺達のように、歩いたり走ったり出来るんだ。ただ、みんなが、お前の事を気に掛けないもんだから、お前は、なんか気を引くような、そういうものを自分で探して、そうしているだけなんだ。おまえは汚ねえよ。いつも母ちゃんが送り迎えしてくれてよ、先生が給食運んでくれてよ、体育の授業サボれてよ、朝礼にはいつも出ねえでよ。そういうの、気にくわねえんだよ。みんなもそう思ってんだよ。俺の言いたい事、わかるよな?今ここではっきりさせようぜ。このままじゃあお前は、いつまでたっても誰かの気を引こうとその格好のままで、俺達をイライラさせる。このままはっきりさせないと、誰も何も言わず、なんとなくズルズルとこのまま過ごしちまうだろう。そういうの、嫌なんだよ。5年のクラス換えで、お前と一緒になるかはわからないが、ここではっきりさせないと、また同じ事を、5年生になっても聞かれる事になるんだぞ。きっと、お前が中学生になっても、ずっと同じ事を聞かれることになるんだぞ。そんなのお前も嫌だろう?ここではっきりケリつけちまおうぜ!」当時、掛け時計に着目した引用例は中々革新的だったから(信憑性等の付帯要素は度外視して)、ボクの主張自体に何ら反論の意を唱えるものはいなかった、というより単に、取り合うにはへヴィな状況だと感じたのだろう。他の子達はいつもの日常を演じてはいたが、そこには決定的に「会話」が欠落していた。みんな何かやりながらも、僕たちの事を意識している様子だった。ボクは一呼吸置くと,声のトーンを幾らか下げ、諭す口調で話し始めた。
 「お前も、誰かに言ってもらわないとつらいだろ?みんなと一緒に校庭で走ったり、キャッチボールしたいと思うだろ?みんなも同じ考えなんだよ。このまま、お前がそうしているのが当たり前になるのが嫌なんだよ。お前がそうして、休み時間中外をただ眺めているだけの、そんなつまらなさそうにしているの、嫌なんだよ。みんなは気にしていないフリしてるだけなんだよ。なんか、変な気ィ遣っちまってよ・・・だからよ、吐いちまえよ!吐いてすっきりさせちまえよ!お前は,俺達と同じで、歩いたり、走ったりできるって、みんなに公表しちまえ!」

科学的解明・・・「科学」と言う"虫取り編み"を用いて様々な「超物理的現象」と言う"大海原"のしずくをちょっとばかり浚い、無知な大衆の持て余している時間を埋めようとする、一種のボランティア活動。原因と結果の間に宛う(目盛り自体に何ら絶対性のない)物差し

駆け出し・・・"力量の不足""経験の未熟さ""体調の不良"と並ぶ「敗者の弁」

気楽・・・単位当たりの固体に干渉する外的エネルギー質量が低い様子。通常"天涯孤独で知人・恋人もいない"状態を基軸として、負荷等級S「両親・我が子→干渉指数80以上」 等級1「恋人・連れ合い→干渉指数60以上」 等級2「親友・親族→干渉指数40以上」 等級3「知り合い・趣味仲間→干渉指数20以上」 等級Z「利害関係者→干渉指数10〜(場合によって)90」を割り出し、数値化して「〜の為」という言い訳の多寡を測定し、総得点で40以下(親友か親戚が存在するだけ)で、数値低下に伴う(離別等に対する)内部昇華度合の高い場合に相当する


近代化・・・個人の営みをより微細に集積する為の資料作成及び整理区分方法(管理資本)の簡略化と、管理体制を強化すると同時にその"仕掛け"を一般人が勘ぐらないように防護する一連の運営システムの高度化。背番号制も間近か

コンピュータ・ウイルス・・・文明の発展に欠かせない要素として「強度」と「密度」が上げられる。整備される社会資本を通じて環境に普及した文明の利器は、利便性や快適性を追求した結果「密度」として日常生活に定着する。逆に、これら社会資本を保守管理・発展させる必要性は「強度」に起因している。クルマや飛行機は、燃料を供給すればいつでも同じレベルの稼働を確保できるものではない。常にメンテナンスを必要とする。目的地までの稼働時間を快適にする(外部抵抗計数の軽減による燃費の向上等の)目的でディテールやエンジンの改良を行い、より保全の楽な部品構成を考案し、保全に関わる拠出を最小限に抑え、その分開発資金へと振り分ける事で常に発展のある事業イメージを維持、株主への信用をも勝ち取るのである。他の様々な機器についても同様である。だが、仮に憂慮すべき事態を招いた場合、その前例は「強度」として保守管理にフィードバックされ、状況に応じて"改良"を行う為の貴重なデータとなる。稼働に対する精度を上げるのも同じ理由である。機器類が如何に高度に発達しようとも、"人間"と言う、不確定な意思決定機能を持つ存在が機器類を操作しなければならない。この"命令系統"の原理は、どの様にテクノロジが進化しても肩代わりが出来ない。そうなると、より人手の掛からない、低コストでトラブルシューティングの容易な機器の開発は必要不可欠である。インフラについても同じ事が言える。道路の整備状況が滞り無ければ、メーカーは安心して精度の高いクルマを消費者に供給できる。整備状況が思わしくない(舗装等が行き届いていない)場合には、それに対応したクルマの仕様(寒冷地仕様、のようなもの)を考える必要がある。砂利だらけの道路しか存在しなければ、ガッチガッチのサスペンションとボディ剛性を優先した、さながら「装甲車」のようなクルマが出来上がるだろう。スポーツ・カー等というカテゴリはサーキットだけの夢物語となる。現存の社会に於いて重要な位置を占めるインフラの一つに「情報通信ネットワーク」がある。その利便性はあえて述べるまでもない(社会に於ける「密度」が如実に示している)が、これらとて造りっぱなし、という訳にはいかない。常に保守・管理及び改修作業が必要となってくる。だが、一般大衆はそれに払われる労力に対して「製作サイドの義務」という位置付けしか持っていない。つまり"当然の責任"として当たり前のように思われがちなのである(思考種族に備わる"慣れ"という習癖より起因)。供給品としての利潤が保守・管理の拠出比率を上回っている場合には、インフラの整備も滞り無く行えるが、市場での浸透・普及抑制と買い控えに拍車がかかれば、それらも自ずと限界が見えてくる。消費者に進んで新しい商品を購入させる動機としての「強度」を植え付けるには、ネットワーク上から発生する様々な弊害に対応する新機種の市場投入が手っ取り早い。が、幾らその性能を声高に説明しても、現実問題(動作環境などの不具合)に直面するまでは消費者はその重い腰を上げようとはしない。自宅に据え置かれている精密機器なら尚の事、余程の強者でもない限り、外部に対する見映えなどは気にしないからだ。クルマで言うなら、エクボだらけのボディーをものともせず、エンジンブローするまではオイルも替えず、「全損事故」でも起きない限りは購入ローテーションを無視する消費者のようなものである。このような手合いが市場を占めると、当然需給バランスは崩れてくる。"売りっぱなし"が出来る商品ではないだけに、状況は深刻である。そうなると、製作サイドの思惑として、消費者に対する「強度」を刺激する事で市場を安定させようとする試みが必要になってくる。クルマで言えば、消費者の自意識・自己満足(聞こえよく言えば"個別のニーズ")を刺激するような「ドレスアップパーツ・アクセサリー」の提案がこれに当たる。つまり、所有物としての"ハード"が普及浸透すれば、次の我欲相殺手段として自ずと"ソフト"の必要性が生じてくると言う事である。消費者の日常動態や生活習慣に合わせたハードにリビルドする事で、例え同じハードであっても、消費者の個性を反映させた"ソフト"を組み込み「世界で一台」の所有物が出来上がるのだ。「情報通信ネットワーク」の端末(ハード)についても同じ様な事が言える。消費者のTPOに合わせた様々なプログラム(ソフト)を供給する事で、ハードに対する臨界点も捕捉でき、同時に市場ニーズも把握できるのだ。

言語・・・人間が「個体毎に宿る個別の意識」と認識している為に複雑で伝わり辛い形状を取らざるを得なくなった"視覚・聴覚振動"信号。「表」として覚え込ませる以外何ら統一基準(認識・理解について)を持たぬ為、様々な諍いの火種となるも、その方が多少の退屈しのぎにはなると認識され、現在に至る(相互誤解性の応用)

固定相場・・・粗相をしでかす可能性のない(既に逝去している)事が幸いして安定した評価額を維持する様(腑抜けな遺族がハイエナ企業に意匠権を売り捌いて大量生産する暴挙に出なければ、の話ではあるが)

期待を裏切る・・・"もたらされるべき結果"に至る過程で、導かれる前提となる条件のほんの一つが「楽」な姿勢を取る(又は、最後の一つが次の「楽」な姿勢に移行しない)事でその後の周到な計画にしわ寄せが及ぶ

諄い・・・真新しい持論を口にしているのだが、語彙力が不足している、或いは口にする個体の容姿が万人受けしない為に「鮮度」が急激に落ち、他人の気を引かなくなる事

喧嘩・・・"趣味"として嗜む個体と"最悪の非常手段"と位置付ける個体という立場が異なる両者の振幅間では成立しない"肉の誇示"合戦(どちらがどうである、という無駄な議論はさておき)

国民行事・・・蓄財力のある世代に向けた「購買煽動」を美徳化させる為の→隔世代をエサにした

株を上げる・・・「謝罪」するタイミングを弁えた

技術革新・・・路頭に迷う技術者家族を、懇願するいとまを与えず速やかに圧殺し、その屍の上に築き上げられる"張りぼて"の金字塔からばらまかれる"汚物"の有用性に踊り狂い、その"汚物"に一般人がまみれ尽くされる迄の

個人・・・この世界及び社会にとって、罪・苦しみ・痛み・災難etc...を個体別に肩代わりさせる "賭け棄て"の保険。それと同時に喜び・成功・感動・快楽・幸福etc...を吸い上げる為の耐久消費材。社会より絶え間なく投入される美しき「欲望」に依存し振り回される事で安心感を抱く「安全弁付き」

高尚・・・より単純に、より覚えずに

迎合・・・ヘタに意見してオーバージェスチャー+無駄口をたたかれたくない(しつこく付きまとわれ、まくし立てられるのが確実な)「自己主張の正当性を押し付ける事に美意識を見出す"癖"を嗜む西洋かぶれ」向け処方箋。言わせておけ

肩書き・・・個体の優位性を見せつける為の小道具。主に会話の主導権奪取に用いる

経済的食物連鎖・・・"あるところにはある、ないところにはない"という道理

講義 : 「四方山話  『お香』」

 私の趣味の一つに"お香を焚くこと"がある。理由を聞かれても答える術がないが、お香を焚きながらもう一つの趣味であるありきたりな"音楽鑑賞"と併用することで、その場を締め、居合わせる者を至福の瞬間へ誘う。この二つに内在する要素が"時間的振幅"である。この妙なる"味わい"はすなわち時間軸に沿って自己の記憶・経験・自我を徐々に揺さぶりながら己の内面へと浸透して行き、現実との狭間をさながら"三途の川"の如き清らかさと畏敬の念を持って眼前に横たわる。現実を軸として、過去と未来への意識拡大を促すわけだ。しかしながらその神秘性は決して"オカルト的"要因を指す事象でないことを予め言わねばなるまい。刺激要素は外因であるが、己に起こりうる事象は内的要素により触発される。つまり起因する全ての要素は、いつも己が持ち合わせていると言うことだ。それはあくまで方法・手段にしか過ぎない。
 音楽における振幅デバイスには自ずと制約があり、よほどの思い入れと情念が無い限りはCDとほぼ相場は決まっている。お香はというと、これが極めて広い選択肢を持っている。線香を立てる為の台やコーンを置く為の設置計数の低い台、灰を貯める為の受け皿等、お香を焚くまでにかなり神経を尖らせる。私は市販の便利グッズを使わずに自分で土を捏ねて拵える。ちゃんとした不燃措置を執らない為に所々焦げたりもするが、これもまた味わい深い。さすがに自分でお香までは拵えるバイタリティーを持ち合わせていないので、様々なショップのお香を嗜む事となる。大概は店の前をふらっと通り掛かった際に微かに香る"かぐわしさ"に惹かれて物色するのだが、これがまた曲者で、焚く前とのギャップの激しい品も少なくない。焚きながら「こりゃマズイ」と思うことも屡々あるのも、逆に言えばお香ならではの醍醐味と言えるだろう。ジャズファンが『ジャケ買い』したレコードで頭を抱えるのと似ていると言えなくもない(消費・消失エネルギー質量は別として)。
 
 「あれ、湿気てんのかな?」 ふと目をやると台の上でおよそ5pほど細長い様が伺える。近づいてみると何のことはない、燃え残った芯だった。「やれやれ、これだから芯付きのやつは終わった後の処理に困るよ」もっとも、『コーンタイプよりは煙の燻れ方がお香らしくて良い』『燃焼時間も長いし値段も手頃、のような気がする』という勝手な思いこみで芯付きタイプを購入しているのだから仕方はないが。かくて受け皿には残った芯で焚き火でも出来そうな様相を呈するのだが、それらを集めて暫し物思いに耽る。
 
 心象:考えてみれば彼らのような「健気」な存在が世の中に多々あることに気付く。コンビニの弁当の割り箸に寄り添っている楊枝、アイスキャンディの棒、綿菓子の棒・・・
 彼らは何をして己を完結たらしむのか?楊枝は「シーハーシーハー」やってもらって真っ二つに折られる瞬間?アイスキャンディーの棒は『ハズレ』の文字を発見し、無造作にゴミ箱へ放り込まれた瞬間?綿菓子の棒は舐り過ぎて唇にささくれ立ったやつが突き刺さる瞬間?
 彼らの「本懐」とは何ぞ?・・・ふと、彼らが光合成を繰り返していた頃に想いを馳せる。多くの種族達の"憩いの場"として荘厳なる佇まいを誇っていた様を・・・その時点での彼らの「本懐は」、今ある状況下とは明らかに異なっていたに違いない。人間も環境により千差万別の「本懐」を有する。 ある者は企業戦士となり、ある者はスポーツ選手となり、またある者は鉄格子の中で自らの宿命と社会を呪い、ある者は人を導き、ある者は人に流され、そうして夥しい「本懐」は日常至る所で来るべき瞬間を待っている。
 我々人間は何をして「本懐」なのだろう?肉体の細胞分裂に限界が来て、朽ち果てるその瞬間か?それともビリヤードで一番ボールを媒介して9番ボールを落とした瞬間か?数十年の長きに渡り怨恨を抱いていた事象に「ハリウッド映画張り」の大団円を迎えた瞬間か?何れにしても人間の「本懐」とはそれを自覚する環境に個人がそのよすがとなる己の記憶を、経験と体験とを過去にどれだけ有しているかに掛かっているといえる。
 一人の人間の有する「本懐」はものの大小を度外視すれば実に夥しい数となるはずである。「朝起きてから夜寝るまで」人間は「本懐」の連続の筈である。が、実際はより大きな事、より大きな物へと取って替わり、時として「モチベーション」とかいう今風な解釈を付けられたりもする。そうこうして最終的に人間の「本懐」は『何かに成功し、何かを手に入れる』事にすり替わってしまうのだ。これは人間の「本懐」ではなく、言うなれば「肉の記憶と欲望」と言えるだろう。例を挙げれば、幼い頃の記憶より構成された思考形態を駆使し、「ジャイアンツの監督になる、ペルージャの中田になる」という事と本質的に同じである。
 まあ、それはさておき、前述の"彼ら"は、その宿命を人間に掌握・蹂躙され、本来あるべき姿での「本懐」を、自ら折り合いを付ける事で昇華すると考えると、その高貴なる様に心打たれる想いがする。「当たり前ぢゃねーか」と言われそうだが、楊枝は楊枝として、アイスキャンディの棒はアイスキャンディの棒として、綿菓子の棒は綿菓子の棒として自ら「本懐」としているのだ。「棒であることを放棄」するでもなく「細胞分裂を起こして消え去る」こともなくただただ純粋に自らの有様を受け入れ、あてがわれし環境に対応して与えられし役割を全うするのだ。果たして人間にこれだけの高潔さがあるだろうか?『考える能力』がすばらしい英知なのか、それとも自然が課した忌まわしき足枷なのか・・・
 
 「そんなもんだよ。それが"存在すること"だし、それが最善なんだよ。全てが本懐なんだよ」と、目の前の灰に埋もれた燃え残りの彼ら。彼らを山なりに整え、中からライターで火を点ける。「それも、アリだよね」「それもまた、ありがとう」煌々と燃えつつ、彼らは灰に還ってゆく。まるでこの瞬間を待ち焦がれていたような勢いで・・・

 実践:そんな"ハッとする瞬間"があってから、私は芯付きのお香を買うことにしている。洗練された(気取った)お店に置いてあるお香は上品で見栄えよく、香りも"エレガント(私情)"であるものが多いが、大抵が芯を残さず燃え尽きてしまう(お香立ての穴に燃えてない部分が時々詰まって困らせてはいるが)。従っておすすめは"それっぽい(早い話が中・東南アジア又はそれらの特色を活かした)"店となる。購入に際し注意しなければならないのが、「お店独自のよくわかる香り具合の説明文」だ。当てにならないとまではいかないが、万人が同じ経験と記憶を有しているならともかく、その表記の受け取り方に大分個人差があり、解釈の仕方も様々であるからだ。「爽やかな森林の香り」「青々とした若葉の香り」「優しいフローラル・ブーケの香り」「神秘的な香り」「地中海のゆったりとした・・・」云々、どうもピンとこない、イメージ先行型の謳い文句であるものが多い。よってまずは「気軽に10種類のお香が楽しめます」という旨のセット物を購入すると大いに楽しめること請け合いである。しかし残念な事に、そのセット物は個別にどれがどの名前のお香かは大抵明記されていない(色による注釈はあるが、そもそも"色彩感覚"すらズレている場合があるのだ)。従って又同じセット物を購入するか、若しくは中身の詳細を思い切って店員に尋ねるかしなければならない。私はというと、とりあえず「ピン」ときた物を手当たり次第に購入して時に頭を抱える。その際パッケージのいかがわしさや煌びやかに見えるヒンディー語も購入動機となる。こうしてハマリ込んでゆくのだ。
 長尺の物だと優に30pを越える大物もある故、お香立ては慎重に選ばなければならない。CHAPTER1:斜めにして燻らせるお香立て(正確にはお香斜め立て?)は、正直言ってあまり勧められない。しかも木製であれば尚の事。何故なら多くの長尺お香は、日本製の芯のしっかりしている物を除き、お香部分の質量に反して芯が意外と頼りなく細い物が多いのだ。斜めにするどころか、ヘタしたら「ベタ〜ッ」と垂れ下がってみっともないばかりか、気を抜いていると押入より掃除機を取り出す羽目となる。CHAPTER2:やはりお香の王道は垂直燻らしでしょう。まず用意するのはデカい器(深型ならば尚良し)と垂直お香立て(セット物の場合は付属している物でも○)。そいつを中央に据えて準備万端だが、小さい垂直お香立ての場合、長尺お香の質量に耐えきれずに倒れる危険性も考慮して、小さくても質量のある(重たい)お香立てを選ぶべし。CHAPTER3:更に"お香"の真髄を極めたいアナタに。燃え残った灰はそのまま残しておけるほどの深い器を用意すべし!この際、まっさらの器に灰が落ちて「ああ汚い!」と感じるようであれば「お香を愉しむ資格無し!」といってしまおう。「スニーカーもクルマも一度使いやぁ中古だ」等と同列の心意気(?)で乗り切ろう。然からば溜まりゆく灰を眺めているといつしか自分の記憶がそこに降り積もってゆくかの如き情緒すら憶えるハズ(私だけかも)。それに前述の燃え残りの芯もそこで灰に還ることが出来るとあれば、まさに一石二鳥!不思議なことに彼ら燃え残りの芯が燻る時これまたいい香りを発する「俺達だって、本隊には負けないぜ!」と言わんばかりに・・・
 真髄:何が幸いし、何に気付くのか。時・場所・手段は問題ではない。要は我々の内面の問題だ。"ハッとする瞬間"は日常至る所に無数に存在し、我々の気付くのを首を長くして待っている。"ハッとする瞬間"をおぼえるのは決して稚拙な事ではないし、恥ずかしい事でもない。人間の純粋性という琴線に触れる『至福の時』である。"ハッとする瞬間"をどれだけ体験・経験するか、それらを真摯に受け止める事が出来るかで、人間の「本懐」も変わってくるのだから・・・アナタの"燃え残った芯"は見つかった?

原因と結果、それに付随する幸福と不幸・・・貴方が草野球の凄腕バッターだとする。チームメートの望みを一心に受けて打席に立つ。4対7で負けている試合、9回裏で2死満塁、貴方のホームランで自軍を勝利へと導く事が出来る手筈だ。ホームランを打つには、球を外野の守備範囲より遠くへ打つ必要があるが、貴方には造作もないことである。何たって凄腕だ。カウントも2−3と待ったなしだ。ここで貴方は「ホームランをかっ飛ばし、高々と片手を挙げてダイヤモンドを一周し、歓喜の表情で迎える友人と共に喜びを分かち合う」という、ホームランを打ってもたらされる幸せを思い描く。程なくして相手ピッチャーより投げられた渾身のストレートをバット真芯で捉える。手応えアリだ。打球は高々と上がり、敵側外野手も諦めの表情で見送る。それがまさに現実となった瞬間だ。貴方は満足感に浸りながらダイヤモンドを周り、歓喜のチームメートに祝福を受ける。まさに至福の瞬間だ。貴方の中での結果はもたらされ、貴方は至福に浸るのだ。
 「この野郎!」もの凄い形相で片手に貴方の打ったホームランボール、片手を宙に振り上げて、貴方のホームランボールがもたらした結果がやってくる「どこのどいつだ!このボール打った奴は!20年間育ててきた盆栽の鉢植えが粉微塵だ!どうしてくれる!」チームメートもしょげ返り、至福に浸っていた貴方は一気にどん底へ突き落とされ、何度も土下座をした挙げ句、壊した鉢を弁償する羽目となる。祝勝会はえらく高価な鉢のカンパへと姿を変える・・・貴方はその結果に不服を覚え、それに至る経緯を反復する。そもそも貴方がホームランを打たざるをえなかったのは4−7のスコアだ。4−7のスコアは、自軍の守備の乱れが原因で