「さ」の暇潰し定義達

憎悪・・・「愛」と表裏一体を成し、屡々欲望が成就され、飽和したときなどに発生、若しくは許容量を超えるレベルの負荷をかけられた場合等の自己防衛本能。「何だか鬱陶しい」という感情より移行。厳密には「ふと目が覚めて周りの状況がはっきりと認識可能になり、その状況に対し的確に行動する」様。個体差はあるが極めて微細なきっかけで「愛」より変換が可能、そのきっかけは多様で示唆に富むが、時間的振幅により根幹へと純化され、個体の行動要因を左右する弾みとなる

酒・・・一時的逃避場所を提供、翌朝現実の強制・矯正認識を促進。実に優れた副作用を持ち、変成意識状態(就寝)を挟んで個体に複数の自我を喚起、"良心の呵責"と呼ばれる大して役に立たない学習機能(毎度毎度「今度はこうなるまい」というどうでもいい繰り言)を刺激する

思考・・・人間生命に付随する極めて次元の低い能力。平たく言えば"自動拷問発生装置"。これのお陰で人間は他を侵し、他を殺し、他を苦しめることで束の間の幸せを得、死ぬまでの間ぬぐい去ることの出来ない苦悩を享受するが、個体の行為を全て正当化できるので、人間同士では非常に有効に作用する。翻って総体的事象を高レベルな理解のもとに行動しようとした場合、人間は呼吸一つで思い悩むことになる。この能力(足枷)を有するのは主に人間と名の付く種族に顕著に見られるもので、実存認識データ搾取という意味合いでは非常に好都合な被験体といえる。個体を"個性"たらしめている大元であり、言語を認識し、それを構築して個体の見解とするのが通例だが、"認識"そのものの認識すら曖昧である為に数々の混乱を引き起こすも、その恩恵で人間は非常に長い回り道をして楽し(苦し)むことができるのだ。この形態は場合により捨て去ることが可能だが、存命中に多くの思考が昇華されないのは、個体がそのような「段階」に到達していないか、個体を社会生活より切り離すことが得策ではないと判断する為である。その多くは肉体の耐用年数に沿って応用性を失うが、当たり障りのないバカ話と学業で培った豊富な知識で他人を遠回しに卑下する為に極めて重要な役割を担う。この装置の発生に伴い肉体は一つの「個体」として機能しているが如き妄想を抱かせるが、肉体消失の近い個体にとっては極めて甚大で耐え難い苦痛をもたらす。その主な原因は死への苦しみと思考消失の恐怖、後悔と不遇と相続の話をする身内

尊敬・・・遠回しに隷従をほのめかす事。やり込められてしまったことに対する大いなる譲歩と微かな妬み。先に生まれ、先に習得し、先に怒鳴りつける者に対しての"社交辞令"。屡々「卑屈」を喚起する。年齢差が離れている場合はT.P.Oに合わせて威光を借り、近い年齢の者に対しては嫉妬混じりの羨望を抱く。利害を同じくする者に対して「尊敬する」と言わしめるのは"とりあえずこれ言っとけば相手は油断するだろう"と計算しての"逃げ口上"である場合が多い。主に自己顕示欲の強い者に対して使用。履歴書に近親者の名を載せる場合は大抵"都合の良い"存在で、歴史上の人物は"他人に吹聴できる"存在。タレントの場合は"いつか取って代わろうと目論んでいる"存在で、それ以外は"どうでもいいor「書け」っていわれたから"というだけの存在

素晴らしい・・・「賞賛−評価−酷評」という一連の流れ作業工程で、周囲の感情が賞賛以降に相当する部位に到達するまでの時間にゆとりがある様。第一次ボケ世代(煽りを食った連中)が駆逐される(飽きが来る)までの"ぬるま湯"を指す

至高の存在・・・人間にちょっかいを出す趣味を有し、虚空に横たわるだけの忍耐強さと気長さを備え、個体の衝動に於ける"欲望"という有機触媒を昇華させ、循環・維持させる為の精製を行う「労働者階級」とされている者達。宇宙という"巨大企業"の「フランチャイズオーナー」。人間から見ると、"顕在世界"と"潜在世界"の「中間管理職(至高の存在に依存している連中にとっては"最高権力者")」。その役職及び権限は、小学校の「図書委員」若しくは「飼育係」程度と考えれば分かりやすいと思われる。彼等の上にはまた彼等を管理する連中が存在する。そうして止めどなく連関作用を促進、その作業で満たされている(振り回されている)ので、別段疑問に感じることもない幸せな連中。じきその役回りは貴方にもやって来る。好むと好まざるとに関わらず

新鮮・・・壊れたて・死にたての。腐敗した生き様と腐敗する死に様の狭間

絶対権・・・地上の覇権を巡り、拮抗した勢力同士の果てしなく繰り広げられている争いの直中、地球の貧乏揺すり・くしゃみ一つでそれどころではなくなる様。動物園のサル山を巡るオスザル同士の諍いの最中に動物園が経営難から閉鎖される様と立場的には同一

勝利・・・他人を貶めることでもたらされる中毒症状。「正義・善」を含有しているという極めて危険な思い込みを推進、それをもって"生き甲斐"へと帰結、主に「男性」と呼ばれる、外界に至福を求めて当て所なく彷徨う種族の専売特許。主体が社会的な軌道上(競技や仕事等の決められた領域内での操業)にあるのなら設定は容易いが、総体的で軌道が確保されていない(俗に"人生"と呼称される)ものに対する設定が困難で挫折感を伴うので、一般的には避けられる傾向にある(年老いてから後発的に"吹聴話"として使用する場合を除き)

時間的振幅・・・様々な事象に対しての一時的な判断をする際決して考慮に入れてはいけないもの。何故なら責任の道義的追求に於ける所在確認作業が、時としてその立場を変化させかねないからだ。そうすると追求の矛先が定まらず、追求側のモチベーションが失われ、初期の目的完遂には到底至らない結果となりかねない。従って発生した不備は"その場毎に詰れ!"という事である

純化作用・・・存在を維持するのに必要なスタッフを切りつめていく様。肉体であれば、加齢と共に強度を抑えた活動へと移行させる為に様々な細胞が余計な分裂に終止符を打ち、低体力社会であれば"流通革命"や"電子商取引"のような、仲介企業体(いわゆる卸問屋)を駆逐する事で生産−消費ラインに於ける拠出割合を抑える様。つまり、人間であろうが経済であろうが、"成熟"から先の作用は同一である、という事

最先端・・・一昔前の・一歩後の・意識的に立ち遅れ(させ)た→優先順位ではとりあえずトップの項目に割り振られている様々な回り道。当然の事ながら、真の意味での「最先端」は貴方達には伏せられている。その理由は「サルにライター」を与えるようなものであるからだ。それに、小出しにした方がその分人間の欲望を喚起・維持するに容易い

正直・・・自分の欲望に忠実、それに伴う行為に純粋な様。そして、それらが「正しい事・間違いのない事である」と思い込んで帰結できる単純さを備え、それ故一般的な評価基準の最低レベルに位置する

素直・・・"知識・経験"によって幾重にも包み隠していたはずの「欲望」が人目に晒される、実に忌々しい、彼等(知識依存癖のある)にとって"恥辱"とされるべき。仕方なく開き直る心情の延長線上で

率直に・・・「言いたくはないのですが、別にどうでもいいです。知った事ではありません。だから、同意を得る為に私を利用するのは止めて下さい。貴方の(他人の同意を得た事で肯定されている・支持されている、と勘違いする)自慰行為に付き合う程お人好しではありません。誰か別の人を当たって下さい」という事(もっとも、これが言えれば苦労はしないだろうが)。これによって"相談事や悩み事"を持ちかけて痛みの共有を迫る「ろくでなし」は貴方の前から消え失せるだろう

自給自足・・・部外者が"美徳"として傍観することは黙殺されているが、「欲望の発展」にとっては実に忌まわしい"目の上のコブ"

相対的な・・・"重罪人・A級戦犯"として相応の処遇を享受せざるを得ない権力者が、己のおかれた真新しい立場を再確認する際に用いる事でお馴染みの

信じる者は救われる・・・"信じる"という「現世保険」に加入する事で"あの世"での受け取り証書にサインする喜びに至福を見出し、行為の正当性に固執するたちの悪い「依存癖」の一つ。「信じる者が巣喰われる」と解釈される

信者・・・"あの世"で満期の受け取りに与れる保険への加入者。だが「死ねば受け取れる」といった単純なものではなく、授受に際して様々な約款(仕掛け)が設けられている。その約款の初歩的な規約により加入者の多くはその受け取りを手にする前に「地獄」と呼ばれるフィットネスクラブで体脂肪率を下げる事が義務づけられている。前述した保険の受け取りを"実存"へと移行させる事で急進的な活動を示し、屡々「狂信者」扱いされる事も

"創造主"とやら・・・最初の6日間は順調に作動していたはずの自律進行デバイスが、7日目の朝になって事業計画と若干食い違う挙動を示している事に気付き、彼は慌てて計画提供者へ相談に行ったが、管理事務所はもぬけの殻。"何かおかしい。さあて、困ったぞ!確か計画では「全てが安定・順調に作動する」と書いてあったが・・・実際はどうだ!継続的に安定した形質に混じって不安定な形質が出来つつある。それに、その不安定な形質同士がくっついたり離れたり、壊したり作ったり・・・一向に安定しないじゃないか!一体どうなってんだ!"不安に苛まれている彼はふと、計画提供者が使用していたデスクの上に一枚の古めかしいメモが置かれているのに気が付いた。とりあえず拾い上げて一瞥してみると、そこにはこう記されていた・・・「拝啓、創造主君 確かマニュアル通りだと、球体の中の夥しい種類の形質に混ざっている一部の不安定な形質は発生しない事になっているだろうが、おあいにく様。その事業計画は最初から不備が見つかる事で、それに君が全力で対処し、体裁を保ち、辻褄を合わせながら随時進行するように出来ている。君の前任者も同じ不備を見つけ、その後かなりの歳月せかせか動き回る事で大層な暇つぶしが出来たんだ。君も"退屈しのぎ"でこの事業計画に賛同し、僕らの裁断を仰いだんだ。僕らは君がその"自律進行デバイス"一回分が完遂した頃に又来るよ。それまでは君の知らない所で君を見て退屈を凌いでいるから、まあ、せいぜい頑張ることだね。では、御機嫌よう・・・P,S このメモは丸めたり捨てたりしないでくれ給え。次の連中の為に必要だからね」・・・"何て事だ、図られた!"地団駄を踏んだがもう後の祭り、"退屈凌ぎには打ってつけ"と思って作動させた自律進行デバイスからは数々の不安定形質が絶え間なく生み出されていく。"何かいい方法は無いものか"思案に暮れる彼の目に、デスクの後ろにある戸棚に整然と並んでいるファイルが飛び込んできた。"確か俺の前にかなりの連中が「こいつ」をやっているに違いない。それなら何らかの研究調査ファイルもあるかもしれない!"彼は夥しいファイルの山を片っ端から調べた。程なくして「"不安定形質"発生に伴う研究と考察」というタイトルが貼られた分厚いファイルを探し当てた。"ビンゴ!"彼は一人ごちた。ファイルは「不安定形質」の発生過程・状態毎に細分化されている。とりあえず彼は最初の項目に目をやった。"何々・・・「不安定形質」の発生に伴う様々な触媒作用は・・・"暫く読み進むうちに彼はファイルを落とし、愕然とした。余りの衝撃で顔は青ざめ、体は小刻みに震えていた。程なくして正気を取り戻した彼は、何かを決意した様子ですっくと立ち、いずことなく立ち去った。その顔は先ほど迄の狼狽とは打って変わって自信に満ちあふれていた・・・
 「予定通りだね」「うん、だけど毎回毎回面白いように同じパターンに填るよね!まあ通過儀礼だから当然と言えば当然だけど・・・」「そりゃあそうだよ、もしやる必要がなかったらとっくに僕らもここにはいないよ」「そうだね。まあ、知らぬが花だね。それはそうと、彼はどうやら"あそこ"へ降りて行ったみたいだよ」「ああ・・・本当だ!さあて、これからがお楽しみだね!」隠しカメラで一連の様子を窺っていた計画提供者達は、彼の挙動を眺める為に別室のモニタールームへと向かった。
 皆が去った部屋には、件のファイルが、彼を驚愕させた部分をむき出しに、静かに佇んでいた。そのファイルにはこう記されていた「不安定形質を安定させ、維持させる為のファースト・ステップ 不安定形質が個体を維持するに必要な形質を他から取り込む為の加工を施すに最適な空間を提供する、連中が通常"家"と認識する場所にきっかけがある。即ちここに・・・」

自由・・・透明で囲われた"当座は不自由しない程度の制約"の中で「それにブチ当たって、首の骨折って死ぬ」までは謳歌できるもの。件の後(死んでから)は新たなる囲われた"当座は不自由しない程度の制約"が貴方を待っている。従っていかなる存在にも自由はある。それを映すだけの"自由の鏡"が内面にあるかどうかだが。それが分からなければ貴方は橋の上で川面に映っている、肉をくわえた犬を見て恨めしそうに吠えることだろう(それが自分自身であることも知らずに)。従って肉体に与えられた最低限の自由とは「呼吸をする(空気がある場所で)」位のものだ。行為の中に自由を見出そうとすればそれは制約・制限の上での話。制約・制限がなければ自由を感じることはできない。闇がなければ光を感じる事がないのと一緒。強硬派は往々にしてそれを"逃避癖"と呼び、行為を伴わぬ、代償を払わぬ自由を侮蔑する。仮に彼等に「本当の自由」と考えられているものを与えれば、地球の人口は大幅に抑制されるだろう

救い・・・救いようのない依存体質。屡々世襲・世俗的遺伝資質(感化される)の場合がある。きっかけとして、知人の薦めで新聞を購読する・気が進まない輩に票を投じるという、適当な"間つなぎ"のつもりがいつしかそれに取って代わられている等

質問・・・目の前の事象或いは会話の上で湧いた疑問に対し、自分の中である程度の結論を出してから、自分の認識と近い意見を他人から引き出す事で自己満足を得る為に発言内容を最適化する事。大抵その最適化が済んだ頃には話の焦点が大幅に変化している場合が多く、的外れな質問をぶつけて相手を当惑させ、違った意味で"私の質問は意表を突いていた"と、幾分得した気分に浸る事ができる。一般には"相手の器量を図る際の試薬"として頻繁に用いられる

束縛・・・肉体上では幻であった「自由」に絶望した人間が辛うじて見出した「どの制限に依存する事で得られる集団的一体感(いわゆる"集団催眠"のようなもの)を"自由"と思いこんで謳歌するか」を選択する権利、即ちその"選択する権利"こそが、人間が待ち望んだ自由だ。さあ、両手を広げて受け取るがいい、それを"束縛"とは知らずに・・・。逆もまた真なり。数多ある束縛を選択している間は少なからずそれに関しての自由を感じることができる筈である

自己顕示欲・・・クルマのドレスアップ、高級ブランドのバッグ・・・以下延々

スポーツ・・・(産業革命・医学と並び)個体が無思慮に増殖するきっかけの、発生以前の調和と共生バランスを崩壊させた、実存の個別目的意識喚起材料の一つ

集団・・・同一の趣味性・癖を有する個体が寄り集まる事で一つの領域を形成、領域内で囲われている「仲間意識」による安堵感を最大限利用する事で普段(個別化された状態)では想像もできない行動に駆り立てる衝動を引き起こす原因となるもの。集団は"集まっている"事で知覚されるが、その領域は各々が社会生活を送っている間にも機能している(集団を形成した際に発揮される暴挙は鳴りを潜めるが)

更にお得・・・「そんなに単品で買われると利益率が悪いのか!?TPOに合わせるって言ったって、そんなに同じ物を幾つも要りゃしねえよ!」

充実の・・・こまごまとした余計な物が色々付着し、直接購入動機となった品を「今度からは"単品"で購入しよう、その方がきっと安上がりだ」と思わせる始末となる迄の。「このセットで購入を検討して下さい、その方が絶対"お得"です」という口車(購買煽動)に乗って大して必要でない付属品を友人に売り捌く算段を付ける様

洗練された・・・肉欲の牙を剥いた、ドロドロの本質を幾重にも覆い隠すシルクのコート。蔑称「都会的な・垢抜けた」

思慮・・・基本的に「会話」と呼ばれる並行連動型即応システムには作用しないもの。何故なら、仮に作用した場合、自分が発信する内容の影響力を全て考察し、それによる反応を一々拾い上げていたら、とてもではないが「会話」として成立などしないからだ。悪くすると、互いに牽制し合っているうちに日付が変わる。従って、一般的に"思慮深い"と位置付けられているのは「無口」程度のもの

老舗・・・礎となり、次を生かす努力を放棄し、人一倍新興勢力の台頭を危惧しつつも、栄華という"幻影"に引きずられて身を滅ぼす覚悟のある(大抵無自覚の)

承認・・・夜のコンビニにたむろする・不相応な機器類を携帯する・はた迷惑な趣味を持つ・身なりが奇抜etc...のセールスポイントを所有する個体同士で形成された集団内に漂う安堵・安心感

さもしい・・・元々そんなに必要ではない品物を値切りに値切って得意がり、結局戸棚の奧にしまい込み、折を見て「フリーマーケット」の商い品として、買値より上乗せして売り捌こうとする"純粋商売根性"

挫折・・・長い間脳味噌に罹っていた「靄」が晴れて清々しさを覚え、それまでの行動(カッカとなっていた頃)を顧みて大いに赤面する事。"まだ今なら引き返せるよ!"と、自己からの潜在的軌道修正提案があるが、これに気付かない為に再び「成功」という欲望に向けて邁進する"尚一層のはずみ"となる恐れも

支える・・・物珍しい・滅多にないと思われている間の出資

純粋な疑問・・・知識に胡座をかいて飯を食っている連中の爛れきった垢まみれの耳穴を風通し良くし、声帯を押し潰す可能性を秘めた、討論番組中にCMを強制挿入するに十分な、あらゆる知的有識学会の「タブー」とされるべき"疑問の疑問"

主張・・・全く影響のない独り言を放置させておく事。大勢に影響のないレベルでば個体の主張は主張ではなく単なる"放言"となり、趣味や就労の範囲に留まる。翻って影響のある主張は"主張"とはならない。運が悪ければ"隔離施設ツアー"行きの片道チケットとなる。安寧とした人生を送りたければ極力持たぬ事だ。せいぜい「紙の色を染める」とか「入れ墨でも入れてみる」、「皮膚の柔軟な部分に穴を開ける」行為を主張であると考えている方が社会はそんな貴方を「上出来」と思うだろう。従ってメディアで日夜活発に交わされる有識者の"主張"は、"明日の生活に何の支障も来さない"レベルで陣取り合戦(賛同する個体を集めて悦に入る)という不毛のゲームに興じているだけである。が、彼等はそれで子供を学校へやり、金の掛かる趣味に没頭できるのだ。それが"良識のある主張"というやつだ

真実・・・口にすれば虐げられ、貫き通せば「監獄」行きとなる、人間社会の"招かれざる客"。「嘘」の"血液"に対して"血栓"に相当する。「嘘つき・馬鹿者・恥知らず・ペテン師・etc...」以上の罵詈雑言に敢然と立ち向かう愚かさをお持ちなら迷わず真実を口にすることだ「王様の耳はロバの耳ィー!」結果は火を見るより明らかだ。この世界で真実を口にする人間が多くなると、国は隔離施設を増やさざるを得なくなる。一時的に経済はその恩恵にあずかり活況を帯びるものの、然るのち「自分の入る施設を自ら拵える」事となり果てる。従ってこれからは「真実も方便」とするべきである。できればもたらされた結果について客観的考察を述べるのも差し控えたい。貴方が善良なる一般市民となることをお望みならば。もうお分かりと思うが「真実は必ずしも善を携えていない」という事だ。そうでなければ"勧善懲悪を貫く正義のヒーロー"映画やテレビ番組が何の意味も成さなくなる

猜疑心・・・自分の獲物が奪われないように苦心し、その獲物の為に余計な拠出を顧みない先進諸国の中産階級以上を自負する山ザルが嗜む"性癖"の一つ。"持つ事の不憫さ"に気付かない故に、今回はその思念が浄化される見込みのない

サービス・・・明日の不便を当て込んで今日の便利に対応させ、その便利さに依存させた上で明日のより良い不便を増殖させる、「値段据置・内容拡張」による低体力事業淘汰システム。物の"商品価値"を貶める事でもたらされる負荷(付加)価値

習慣・・・規則的な癖、若しくは継続的嗜好・断続的趣味

社交性・・・他人の採点した自分への評価に振り回されることで安堵感を得るマゾヒスティックな能力。接する人間に合わせて自らの性質を変貌させることを美徳とする浅ましさを持ちうるヒエラルキーが主にこれを実践する。顔面の筋肉を硬直させて常に「穏やかな」表情を作る技術と嘘を巧みに併用することで一般的に「社交的な人」と認識され、人に振り回されている事(本人は「頼りにされている」と思い込んでいる)を自慢したりするのがこの類

商才・・・「借り物」の出来具合で"アイドル""売春婦"云々、金を落とさせる手段を最適化する事。その際の指針は「周囲の迎合度合」

謝罪・・・自己弁護を試みるほどの語彙力・説得力がなく、仮にやったところで「見苦しい」と言われ、立場をより一層悪くする恐れがある場合に「それで済むのなら警察は要らない!」と怒鳴られて暫く小言を聞かされる(余計な弁明をして喉が渇かずに済む)処遇への選択肢

充実した・・・(パッケージングに対して)ほんの一つだけでも納得・満足のいく時間がもたらされれば、後の必要悪を黙ってやり過ごす必然性に耐えうる事がそう難しい話ではない、若しくは"振り回されて"もそう不愉快に感じない

種の"保存"の法則・・・種の"依存の"法則

人生・・・「苦しいこと」「痛いこと」及び「死ぬこと」から遠ざかるようプログラムされた"自律起動型欲望加速器"の稼働部品が壊れるまで。究極の完成品として市場に出荷され、日を追う毎に形質が不安定になり、最終的に焼却処分となるもの。多くはそれに伴い内容物も腐り果て、屡々行き場のない体裁となるが、大抵が次の出荷のための準備に追われる。極稀にサイクルを終了するものもあるが、その場合の行く先は原材料毎の産出場所により異なる

宿命・・・存在の「あること」と「ないこと」の振幅。宇宙(総体的ではなく、本とかで説明されている類)。「運命・宿命」共、個体レベルではそれを"受け入れる"と思い込む事でしか認識はし得ない。抗ったところで何もならないのだ(束の間退屈しのぎになる位で)。言葉で"運命・宿命に逆らう"とは聞こえがいいが、実際は個体や外界の"衝動"に対して微かに防衛したつもりになるだけのことである。結果が思うような方向へと進んだ場合屡々おざなりにされるが、惨憺たる有様の場合はこれをもって「言い訳」へと帰結する

修羅場・・・公共の電波を通して公開される民間の"愚行"の中でもトップレベルの視聴率を稼ぐことの出来る「ドル箱スター」。プライバシーを護る一方で余計な拠出金がかからず、その上ハイリターンの還元率を誇る(その愚行を客観的に詰る際に用意される、一般的に"良識的である"と位置付けられる露出狂の頭数を揃える必要はあるだろうが)。それ以外に「挑戦モノ」「成り上がりモノ」等多数。その内貴方もヘリウムガスのような甲高い声とボカシのかかった体裁でゴールデンの番組に登場するかもしれない(番組制作に携わる知人を持たなければこの手の話とは無関係ではあるが)。貴方の感知できない"修羅場"の一部始終を食い物にする為に・・・

成就・・・徐々にコツが飲み込め、関わっている事が面白くなってきたゲームへの参加資格をいきなり剥奪される事。そのシステム概要を人間存在よりも明確に理解する"死者"の多くが今も何処かで、なるべくこの状態に陥らない(物理世界との関わりを長く保てる)ように工夫を凝らしてゲームを楽しんでいる事はあまり知られていない

自覚・・・促す(強要する)事で"しょげる"相手を見ながら優越感に浸る一方で、その機に乗じて自らの認識を都合良く塗り替える手段とする「自律反復型個体学習機能」の一つ。当然ながら、促される事を恥辱とする傾向にある。一般には「自らの行為に伴う意識の働きが、加齢と共に自然と厚みを増す(と信じられれいる)」程度と認識される

昇華・・・尚一層「腑抜け」になる事。一般には「質的に高尚な物へと変化する」という意味合いだが、単に価値基準が一方的である為に「上」と位置付けた方が聞こえがいいだけの話である。仮に人間が「劣っている」と認識しているものへと昇華する為に人間をやっているとしたら何と位置付けるのだろうか。その場合「劣っている」と認識しているものを「純粋である」と言い換えれば一般人は大方納得する

主役・・・全ての可能性は無限に開けている。が、交通事故で瀕死の重傷を負う人間は限られている。自打球で足の甲を骨折する人間は限られている。フルマラソンで三時間を切る人間は限られている。タバコの不始末で持ち家を全半焼させる人間は限られている。気圧の低い山岳へ赴き、手足の一部を欠損する人間は限られている。手漕ぎボートで調子に乗り、好意を抱いている相手もろとも川面に身を投じる失態を演じる人間は限られている。他人の共感を誘う才能を発揮し、メディアのへの露出で生かされている人間は限られている。株主や取締役会で新規事業の主旨説明を行い、胃酸過多で潰瘍を患う人間は限られている。宝くじでその後の人生を変貌させる人間は限られている。衝動的に、或いは計画的に他人の人生や所有物を奪う人間は限られている。人間よ、望むなかれ。もし望むのなら、全て受け入れよ。全てその身に享受されるものと心得よ。そこに個人の都合など入り込む余地のない様を痛感せよ。そして、このバカげた考え方を、このちっぽけな島国で、一億数千万のウジ虫が、笑顔と思いやりで他人を踏みにじって闊歩する狂気の沙汰を思い知れ

セミナー・・・体系として確立した様々な趣味や実益の技法(見てくれの部分)は常に流動的であり、常に前へ向けて変化している。しかし、先に(過去に)体系への依存に人生を賭して来た融通の効かなくなった連中に対し、後発としては、幾らか彼等の立場を尊重する姿勢を見せなければならない(例え彼等の技法が時流に合わず、質的に劣っていると分かっていても、何れは自分たちが彼等の立場へ追いやられる日が来る、と認識出来る以上は)。それが体系を維持するシステムであり、後発の抱く不安を取り除く方策であり、後発の優秀性を容易に押さえ込むシステムである。又、後発から吸い上げれる"革新的で前例のない"部分を、先発の"経験"で厚塗りされた取るに足らない部分とを等価交換する為、用済みとなった先発を生かしておく場所を提供する為に(社会的道義とやらに基づき)必要とされるもののうち、後発からの献金が最も円滑に行われるイベント形式の

事業・・・内需拡大期に於いて、(社会生活上の)痒いと思われる(不便に感じる)部分を掻く"まごの手"としての役割を担ってきたが、飽和状態にある現在では「痒くもない部分を痒いと思い込ませる→掻くべき部分がなくなる(全て"掻き済み"となる)→掻き壊すまで掻くことが"必要"であると言い含める(度を超える)」という循環作用で体裁を取り繕っている。その立ち上げに対しての理屈が「誰かに掻き壊される前に自分たちが掻き壊してやろう」というものである。こうして貴方は自分の"痒い部分"に対する判断が付かなくなり、火膨れで爛れた全身にむち打って他人に同じ仕打ちをする為に事業へと着手するのだ

人権・・・身体能力・運動能力・頭脳・容姿・欠落部位の等級別欲望相殺レベルに於いて、より活動範囲と情報搾取網が広いと見込まれる個体の、稼働によってもたらされる利得を、等級の下層へと割り振る技術の一種、つまり"弱者を遠巻きに見下す"権利。これがエスカレートすると、様々な募金・基金活動へと発展する

説明・・・「見たままズバリの答え」なのだが、相手の器量を見せて貰おう・相手の魂胆を見抜いてやろうという目論見からそれを強要するという"いやがらせ"を実行に移す様

事故・・・貴方の存在そのものが放つ(重力の作用による)影響が、時を経てその身に降りかかって来るもの。「貴方がいなけりゃその事故も起こるまい(禁句)」

重力・・・物質が、その単位毎に「楽」であることを維持する為に、より質量があり、形状が安定しているものに行動の規範を委譲しようとする際に働くもの。その環境内で或る程度の奔放さは黙認されるが、その代償として分裂サイクルの権限を掌握される

じらす・・・真意や意志を小出しにする事で他人の興味を引く期間を延長させる技法。翻って、自分の器量を見破られないようにする様。相手に「見込み違い」だと悟られるまでは"お高く"止まれるものとされる

それでいいのか!・・・思い通りにならない(自信のある持論を上手くはぐらかした→同調する気配が全くない)相手に対して突き付ける(訴える)「負け惜しみ」の一つとして嗜まれる事が慣例となった

所詮・・・厚塗りが剥がれた、建前の効力が失せた

上流階級・・・前世代の"馬の骨"が行った愚行が原因で、当代が"馬の骨"である事実を忌避しようとする遺伝形質。「○○の御曹司・お嬢様」との縁故を身内に強要する事

常識人・・・人間としての振幅の狭さ、器量のなさを他人と競い、自慢し合い、その範疇のみに固執・すがる事で幾ばくかの安堵感を得る正気を失った人々。通常メディアなどの媒体を通じてその存在を容易に確認できる極めて棲息率の高い生物。"バカ・アホ"などの麗句を投げかけることにより膨大な時間的質量の自己主張と反駁をまくし立てながら小一時間程活性化され、個体内で相手への罵倒終了に伴い速やかに正気を失う。貴方はただ黙ったまま微笑んで話を聞くフリをしてさえいれば実に無害な生物形態。人口密集地域に数多く分布。"疎外感"を最も嫌う。中流以上のヒエラルキーに属し、同類項で括られる者に対して吹聴できる趣味と子供、配偶者の自慢・卑下び及びヴィットに富んだ"罵詈"を楽しめる不遇を持つ(大抵相手の繰り言には無関心。だから楽しいのか!)。従って彼らを正気で居させる為には、絶えず"悪口雑言"を投げかけてやればよい(個体の生体維持力は大幅に減少するが、そこまでは貴方の感知するところではない)。(注)彼らには間違っても自分の考えを吐露してはいけない。ほぼ1ダース程の貴方の知らぬ"常識人"仲間より言われ無き屈辱を受ける羽目となる。言いたくはないが、「馬鹿」を併用することでほぼ無敵の社会秩序を形成する。その割合は極めて高いと言わざるを得ない。注意されたし(参照→馬鹿)

最優先・・・市場導入検討段階で既に確認され、大問題として必ず取り沙汰される事が懸念される"有事"よりも、目先の利得を考慮すれば、一般市場に"普及"させ、様々な恩恵に与る方が先決とする旨の考え方。"有事"に対応するシステムを構築するリスクや拠出費は「その時になってから(目に見えてから)」とする根拠が、"普及"に対しての正当性を確保していると思われる。この考え方こそが「人類への貢献」と銘打たれているものの本質である(例)小はナイフ一般、大はコンピュータ関連

所有・・・苦しみ・寂しさ・切なさ・足りなさetc...より感情を一時的にマヒ(日常よりの逃避)させる為に身の回りに物を置き、そいつに心を奪われる事によりもたらされる満足感に一時浸り、日常として浸透した時点ではかない夢から覚め、それによる新たな「苦しみ・・・」により、また更に多くの物を身の回りに置き、束の間気を紛らわし、果ては身の回りに置いた物に自分の持ち回り時間の多くを奪われる事→それらを「楽しい・満足・幸せ」と思いこむ事(参照→持ち物)。丁度、手に物を持って足下がおぼつかなくなり階段を踏み外さないか、転んだはずみに持ってる物を台無しにしやしないかと要らぬ不安を背負いつつも、「持ってなきゃこういう心配は出来ないからねェ」と開き直る図太さと貪欲さを併せ持つ個体に顕著

所有権・・・電車・映画館等の座席程度の、占有している間は他人が文句を言ってこないと思われているもの

親しい・・・互いに傷を舐め合う用意のある。相手の傷を舐めている間「某かの役に立っている」という思い込みを増幅させる事で自己満足に浸り、互いに負い目を見せているフリをする事。大概その傷は舐め手側が親身になる程の傷ではない。互いに「退屈凌ぎ」がしたいだけであるが、互いにそれを承知の上での行為ならばそれは歓迎されるべきである

祝福・・・許せない連中が行った許し難い行為を受け入れる姿勢を見せる事で"器量"の大きさをアピールする「我慢大会」。それによって"いつかは誰かに授けてもらえる"という「報いの保険」の役割を果たす

切ない・・・自分の持ち物・所有物と位置付けていたものが、その意志で自ら遠のいていく後ろ姿が確認されている間の、最早自力では召還不可能と思い知って

実勢・・・各機関の図書館や各市区町村の役所等に予定納入されるバカ高い政府刊行物にわざと記載しない事で民間の信用調査機関への落とし込み(業務依頼)を円滑にするもの

質素・・・自身に取り込まれる情報の質量を見定める能力を持った

ストレス・・・地球という限られた環境内で"思考を有する"存在形質が増加するに比例して個体毎に増大するもの

誠意のある・・・見てくれが芳しくない方が、他人からやっかまれる度合が少ない分だけ簡単に知覚される事が明白なもの

世間・・・"能なし・間抜け・アホ・崇高・高潔な人々"は疎外され、常識人と呼ばれる数多くの"目の前にニンジンをぶら下げた"小悪党に蹂躙・占拠された動く墓地。目先の利害に惑わされ、高価な借り物を所有することにうつつを抜かし、とりあえず自分が生きている間は平穏無事に一生をのうのうと過ごしてやろうと企て、意に反して起こる天災や疾病・人災などに恐れおののき、遠い彼方の夢に翻弄され、目の前の問題にうろたえ、益々根本より遠ざかる心貧しき炭素サイクル生命体の"掃き溜め"。「不安定な安定・絶対的な相対・無責任な責任」が公然とまかり通る不思議な環境。極めて多くの人間が同じ夢を見て悦に入っている場所とも言える。今に始まった事じゃないが、結局はその方が常識人というメジャリティーに迎合する手っ取り早い手段と認識される。従ってあなたに求められる最善策は「極力貝でいろ!・間抜けでいろ」という事。そうすれば周りにいる多くの常識人とうまくやっていける。それともう一つ「決して目を醒まさない事」だ。もし間違って醒めてしまったらそれも貴方だ。山野に隠遁するか、人里離れて第一次産業等に勤しむといい

成功者・・・説教の出来る立場にいる人々→他人の説教を聞き入れる柔軟さを持ち合わせていないない為に派手な転び方をして周囲を和ます人々

職業柄・・・世間への露出度が高い・プライベートが確保し辛い・人付き合いが頻繁・意識して休日が取れない・ショッピングが出来ない 等の付帯要素がある職業を選択すると、ストレス解消方法が限られてくる(より手っ取り早く、より金を使い、よりゲーム性が高く、ついでに欲望も相殺されるようなものに大枚をはたく)、という事

成長・・・より複雑で醜くなる様を「喜ばしく且つ優れている事」とはき違えさせる為に地獄の使者より使わされた麗句。"経済成長""成長産業"等と使われる事で環境を蝕む愚行に美徳を錯覚させる働きがある

差別・・・当人はそれを弾みとし(追い込まれた場合の緊急避難先に設定)、周囲はそれを言及できない(道義的にタブー視される)、という意味で通常型よりも高いモチベーションを維持できる事が立証済みの

差別される・・・"自由平等"という言葉に翻弄されて淡水魚が大海を泳ぎ回ろうとする様。矯正不可能な共生。「同言語を共有している」という条件が相互理解し合えるものと勘違いしてしまう場合に顕著

崇高・高潔なる人々・・・(参照→能なし)往々にして鉄の意思と不断の努力を兼ね備えている為に単体でも"常識人"より迫害される。更に"超能力"を有することで生命を脅かされる危険性を孕むも、それすら超越(達観)すれば"究極の能なし"として霞を食して生命サイクルを全うできる特権を有する。世俗より遠く隔たる

すっぽかす・・・契約締結のされていない、複数で期日の重複する口約束に対し、利益還元率の低いものを切り捨てる(忘れたフリをする)自己防衛テクノロジー

生・・・個体の尺度で"数十年"単位の「夢」。"苦痛・恐怖・死"から逃れる為に悪あがきをすることで個体を維持、「落ち着く・安定する」ことを求める為にせかせかと動き回るおかしな性質があり、更に「落ち着く・安定する」と、何故かその状態に不安を覚えてまたせかせか動き回り、いつしかせかせか動き回る事自体に「落ち着く・安定する」ことを見出したりもする。極めて多くの「思い込みと思い違い」で他との調和を保っている"ふり"をする事で数々の苦しみと葛藤を享受するが、それらをひとまとめにして「生きている証」という言い訳を持ち合わせる事で一件落着。飲み屋で生殖の相手を物色する

死・・・個体の細胞維持活動にピリオドが打たれる為に訪れる無風状態
    "馬鹿及び常識人"・・・耐え難い苦痛と自我の喪失への恐怖(と本で読んだ)
    "ろくでなし"・・・冥府への旅
    "能なし"・・・変容テクノロジー
    "崇高"・高潔なる人々"・・・至福への階段
    "究極の能なし"・・・水、土、石、風、火なんかと同じ
    "間抜け・アホ"・・・わかってる。言うの?・・・う〜んと(時間切れ)

心霊現象・・・その多くは、存在が懸念する妄想が視覚化される見込みのある事象へと変遷する事で趣味性の領域へと追いやられるもの。"心の霊"と証する様に、拝借している(意識領域下にある)肉体に、その事象を浚うフィルターが設置されているか、による

実力・・・一旦他人より"お褒め(屡々おざなり)"の言葉を頂戴して調子に乗ってより他人から嘲笑・冷笑される為に(参照→尊敬)真剣に激しくもがく事。大抵は「俺はこんなもんじゃない」という自己過大評価から来る。個体の寿命を縮めてまでしてあがくことが出来れば、一般的に「賞賛」となる。大抵は都合のいい言い訳を探すまでの間つなぎとして用いられる

人道的措置・・・「天災と人災」という二枚看板で貧乏人に金を恵んでやる事で問題の矛先を逸らす技法

性衝動・・・崇高・高尚・高位と思われる人物に対し屈辱と自己嫌悪と後悔の念に苛ませ、失墜させて究極的には自殺にまで追い込む事を可能にした、あらゆる個体に組み込まれている実に優れた"個体優性衝動誘因装置"。「睡眠欲・食欲」がこれを上回る(死活問題である)事で回避可能となる場合がある、かもしれない

邪魔・・・なくなると大変に困るもの(ストレス発散のはけ口の一つを失う)。よって「邪魔な奴・物」と言われるほどその存在と影響力は大きい

寸止め・・・"家で帰りを待ちわびる家族"という足枷の効果で、終業後の行動形態が会食若しくはカラオケにとどまる様子。この場合"とどまるだけの(子供の為、妻の為という)理由が残っている"事が前提とされる

図々しい・・・他人の占有・所有領域を我欲還元に用いる様。人の家で主人以上にくつろぐ様子を見た主人の口から発せられる一言(相手にさほど思い入れがない場合の。特に"好きでもない"相手に対して→好きな相手の場合は往々にして容認)

責任・・・逃れる事にスリルを覚え、追求する事を楽しむ人間社会の「なれ合いゲーム」。遊び方→複数で行い、事の結果に及ぶまでの所在を逆説論理と消去法を用いて掘り下げる。形としては、「膨張する風船を回しながらしりとりゲームに興じる」ようなもの。尚この遊びを楽しむ為に、行為に起因する結果のみを非難することを前提とすること。決して「存在責任」を追求してはいけない。「それいっちゃ身も蓋もないだろう」と言われてこのゲームへの参加資格を剥奪される。如何に相手(運のない・ツイてない人)を「泣かす・土下座させる・逆に怒らせる・友達をなくさせる」かで得点率も変動する。往々にしてその立場が入れ替わる事があるが、素早く棚に上げ、臨機応変に他人に擦り付ける、若しくはリスクを分散することが一つの有効なテクニックである。その際に自らが「追求されている」立場であることを自覚してはいけない。ゲーム性が損なわれるからだ。所在が自分にあることを何となく感じつつも相手に被せることが出来た場合が一番高い得点となり、その晩の熟睡を約束される。万が一全ての所在が貴方であると全体が帰結した場合、貴方は全体を救済する"崇高なる犠牲"と昇華する。皆貴方を罵りながら心の中では"ああ俺じゃなくてよかった!それにしても間の悪い奴だ。あいつのお陰でみんな上手くやれる"と思っているはずだ。貴方は一連の現象を達観し、人間の"存在の意義"を考察する縁を得る事だろう。だが、それだけの能力がないと自己分析された場合は、見に降りかかった過去の不遇を切々と言い訳してみると、少数ながら同情してくれるろくでなしも出てくるだろう。貴方はその涙している同情者を内面にて嘲笑う事で昇華(とりあえず気が楽になるような思いこみが出来る)はずだ

自信・・・怪我を負う・壊す、若しくは状況を変えられない程度のものであると判断されるまでは公言させておく事を周囲が黙認する"癖"の一つ

知らぬが仏・・・長年連れ添って減衰した魅力に対して"哀れみ"に近い愛情を示せるのは、外で下半身の欲望相殺がスムーズに行われ、適度な刺激を享受出来ているからである。その関係が維持されている(誂えられた領域に依存する価値がある)間は、相手の不穏な行動も大目に見る心の広さが求められる、という事

私怨の達成、及び認証時期についての考察・・・半径50qはあろうかという小惑星が地球に衝突する危機を孕み、限りなく100lに近い値で人類が滅亡しすると試算され、惑星衝突の日が「明日」であると確定された前日に遂行されるべき→最大基準値:同じ車に乗り合わせ、運転手の不注意からカーブを曲がり損ね、深い谷底へ転落する間に遂行されるべき→最小基準値。不慮の包括的事象に偶然遭遇し、しかも両者共に生存確立が極めて低いと認められる場合に於いて愉しむ事が望ましい。従って、包括的事象を後から加工する(相手を殺して自分も死ぬ)場合はこの限りではない

証券・・・一般人が自己利益確保の為、合法的に"殺し屋"の運用を依頼する。その"殺し屋"が標的とする連中は、自国、又は他国の生産労働者であり、彼等の悲痛に歪む屍が、趣味にうつつを抜かす一般人への"遊び資金"という形にする為のロンダリングが仕事

趣味・・・仕事に就く際に提出される写真付きレコードプロフィールに記載を求められる"暇つぶしの言い分"。主に個体を束の間慰める為の個体完結型依存対象物であるが、他の個体に危害を加える事に快感を覚える趣味を有する事で社会的範疇を逸脱する個体も存在する。趣味として確立する経緯は様々であるが、早くは遺伝子レベル・個体経験レベルの影響を受けているのもその一つである。時間・場所・資金を大量に投入する趣味に至っては屡々その行為に及ぶ自分に酔いしれる傾向があり、同じ趣味同士で"自分自身に酔いしれる博覧会"を催し、草木も立ち枯れるような会話に花を咲かせて浮世を忘れる様は、"見せびらかし、雑談のイニシアティブを握る為の趣味"と婉曲解釈された為に象徴化したと思われる。通常それらをステイタスと呼び、趣味とは懸け離れた"高価な持ち物"所有に至る自慢話を垂れ流す。それらは趣味を愉しむ場所で話されるだけでなく、仕事場や居酒屋等、同類の連中がたむろすると思しき場所でも効力を発揮する。現在いわれるところの「趣味性の多様化」とは"変態・変人"扱いを不服とする不貞の輩のために考案された「金の成る木」。大抵奇怪なる蒐集癖に端を発するが、経済原理に則ることで昇華される。それは物余りの象徴ではなく、「金を生み出す物を作為的に増やし(耳障りよく言えば価値を与え)、そのアガリで食い扶持を確保・拡大し、新製品市場をも活性化させる」事でより楽に金を回せるようにするべく世間にばらまかれた洗脳政策の一環である。顕現化することは稀であるが、「人を貶める→その延長で殺す」行為も個体の趣味性として存在する。このような個体には近寄らぬ方が賢明であるが、多かれ少なかれ個体の衝動として潜在的に備わっている性質であり、いつ貴方に現れるかはひとえに貴方次第という、少々厄介な側面も

進化・・・醜く、脆弱になる様

消化不良・・・「水戸黄門」を鑑賞中45分にさしかかった時、停電の憂き目に遭う様な

正当な・・・アリンコ・ゴキブリ・イエダニ・蠅etc...の意見を全く無視した、数年後に彼等の報復で人類に及ぼされる影響を"目先の利潤"でその都度カバーする為にはなくてはならない種族協議の

自慢・・・"借り物"の優位性、意義を辺り構わず説いて廻る事

そわそわと・・・テーマパークと会食が予想外の出費となり、(金銭的な)体力に不安を抱いているにも関わらず、それに見合うだけの"情"的還元が十分期待できる程の進展が相手に見受けられ、尚かつ相手からの"情"的還元がどうやら"夜半以降"にもたらされるであろう事が濃厚な場合に、公衆から隔絶された環境を確保するだけの余力が果たして残されているだろうか?(こうして消費者金融の顧客は確保され、カラオケボックスの照明は落とせなくなるのである)

食物連鎖・・・人間は食物連鎖ラインの同軸線上に、他の多くの生物・動物と共に並んでいます、という事実。間違っても"食物連鎖ピラミッドの頂点に位置する"傲慢さを誇示する為の属性的な言い訳ではない。これを蔑ろにして人類は無尽蔵に増殖した(金になるからという"正当"な理由で)。そのしわ寄せは全て自然が被っている。人間は互いの存在が"適正"であると判断、若しくは何も考えずに無尽蔵に増殖しているが、自然は貴方達の無謀な増殖を快くは思っていないようだ。自然・人為に拘わらず、貴方達を減らす方法は幾らでも存在する。せいぜい自然を忌まわしむ事だ

人災・・・「天災」の一種。屡々人を介して起こる為、未然に防ぐ術を思索するが、結局のところ起ることは起こる。過去の幻想を仮定形で振り返る「無駄な」試みを美徳とし、メディアを通じてくだらない趣味を促進させる比率が大勢を占める為に一般には忌み嫌われる現象と判断される

羞恥心・・・実演販売で効果的に投入される大袈裟な驚嘆・歓声を耳にする事で湧いてくる寒々とした

終焉・・・(参照→発生)入れ替えよ

信頼・・・相手に対し無闇に多くを求め依存する事。相手にとっては大変な迷惑であるが「期待している・信じてる」と楔を打ち込むことで相手の気勢を手際よく削ぐことが出来る。もたらされる結果如何で相手を思い切り罵る際の「簡易保険」。約束などと併用する事で極めて高い償却率をもたらす。大抵相手が自分より能力的に勝っていると判断される場合に有効、相手の機先を制して言い放つ事がポイント

信用・・・トカゲのしっぽ。相手が自分より劣ると判断される場合に利用。仮にそぐわない結果に及んでも大して痛くも痒くもないレベルで稼働(それだけ過度の期待はしないのが通例)。「大した用はないが、やってくれるんなら拍手の一つ、頭の一つでも撫でてやろうかね」という心持ち。従って言葉ほどの信憑性はなく、受動側のリスクは勘定に入っていない

失望・・・"信頼"に於ける「簡易保険」が満期となり、目を細めて顎を突き出す顔面筋肉硬直現象へと取って代わる様。その際相手の能力が自分より上回っていればいる程これを行使する側の優越感・満足感は揺るぎないものとなり、一種の快感をも錯覚させる効力を併せ持つ。対して"信用"の場合にこれを行使するのは「ただ単に後の食事を美味しく頂く為に、胸につかえているものを吐き出す」程度。蒙った側には気の毒な話である

失意・・・"努力"という言葉を知らない為に慣行となっていた外部依存の連絡経路が悉く閉鎖される事で訪れる「丸裸の自分を直視する」貴重な時間

振幅・・・"対極"と呼ばれる「金太郎アメ」の、「それが金太郎アメである」という確定的論証の極めて曖昧な(横から見て"棒状"に見える)部分。主に「評論家」と呼ばれる連中はこの部分に"不確定的論証の正当性"を一般に信じ込ませ、単純に"首を縦に振る挙動"を促進、以て「良識」としての地位を得ていると思い込ませる事で食い扶持を確保している

騒音・・・問題は"レベル毎の慣れ"。「宇宙空間でスプーンが食器に触れる音」から「大型国際空港付近で、気付かなかった発砲騒ぎ」迄の。仮に両者の立場を入れ替えると、ほぼ間違いなく両者とも"発狂"する。それだけ人間が、おかれ(てしまっ)た環境での適応能力に優れている証と言える。つまり、"慣れ"に至らなかった(変化が急すぎた)人間が、精神科医のカウンセリングを受けるに値する

地域振興・・・マスコミと、それに関わる付帯商売の道義付け。「その有名人を招聘した理由と、それに便乗した二束三文商売」が最も正当性を帯び、誰もがその事に言及できない、とされている(浅ましい、とは思われても)

進展のない・・・ビジネス・恋愛・スポーツ・趣味etc...に於いて、必ずどちらか一方が維持する事を止めようとしない「パートナーシップ」と言う名の"相手に強要する足枷"が身動きを取れなくしている状態

精通・・・「お前に一体何がわかるんだ!」と言われない・言わせないだけの権威、若しくは老練の。核心を突かずに人を納得させ、反論の余地を与えない秘術を習得した

自己嫌悪・・・「良くないのは分かっているけれどやめられない」というやましい言い訳が"負"のエネルギーとして体内の細胞隅々に伝搬・蓄積、それに呼応する細胞の純粋な反応が様々な医療機関の潤いとなる根幹の部分。病は気から。肺ガンで死ぬ喫煙者の殆どがこれに当たる。悪いと思ってりゃ何でも悪影響

社交辞令・・・通話中、会話内容が八、九割方終了した時点で不意に圏外となり、もう話すことがないにも関わらず、相手に好印象を与えたい・律儀と思われたい・嫌われたくないという心情が働いて、バカ丁寧な挨拶を付け足す為にわざわざリダイヤルする様

癪・・・"思っていた以上に奴は俺よりひねくれ者だ、あそこまで許されて(受け入れられて)いるとは・・・畜生!こんな筈じゃあ・・・"

仕事・・・"金儲け"の手段としての役割を殺いだ形で機能すれば、個体にとって迎合される、他人に言い訳の通る立派な趣味。と言うことは現在社会でこの趣味を有する個体に於いてその釈明は脆弱である事は明白

残念!・・・聞きたくもない・振り回される恐れがある・動くのが怠いという要因から導き出された"虚偽の予定"を優先する事で生じる、落胆した相手を宥める意味で使用される常套句

世論・・・砂鉄、つまり「惹かれるものに吸い付く」意見。この場合、個別判断の主体性を問う事はタブーとされている(日常生活での影響度合が目に見えないレベルでは、単純な文句は垂れても、それに対する根拠は持たないのがコモンセンス)

残念な・・・「やれやれ一安心。いい気味だ!」と素直に口にする事で周囲に与える"薄情な"印象が、後に遭遇するかも知れない有事で開花する(身に降りかかる)のを恐れて

スポーツ選手・・・個体の基礎代謝を作為的に早め「名声と孤独」というメリットを享受する事に喜びを見出す病気の一種。「躰の一部を欠損する」事で正常に戻る可能性のある

性欲(SEX)・・・「如何に素晴らしい、挑発的な"獲物"であっても、矢を放つ狩人にかなりの落ち度がある(ハンターが、狩りの不備を"獲物"のせいにするようなもの)。"逸らした・飛ばないようにしたつもり"という口頭保険は、かかる行為より派生するであろう諸問題に対して何ら有効性を発揮しない(思い込みに依存する、という意味では幾らか行為の弾みとなる場合もあるが)。まるで"事故を起こしてから保険に加入している"ようなものだ」。従って、全く望んでいない個体を排出・排除する、という極めて甚大なリスクを念頭に熟考すれば、これを回避しつつ、"趣味"や"癖"として充実した時間を過ごす為に貴方の出来る最善の策は「直ちに去勢せよ(鏃を付けないように施術せよ。そうすれば"的"を射抜く心配もない)」という事である。翻って、どんな場合(行きずりや遊戯感覚を含む)であれ"矢を放つ"行為は即ち「生殖行為」へと成り代わる。もし、その最善策に納得がいかなければ"血の通わない獲物"を的に見立てて充実した時間を過ごす事をお勧めする。これで"幼少犯罪(望まれない子供の行く末)"も少しは減るだろう

生殖行為・・・的を射るべく矢を放ち、来るべき"リピート保険"の現出に備える心構えのある

幸せ・・・「聞かない・見ない・知らない・覚えない・解らない・依らない」重要性を認識する能力を身に付ける、若しくははなっからそんなものに興味を持たない事で内面にもたらされるもの 不幸せ・・・「聞く・見る・知る・覚える・解る・依る」軽薄さに身を委ねる事で慢性的枯渇状態に陥る事

寂しさ・・・風を、大地の息吹を、土のにおいを、花の彩りを最も身近に感じる前に全てが色あせる現象。満ち足りるはずのない現状に対し架空の"満ち足りた場合"を想定し、現状を益々悲観する豊かな想像力がこれを引き起こす。主に精神的、物質的余裕の欠如より生まれ、世間より見放されたような一種の疎外感すら伴う。自分でも予定外に空いた時間を有意義に過ごす程バイタリティーが欠如した場合などにも発生、辺り構わず電話を掛け、憂さを晴らす様。他人から「相手にされていない」と思いこむことで恐怖感を伴う。時には人と接してこの状態に陥ることもあるが、大概は"無い物ねだり"が引き起こす現状逃避から来る葛藤と言える

正論・・・乙(被雇用者、被所有者)が甲(雇用主、所有者)への関係・待遇改善を求める為にその根拠として用意される、甲にとって最もたちの悪い(最悪の場合、逃避又は実力行使に出ざるを得ない)、乙にとって全面的に依拠するに十分な"切り札"。使用に踏み切る際の前提条件として 1.甲が乙との関係を維持する気がまだある 2.甲が乙との関係の重要性を十分認識している 3.甲が乗り換え(切り捨て)を行える別の乙が特定できていない 4.甲が乙に対して絶対的な権限を掌握している 5.万が一改善された場合、甲が乙を引き続き使用できるだけの(金銭的・領域的な)体力が残されている 等が挙げられる。甲にとってはまさにぐうの音も出ない話ではあるが、例外的に「甲が別の領域で"乙"の立場を取っている(乙と同じ状況・境遇である)事を強調する」という事由に固執する事でうやむやとなる(交渉を有利に運ぶ)余地が辛うじて残されている。これによって乙は「バッタは手足をもいだだけではまだまだ逃げ延びる体力が残っている」事を知るだろう。が、如何なる場合も乙は"甲"の立場を別領域で無意識に取っている事を忘れてはならない(そもそもこの認識を棚に上げる図々しさがなければこの様な主張は出来ないが)。何も"乙"は同種族とは限らない

親友・・・特定の個人が自分にとって"おこぼれを頂戴できる"と直観的に判断される場合に用いられるカテゴリー→上 友達・・・特定の個人が自分にとって"時間・空間を埋める"と直感的に判断される場合に用いられるカテゴリー→中 悪友・・・特定の個人が自分にとって"明白な金ずるになる"と直感的に判断される場合に用いられるカテゴリー→下 取り巻き・・・特定の個人が自分にとって"足手まとい程度"と直感的に判断される場合に用いられる。殆どが一方的である場合が多く、ノンカテゴリーとなる。鉄と砂鉄の関係に例えられる
(※)上記カテゴリーは通常無自覚である場合が多く、当たり障りのないレベルで各々が"カテゴリーの上若しくは中"の範疇に据え、幾ばくかの安堵感を得、不測の事態に於いて各カテゴリーの再認識作業を行なわざるを得ない状況となる

支配される・・・アリバイの不透明な、一人で過ごしていた時間の明確な状況報告を執拗に問い質す人間を所有している(される)事

節約・・・あちこちに分散していた取るに足らない、つまらない無駄遣いを集約させて、より充実した期待感のある無駄遣いへと昇華させる事に快楽を見出す趣味を持つ事。これに目的意識という方向性が欠如する事で"ケチ"という称号を与えられる(ケチ自体が目的意識へと変遷→癖へと昇格)。単に負荷レベルが変化しただけで、「つまらない・取るに足らない」の本質は維持される。人の家に呼ばれたり、泊まったりする時に、その家で頻繁にラベルの剥がされたペットボトルが見受けられたら、貴方が最低限守るべきマナーは、その家での水や電気製品の利用方法に細心の注意を払う事である。チェックは秘密裏に行われている。敢えて何も言わずに・・・
女性・・・男性という存在が確認されている間は虐げられ、囲われて生かされる対象として地球上に広く分布している。思考形態が男性型よりも直情に出来ているために屡々あらぬ誤解を受けるが、それが実は男性の認識不足の産物であることを知りつつも心の内に仕舞っておける力量を持つか、若しくは何も感じないほど鈍感、と大別される。男性が常に無力化していないと立場を脅かされる存在。個体を維持する力が強く、男性より"生物"的であると言える。男性が雰囲気で衝動的に発する「愛しているよ」という言葉により屡々猫科の生態系へと変容し、思考形態は直情型の極みとなる。若年期に於ける異性不信が原動力となり、卓越したキャリアウーマン、研究者やスポーツ選手へと昇華される事も。実に他愛ないきっかけで人生観をも変貌させる機動力を有し、環境と年代により様々な行動形態を編み出し、他に対し有用なる様をアピール、男性により囲われていた場所を奪い取り悦に入る。だがその多くは男性が作り出した回りくどい環境措置により思い切った行動がとれずに、屡々男性に迎合することをよしとする。その場合迎合できるだけの容姿をしているかどうかがネックとなる。男性の都合で構築された属性を変えてみようとする意気込みはあるが、属性にすがれる内は敢えて手を汚さない。目に見える範囲が清潔であれば総体的な事象には無関心("家庭"という、「巣」の繕いをする業務に就く事でそれらは尚一層固着化する)。少々の怪我や病気ではビクともしない(月一でそのような状態になる為)。「完璧な装備で熊を避けて通る」事が生きる為の知恵。多くは男性の確保したテリトリーに安住を見出すが、例外的に自分からテリトリーを確保する("愛"よりも"女性のサガ"が勝る)場合もある。「愛」が特定対象物との微妙なテンション(一種の磁力線)によって度合を変化させているものと受け取りがち(平行推移が物足りない→俗に言う「二人で高め合う関係」と呼ばれているものに実存性を見出す傾向がある)。

障害・・・生活環境・価値観及び個体の能動作用全般の見直しを迫る為に自分で(無意識下で)遠い昔に蒔いた種が発芽して目の前に立ちはだかる様

ジャーナリスト・・・トリュフ豚、又は盗掘人。掘り返してなんぼ

自己の確立・・・「自分のキャパシティを広げる」とか「自分を試したい」とか銘打たれた、何だかんだと"海外に活路を見出す(逃避する)"際の口実として機能する"小賢しく根拠の曖昧な自己弁護"と一般的に考えられているもの。それに対して「今の生活で目鼻の付かないものが海外で付くわけないだろう!」というのは禁句とされている。かなり相手を追い込んだ発言であるので(特に二十代後半の"夢見がち"な者に対して)

自然災害・・・戦争(紛争・内戦・テロ・クーデター)・民族的弾圧・粛正等と並び、優れた芸術作品を排出する要素の豊富な、若しくは他国の有名アーティストを派遣し、やっつけ仕事をさせる事で様々な経済波及効果の見込める"収穫の地"。残念ながら定められた事象であり、それを事前に察知する術を待たず、忌避しようとする努力しか払わないのが人間の浅はかな点でもある


社会構造・・・「実社会」に対して、教育で"おどかされ、刷り込まれて"いた「仮想社会」との間に生じる歪みのうち、新社会人が最もショックを受け、最も幻滅するもの。その稚拙で脆弱なる有様への"強制適応"の為に払った様々な犠牲に無頓着になる事が一種の"踏み絵"的な役割を果たし、構造の"ボロボロな"屋台骨を維持している事は公にされていない

正義・・・個体及び極めて限られた地域内で発生するものから一国を突き動かすものまでありとあらゆる大きさを持った"殴り合う・殺し合う為のに誂えた信念"。平和の為の殺し合いは正義を持って遂行される、というのが最も一般的な使われ方。社会原理上一貫した基準値を設けていない為屡々ウン千年も前に死んだ人間に責任の所在を設定している場合があるが、それに依存している内は誰しもそれに言及する事を「タブー」とする。人間特有の"曖昧さ"をも標的とする為に、特定の国ではあまり利用頻度の高くない言語。それだけ個体にとって帰属する"正義"が希薄だとも言える。"帯に短し襷に長し"

成功・・・ボケ促進剤。「不安・猜疑心」を携えてやってくる 

失敗・・・打算促進剤。"思い込み"で様々な帰結形態を生み出すが、そのどれもが個体を慰め、周囲を納得させる(正確には、当人の前での批判を避ける)為の"言い訳"として罷り通るもの

情報・・・苦痛を和らげる目的で詰め込んだものが、更に大きな苦痛を生み出す為の「足掛かり」となり、結果的に詰め込んでいる状況そのものが欲望へとすり替わる魔の法定伝染病。因みにその苦痛とは「知る事」と「知らぬ事」。知らぬ事→知る事→遅れる事というサイクルで形成され、代替となるエネルギーは「苦しみ」。一昔前はそれに"探求心・好奇心"というきっかけが存在したが、今ではありとあらゆる媒体を駆使して"垂れ流され、溢れ出ている"有様。これにより「必要・不必要」「真・偽」「取・捨」という個体の思考プロセスは破壊され、画一化された情報を咀嚼せずただただ鵜呑みにするだけとなってしまった。このような市場原理を考慮すると、より洗練された情報を取得する事よりも、より多くの情報を闇雲に詰め込む事に重要性がある、と言える。その主な原因は"情報としての価値"の寿命があまりにも短すぎる事と、夥しい情報の中に埋もれている"価値のある情報"があまりにも少なすぎる事にある。人間の脳の許容量を一切無視した高速化・デジタル化・バーチャル云々〜(醜悪)が人類の技術革新と"寝言"をぶっこく○○学者の悪行三昧の集大成→この連中は"それから先"の事にはまるで無関心。とりあえずは真新しいことやって名声を上げ死ぬまでの食い扶持を稼いでのほほんとしていれば周りがどうなろうと無関心。貴方の息子がデジタルモンスターとなっても勿論「無関心」。後は野となれ山となれ(注)真に「価値」のあるものは情報にはならない。なるはずがない。逆に「隠しておきたい」類のものだからだ。それが金になる、若しくは金の価値そのものを破壊し、社会環境を著しく変化させる恐れがあると判っているのならば。従って現在垂れ流されている情報は、世間一般にとっては極めて「価値」のある情報と言えるだろう。「金を如何に浪費(活用)させるか」という情報ばかりだからだ。お分かりか?

時間・・・多くの人間が"絶対的"な観念で捉えている事象。現象の結果を断片的に捉え、他人を詰る為の処理機関。発生する為の"きっかけ"若しくはきっかけの為の"発生源"。「自然の道理で時は流れている」と通常認識されるが、それは極一方的な帰納に過ぎない。「ガスのような気体が集まり、そこに自我が降り立ち、不必要な思考形態を徐々にはぎ取り、細胞がより密度を増し、個体としての存在を昇華させ、完全体として胎内に戻る」これも一方の見方。単に立場が入れ替わったに過ぎない。貴方はそこに「流れ、留まって」いる。それが「正・誤、進・退」かは問題ではない。人間の平面的な意識では如何ともし難いからだ。これに某かの方向性を見出そうと躍起になり、色々と回り道をして一般人を攪乱する連中が現在の素敵な世の中を拵えた

書類手続・・・インターネットによる取引が主流となるにつれて

しのぐ・・・過去にあった楽しい出来事を思い返す事で目の前に展開する緊迫した状況を神妙な面持ちでやり過ごす様子。その状況下で"意見や反駁"を求められるまでは「殊勝な」態度をアピールできるものとする。殊に、持久力を必要とする運動を継続中に、聖人の如き崇高な面持ちを漂わせながら、その心情では人に言えない"ろくでもない"事を考えている場合等

最適・・・宇宙(人間がとりあえず結論として位置付けているもの)〜星〜「オギャー」と生まれた赤ちゃん〜エボラウイルス〜原子に至るまで、この現象世界に存在するに当たり、潜在的形質として「より心地よく、より快適に、より楽に」存在を保つために各々が作用し合って、あるものは結合し合い、あるものは離れ、あるものは破壊し、あるものは新たに生まれる為の基本設計図。それらは常に"最善"であり"最悪"である。これに翻弄されるのが人間的な価値判断をその仕組みに当てはめてしまうが故の不幸。だが同時にそれで喜びや幸せを見出す輩もいるのだからそれはそれで幸福でもある

絶滅種・・・拝啓、人間共。近年、夥しい数の"種"が絶滅の憂き目に遭っている。又、「しつつある」予備軍も然り。彼らの絶滅は「大自然の調和バランス」がもたらした極めて純粋な理由で自らの保存能力にピリオドを打つ。つまるところ、件の消えゆく"種"には、自らを存続させるだけの自然環境が地上には最早存在しない、自分たちの存在により他の"種"を犯すことにもなりかねない、という集団意識の基に全体性をもって自ら淘汰の道を選ぶのである。当然こんな事を人間は分かるはずもない。彼らの尊い犠牲によりこの世界の調和が保たれていることを・・・。消えゆく"種"を「かわいそう!」と哀れむのは個体の趣味範囲であるが、自らの私服と増長の果てに彼らを絶滅に至らしめた事に関しては何の感慨・自責の念も持たないのだ。この際言わせて貰うと、絶滅しつつある"種"を「保護」という名目で自らの食い扶持を賄う金儲けの手段及び狭量な実存領域下での"属性共有型満足意識"へと変更させ、醜悪なテクノロジーを駆使して無理矢理"種"を存続させ悦に入るマスターベーション的行為は、自然に対しての冒涜意外何ものでもないのだ。おざなりなヒューマニズムより産み落とされた「センチメンタル」という防具を身につけた凶悪な怪物と、醜悪なテクノロジーでかろうじて"種"を保たせ、その行為を個体の生きる糧とすり替え、"目的の達成感"と世間からの賞賛という悦楽をもって自然への施し及びいくらかの罪滅ぼしを含有していると思い込んでいるそのおぞましい行為は人間の傲慢さの極みと言えるであろう。概して人間は、事態が収集の付かないほど深刻にならないとその鋼鉄の瞼を閉じたまま現実を見ようともしないから仕方はないが。もし、そこに人間としての純粋性の欠片が少しでも存在するのなら、生物として他の生物の尊さを感じるほどの配慮があるのなら、消えゆく"種"が直面する現実を曲解しないことだ。彼らの"死にざま"をあるがままに直視し、人間全体の行為を改めて考えるよすがへと昇華するのだ。その頭が飾りものではないと言うだけの根拠があるのなら。彼らの尊い犠牲は、人間や、他の"種"を存続させる「礎」である。絶滅した"種"は、自然界全体に対し、時間的・空間的に計り知れない影響を与え、存在の礎、翻ってそれは人間の犠牲でもある。他人事では決してないのだ。とかく人間とは資質として持っていた純粋性を年月を経る毎に失うことを美徳としているようで、とても哀れに思えてならない。人間は同じ"種"である者同士をたっぷりと甘やかすことは出来ても、他の"種"に対しては、「邪魔ならば排斥する」事だけしか考えていない故、それが人間の「生きる道理」に基づくのなら、自然界はこの暴挙を黙って見過ごす筈がない。他の多くの種も、人間の架空の(所有権の有無は我々には無関係)テリトリーを屡々侵すことがあるが、その行為の延長線上に位置する「自然界からの警告」を、自らの醜悪なるテクノロジーをもって押さえつけようとするのだ。それが事実だ。この狭い地球に「人間だけの聖地」などは存在しないのだ!善し悪しの区別なく、「報い」は極めて平等に、必ずやって来る。人間の忘却の彼方、思いも寄らぬ方法をもって・・・常に肝に命じ、常に覚悟せよ。それだけの脳味噌が残されているのなら
                            "とある生き物の独り言"

深刻・・・極単純な考え事を放置しておいたが為にそれが壊疸を起こし「何を・何処まで・どの程度」考えているのか見当も付かなくなって日常の行動を著しく圧迫する要因となるが、次の考え事が取り込まれ次第速やかに減衰、次の壊疸に向けた布石となる

自己・・・夜空にぽっかりと浮かぶ「月」若しくは燦々と輝く「太陽」若しくは水と緑に囲まれた・・・(割愛)

ショック療法・・・ダメージを与えて肉体及び精神を正気に戻す方法。「人類は皆平和を愛し、平等である」と言う常軌を逸した考え方に帰依する連中に、1.東ヨーロッパ 2.アフリカ 3.朝鮮半島 4.東南アジア で日頃から親しまれている、民族衝突による人間の多様な側面を映像として叩き込み、現実を正常認識させる事で、それらの稚拙極まる偽善論を叩き伏せることが可能

菜食主義者・・・極めて一方的で狭い範疇に固執することで贖罪意識を持とうとする愚か者。そこに生じる意識は"哀れみ"であるが、本人が一番哀れであることは言うまでもない。「野菜は血を流さないしもがかなし、生産性がいいから」という極めて単純な論理で生命形態を破壊して、為さざる者に対して優越感を保とうとする浅ましい人間がこれを施行する。主に"自分が尊い方の僕である"という言い訳で他を侵す事に美徳を感じ、それをもって従順であることの証の如き執着さを持つ。もし貴方の知り合いにこの手合いがいたら興味深くこう質問してみるといい。「貴方はここに至るまでどのくらい他を犠牲にしているか自覚しているのですか?」解答は千差万別であるが、それに対しての反駁は簡単だ。「腹を空かした捕食獣に進んで食される方が天で見守る方もお喜びになられるのでは?というより、それだけ罪を背負っているという自覚があるのなら今すぐ死ぬべきだ!その方があんたの屍は夥しい純粋なる微生物を潤す貴い犠牲になる。あんたの屍で有意義な生産がもたらされるのだから。その自覚無くして優越感を持とうとしなさんな」

羨望の・・・息を呑むような状況下で精神が陥る"無酸素症候群"。皮膚に感覚刺激(苦痛)を与える事で症状の悪化は避けられるが、そうなるまでに貴方の株は確実に下落する

自己実現・・・現状よりの脱却を試みる手段の一つ、と信じられている美徳で、その本音は「今より美味いモノを喰って高価なクルマに乗る為に」依拠している既存の価値観を、外部の革新(屡々オカルト)的な作法を取り入れる事で、内部変革が達成されたような思い込みを足掛かりに"成功"を掴み取ろうとする二束三文の野望

戦争・・・自然淘汰を素直に受け入れられない人間に対して最も有効に利用される人口抑制・優性種保存措置。正義・平和・善・愛・平等という名目で他人を八つ裂きにできる正当性を有し、当座凌げる食い扶持を確保し、消費期限切れ間近の中古武器を解体する手間を省略し、補填の為に経済を活性化させる為のテクノロジー。概して自国の正義(システムの優位性を他に押しつけようとする暴挙)に固執する国がこれを最大限に利用する。大抵発端はどうしょうもないほど過去の因縁である事が多い。従って、他国が訳知り顔で口を差し挟むほどの"大馬鹿"ぶりを発揮すれば国際社会で努力せずに村八分となる。自国内で発生する諸問題を帳消しにするほどの執行力をもつ故、平和ボケした惰性的国民を飼い慣らすのに辟易した国も軍事力を有すれば今より桁違いに道理の分かる国に生まれ変われるであろうことは明白である

主義・・・「〜の為」という優先順位の最上部であり、個体の行動に関しての意志決定権全般を司る。知識吸収(主に歴史より起因する)と共に発生し、個体の意志とは無関係に作用、集団をコントロールする力を持つ。「アリ塚のアリ化」現象

西洋人・・・正義と真実という字面に依存する(翻弄され)自覚なき足枷を弾みとし、金(権力)と力(身体能力)と尊敬(知識による権威)と"天国"と呼ばれる楽園の手入れに励む髭を蓄えた元死刑囚を崇拝。悪を憎み(何が悪であるか、という定義はタブーだが、この場合"依存している秩序を乱す"事)、善を美徳とし、人の為に尽くす事で来世の安泰を約束されると思い込んでいる実に幸せな人々。"裏切り"と"孤独"及び"何もする事がない"状況を極度に恐れ、より高い負荷のかかる生活に生き甲斐を感じる 東洋人・・・"西洋人"に飽きた、若しくは羨む人々、及び屡々人間に飽きた人々

政治・・・今までのツケをどうすればイヤな顔をされずにこれから先に擦り付けれるかを真剣に考えている極めて崇高な階級思想団体。その秘めたる心情は"生きている内は精算されたくない・遡られたくない"と切に願っている問題が、今や地球の大きさほどに膨れ上っている現状をどの汚職を生贄にすれば人心を逸らす事が出来るかで糧を得る為に苦心している。なれ合いで秩序が成り立っている為屡々正義という単語を理解できない、若しくは読めない人間がこれを真実とすり替えて行使する。自己顕示欲による集団洗脳催眠で他の勢力との不毛な揚げ足の取り合いを演じながら国が推移する様

政治家・・・立派な"嘲笑の的"になる為の様々な美徳(袖の下等)を引き継ぐ自己破綻者。言葉遊びに長け「明るい未来の為」と公言しながら目先の利得を貪る器用さを有する。対外的には"腫れ物"の扱いを受けるが、その権限の殆どは、外出時に家庭へ置き忘れてくる(正確には"つがい"に実権を掌握されている)のが慣例となっている

神聖な・・・ゴキブリ・藪蚊・イエダニ・シロアリが崇拝して止まない、彼等の意義を熟知した

善・・・見かけがいいことという思いこみ・・・天秤の片一方・・・それ以外は何と?  悪・・・見かけが悪いことという思いこみ・・・天秤のもう片方・・・それ以外は何と!。(注)主に善と悪との争い事は、両者が"中途半端"な立場の主張を繰り返す事で起こる。その"中途半端"は肉を帯び、存在を誇示する事で顕現化し、利害を発生。ということは、善悪の彼岸はそれ自体現象としての形質であるとも言える。現象としての存在に固執する必要がない場合、そこに善悪自体存在の根拠がない。ということは、貴方達が考えている「神と悪魔」自体、無意味であると言える。一方的な断定のみに帰結する愚行が真理であると思い込んで答えをでっち上げるのは勝手であるが、それを世襲的に信じ込ませる(押しつける)のは考え物だとは思わないものか

潮時・・・勝ち逃げの余韻に浸れる内にゴタゴタから手を引く算段を講じる様。大概その算段が周囲の反感を買い、憤慨している周囲にほだされた挙げ句、周囲に旨味を搾り取られる始末となる

知らぬが仏・・・底なしの探求癖や無意味な学識で翻弄されずに、当たり障り無く(レールに敷かれた)人生を送る為の賢い知恵

悟り・・・"別に後はどうでもいい。知ったこっちゃない。気にしない。だって、どうでもいいんだもん!第一「どうでもいい」事自体どうでもいいんだから・・・"(この手合いは自分や貴方達や自然の"存在意義"を説いて回る暴挙に出る事で「危険等級」の最上部へと格上げ)

知る事・・・「知らなかった」という内部気圧の変化に伴って着火する些細な不安の火種を、踏み消す為に採用した"その場の結論"が、却って火種を細かくまき散らす原因となり、まき散らした分だけ踏み消そうと躍起になり、更に多様で示唆に富む"その場の結論"を取り入れ・・・(以上が"知る事"の持つ一連の循環システム。世にはびこる様々な体系はこうして日の目を見る事になる)

知らぬ事・・・「知らなかった」に変換されることのない状態。「それを知ったところで、くだらない会話を長引かせるぐらいの効果しかない」と悟る事で大概は回避可能

衝動買い・・・その瞬間興奮と至福で顔を赤らめ、次の決済迄顔を青くする事

"真実"の追求・・・「大人」の社会構造に「子供」の論理を、男性型社会に女性特有の"正論"を持ち込もうとする暴挙。この暴挙で世の中が幾分活性化されたような思い込みを生じさせるが、その実暴挙を行った輩の目の前・足下が若干綺麗になったと思わせているだけのことである。そのしわ寄せは確実に何処かで花開き、新たな暴挙への「布石」となる

世間的基準・・・同年代及び同世代に於けるリアルタイムの"幸福"度合比較検討素材。「シングルでバリバリのエリート・キャリア・ウーマン」と「ヤンママで水商売、二度の結婚、二児の母で公園デビュー」という両者で、互いに攻め手を持っていながらも後者の方がより"女の幸せ"を謳歌していると言う属性的評価を"周囲"が無意識に承認する事で知られている。殊に「同窓会」と呼ばれている、知人の近況確認及び自己との比較作業内で発生するもの。この場合"仕事や趣味"での活動ぶりよりも"子育て"での奮闘ぶりが会話の主軸となる

自助努力・・・効き目のない薬で不治の病を治療する為に併用薬として用意される方便

最新兵器・・・次世代什器として日用品に振り分けられるべき"次期商用技術"。困ったことにその実用性を発揮させる手段を講じる為には貴方の納税が不可欠である、という代物。その分の見返りは『新商品』という形で貴方が購入しなければならず、どちらにしても貴方の二重投資で成り立つように工夫されている。つまり貴方は「開発資金の援助」と「量産品のモニタリング」を無意識に行っているのである

冗談・・・複数の被験者に対し、概ね5:5の割合で"愉快〜不愉快"の規範を提示するもの。同一の事象について、「皮肉る」と「皮肉られている」という受け手側の選択肢(受け取り方)により分類。ユーモア・洒落の"無思慮な(相手の痛いところ・腫れ物を無意識に突いてしまった)部分"で、喧嘩や諍いの発端となる可能性の高い部分

誠実さ・・・万人受けする当たり障りのない考え方・作法(躾の類)を習得する事でプラス査定となる付加価値

熟成・・・崩壊が近くなって、挙動が緩やか→洗練されて見える様

征服・・・そうそう人が立ち入れない場所に自分の名前を書く事で得られる充足感

支配・・・自分の所有物(生き物も含む)に自分の名前を書く事で得られる充足感

ステイタス・・・キリンが首を、象が鼻を、ライオンが鬣を、ネズミが前歯を、人間が自分の借り物を同族同性内で比べ合う事で生じる「優性種保存の為のつがい選別(生殖の相手を物色する手間)」を簡略化させる手段

人生観・・・運動会での「借り物競走」のような

数・物理・化etc...学者・・・こうしたカテゴリーを設ける事で「偏執狂」と一括りにされる心配のない、それを以て精神科医の手を煩わせずに済む事が確定済みの

優れた・・・"目障り"という意味で有意義な

創造主の創造主・・・「俺はただ奴を拵えただけだ。奴のやる事なんざぁ知ったこっちゃない。俺だって暇だから、遊び相手の一人も欲しいし、いい退屈しのぎになると思ったんだ。しかし何だって奴はあんな無意味な作業に従事する羽目になったんだろう?面白いのかねェ・・・まあその分俺は退屈しないがね。それから先の事?奴が帰ってきたらだな。"干渉するな"って言われてるしな。それに第一、俺も気付いたらここにいたから、良くわかんないし・・・何だよ、理由がなきゃいけないって決まりでもあんのかよ!俺だって知ったこっちゃない!第一、誰が俺を拵えたかも知らないんだ!なァ、教えてくれよ!」

説明書・・・この小冊子に記述されている通り忠実に操作すれば、とりあえず製造サイドの思惑通り、無料保証期間内に面倒なリスクを背負わなくて済む為の「保証の保証」として効力を発揮する事が或る程度実証済みの

仕方がない・・・「後悔」や「反省」という学習機能が作動しない(マヒする)程に習慣として日常生活に定着し、「それ程気にならない」レベルにまで浸透していたと思われる事象が、もたらされる結果の善し悪しに関係なく勝手に終息を見る事で発生し、その善後処理に追われている間中、その労務を強いられている自分を納得させる為に使用する。"ひっぱたく事で何とか機能していた電気製品"や、"幾度も食べ損ねて遂には冷蔵庫で菌を繁殖させる結果に及んだ食品や食材"等がこれに当たる

設備投資・・・胃拡張。個体の容量を無視して、更に大量の物を消化し、でかく質のいいウンコを肥やしに土壌を整備していたが、肥沃な土地から収穫される食物が、バブルの崩壊と共に"過剰在庫"として売れ残り、収益禄高が目減りし、操業の為に消化する物が宛われなくなってしまい、「過剰設備投資」として稼働を停止する様。今現在は「空きっ腹」であり、手際よく採算ベースの取れる"外食・準医療"へと移行期にある

尊重・・・"逃げ道を塞がない"ような素振りを見せ、相手に付け入る隙を与え、予め用意しておいた袋小路へと誘い込み、言い分を親身に聞くフリをして事後対応策を練る事(立派な言い分だった場合、それを見解とすり替える阿漕な手段と引き替えに「君を尊重する」と言う麗句を投げかける事で相手の上前をはねる算段を付ける業務へと移行する)

進展のない・・・"会食"だけでは物足りない・満たされない・他人に自慢できない→物理的接触を目論んだ(粘液接触への布石とする)出費率を上げる気にさせるもの。経済活性率3割増・当人勘違い無自覚率7割強

商品・・・それが画期的であればあるほど如何に人間が「ろくでなしの役立たずでバカ者」の集まりであるか考える縁となるもの。「勝手に"商品"を開発するコンピュータ(人間の基礎データと生活環境と人口動態を入力して、現在必要と思われる手足の代用品の開発を自発的に行う)」を商品化すればこのくだらないやりとりに終止符が打たれることは確実だが、そのうちこのコンピュータが「他人を穏便に、確実に、秘密裏にあの世に送る」商品を開発するかも知れないが、予想に反して売れる事は確実である。実用化が待たれる

生活水準・・・一月の生活維持費(公共料金や家賃及び基礎代謝を維持する為の消えモノ、いわゆる食費)に対し、物品(電化製品や雑貨類等)や付加サービスへの出費比率が上回る事で「社会的に優れている」と言う感染病を悪化させるもの。買い物で「食品類や日用品」以外への関心が高くなる事でより心のゆとりを生み出すものと考えられている

思慮深い、若しくは遠慮がちな・・・仮性若しくは真性の=包含する強かさと隠蔽された真意

善意・・・結果として「知らなかった・聞かなかった・見ていなかった」の延長線上で 悪意・・・結果として「知っていた・聞いていた・見ていた」の延長線上で

残虐性・・・とても尋常ではない人間の駆除方法をスッキリしながら見届ける様。「アクション映画」で仇役に求められるバリエーション(プロペラ駆動物に巻き込まれる・溶鉱炉に落ちる・串刺しになる・鋭利なもので身体が分断される・キャタピラ形状物に踏みつぶされる等々)を嬉々として受け入れる心情を短時間で発生させるプロセスが雄弁に語るもの。そのプロセスが、最後に控えているものを肯定・正当化させるのであれば、やっぱりこの手を製作する連中はろくなもんじゃない(それを承知で喜ぶ連中もろくなもんじゃない)

サクセスストーリー・・・病気・怪我・身内の不幸・奸計・屈辱・借財・好敵手と言うオマケ付きで、そのオマケの干渉度合により、達成時の至福が増加する、と信じられているもの(特に欧米で)

信頼できる消息筋・・・日常に関連のある話題にのみ信憑性のある"伝言ゲーム"の一種。従って「非日常(根拠が学問的追求等から逸脱する)」に関する話題(UFO・心霊等の"オカルト"的諸現象)はこの限りではないが、この場合「友達の知り合い(つまり赤の他人)」という二重のトラップを設ける事でその体裁は一応保たれる(自己責任比率を低下させ、所在追求の矛先を逸らせる目的の)

正直な話・・・地域毎の拠点となる営業所を保有するインフラ利用型(宅配・郵便等)の会社に勤務し、営業車両を使用して担当区域を巡回する営業ドライバーの内、会社にとって優秀で業務実績の高い営業ドライバーと、担当区域に於いて顧客受けの最も優れた営業ドライバーとでは、前者の方が「稼働率・事業貢献度」の点で会社に貢献している、という事実に基づき、後者よりも高給取りで、社内でも好待遇で、同僚からも尊敬されるという真実。つまり、貴方のお宅に伺って、大事な荷物を玄関先に放ったらかしにした挙げ句、大して魅力がなく、何処にでも売っていそうで、しかも割高な「自社ネーム持ち出し産直品」を言葉巧みに売り捌く神経の図太さを身に付けている(或いは、それらを潤滑に作用させる上で好都合な"主婦受けの良い"容姿をしている)方が、多くの会社にとって極めて有能な社員としてもてはやされているのである。多くの会社に"社会への貢献度・顧客への印象度"という具体的な項目が設定されていない(実際そんなものを設定したら、稼働率を相殺する事になりかねない)ので、顧客に対して常に気を配り、在宅するまで何度でも足繁く通い、世間話等の会話で顧客の信頼度と地域密着度を高める事に時間を費やし、井戸端会議で評判の"人当たりのいい営業ドライバー"という称号を幾ら受けるに値しても、会社にとっては単なる"稼働率"が低く、しかもお人好しで使えない営業ドライバーとしか受け取られない("人助け"でもして社会的に認知されてしまった存在であるのなら文句は言えないが)。そんな社員を飼い慣らすぐらいなら、ローコストな(福利厚生適応外の)委託ドライバーをパート雇用して稼働率を維持した方が会社の為になるのである。"営業"と名の付く業務にありがちだが、「人間性」と「稼働率」とでは、絶対的に後者の方に分があるのだ。特に数字を上げなければならない開拓営業などの場合、「人間性」について優れた資質を有する人間は、それらが業務に対してマイナスに作用する事はあっても、プラスに転じる事などあり得ない。何故なら、会社から押し付けられた(本部が開発・流動費用を還元し終え、連結決済迄の処遇を支店へと委嘱した)はなっから気の進まない商品を"最もらしい"営業文句と、歯の浮くような取り繕いで売り捌く心境は、少しでも人間性があるのなら、とても耐えられない苦痛であるからだ。何せ、自分を信頼してくれている顧客に"嘘"をつかなければならなくなってしまい、それ一つで"悪評"が近所中に撒かれる事にもなりかねない。単純に"ブランドネーム"を乗せ変えて販売していることがバレて、会社自体の評判を下落させる事にもなりかねないのだ。もし仮に、担当区域に実家があり、子供を近所の顧客と同じ学校に預けているのなら、事態は更に深刻である。自分だけならまだしも、自分の息子や娘にまで、災いが降りかかるやも知れない。完全なる「ルートセールス」だけの職務であれば問題はないが、次々と下らない商品を開発する事だけに神経がイッてしまい、現場の状況(配送量の増大・配送コストの突き上げと営業物販のノルマ達成及び競合他社のとの不毛の食い合い→社員一人にかかる深刻な負担)を把握しようとしない(正確には「現場が回転している内はどんどん負荷を掛けても大丈夫だろう」とタカを括っている)ロクデナシ上層部の"事業拡大"悪癖が抜けない限り、貴方の町は、極めて愛想のない、モノを売りつける時にだけ目の輝く"気の短い"ドライバーで埋め尽くされる。CMの効果だけで"社会に貢献している"会社であるような建前を塗り固めたところで、現場とのギャップは到底埋まらないのだ。これでは「信用を失う」為にCMを用立てているとしか思えない。サービス拠出とは、それだけ「元の商品の価値を食い尽くす」事でバランスが取れる、という事実と向き合う事である。それがイヤなら『ドラえもん』でも開発した方がいい(CMに登場する"CG"ではない)

心配事・・・核戦争と"恐怖の大王"、髪型と"日焼け跡のシミ"が同比重・同時系列で謳われる、人間が"これから先の事"についてあれこれと考えている趣味全般を指し、他に興味をそそられるような楽しみが知覚された瞬間に、脳味噌の遙か奧へと吹き飛ばされる類の性質を帯びるもの。"悩み事"よりも集積力・持続性がなく、他人が親身になって相談してくれる類のものではない。いわゆる「性癖」の一種と考えられている

執着・・・或る"借り物"が、特定の"借り物"の魅力に惹かれ、その"借り物"を、"借り物"である自分の「所有物」とするべくあらゆる手段を講じる様。"借り物"の注意を自分に向ける事から始まり「夕食に誘う」「心情を綴った手紙を送りつける」等のアプローチによる需要喚起で、その"借り物"が、自分の所有物にならない事が明白になるに連れ、単に相手への感情を逆撫でする行為へとエスカレート、実害待ち状態となる

仕事(職業)・・・(参照→教育)幼少からせっせと積み込まれた化石燃料を随時エネルギーに変換させる為の火種を与え、同じ条件を付加した複数に一定の燃焼効率を維持させ、その燃焼効率に対価を与え、日常に定着化させ、種族的な懸案とされている、存在に関する根元的な思索を行う時間を極力減少させる(脳が活性化されている時間に外部から流入する情報への対応を強要する)システム

センス・・・物事を真芯で捉える能力であり、努力や根性とは無関係のものであるが、流動的な市場原理によって評価基準が一貫していないもの

失意の内に・・・「誰からも相手にされなくなってしまった」と言う地域社会からの疎外感が増す事で悪化する"老衰現象"の一種。自分を理解する人間の保持率・存命率が低下する事で起きやすい、とされている。対抗策として「子供を3人以上生んでおく」「趣味を共有できる友人と交流を持つ」「無駄に長生きしない」等がある

情熱・・・身振りや手振り、言動や感情が、まるで遠くの誰かに何かを伝えるかのようなオーバーアクションとなり、周囲の人間をほとほと白けさせる事。400×2セットの献血により対処可能と思われる

生理的に受け付けない・・・犬のように音を立てて(クッチャクッチャと)食べ物を咀嚼し、咀嚼物を見せ、その上方々にまき散らしながら会話する事で相手に与える印象が、他の多様な身体的・立場的・能力的メリットを台無しにし始める様

時代錯誤・・・経験や実力があるものの、チューニングの微妙に狂った楽器(時流に合わない事業展開)を持ち出して楽曲(インフラ)を台無しにし、興行収入が見込めなくなる事。チューニングの微妙に狂った楽器につぎ込んだ拠出金が相当な額に上る為、撤退するタイミングが掴めなくなり、挙げ句CMや宣伝広告・営業等の二次的な部位を強化してしまう事でお茶を濁せると目論んで、その結果不良在庫と"信用"の回収を余儀なくされる様

弱体化・・・多様化した

信憑性・・・或る特定の事象に対して如何に多くの個体が同じ思い込みを共有しているかで新規参入者が安心して依存出来る際の"固定先行基準"を成すもの

先輩、後輩・・・結局この理不尽で世俗的・絶対的な力関係が、明るい社会を存続させているという"醜い事実"である。何故なら、如何なる最年少者といえども、加齢と共に敬語を使用する回数が減っていく恩恵に与れるからだ。この優位性は個体の身体能力の多寡に関係なく、或る一定の期間は均等に作用する(年少者が必要以上に脚光を浴びる等不測の事態を除き)。最年少者も一年経てばその恩恵に与れる、という"前提条件"が鼻先にぶら下がっていればこそ、現状の屈辱に耐えうる、という訳である。その為に年長者はせっせと年少者にありったけのストレスをぶつけるのだ。つまり、先輩と後輩の間柄は「世襲ストレスの授与儀式」という事になる

説得力・・・子供よりも大人が・長髪よりも頭頂ハゲが・背の低い者より高い者が・肉体労働者より学識経験者が・女より男がより多く有していると考えられている、他人を黙らせる(若しくは手足の力に訴えさせる)為にジェスチャーとつばきと口臭で威圧する思惟行為。その能力を有しながらも、個体がその能力を生かし切る容姿をしていない(見てくれが芳しくない)、という他人の先入観念に抵触する事でお流れとなるケースが最も多い(恰幅の良いフィットネスインストラクター等)

精神・・・"自己"から伸びた触手の最先端(ウニのトゲトゲを想像すると宜しい)が、肉体というオモチャを宛われて、そこに存在する様々な事象との接触を体験する事で自然と発生する"自我"の部分が脳味噌の大勢を占める過程で確立される「意識の最下層階級」

資産家・・・出生時の至福とは裏腹に、死ぬ(大抵は殺されるか、死に貶められるか)迄の期間、常に何かを恐れ、誰かに圧力を掛けられ、大凡幸せとは無関係な人生を送る宿命にある人々。金のゆとりは心のゆとりを包含していない、という道理を気付かせてくれる、という意味では存在意義・価値の幾分残された。その生き様は「鰹節」に喩えられる(削られて出汁に使われる)

銃規制・・・(当たり所にも依るが)銃で人を殺すのは呆気ない・情緒がない→殺される側は、自分が「死ぬ」という自覚が奪われる→「死」に対しての苦痛と恐怖を享受するプロセスが失われる→「死んだ」事も知らずにどうしていいか分からなくなる連中がそこら辺に浮遊し、彷徨う事になる。で、あるから、相手を殺す時はもっと苦しみを味あわせようではないか、自分が「死ぬ」という事実を受け入れるだけの時間を持たせる殺し方を推進しようではないか(と、するものであるのかもしれない)。「もっと示唆に富んだ趣のある殺し方を!」

贅沢・・・如何なる状況・状態に於いても、それを愉しめる"ゆとり"のある精神構造。従って、外因に依存する(心を奪われる)行為で初めて位置付けが行われる一般的見解とは性質を異にする

熟成・・・いい具合に腐敗の進んだ(多数決で策定された"いい具合"の賞味期間内で)

作戦・・・個々の能力と思惑を押さえ込む事で初めて全体として機能する"理想論"。翻って「結果オーライ」に向けた不毛の暇つぶし。その純粋目的は「結果が思わしくない場合に、一体どいつが出過ぎたマネをしたのか」を確認し、集団でその不備を詰る際の手掛かり。従って「結果が思わしい場合」は"夏休みの絵日記"程度の扱いとなるのが通例

支離滅裂・・・興味本位で購入した「来客に威張れるタイトルの小難しい本」から、非日常的で真意も伝わり辛いが、何より聞こえがよく魅力的な慣用句を、他人との会話終了間際に効果的な決めゼリフ(相手に有無を言わさない、という意味)として取り入れたつもりが不幸にも「それは一体どういう意味だ?」と聞き返されてしまい、無言で小馬鹿にされる迄に掘り続ける「墓穴」

済んた事・・・事の顛末に直面して"起きあがりこぼし"並の回復力が残されている、若しくは連帯責任下での負担比率が僅少な場合の「悲観者向けに器の広さをアピールできる、ゆとりのある様」

触発・・・五感が過去に味わった様々な経験・記憶の糸を、進行性刺激(風景や音楽、香りや味)により無理矢理手繰られ、居ながらにして精神が退行・回顧作業を始めてしまう様。大抵、「忘れようとしていた・封印しようとしていた」ものが多く、沈鬱な表情で物思いに耽ってしまうきっかけとなる。何の意識もなく入った喫茶店で、相手が「天上を眺めて寂しそうにしている・頬杖を付いて目を閉じている」等の継続した仕草をしている場合、恐らく店内のBGMに反応している、と見ていいだろう

錯覚・・・貴方はちっとも大丈夫ではない。貴方はちっとも救われていない。貴方はちっとも報われていない。貴方はちっとも助かっていない。どうであれ貴方はそこにいる。ということはつまり

将来・・・一般的に、人生に対する道程の定まっていない今現在から、絶えず"前方への指針"として機能し、恐らく最も「平穏無事」な生活がそこにあるであろうという希望から運営されているもの。従って、スパンの違いはあれど"理想"や"夢"とほぼ同じ役割を果たし、不明瞭な目標として、到達時期が当人に自覚されにくい性質を持つ。現在のポイントから、個人レベルでの足跡を振り返る際の"未来のロッキングチェア"であり、突発的な事故でもない限りは、「朽ち果てる」迄の期間そこで物思い(回春)に耽る事が出来る場所、とされている

宗教芸術・・・信仰の対象及び俗人の感化作用及び宗派の優位性云々からは完全に分離して愉しまれるべき純粋芸術。製作意図は「絶対信仰への普遍の愛」に貫かれてはいるが、それを理解できる言語を習得していない・制作者や時代背景を掘り下げるほど暇ではない、という幸運な条件がもたらす有意義な作用。西洋人が「お経・仏像」に対して漠然と抱く魅力やあこがれがこれに当たる。それらの聖歌は、人間の声が持つハーモニックな響きが人間を癒し、調整する力となる。それがたとえ「絶対信仰対象賛辞し、畏敬する」意味を含んでいたとしても、それらが直接信仰の力とはなり得ないのである。単なる"芸術作品"として愉しまれるべき性質である。自己表現能力の結実したものが、たまたま題材として取り上げられただけの事である。薄っぺらな先入観を持つ事自体がナンセンス

先細り・・・多様で示唆に富み、新規事業として成功する可能性のあるアイディアを独力で立ち上げる為には、"財力・人脈等流動資本"及び業務として稼働する迄の「総合的な兵站テクノロジー」の導入は必要不可欠な戦略的要素である。不幸にもそのアイディアを有しながらも、前述の戦略的要素が欠けている為に、多くの人間は"生殺し"となる宿命を帯びる。仮に小規模な稼働範囲で起業しても、やがてインフラ整備の確立された大手企業が同じ事業を効率よく立ち上げている事に愕然とする事だろう(だから大手企業はいつまで経っても安泰なのだ、内部壊疸する状態を除き)。それならいっその事、マスコミ等の媒体を通じ、アイディア料だけでも頂戴するのも一つの手段と言える。ジタバタするよりはその方が痛みが少ないだろう。なまじ企業に渡りを付けようとは考えない事だ。そのアイディアだけを吸い上げられて、手際よくつまみ出されるのがオチだ。そのアイディアは"商品"としての価値はあっても、それを事業として稼働させるのは"社会資本"の整備された企業の領分である。つまり"アイディア"と"社会資本"は「対等の立場にない」という事である、安っぽいテレビドラマのようなサクセスストーリーはそこに微塵も存在しないのだ。それが「大人の世界」の秩序である

最高・・・"最低"と言う父と"最悪"と言う母から生まれ、ちょっとしたきっかけで両親の遺伝形質が現れる、不安定な性質の

秀才・・・天才が"常に一歩以上先を行く"のに対し、"常に半歩先を行く"人々。そのお陰で一般人から「天才」という称号を受けるに値する。天才の航跡(功績)が「UFO」並のスピードであるのに対して、秀才の航跡は音速戦闘機。であるから、セスナ機以下である一般人にはその航跡が見て取れるのだ。従っていつの世にも安定した評価を受ける人物の殆どがこれの類

精神異常・・・人の姿に似せてある、人の駆動力以外の性能を持った

心機一転・・・過去の嫌な出来事を綺麗サッパリ忘れ、新たに押し寄せる嫌な出来事を新鮮な気分で受け止め、結局一歩も前進していない事を思い知る為の

隙間・・・人間が"人間"でいる不遇な間は必要不可欠な存在であり、幸運にも人間であり続けることに疑問を抱き始めた特定個人にとっては実に耐え難い苦痛に満ちた地獄であるもの。それは不幸にも、不本意にもこの世界に存在してしまった瞬間より貴方の傍らに居を構え、其奴が不要であると自覚するまでの尺度を、貴方がせっせこせっせこ拾い集めてくる破片を底無しに飲み込みながら、一向に満たされることのない貪欲さを見せつけるのである。打ち消す為に貴方がしなければならない努力は、其奴が今以上に"口を大きく広げている"事を阻止するのに支払われる。常に、意識的に何かをしていない限り、其奴はどんどん口を広げ出すのである。その口の中は、無限の深淵であり、無限の恐怖である。その姿を直視できる程、人間は自己に対する強さを持ち合わせていない

Jimi・・・慎み給え!何人たりとも、それに意見を差し挟む余地など無い。下がり給え!何人たりとも、それを表ずる思慮など持ち合わせてはいない。ただそれがそこにあり、ただこれがそこにあった、というだけの、それ以上でもそれ以下でもない。唯一つだけ、曲げようのない事実として思い知るのは・・・悉く人類の持ちうる遺伝子のかけら、その深淵に、映り込み、幾世代にも渡り育まれ、またいつの日にかの邂逅に備え、待ち続け、その瞬間に、偉大なる光を放ち、そして瞬き、数多の物語を紡ぐのだ・・・

姦通・・・手入れの行き届き、特定の所有者が管理している公園の芝生に、そこの管理人が不在である事を見計らって無断で立ち入り、宴会を催した挙げ句方々散らかしっ放しで立ち去る事

少年:少女・・・捜し物はそう易々とは見つからない。そればかりは運命、劇的な、超然とした力のようなものが介在している場合にのみ、道標を現前させる・・・
 ある日青年は、『少年の瞳を宿す』少女に出会った。極有り触れた出会いであり、それ自体何の感慨も生まぬ程の、平凡な出会いだった。唯一つ違っていたのは、そこに、全てが煌めいていた。青年が長らく忘れていた全てがそこにあった。青年が歩み出すに十分すぎる程の光を湛え、静かに佇んでいた。青年が辛うじて『少年』であった頃の記憶や憧憬が、そこに溢れていた。終わり無き冒険心と、果て無き探求心が、枯れていた青年の心を潤した。ここより先へ、今より未来へと突き進み、汚れや恐れを知らず、常に笑みを傍らに、途方もなく澄み切って、青葉の如き清々しさに満ちた・・・
 その『少年の瞳を宿す』少女は遠くを見つめながらゆっくりと微笑んだ。青年は、その少女の見据える彼方を垣間見たい衝動に駆られた。いつでも手に入れる機会を持ちながら、遂に手に入れることの出来なかった彼方にある稜線に、青年は駆り立てられる思いを抑えながら、その『少年の瞳を宿す』少女の傍らに腰掛けた。『僕は、このままでいようと思っている』不意に少女が青年に話しかけた。青年は大きく頷き、二人は微笑み合った。「君は、そのままでいるのが君らしいよ」青年は答えた。事実、それは何よりも切実な、強い願望を含んでいた。"そのままであってほしい"とは、無責任で独りよがりだな、と青年は考え、思わず照れ笑いを浮かべた。"そのままであってほしい。どこまでも曇りのない、純粋な君であって欲しい"
 
懺悔・・・常世にて此を納むるは瞬きなり
       来世にて此を納むるは永久なり

実行力・・・殊に「億万長者」と「犯罪者」への規定準備段階に達した個人が好んで用い、同一の達成感を双方にもたらすことで知られているが、不思議と同一の結末を双方に付与する事は余り知られていない。それ以外の、つまり俗に言う「実行力の伴わない」場合の分類は主に"趣味人"や"物書き"という別称で親しまれる

善良なる・・・何も知らない・事態を把握していない・意識的な関連のない、という形で特定の事象との関係を持ってしまった人々。たとえその中に別の事象で凶悪ぶりを発揮している人間が混在していても、取り敢えずは

知り合いの・・・多くの関係者の証言を統計すると、どうやら紹介者より面白い人生を送っている事が証明されている、極めて象徴的な存在として、不毛な会話にアクセントを付ける素材として、麗しく愛すべき→多分に尾ひれの付いた、或いは捏造した会話ネタの所在を一方的に請け負っている簡易即席エージェント。幸いなのは大抵の場合、実際に存在しているかどうかは問題にされない、という事である(注)あくまでも「会話が盛り上がれば」という前提で

そうは問屋が卸さない・・・市場管理としての情報管制が機能していた(臭い物に蓋が出来ていた)古き佳き時代の名残として、マーケティングの手法が日進月歩で進化する現在では消えゆく宿命にある「問屋」という事業体及び言葉の利用価値。その懐古的な風情・趣を未来に残す試みとして使われる比喩表現の一つ。そのうち「そうは為替ディーラーが取り引きしない」「そうはデパートが小売りしない」という旨に変化するものと思われる

最終的な犠牲者・・・行方不明者の数が死者にそのまま加算されたもの 総合的な犠牲者・・・"最終的な犠牲者"の遺族が日常生活に復帰する迄のかかり経費を背負わされる人

前途ある・・・「落伍者」という本音を包み隠し、取り敢えず当面は普通の生活を過ごして貰う為の"突き放し"

前途多難な・・・優れた能力者に対する嫉妬心から来る"突き放し"

人種差別・・・数十年で還元される借り物を都合良く保つ為に、構造欠落の似通った個体同士がそれぞれの民族的立脚点に依存(優位性と劣位性を盾に)しながら、違う構造欠落を持つ個体よりも自由度の高い生活環境が確保できるように、属性での密度を上げるに最適と思われる決まり事を標準値に引き上げる作業に苦心する様。各々の立脚点が確保されている間(この場合、それぞれに主張できるだけの条件が整っていると言うだけの事であって、それぞれが他に対して優勢である理屈を並べ立てる事ではない)、つまり「対等」ではない関係が保たれている間は、政経策略を含んだ人道的デモンストレーションとしての"友好関係"は良好であるが、密度比率が増加し、数量的に「対等」な立場関係となりうる趨勢を持つ場合、或る特定項目に於ける優位性を無意識に強調する、という手段に移行、属性的に優位な立脚点を確保する方策へと方針転換を始める。或る大国を例に比較した場合、数量が「対等」な関係にある二種類の人種を差別する方法は、1.政治的優位性 2.経済的優位性 3.財務的優位性 4.技法的優位性 5.学識的優位性 6.文化的優位性 7.芸術的優位性 8.風俗的優位性 9非合法取引的優位性というカテゴリ別のフィルタに掛け、優勢比率の高いカテゴリを強化・標準化及び一般化する事で、数的優位性の崩壊に対する牽制を行う(注)サブカテゴリとして「身体的優位性」というのがあるが、この場合主張如何ではカテゴリ2以降に悪影響が出る事が予想されるので、或る特定の競技種目以外には封印するのが常となっている。元々、カテゴリ4以降での優位性が顕著な場合、このサブカテゴリは相対的に低下するのが一般的

傷害致死容疑・・・二人のマイク・タイソンが素手で殴り合う(注)二人のマイク・タイソンが「グローブを装着」し、所定の場所て殴り合う場合、純然たるスポーツへと昇華。この場合、二人のマイク・タイソンの攻撃性の昇華は評価外("ぶっ殺してやる"という意志でも、グローブを填めたら黙認される)

市場占有・・・"天性"と呼ばれる、学習やトレーニングではどうにもならない「商品価値」を纏った新手が"標準化"してしまう事で、ルックスだけを切り売りして食いつないでいた無能の輩を駆逐し始める様

正当評価・・・就寝直前、若しくは起床直後の"はっ"として"ギョッ"とする。不意打ちを食らったが、平然としていなければ、相手に非礼であると思われているもの

筋違い・・・それぞれの持ち回りにすがるあまり、総体的に抱えている問題の矛先を何処か他に押し付ける様。崩壊傾向に陥っている事象に対する様々な見解(具体的な示唆ではなく、あくまでも"理想論")について、出しゃばりな連中がそれぞれに確保してある職務基準点に胡座をかきながら、もっともらしい戯言を口にし、売名行為と自己尊厳の拡大を狙うもの。理論武装の完備した識者全般に備わる基礎能力の一つ(例)「学級崩壊」に対する見解を此奴等に求めたところで"各家庭・関係機関の不備と道徳・倫理観念の衰退"という有り触れたテキストに肉付けされた、自分が賢く映るような雑音しか発しない、というもの

シフト・・・様々な事業の起業及び管理側に位置し、その事業の資本とされる運営システムを充分把握し、市場原理との兼ね合いを考慮した上、今後経営が息詰まる可能性がある事をひた隠しにした上で、役員や友人等に「事業拡大への資金繰り」という名目で、私腹を肥やす目的の借金に対する連帯保証人を依頼し、それらのからくりが露見する前に、物価が低く温暖でそこそこ不便を感じない第三国で隠遁生活を送る事。「社長失踪」の真相であり、事業を興した事に対する謝礼の意味として、残された役員や友人が、安寧な社長の余生を願って喜んで肩代わりするとされている、わけねえだろっ!

時間の問題・・・適度なトレーニングと栄養価の高い食事を摂取し、毎日を規則正しく生活する、俗に"健康"であると認識される人間と、末期癌で余命幾ばくもない人間とでは、"借り物"の駆動能力による差違以外、両者を区分する明確な選別基準は存在しない。一見して前者の方が、より生命力に溢れ、死という現象から懸け離れた位置を保っているかのように思われがちだが、実際のところ、その原則(何れくたばる、という原理)は後者と全く同一に作用している。全物質にセットされ"公平に"起動している自爆装置の発火点が、ほんの少し異なるかもしれないが、それだけの話である

自然消滅・・・連絡を取る気にならなければ接触の場がが持てない二者に於いて、片方が何らかの心境変化により連絡を取る事自体が鬱陶しくなる(厳密には、連絡を取るほどの価値が見出せなくなる)。以前は私情を交えた間柄であっても、興味の対象が外部に移行してしまうことで、実に呆気なくこの関係は維持されなくなってしまう。お互いに共通の話題・日頃の鬱憤晴らしという限られた命題での接触に、双方が"漸進性・進歩性"を感じなくなる事で実現するもの。「相互刺激」の完了した

社会的義務・・・貴方が稼いだ金を、貴方の手許に落とす前に迂回させ、貴方が不満を抱く余地のない、或る決められた場所でスリム化する手続きの。料金別納郵便物が雄弁に語るもの

譲歩・・・双方の引き算で成立する物件。"妥協"と同じく、当人同士が"被害者意識"を持つ事で具現化する

信じて欲しい・・・具体的には何をしていいか分からず(正確には自分を持て余し)、義務的な帰属意識に薄く(似たもの同士でたむろはする)、社会的な責任を負う気もないが、(情報過多によって)虚勢と理屈だけは明晰で、実効性・実現性の低い、方法を模索できない"口先の夢"を語る事でしか自己主張の術を持たない、いわゆる「大人の図体(暴力)に子供の脳味噌(稚拙)」を併せ持つ個体が唯一の拠り所としている"つがい"に対し、唯一その"つがい"を引き留めておく(手元に置いて慰め物にする)最初で最後の暴言。"つがい"が個体の挙動や言動を全面的に信用しなくなるまでは効果がある(暴力に訴え、屈服させずに済む)とされている

失敬・・・他から黙って物をかすめ取って自分の利益に充てる事。翻って、自然が許可した訳でもない、これまた身勝手で一時的な「所有権」を主張する連中の、これまた当てにならない許可を元手に木を切り倒したり、山を掘削したりして、様々な加工品を拵えて金を工面する一連の作業。別名"生産"

地域格差・・・環境・気候・習慣の独自性及び遺伝因子によって、内臓の強度及び骨格の硬度、脳内物質の流出量による格差が、同じ量の筋肉を、同程度のトレーニングや生活習慣で鍛え上げても、自ずと質に開きが生じる(簡単な話だが、両親が"文化系出身の運動嫌い""オリンピック候補級"という二つのタイプから生まれた子供達に、同じ事をやらせても確実に個体差が生まれる)、という事実。そこには「気合・努力・根性・モチベーションの強度・指南役の叱咤」では到底埋めようもない溝が横たわっている。そんなバラつきのある人間を一堂に介して、同じ競技種目を争うのであれば、純粋な対抗処置として"薬物"への依存は妥当とも言える(ライバルを襲撃依頼するよりも穏健ではある)。これは"正当化"ではなく、個人の尊厳を維持する為の純粋な"対抗手段"である。そうして"人生への挫折感・虚無感"を回避し、"束の間の栄光"を手に入れるのだ(その後、露見した際の"誹謗・中傷"となるリスクよりもその瞬間が"魅力的"である限り)

それでいい・・・後任がその浅ましさに閉口する迄の期間、前任の腑抜けた大脳皮質を満たしていた物的充実感。暫くして後任が腑抜けになる事で次の質的充実感の補填拡充が行われ、一般的にこれを「改善」と称する

前例・・・情にほだされた末の"甘い顔"。参入者が付け入る指針となるものであり、且つ戒めとするもの

損失・・・波及する領域的な観点から逆算して、政治家の「口車」とソムリエの「口車」では、同程度の"ちんぷんかんぷん"であっても、ソムリエに乗った方が痛手が少なく、罪悪感も軽く、不測の場合の慰めが容易いと思われているもの。(注)「元ソムリエの代議士」はこの限りではない

資質・・・運動選手・学者・ヤンキーetc...の子孫に同種類の投薬を続ける事で当面は押さえ込む事が可能な"ケモノ性"の一種

シビアな・・・環境・商取引・情報管制等社会資本の整備・能率化に伴う市場成熟化によって、混迷期・拡大期に明確であった民間と企業・素人と玄人等の間仕切りが"仕切"としての効力を発揮し辛くなり(仕切を明瞭にする→一般認知度が低迷する→上乗せできない→金にならない、という悪循環から)、今まで底辺であった民間と素人の発言力が増す事。最終的にはこの"民間と素人"を上手く焚き付け、メディアと直結させる(彼等のアイディアを根こそぎ頂く事で様々なプランナーやエージェントの息の根を止める)方向へと推移する事で生き残りを賭けた。「流通革命」の"小賢しい版"。テレビの公募番組を見て「やられた!」と臍を噛む部分

そんな約束は・・・「大体何の利益も発生しないお前の提案の為にどうして俺の行動がいちいち制約されなきゃならんのだ!」という隠された本音

実存主義・・・「立つ・濡れる」による脳内分泌物依存症候群と、その本質を幾重にも覆い隠したティッシュペーパー。体感主義

躾・・・自分以外の全存在に対する挙動抑制プログラム。最低限他人の感情を喚起させない為のルール、というのが基本方針だが、喚起する事が"主張や個性(他人に迷惑を掛ける・危害を加える)"であると信じ込んでいる親を持つ子供には既に為す術のないもの。遺伝子レベルの差違が明確に顕れるものの一つ

自殺行為・・・もしそれを伴う行為自体が"自己復権手段"として個体が依拠するものであるなら、生き死にの問題に固執する事その行為自体を思いとどまらせようとする理屈は当人にとって「雑音」でしかない。見守り、状況によっては「骨を拾う」位の心境でいる方がより漸進性があると思われる。どちらにしても"後悔"を伴うのなら
気楽・・・単位当たりの固体に干渉する外的エネルギー質量が低い様子。通常"天涯孤独で知人・恋人もいない"状態を基軸として、負荷等級S「両親・我が子→干渉指数80以上」 等級1「恋人・連れ合い→干渉指数60以上」 等級2「親友・親族→干渉指数40以上」 等級3「知り合い・趣味仲間→干渉指数20以上」 等級Z「利害関係者→干渉指数10〜(場合によって)90」を割り出し、数値化して「〜の為」という言い訳の多寡を測定し、総得点で40以下(親友か親戚が存在するだけ)で、数値低下に伴う(離別等に対する)内部昇華度合の高い場合に相当する

質的に・・・「量」に対する不満を周囲から糾弾されかねない場合に前もって"緩衝剤"として重用する事で有名な 量的に・・・「質」に対する不満を周囲から糾弾されかねない場合に前もって"緩衝剤"として重用する事で有名な(両方共に、"合コン"等の主催者側が使用する頻度の高い事が証明済みの)

清純な・・・人間に備わる生理現象の実に90%以上をカットできる能力があるとされる、人間離れした容姿を持つカテゴリーの中でも、最も誤解されやすい形態の一つ。周囲の(あんな事はしていない、という、一種の強要にも近い)集束した願いによって益々自分自身を押さえ込み、、そのストレスにより"薄命"となる宿命の

備えあれば憂いなし・・・精神や肉体とは別に、身の回りに当面の保護処理と蓄えを施してある事に安心し、日常に対するテンションが低下、有事の際にその用意周到な様を縁者が恨めしげに眺める有様となるもの。その教訓として「備えていても"死ぬ"奴は死ぬ」という摂理を縁者に植え付ける。「どんなにタンスを補強しても、どんなに食器棚を頑丈にしても、外で死んでりゃ世話ない」。それなら無意味に備えない方がいい。言葉ほどの価値は残っていないのだから(工事現場のヘルメットでも被って通勤するのなら話は別だが)

天災は忘れた頃にやってくる・・・個人の危機意識レベル低下及び人口密集比率での総体的意識の低下に伴い、効果的な種族淘汰を見込んで自然界から派遣されるもの。危機意識保持率の高い地域には訪れにくく、「〜のはずがない」とタカを括っている人間が多い地域に訪れる、という実に優れた特性を持ち、過去の"やっつけ仕事"のお陰で犠牲者を増やした金満企業への制裁をスムーズにする作用がある

収穫・・・育てて殺す。殺した金で新たに育てる。又殺す 乱獲・・・育てず殺し、殺した金で殺す道具を改良する。改良した道具で更に効率よく殺す。ここ迄は"必要悪"として黙殺されているが、絶対数が目減りし始める・その生き物を"可愛い・可愛そう"と言い出し始めた闇雲動物愛護団体の非難が出始める事でこう位置付けられる

自殺幇助・・・植物人間という名目で落とせる様々な医療費での実入りを自ら断ち切る度胸のある、若しくはその死に損ないを生かしておく電気機器類を稼働させておけるだけの維持費を親族が負担できる見込みのない事を察知して

自殺ボックス(新規事業)・・・建前上は"自殺志願者を、なるべく他人の迷惑のかからぬ方法で自己駆除できる場所を提供する"事であるが、その目的は"そこで自殺志願者に自分の人生を振り返らせ、生きていればこれから楽しめるであろう様々なアトラクションを想起させ、踏みとどまらせる"事である、従って、「人生に何の希望も見いだせない。俺は死にたい」と訴える人間をこのボックスに幽閉させ、その行為に及ぶ前段階で七面倒くさい手続きを色々踏ませ、様々な死に方を遂行する迄の恐怖と痛みを映写し、最後に「この痛みや恐怖より、生きている方が辛いのか?」という問いかけを行い、それでも食い下がるほど強情な連中に対し、恐らくかなり辛い死に方であろう「水攻め」により死の一歩手前まで追い込んで(死なないように別室でモニタしながら)、生還したところで賞賛を送る事によって自殺志願者にそれとなく"生に対する自信"を植え込み、興奮さめやらぬ内に肉体労働派遣先の斡旋を行えば低賃金の労働力を確保できる、更に付け加えるなら「水攻め」で死にかかっている自殺志願者にCGで作り上げた「神」を特殊効果で出現させる事で「人の為に」人生を捧げるボランティアを労せずして手に入れる事を可能にした画期的な(最も、この機能の一部分はマスコミ媒体の"救済名目"番組が既に稼働域に達してはいるが)

処世術・・・自分に降りかかったトラブル等のイベントに対して、発生から終息に至る行程を"フローチャート"に置換し、蓄積されている以前の参照データと比較、最善な対処法を選別し、より沈静化させる方向へ流れるように細工をする事。この細工は、何も「人間性・社会性」等に起因している協調性を重視しているものではなく「いい加減・支離滅裂」という場当たり的な自己逃避である場合が多い。いずれにしても、一度でも"流れが通ってしまった"という過去の実績のうち、最も負荷がかからない(責任問題をうやむやにする→都合良く他人に転嫁する→抽象的で象徴的な言い回しで周囲を煙に巻く→争点をすり替える、という)順からマネジメントが行われる。気の毒なのは「自己責任に対する釈明若しくは謝罪」という参照データが存在しない事である。周囲がその人物に対してこれを求めなかった(立場的・地位的な問題がそれをうやむやにしていた)事が原因として挙げられる。いずれにしてもこの手は"自己責任"を全て外因で括れるだけの知識と開き直りがあるのだから「人間性の追求」に及んだところで、無意味であることは言うまでもない。これこそ"相手にするな"という事である。「地球は私の為に回っている→貴方達は私の為に生きている」と言いかねないから

首都機能の移転・・・国の潜在的A級戦犯を地方に拡散させる事で外敵に対して攻撃対象物の絞り込みを困難にし、その結果憂慮されていた局所的な壊滅を防ぎ、国土を全域に渡って滞り無く焦土として頂く事を可能にした、その方が心情的に"納得のいく"結末が約束される。他国に蹂躙されるよりは死を選ぶ方が潔い、という事

そんな事・・・何かしらの実入りがあると期待して聞き入っていた相手の話の内容に対して、結論として自分を戒める二つのパターンに分別して用いられる事の多い常用語。一つは「そんな事ない」という使用方法で、その相手には到底解らないだろうとタカを括っていた真意をどういう訳か何となく見透かされそうになった場合に"牽制"として用いられ、もう一つは「そんな事で〜・そんな事の為に〜」という使用方法で、わざわざ作業を中断して聞いてしまった自分の優柔さと相手への憤りから用いられる

占有物件・・・名字が同じになった"赤の他人"。その双方が双方共相手に対して抱いている位置・力関係。相互で「隷属部分」と「支配部分」を掌握させる事で維持される

占有率・・・(参照→占有物件)占有物件同士が、協議の末その立場を放棄するに当たり、お互いの同意で購入した日用品や耐久消費財の分配方法を明確にする「私の物!」という、不確定性に根付いた"感情的な"主張。折半で購入されている場合、等価交換制が適応(「俺はビデオデッキでいいから、冷蔵庫はお前いいよ」という類)

誠意・・・公的機関の全面介入に至らない民間・私的な取り決め事に補填されたもの。調停を果たす目的で用いられ、初段階は(余り実行性はないが、アプローチとしての順序から)"精神性"に則り、それを参考にした反応適合レベルに応じて徐々に物的要素へと変化し、最終的(結果的)には「封筒に入った札束」へと落ち着く迄の。納入品目を特定銘柄に絞り込む事で発生する私的利益還元率の比較を行う為に、前もって複数競合相手に求める事で知られている。通常「誠意を見せて下さい」というパッケージングでの使われ方が最もポピュラー。直接請求が"禁固刑"となる危険性を考慮し、「執行猶予処分」にまで引き下げる目的で利用される事の多い常用語(露見した場合の"保険"として機能する事を見越して)

主体性・・・強度(テンション)と動機(モチベーション)という観念への個別化作用(独自性)がもたらすとされるもの。教育による"二次的"な副産物で、無意味な人間生活に対して"自律的に"意味を模索・設定させる目的で幼年・青年期にかけてインプラントされるもの。つまり、一人の人間として"何をしているか・何をしようとしているか"で周囲が付ける通知票の配点を上げる努力を進んでさせる為の「美徳」。クルマに搭載されている「自動航行型ナビゲーション・システム(目標対象物への検索を自動で行う)」のようなものであるが、実物との最大の違いは、「対象物の設定」をも自発的に行わなければならない、という点である(親御さんが"目的地対象物"のセットをしてくれている場合を除き)。しかもその「目標対象物」は"社会"というマップの中で、往々にして"不可抗力"によりその位置関係を見直さなければならない必要があり、その度に再検索をしなければならない(挫折等による航行不能を回避する目的)、という仕組みを持つ。しかし、その方がより"強度・道義"というポインター(自分の方向を示す矢印)は強固なものになる、とされている

仕込み・・・本当の素人は"計算"が出来ない。"演出"が効かない。"出過ぎたマネ"をしでかす可能性がある(収録が"生"である場合は尚更→カメラの前で歯止めが効かなくなるかもしれない)。純然たる目的意識(のど自慢・素人物マネ・差込笑い等)がある場合を除き、ハプニングを売りにする番組であれば益々危険性は高まる。出演する芸能人に対するガードも気を遣わなければならない。そこで、予め用意された彼等を投入する事によって、本当の素人を"牽制・コントロール"し、場の収拾をつけやすくする、バラエティー番組にとって"芸能人"よりも重宝し、持ち出し金のかからない"スーパーサブ・エキストラ(収録前に名刺を撒いて吹き込んだ連中→プロダクションから派遣されている場合もあり)"

社会性・・・似たようなモノを欲しがり、似たような情報のやりとりをし、似たような時間を共有し、似たような服装と、似たような嗜好と、似たような思考の内部に潜む「見識・知識・良識の画一化→常識の構造化」を推進する道義として、人間の基本コンポーネントに組み込まれている、と思い込ませる事で、何かしら他に主体のある、と思われるものに寄り掛かる体質を構築させておき、純粋挙動を示す(属性への反発を試みる)連中を公安に突き出す為の先兵を育成しておくシステム。これによって「この範疇にいる人間の欲望を特定し、予めその欲望の為に"何をすべきか"、という"アメと鞭"」の関係を成立させる事で、大方の人間は隷属に対して不満を持たない(持てない)、とされている

戦闘・・・遙か以前に縁のあった、現時点で見ず知らずの他人との「理性と知性の削り合い業務」。"殺して然るべき人間が、殺されて然るべき人間を殺す"と言う絶対法則の中で、一途の相対性を見出す為に組織的な運営が成され、おのれと、それに付随する様々な観念・思念と、仮定された未来像とを如何に故郷へ置いてくるかで全体の士気意欲に関わるとされる。「戦争」と言う、極めて遂行率の悪いギヤを滞り無く前方へ駆動させる「機械油のしずく」としての使命を個に全うさせる為に、ジェネレーター(国家)側が強いるもの。人間が"礎"として唯一機能する有意義な時間・空間を提供する事で知られている

先走る・・・想像力旺盛な事が災いし、実存域に肉体を遺したまま、未来のベクトルに於ける現在の願望が達成・成功した場合の二次的な楽しみを精神が味わい始める事で、実際の行動に計画性がなくなる様。コンパスを持たずに航海へ出て、未来の後悔へと結びつくもの

条約・・・ピンで活躍している芸人のうち、キャラクターの似ている者同士が漫才コンビとしてデビューする為に"ボケ"と"ツッコミ"の密度・強度配分を決定する、と言うのとシステム的に同一。様々な条約は、相手国の出した"ボケ"を、一方の国が上手く返す事で双方の国益を安定・向上させると考えられている。この条約なしに、他国の出した"ボケ"に対する"ツッコミ"の強度を見誤ると、双方の間で"総体的な抗争"へと発展する事となる

社会人になったら・・・世間的に認知されていない・周囲に理解されない・疎まれる傾向にある(マンションの一室で売買契約のなされるような)趣味を持ったことに対して、強制的に昇華される(止める目途が立つ)ものと見込んでいる自己環境変化への希望的観測から、今現在の愉しみに於ける道義を正当化させようとする際の「近未来の負荷」主旨説明(注)その負荷が成立したと見なされた後も継続される趣味への対処方法は今のところ存在しない。身内の苦悩は増幅の一途を辿る

(失(墜)落)・・・(設問:入れ替えよ)1.絢爛極まる超豪華旅客機の 2.最新型ジェットエンジンに 3.カラスが突っ込んで 4.報道特集番組が製作される運びとなる
(解答:1=高度経済成長の波に乗って躍進を果たした巨大企業 2=市場のニーズを常に先取りしている、という思い違いをしている事業形態 3=市場過渡及び小回りの利くベンチャーの台頭で 4=○)

全人類の平和・・・当たり前の顔をして存在する、一人の人間を生かす為に払われている"犠牲"は計り知れない。それが"犠牲"として認識していない・自覚できないのは、彼等が「言語を介していない」という事実が、耐え難い苦痛と悲鳴を理解できない、という放漫さから来ている。かつては水と光を湛え緑を育む大地であり、夥しい生物の安住の地であった場所に、人間は建物を拵える。アスファルトを敷き詰める。これは本来"思考種族間での暗黙の了解"のみの正当性で帰結できるような振る舞いではない。喜ばしい事ではない。誇れる事でもない。全生態系に対して、人間と呼ばれる愚種族の恥ずべき愚行をアピールすることでしかない。その醜い生き様を宣伝しているだけである。この頭でっかちな思考種族は、より多くの犠牲を伴わなければ生きていく事が出来ないのだ。"よちよち歩き"もままならないのだ。より醜い生き物は、より多くの犠牲を強いるのだ。この道理からは免れようがないのだ。つまり、人間というのは、全生態系の中でも"抜きんでて"醜い種族なのだ。その事実を蔑ろにし、この上にまだ"全体性"として標榜する事があるのなら、更に多くの犠牲を他種族に求めるしか方法はない。そうこうしていれば何れ、その多くの「人間を生かす為に払われた犠牲」は必ず報われる。急激であるか、おもむろであるかは問題ではない。何れ滅び行くのなら、この"うそっぱち"を美徳として標榜するのも悪くはないだろう。だが、これらの摂理が顕現化して機能するにはまだ猶予がある、と見ていいかも知れない。何故なら、「民族イデオロギー」や「宗教」、「歴史的怨恨」等が、"優勢種純粋淘汰理論"として現実的に機能するものであるからだ。これにより人類間の犠牲も、その調和を以て保たれるはずである。従って、真の破滅は、この"淘汰理論"が人類間の協議で還元・平定された時に訪れるのだ。束の間の平安をもたらしながら・・・まあ、欧米諸国が「実存利害追求を優先させた中途半端な正義」を振りかざしている限りこのバランスは崩れないで済むが

正直者・・・一般的に「バカを見る」事で知られているが、正確には"バカ故に正直"という逆説論理を内包している。"バカ"あっての"正直者"なのである。つまり、正直者は常に"バカ"を先行して(使いに出して)成り立っている(この場合の"バカ"とは「計算が出来ない・向こう見ずな・冷静さの欠如した」当座確実に他人の嘲笑・失笑を買う状況を率先して生み出す度合を指すもので、本質的なバカとは多少異なる)。人の内に宿る"バカ"因子が、或る状況下で"正直"を主張する為に、その存在価値を発揮するのだ。この論理を鑑みると、"バカ"抜きの正直とは、単なる"臆病者"であるという事に気付くはずである。計算が出来れば、わざわざ非難を浴びるような場所で自己主張等はしないものだ(それに費やされるエネルギーが"その場限りの自己満足"へとすり替わるのなら、それはそれで結構な話であるが)。それが"美徳"として他人の共感へと成り上がるのは「テレビ番組・映画→過去の遺物」という、リアリティとして、或いはリアルタイムとして実存への影響が出ない「無害化された状態」の中だけの話である。故に、実存の社会に於いて集束的利害が明確に示される状況等では、専ら「交渉の場に"正直者"を招聘するな」という通俗的理念として定着している。「仮想的映像美」に彩られ、自己達成の手段として最も望まれるべき"理想郷"として、観念的に刷り込まれているこれらの主張は、現実として、その後に控えているであろう様々な弊害・犠牲については何も言及されてはいないのだ。その一言が波及し"数十世帯が路頭に迷う・数人が罷免、若しくは自殺に追い込まれる・経済的打撃を蒙る"事までは考慮されてはいないのだ。その弊害・犠牲が集団的な怨恨へとすり替わり、やがて「主張」を吐いた当人に"お礼参り"として、時に命の危険に晒される事も無いとは言いきれないのである。これらの検証・事実から鑑みると、種族的な比率として、欧米人に"バカ"が多い(バカ好みの映像を作る技術に長けている)由縁が汲み取れる。俗に「バカな奴だ」と他人を非難する人物こそ、自分が主張できないもどかしさと臆病さ、主張した場合の非難に対する耐性のなさを他人に当て擦って気を紛らわしているに過ぎない「バカを詰る大バカの」所作と言える。黙っていれば"臆病者"で片付くのにもかかわらず・・・

情が湧く・・・既に理解済みの事象であり、行為に至る結末も十分把握できているにもかかわらず、現実の行動を著しく阻害する恐れのある、後天性"自律起動型抵抗回路"の一種。食用のつもりで来た筈の「にわとり」に愛らしい名前を付けてしまった時点から回路の構築が自動的に行われ、一人部屋の机で大泣きしている時に抵抗係数は最大値を記録する

スイッチ・・・人間存在が物理界に生まれ、その黎明期に於いて、外界との密接な繋がりを段階的に示唆する極めて重要な役割を担うものの総称。行動の規範に社会的秩序を付加させる崇高な目的を持ち、属性領域に於ける自己の関与状態を自覚させ、自律行為上で周囲との関わり合いを認識させるという総合的な情操教育をも包含している。「部屋の照明」「電話」「玄関の呼び鈴」「公共バスの降車ボタン」へと発展し、自律行為が及ぼした影響を反復学習、適時利用を喚起させる。が、その反面、それを起動させる事への実存性が、脳の快感物質を多量に分泌させる働きがあり、この時期に於ける周囲の適切な対応(叱咤・窘め)が蔑ろになる事で「愉快犯」を増大させる元凶となっているのも否めない事実である。これらは「イタズラ」「嫌がらせ」という段階でレベルアップ、社会的には最も憎まれる傾向にあるが、精神的な苦痛に終始する為、大した刑罰に処せられない極めてたちの悪い趣味を確立する事になる。一つ提案だが、これらの「愉快犯」には、それを顕在化させた嗜好物を留置場に置き、当人が飽きるまで放ったらかしにするのも一つの対応策と思われる。"電話での嫌がらせ"で捕まったのなら、留置場を電話だらけにするのである。こうして当人が「電話なんて見るのもイヤだ」となるまで追い込むのである(他の嗜好物にシフトする危険性はあるが)。この場合は見極めが肝心である。「他人への危害」が脳内の快感物質を流出させるのか、それとも「何かを起動させる事」そのものの行為がそうさせるのかを。前者は何か他の要因が絡んでいるとして、もし、後者である場合、留置場を『スイッチだらけ』にしておくのも一つの手である。目的が記されていない、ありとあらゆるスイッチの類で部屋の壁を取り囲み、被疑者への新たな教育を施すのである。例えば、あるスイッチには「殴られる」、あるスイッチには「便器が出る」、あるスイッチには「食事が出る」、あるスイッチには「水浸しになる」、あるスイッチには「タバコが一本出る」、あるスイッチには「マッチが一本出る」・・・と設定しておき、被験者に思索環境を提供、身をもって体験させるのである。その極限状態を経験させる事で「何かを起動させる事」への道義的な抵抗感を被験者に植え付け、自ら「何かを起動させ事」という行為自体に細心の注意を払うように再教育を施すのである(小説や映画のネタになるぞ。きっと。「スイッチ症候群の憂鬱」なんていうのはどうかな?)

思索・・・1+1=2である 1+1=2ではない という、同一と見なされない二つの解答に対し、自分で納得のいく一通りの解釈を組み上げ、一つのパッケージとして脳内ネットワークの端っこへ追いやる迄の過程で、現実・肉体的な自律行動が凍結したままの(意識が覚醒している状態で肉体支配を副交感神経に譲渡している→見た目では"ボーッ"としている)状態を指す。ネットワークとして確立する前に不意な周囲からの叱責を受ける事でご破算となる場合が

執筆・文筆活動・・・一般的には「不規則な生活を強いられる業務形態」と思われているが、実際は少し順序が異なり「不規則な生活を精神が無意識に望む」事で歯車の噛み合う業務形態。肉体は当然ながら疲労を抱え込む。物を食べるだけで内臓を休ませなければならないからである。その疲労を解消しようと横になり、うとうとし始める。すると、肉体意識が副交感神経へと入れ替わる過程で、"待ってました"とばかりに細胞が活性化され始め、肉体が目覚めている時には思いもつかなかった素晴らしい閃きをしてしまうのだ。素早く飛び起き慌ててペンを執り、一頻り書き殴り終えてまた横になる、するとまた素晴らしい閃きが・・・それを幾度となく繰り返しているうちに夜が明け、カラスが一層眠りを妨げ、気が付くと脂っぽい顔をして空きっ腹を抱える始末(これを執筆しているのもそんな状態から生まれている)。この一連の作業行程は、執筆のみならず感覚感性的創作活動特有の症状でもある。だからやたらと顔色が悪かったり、体調が悪かったり、寝癖頭だったりするのだ。「起きてからやればいい」と思われるだろうが、困った事に翌朝起きた時には、そのような閃きが昨晩在ったことなど綺麗サッパリ忘れてしまうのである。それと、よく言う"創作活動家の行き詰まり"とは、単にアイディア不足から来るだけでなく、無尽蔵・無造作に湧き出るアイディアを「それ程大したものではない」と自分に言い聞かせて寝るべきか、それとも奮起して机に向かうべきか、という葛藤から生まれる苦悩の場合が多いのである。これじゃあ到底長生きは出来ないわな

主義だから・・・"怠け癖"を他人に悟られない為の、使いでのある

市民権・・・通常とは若干異なる仕様を持つ個体を、通常の個体に認知させ(煙たがらせ)る儀式。「卑屈行使権」。公的に認められた"腫れ物主張"権利。貴方が無関係であるなら、解ったフリをして頷いておくべきである

前近代的な・・・「対象年齢2〜6歳未満」と書かれた乳幼児の玩具

指図・・・持ちうる才能の有用性を本人も自覚し、他人の提言で腰を上げたと思われるのが大して厭ではない場合に限って承るもの

存在意義・・・「水神様、おらぁ達の土地に雨を降らせて下せえ!」「お願げーしますだァ!」「土地はどんどん痩せてっちまうし、禄高は上がるし、これじゃあ食っていけねーだ!」抜けるような青い空を恨めしげに眺めながら、農民達は、ただひたすら"懇願"を続けた。この数ヶ月、一滴の雨も降らない天候に、土地は干涸らび、土壌は痩せ細り、農民達も日干しになり、虚無感と共に襲い来る恐怖に対抗する手段として、ただ"祈る"ことしか方策がない始末である。か弱き生物は死に絶え、強き生物も、糧が干涸らびた今となっては、その能力を同種族に向けるしか生き残りの道は残されていない。この"狂気"をつぶさに見つめていた"水神"は"何か良い方法はないものか"思案していた。"彼等を見殺しにすると、私を奉っている祠を管理する連中がいなくなってしまう。それでは、何の為に「水神」として人々に尊ばれているのか、示しもつかない。すわ!"彼は一念発起し、枯れ果てた大地に雨を降らせる算段を取るべく、天上にある"天候管制センター"へ出向いた
 水神「あのー、すみません。雨を降らせたいんですけれど、降雨管理課はこちらでよろしいんでしょうか?」受付「はい、承ります。ただいま担当の者を呼んで参りますので・・・」程なくして、『降雨管理部広報室長』と名札の付いた恰幅のいい男が現れた。男「用件は何だね?」水神「私、西方の地で水神をやっている者なのですが、ここ数ヶ月、私の担当している地域に雨が降らないんです」男「それで?」水神「日照りは作物を枯らし、それを糧としていた動物達は次々に死んでいきます。このままでは担当地域の動植物は死滅してしまいます」男「なるほど。君はそれを不服としてここにやってきたわけだ」水神「その通りです。私は、然るべき手続きを踏んで、担当地域に雨を降らせたいのです」男「君は、今の職についてどの位になる?」水神「さあ、よく覚えていません。ただ、私の前に、かつて水神をやっていた者がいた、という事は知っています。彼が残した様々な足跡を元手に、私が今の職を負っております。単に"私がそこにいた"という理由があるだけなので、どういう形で、どういう訳で私が水神をやっているのかという道理までは知りません」「そうか・・・どうやら君は根本的な理屈を把握せずに今の職務を負っているようだな」水神「どういう事ですか?私は自らの職務の中で、常に不備がないよう心がけているつもりです。今回ここへ出向いたのも、多くの生命の切望を放置しておけなかったからです。私には彼等の望みを叶えられる立場におります。その能力も備わっていると自負しております。彼等を助け、彼等を励まし、彼等に笑顔を取り戻させたいが為の行動です。彼等を見殺しにして、何の為の職務でしょう?何の為の水神でしょう?」男「確かに、君が水神としての職務を遂行する一つの手段として、生物達にもたらす恩恵は君の立場を最も輝かせるものだ。君の実存性、君がそこにいる事への充実感は"誰かに何かを"示せる力として君自身がそれを望んでいるのもよく分かる。だが、その束の間の実存性がもたらすものは・・・」男はそう言うと、背面に設えた、畳にして二畳ほどもあるスクリーンのスイッチを入れた。水神「それは何です?」男「これは、君が西方に雨を降らせる手続きを行った場合の予想天気配置を示したものだ」水神「どんな変化があるんです?」男「西方に降らせる雨をもたらす雨雲は、現在東方域を就航している。この雨雲を西方に呼び寄せると・・・」水神「確かに東方は日照りになります。だけど、東方はもう十分潤っているじゃないですか。それに、そんな大量の雨雲を調達したいわけじゃないんです、ほんの少しでいいんです」男「雨雲を運ぶのは風の流れだ。東方の雲を西方に呼ぶ為には、気流を変化させねばならん。ほんの少しだけ雨雲を、という訳にはいかんのだ」水神「それでは、東方の雨雲を全てこちらに頂けませんか?西方は逼迫しております。だが、東方には若干ともゆとりがあります。ここは、ギブ&テイクという事で」男「いいかね、東方の地は昨年大干魃が襲い、夥しい餓死者を出した。東方の水神はその痛みを堪え、屈辱に耐え、抗い難い罪悪感に身悶えしながら今の実りを迎えている。東方はこの雨で潤い、豊かな土壌を作り、長い年月を掛け元の繁栄を取り戻すのだ。君は、自らの達成感の為に東方を犠牲にしようとしているのだ」水神「私は、自分が出来うる限りの事をしようとしているだけです。それが罪なのでしょうか?人々の懇願を聞き入れ、生命の悲痛な叫びを肌で感じ、それに答えるのが水神だと私は確信していますが、それは間違ったことなのでしょうか?それすら許されないのでしょうか?」男「そんなに言うのなら、これを見給え」男は、何やらキーボードのようなものを操作し、机に埋め込まれたモニターに映像を投影した。そこには、"西方地域に雨を降らせた場合No.91112321"というタイトルが映っている。程なくして映像が流れ出した。そこには、東方に降らせるべき雨を強引に西方へともたらした為に起こりうる弊害が記されている。男「例えば、この"影響推移"という項目を見てみよう」モニターはタッチスクリーン方式になっている。男が押した項目が浮かび上がり、映像が流れ始めた。水神が招き入れた雨のお陰で、西方の人々は歓喜と感謝の声を挙げ、動物達もはしゃぎ、植物も息を吹き返している。生物が皆活き活きと躍動感に溢れている。次の実りには、水神への感謝の宴が催される運びだ。水神「これが私の、皆の求めているものです。これ以上のものを私は求めません。人々の笑顔、喜びが、私にとって何よりの喜びです」だが、映像はすぐに切り替わった。そこには、当然降るべき地域に降らなかった雨のせいで、今現在西方に展開されている狂気が再び訪れようとしている。東方はこの雨を待ちわびていたのだ。しかし、西方の思惑で、西方の目先の利得のせいで、東方を潤そうとしていた雨はお湿り程度の量しかもたらされず、人々の怒りと不安はピークに達していた。そして、人々の炸裂しかねない凶暴な感情は、潤っている西方に向けられたのだ! 男「君は知らないだろうが、東方には実に強大な軍事国家があるのだ。彼等は君の地域のような農耕・牧畜主体の民族ではない。自分の土地が潤わなくなったら、彼等は隣国に攻め入ることも辞さないのだ。そして、その暴挙へのきっかけを与えたのが、君達の目先の充実感、という訳だ。次に"弊害状況"を見てみよう。西方は土地が潤い、豊かな実りを挙げ、平穏に人々が暮らしている。同時に東方では"西方侵攻"の準備が着々と行われている。東方の民は農耕具を武器に持ち替え、西方の地を手に入れる為に旅団を組織する。極めて貫徹性の高い大義を掲げ、彼等の意気は揚々とし、その士気は"狂気"とも言える凄まじいエネルギーを纏い、叩き伏すべき相手を見据えている。だが西方では、隣国でその様な動きがあるとも知らず、ただ陽気に浮かれて時を過ごしている」水神「・・・・・」男「次に"集束結果"を見てみよう。東方よりの"狂気の軍団"は、猛威を振るう伝染病のように、何の躊躇もなく西方の地を殺戮で埋め尽くす。西方の地は皮肉にも、今や雨のように降り注ぐ西方の民衆の血潮により、土地は更に肥沃になる。西方の民の血と肉が大地に染みわたり、虐殺の限りを尽くした東方の民衆を潤す。君を讃え、崇め、もてはやしていた西方の民は、蹂躙した東方の民衆に肥沃な土地を提供する為に、やがては土の中で微生物によって分解される肉片へとなり果てる。この事実は、君が東方に降らせるべき雨雲を西方に招聘したが元で起こるべき事象を顕現化したものだ。受け入れる、受け入れないは別として、それが結実するものを理解した上で、それでも君はその充実感と、やがて襲い来る殺戮の直中へうち捨てられる民衆への束の間の至福を尊重するのであれば、私からはもう何も言うべき言葉はない」そう言うと男は"降雨変更申請嘆願書"と表題のついた一枚の紙を水神に差し出した。男「この用紙に必要事項を記入し、降雨変更局に提出すれば、君の願いはたちどころに叶い、西方の民は君の素晴らしい行いに感謝するだろう」水神は呆然とした表情でその用紙を見つめ、片手で拾い上げ、すぐさまぐちゃぐちゃに丸め、握りつぶした。彼は小刻みに震え、男を恨めしげに見つめながら、掻き消えそうな声で呟いた。水神「もし、もし仮に、それが、貴方の言う事が、それが、そうする事が正しいとして、いや、そうしない事が正しいとして、いや違う、正しい正しくないではなく、ただ私が、それに同意するとして、一つ、教えて欲しい。私は、水神は、一体何の為の水神なんだ!俺は、俺は、誰の為にも、何の為にも、全ての役に立たない、単なる"お飾り"の水神なのか!それなのに、人は敬い崇め、畏れ慕う。それなのに、俺は、俺は彼等の為に、身動き一つ出来ないのか!彼等の為に報いてやる事も出来ないのか・・・こんな無能な、こんな無力な水神を、それでも、何かしてくれると信じている人々に、何もしてあげることが出来ないなんて・・・」男「そんなに自分を追いつめることはない。君はまだ若い。まだまだだよ。君の激昂した疑問は、これから長い年月を掛けて、君自身が身にしみて分かるものだ。君のやるせない気持ちはよく分かる。別に、周囲に対して鈍感になれ、と言っている訳じゃない。彼等の懇願を無視しろ、と言っている訳じゃない。君の感性を状況に慣れさせろ、と言う訳でもない。君は、今の君のままで十分水神だ。それ以外何者でもない。君は、何もしていなくても立派に水神だ。それは否定のしようがない。その気持ちは非常に大切だ。だが、君の考えた、思索した末の挙動一つで、思ってもいない顛末を全域に及ぼすのだ。もし、君が何もしなければ、きっと君は後悔するだろう。しかし、それは君自身が起こした顛末に基づくものではない。もし、君が状況を変化させれば、束の間でも目の前は綺麗に片づく。しかし、君のアクションが、思ってもいない災いとなって、更にパワーアップした苦しみとなって君自身に降りかかるのだ。今後悔するか、それとも後になって死ぬほど後悔するか、という、どちらにしても分が悪い選択しか君には残されていない。だが、その中で、君が出来る事は、滅び行く命、生まれゆく命の移ろいを見つめ、時にその痛みを共有し、時にその喜びを共有し、生命の変遷を、ただ黙って見守る事なのだ。そこには"後悔"など発生する余地もない。それが"水神"なのだ。今は理解する耳を持たなくても、きっと分かる日がやって来る。さあ、君は西方の地に戻り、生命の、種の痛みを感じ、見守ってやるのだ」水神は頭を抱えてうずくまった。誰にも理解されない苦しみと悲しみに、ただ耐えるしか術はなかった。何もしてやれない不甲斐なさと、何もしようがない無力さに打ちひしがれながら涙を流している水神の目に、更に悲痛で苦しみに歪んだ表情を浮かべている男の姿が映った。男は、水神の内面に湧いてくる例えようもない苦しみと悲しみを、水神本人よりも深く理解し、それでも水神を突き放さなければならない自らの役職を呪いながら、水神をそっと見守っていたのだった。水神はその男を理解した。数々の苦しみを抱える自分のような者の為に、自分自身も苦痛に苛まれながらも、事務的に対処しなければならない男の心情に触れ、男の存在がハッキリと理解できたのだ。水神の胸には、別れ際に男が呟いた言葉が妙に印象に残った・・・「ちょうど去年の今頃、東方の水神も君と同じようにここへやってきた。それが務めだよ」
 当然の如くあれから西方に雨は降らなかった。雲も、その欠片さえ訪れる気配もなかった。動物、植物、貧しき者、弱き者達は悉く死に絶えた。富める者達は水神を祀った祠に集まり、口々にあらん限りの罵声を浴びせ、挙げ句には彼を讃え祀っていた祠をメチャメチャに打ち壊した。そして彼等は枯れ果てた大地を後にした。渇いた風が砂粒を巻き上げ、生命の営みを、息吹を、歴史