「た」の暇潰し定義達
対極・・・全ての存在の持つ"循環する事象"としての形質を平面(二次元)に置換し、振幅で認識できる範囲を中央より分割してとりあえず事象の白黒判断をつける事。あくまでも分離した双方を時流に沿った形でカテゴリー的に分類する事を前提としているので、永続的に同じ規範を用いることは不当と思われる。「悪い」「善い」ではなく、「悪いかも知れないかも知れない」「善いかも知れないかも知れない」と本来は用いる。断片として事象を瞬間的に捉えるのには有効であるが、時間的振幅や多くの要因を含めると一方的な判断基準を永きに渡って使い回すのは問題である。往々にして大勢が帰属する社会秩序がこれを誠の理のように行使するが、行為あっての分割か、分割あっての行為かも曖昧である場合が多い。一概に決定権全てを依存するのは考えものである。貴方の社会生活全般を担っている人々が"知識と虚偽"を振りかざすだけの単なる"大バカ集団"ではないとは限らない。最悪の場合貴方はその"大バカ集団"に全てを委譲して安心している"救いようのない大バカ"の一人になってしまうかも知れないのだ。貴方に残された唯一つの救いは、"クソの擦り合いと溜まりに溜まった膨大なツケ"を手際よく取り繕い問題の矛先を未来に向けてそしらぬ振りを決め込む聡明で臨機応変な頭脳を持った「お偉方」を、貴方自身が「私の人生を安心して任せられる優秀な人達である」と思い込むことだ。思い込みは多分「悪い事」ではないかも知れないかも知れない・・・
同一・・・時間的振幅が混入した対極。時間経過に従って、振動が緩やかになり、分割している基準値測定外に追いやられる事で発生
男性・・・衝動に起因する感情喚起以外にはあまり意味のない生物と概ね認識されるも、この生物によりもたらされた様々な回りくどい環境措置により辛くも生存の事由は保たれている。その多くは、自分の所有物と見なされる存在を、誂えたテリトリー(棲息域)内に囲わせ、食い扶持を宛い、外に対し力及びその所有物を誇示する性質がある。それによりもたらされる主張が屡々外へ曲解されて伝搬される。一般的にそれを"男らしさ"と呼ぶ。常に外に向かって主張を繰り返さないと女性によって易々と生存の事由を剥奪されかねない脆弱なる生き物。「戦うこと、持つこと、抱くこと」が生き甲斐で、何事にも勝利することが全てと思いこんでいる実に幸せな生き物→その対象物を失った場合、屡々自分の所有物に対して八つ当たりや鬱憤を晴らすか、若しくは逃避対象物(飲む・打つ・買うという、例のアレ)にうつつを抜かす。そうせねば生きている"理由"が見あたらなんくなる恐れがある。更に悲しむべき事に、その多くが股間よりぶら下がっている血液滞留物に自己の主体性をも掌握され、そいつに振り回されながら言い訳を取り繕って生きる哀れな側面を持つ。大袈裟に事を構える嫌いがあり、屡々手に負えない責務を背負って途方に暮れるも、その自分を「大した奴だ」と思える可愛い(無謀な)一面も持つ。更に、極めて明確で稚拙な逃避癖を所持したがるのもこの種族の特長と言える。一つに「力技」と呼ばれるもので、四肢を利用した他人への隷属強要を意味し、主に、屈服させたい相手に対して言語による管制が不可能とされる場合に、より拘束時間(返しの減らず口を聞かされる時間)が少なく、短時間の局所駆動で物事を収めたような気分になる癖であり、もう一つが「操作技」と呼ばれるもので、陸・海・空に於いて、極めて複雑でシステマティックな作業をいっぺんに管制しなければならない乗り物を操る事によって得られる"支配姿勢"を見せつけ、正論で勝負を仕掛けてくる女性を無言で牽制している気分になる癖である。特に後者の癖は「より遠く・より早く・より正確に」女性側から提示された様々な鬱陶しい問題から束の間でも逃避できる時間を提供する、と言う意味では、その稼働領域を女性に侵害される("雇用機会均等法"等で同立場に引き上がってくる)事を最も恐れる傾向にある。取るに足らない怪我や病気で"死ぬんじゃなかろうか"と真剣に思い悩んで本当に身を持ち崩す事も。「丸裸で熊に挑んで死ぬ」事が一つの理想。「愛」が、肉感的衝動の達成度合に依拠するものと考えているのも特徴的。仮に「ビジネスとスポーツ競技」が、生存への道義付けとして成立しない社会風潮へと移行した場合、地球環境に於ける男性の存命率は"爬虫類以下"となっているだろう。結局男性とは「女性が一人で生きて行くにはとても不都合の多い社会環境を構造化し、維持し続ける事」で取り敢えず生かされている・生きている意味の若干残されている生き物である、と言える。女性には対処しきれそうもない問題を編み出し、それに善処しているように見せ掛ける事で優位性を確保した気になるのだから・・・だから男性と言う生き物は、日夜様々な"用件"の元を生みだし、その用件にすがって生きているのだ。実に惨めな
力・・・自分自身を直視する程の勇気を持ち合わせていない事を蔑ろにした上で、より重い・分厚い服と、"知識"と呼ばれる「装飾品」を身に付ける(鍛え、装備し、携える)事。個体が生きていく上で掛かるであろう外的恐怖や不安を軽減させるのが主目的。男性に多く見られるのは、女性よりも根元的に脆弱である為であるが、おかしな事に身に付ければ付けるほど、裸であった自分を目にするのが恐ろしくなり、それを弾みに尚一層身に付ける事に精を出す悪循環に填るのである。滑稽。屡々個体の耐用年数(経年劣化)を忌まわしむのはこれに依存している所以。納得できなければ、個体の耐用年数と引き替えに科学的触媒による頑丈な鎧(ステロイド等)を装備して自らの欲求へと帰着する。思考を伴うものは、他人を「やり込め、隷属させ金魚のフンにする」のが趣味の類
強さ・・・個体に押し寄せる衝撃的な外因が五感の感覚経路を通じて脳髄に認識される行程で意識的、或いは無意識に情報の流入量を押さえ、肉体の生理的反射活動を抑える事。一般には「大ボケ・でくの坊」と映る。この場合肉体や精神の強度はさしたる意味を持たない。つまり、降りかかる衝撃を如何に「受け流すか」という事である。そこには恐怖や不安はなく、あるのは純粋なオドロキだけである。従って、記憶経路を通じた様々な対処法が正常に機能しない場合もこれに当てはまる
太鼓持ち・・・実のところは"極力悟られずに人を小馬鹿にする"能力に秀でた輩。彼等が好んで相手にする連中は大抵「融通の利かない、頑固な」石頭である事が多い。それだから"持ち上げ甲斐"があるのだ。その石頭の顔が徐々に緩むのを見ながら自己満足に浸り、内心ほくそ笑むのである。面白いのが"太鼓持ち"同士の会話であり、端から見ていると「卑屈合戦」の様相を呈している。それはとりもなおさず"相手を持ち上げる"事への確固たるプライド(職人気質、のようなもの)から「他人の輿には絶対乗らない」という自意識の張り合いに固執する為に生じるものである
取り残される・・・いい年こいて「○○ちゃんが持ってるから・新しいのが魅力的だから」というのは、余り賢い理由ではないし、格好悪いし、大人げないと思われるので・・・
尊い・・・礎。(思惑を越え)生かし、生かされ、殺し、殺される事。単なる"命"という言葉の呪縛より解き放たれた存在の"ありよう"。まかり間違っても生きている"命"が尊い訳ではない。逆に"命"に限って言えば「生まれる」事と「死ぬ」事がそれに当たる。一般的には「犬死に・野垂れ死に」を最低基準値とし、「親兄弟や恋人を救う為の犠牲」・「数百人の命を救う為の犠牲」・「一国を救う為の犠牲」・「人類を救う為の犠牲」と言う流れで頂点を迎えると昔から信じられている。つまり、質量的・領域的な犠牲に対して、生前会った事もない様々なロクデナシ(著名人)の弔問が増加する度合。本質的には思考が生み出す醜い葛藤や利得関係を超越した次元で存在するのだが、"文明・文化"の関与によって婉曲されてしまった観念
戦い(争い)・・・同じ大義と理念を持つ対抗勢力同士のぶつかり合い。従って、どちらか一方が、第三者などの見地から"対抗勢力"と認められない、著しく武装・修練質量に落差がある場合には「正当的蹂躙」と呼ぶ。リーチが倍近く違う者同士の喧嘩は、スキルが同レベルであっても"イジメ"と受け取られてもおかしくはない。鍛え抜かれた肉体と技を持つ武道家と、金に物を言わせて高価な飛び道具を持つ者とでは、例えそれが正当な大義の元に行われるとしても、周囲はその方法に対して必ずイチャモンを付ける。旧式で精度の低い武器しか装備していない国家に対して、自国からのオペレートによって最新鋭で精度の高い武器を操作し容易く標的の殲滅が行える国家とでは「結果が早く出る」という事以外は全て批判・糾弾要素となりうる。要は「勝ち負けを別として、双方が同程度のダメージを受け合う」事で初めて成立するもの。厳密には『子供の喧嘩』と『スポーツ』位にしか当てはまらない概念
第三者・・・無意識に冤罪を被る用意のある
知恵・・・"思いつき"が好評を博し、習慣として定着・一般化する事
タバコ大の・・・まだそれ程嗜好品が豊富でなかった前近代の名残で、「イレギュラーなサイズを持つものの実物大の寸法を、メディアから末端へ伝搬しやすいように、その横に添える"比較対象物"」と位置付けされた"物差し"としての大義を任されていたが、その物が有している害悪のみをクローズアップされ、喫煙比率が落ち込みを見せている(正確には、今まで喫煙しなかった種族に移行している)現在では"CDケース・携帯電話大の"といった方が、頭の固い嫌煙主義者の神経を逆なでする事はないと思われるもの
試しに・・・所有欲喚起・購買煽動
適応化・・・現在の社会に於いて、肉体の発達した男子・女子が、教育でたたき込まれた「欲による幸せの図式」を貫徹(粉砕)する為により純粋で単純に行動する事。あくまでも大人が誂えた醜悪なシステムに順応しているだけであって、それによる弊害を糾弾する権利など大人にはない。今の大人は"情報や物が溢れ返っている"現在を子供時分に体験していないのだ。そんな連中に今の子供達に納得のいく講釈など垂れられるわけがない。従って、今彼等の暴挙と思しき行動は、爛れきった大人への"無言の目覚め"を促しているに過ぎない。通常 男子:窃盗犯 女子:売春婦 という形態が最もポピュラー
タンスの肥やし・・・大して有用ではなく「捨てるに忍びない」程度の価値しかない所有物を、滅多に見つからない場所へ移動させ、不意の入り用時に別誂えをしてしまう事で結局二度と使わなくなるようにする事。これらは大抵、暮れの大掃除や引越の際にその存在を露わにし、1.知り合いに譲る 2.バザーやフリーマーケットに出品する 3.週明け集積所に出す という末路を辿る
強気・・・"物証"が出る迄は野放しの
ドラマ仕立て・・・「んな訳ねーだろうがっ!」という牽制が虚しい場合の慰め
単品・・・購入した当日に興奮しながら説明書を眺めていると(別売)と書かれた付属品が機能性の一翼を担う事に絶句し、モチベーションのピークを「パブロフのイヌ」状態で過ごす結果となるもの(特に"機械物"に顕著)。現状販売での魅力的な価格に釣られた浅ましさが裏目に出ただけであるにもかかわらず、次回店員に食ってかかる愚かしさを発揮する事も
手間・・・収穫時の至福を増大させる為に前もって一定の保険料を支払う事
たまたま・・・通例事の極一部分がハイエナ共の嗅覚に引っかかり、大衆を賑わすネタとして脚光を浴びるチャンスと成り上がる際の"不運の瞬間"
同情・・・「自分はこうなるまい」という戒めとして脳味噌の引き出しの一つに押し込んでおく"悪例"を学習させてくれた事への謝礼。その見返りとして少しばかり眉間にしわを寄せ、小刻みに首を縦に振る(憐憫等"哀れみ"の)生理反応を携えて、件の"悪例"を提供してくれた相手の繰り言を"親身に聞いている"フリをして受け流す、若しくは内心あざ笑う。その対象が自身の日常に差し障りがないレベルで稼働。その根底にある心情は至極「他人事」。そして結果的に、第三者の友人に対する"魅力的な"会話を促進させる格好のネタへと進化する(「笑っちゃうけど、俺の友達がさァ・・・」)
辛い・・・肩入れすれば確実に手傷を負う可能性のある諍い事から当たり障りなく身を引く為に当事者達に投げかけるエール。当事者の場合は同情を誘う手段とする(参照→同情)
達成・・・探していたパズルの最後の欠片が見つかり、当てはまって光輝き、突然目の前から"やり甲斐"を奪われる事。輝きが失せ、組み上がったパズルにはこう記されている「バラバラにすると更に美しい輝きが得られるかも・・・」貴方は次の達成に向かってパズルをバラバラにする。新しい輝きを得る為にまた組んでいく。すると一つ足りない事に気付くのだ。こうして一人遊びは死ぬまで続く。払われる代償を弾みに替えながら・・・丁度、ルームランナーの電源が切れて「終わりに到達した」と思うような感じ。何事も見切りが肝心であるが、見切りが付かないからこそ人間なのかも知れない。それが生き甲斐と言われるものならば
罪・・・行為にしか付随しないと思い込んでいるせいで、回避する事が可能であると錯覚されている「存在の責務」。単純な話だが、さしあたって全ての存在は"愛"という「罪」を背負っているものなのだ
頂戴する・・・いくら斬新で完璧な事業計画でも、スケールメリットのない小規模の会社で労作していれば、何れ似たようなシステムを大手が立ち上げる(かすめ取る)、という流れ。だから大企業は"大企業"という立場で甘い汁が啜れるのだ。その能力を持ってもうちょっと早く生まれていればねェ・・・
つもり・・・社会的に認知されている簡易省エネ対策。本来は立体的事物に展開する様々な経験を、二次元平面上に置き換える際に活用される"空想力"への依存度を指す。実存領域に於ける承認プロセスを逸脱する楽しみがもたらされる事で取り敢えずの満足感に浸れるが、それに現実性を付加させようとする(感覚的知覚に結実させようとする)"実践力・実行力"を伴う事で猟奇的な犯罪へと発展するケースも少なくない。目論見が露見する事自体極めて稀なので、現実に誰かが痛い思いをしない限り「野放し」となる
力不足・・・所詮百ワットの電球一コで地球上は照らせない、影響としては全方位的に波及するが、実存での"明るさ"には結びつかない、という極単純な論理を思い知る様。辛うじて「犬死に」と言うポジションは確保されている
対等な・・・相互の弱み・痛みを掌握していると感じ取っている強みで機能するもの。従って、どちらか一方のみが掌握している場合、"主従"の関係が成立する
足りない・・・空間的・時間的・場所的には既に満たされているが、精神的なゆとりを醸し出す「過剰さ・放漫さ」が感じられない場合。客引きの要素がなく、停滞気味な小売店が切実に思い知り、空箱を積み上げて、恰も豊富に在庫があるかのように装う工夫を凝らすきっかけ
足りる・・・「可燃・不燃物」として処理される部分がもたらすもの
投票・・・公的怨恨作製システム
弾劾・・・「上半身の仕事」と「下半身の仕事(或いは、私情の入り交じった仕事)」の質量を"やっかみ"という天秤に掛け、より傾いた方の上皿に乗った仕事の質をネタに、公人として柔和な仮面を被った"偽善者"共の信憑性を諮問するシステム。天秤の中心は常に現在を基軸とし、「上半身の仕事」の上皿は未来へ、「下半身の仕事」の上皿は過去へと向いている。「行われた仕事」の質として両方が既に確定されている限り、諮問後に行われる予定の「上半身の仕事」への査定は、それがどの様な質のものであっても、「下半身の仕事」側への責任相殺条件とはならない、という便利なチェック機能がある。その上、天秤に乗ってあるものより遙か昔に行った「(まだ諮問されていない)下半身の仕事」がメディア等から露見し、スキャンダルとして引き合いに出されてしまった場合、その査定は現在の諮問へとシフトし、確実にマイナス要因へとすり替わるという、極めて不利な性質を持つ。それだけ「下半身の仕事」というのが、他人の興味を存分に惹くという証でもあり、過去になればなるほど、ほじくり返し、長い期間ネタに出来る楽しさと、少々脚色してもそれに言及される恐れがない(当人がヘタに意見すると恥の上塗りをする可能性がある)からである。因みに「上半身の仕事」と「下半身の仕事」は概ね10+α:1という比率でバランスが釣り合うように出来ている。つまり、「国民総生産を向上させた」業績と「密室での関係を向上させた」、或いは「福祉事業を整備した」業績と「女関係を整備した」とでは、ネタ的に後者の方に分がある、という事を意味している。大衆の志向とは所詮この程度
誰に断って・・・「お前こそ、地球や大自然の"お墨付き"でも貰ってんのかよ!」
天才・・・存命中は迫害され、死後影響力のなくなった燃えカスを見て初めて常識人が驚愕・畏怖する"(心情的に本人が感ずる)誤って生まれた"人々。存命にて"天才"と言われる者の多くは「ペテン師・詐欺師」の類→天才の多くは概ね同時期を過ごす常識人などには決して理解されない存在であるが為。極稀に、権威ある人々を"パトロン"とする事で大衆をコントロールする程の力を持つが、大抵は自らの創造的活動のみで個体を完結させる為に危険因子となる可能性は極めて低い(その前にパトロンも彼等を"ゲテモノ"として扱うが)。繊細さと孤独感を併せ持つことで屡々夭折の傾向あり。このカテゴリーとして「狂気・変態etc...」等の常識的事象を逸脱する状態が含まれるが、何か一つ取り柄を見出す(メディアを有効利用して売名行為に精を出す)事でその状態を維持したまま「天才」の冠を頂くことが可能である
ダイエット・・・試着せずに高価な服を購入して後日同じ店に行く口実を作る、及び着られなくなった服をネタに知人や友人が精神的苦痛で苛まれる姿を想像し優越感に浸る事。複数の癖(拒食症等)が重なる事で個体の寿命を著しく縮める効果がある。その意味で「減量」とは一線を画すもの
超能力・・・忘却の彼方にある"尾てい骨"。様々な経済活動及び技術革新を無力化する通常能力。ご多分に漏れず"常識人"の迫害対象。屡々持たざる者を感心させ、隷属させる為の手っ取り早い"大道芸"と成り下がる場合が多い。この手の研究は途中でうやむやとなるが、その結果はこの手の"情報"をどれだけ人心から遠ざけ、三流のオカルトテレビ番組でけなして関心をなくさせるかに焦点が移行する為。「金になる」と考えれば蓋をするのは人間なら考えそうな事である。万が一情報が公開されてしまい、使用方法などが流出すれば、経済機構に致命的な打撃を与えることになるが、実際解明されることを最も恐れる人間が研究機関の陣頭指揮を執っている場合が多いのでその心配はないと思われる
妥協する・・・A案 相手:あざ笑い 自分:せせら笑い B案 相手:筋肉笑い 自分:作り笑い C案 相手:高笑い 自分:バカ笑い のいずれかの組み合わせ(混成あり)と握力自慢と事後の溜息
長寿・・・あちこちせかせか動き回ったり、見栄を張ったり、余計な情報に振り回されずに「ただ日常をやり過ごす事」のみに専念できる能力を授かった羨望すべき形態。細胞の分裂(代謝)が緩やかで、尚且つ日常に於ける"趣味"への執着が極度に少なく、「やりたい・やり足らない」に突き動かされて生きる衝動の少ない形質。極稀に「やるべき事が何もない」事に喜びを見出す個体も存在し、メディアの生贄となり、屡々妖怪扱いされる(注)電磁波に過剰反応する機器を携える(埋め込んでいる)のはこの限りではない
と、言われている・・・見たわけではない・触ったわけではない・実測したわけではない・経験したわけではないが、或る特定の学問体系を駆使し、1から10迄の数字を組み合わせた結果、一定の法則性が見受けられるものの語尾を修飾する際に用いる。「宇宙は膨張している」等のように、立証する事が不可能で、その上個体の日常生活に直接影響が無く、研究者以外には雑学と言う形でしか興味の対象と成り得ない「当面の結論」に用いられ、将来的に研究環境が大幅に変化する迄は信憑性がある、と思い込ませる事が可能である(「宇宙は膨張しているのではなく、"縮小"している」と言い出す者が世に出る迄の)
共倒れ・・・周囲の慌ただしさに後れをとるまいと浮き足立ち、保有している泥船(余り魅力のないインフラ)と相手の泥船(頼りない資本力)を元手に巨大な泥船を急造し、その巨大な泥船を操る人材を蔑ろにし、大海に無理矢理漕ぎ出す事で所々空き始めた穴(拠出金)がやがて致命的(償却見通し立たず)となり、周囲の船舶に「教訓」を振りまいて沈没、経営陣の退職金を還元させ、天下り先のポストを制限させる事
都合・・・個体を尊重する考え方の上でのみ機能する、対外的には非常に空虚な"主張"。個体の都合は相互利害により発生するが、それらも"地球の都合"の上では「土地所有者とは無関係に公園の砂場を我が物顔に占拠するガキ大将」レベル
出しゃばり・・・「知識と経験が豊かなのはよく分かっっている。少なくても俺達よりは年長者だからな。それに、ある程度維持できているポジションを強調し、自分が"ひとかどの"人物である事を鼻に掛けていたいのも分かる。そのポジションから俺達を見下すのはさぞ気分がいい事だろうし、立場の違いから好き放題の事が言えるし、オマケに責任意識が発生し辛いからな。さて本題だが、あんたの話はもうウンザリなんだ。あんたは"解決策"と"理想論"を混同しすぎる。そんな絵に描いた餅で即応できるわけがない。それが出来ていればあんたと会う必要もない。俺達はただ"黙って"愚痴を聞いて貰いたいだけだ。客観的で空想的な方策など求めていない。すっきりするどころか、益々不愉快だ。大体俺達の受けた様々な現象を実際に体験してもいないくせに高圧的な話し方をするな。そんなものだけで俺達に対する優位性を入手したつもりでいる態度が死ぬほど気に入らないんだよ。成功者気取りで入るんじゃない!」これが言えてれば、飲食店の集客率はもっと良くなるはず(回転率の向上により)
出来が悪い・・・次のポイントに当てはまるもの 1.質量のある 2.複雑である 3.時間を掛けすぎ 4.投資額の高い 5.人の意見を採り入れる
多様化・・・経済能率化政策の一環。「何でも金になる」という事。「如何に楽をして金を回し合えるか」というのがその骨子
特技・・・遙か彼方に輝く栄光に想いを馳せながら他人に対し苦痛を負わせる為に「会話のネタ」として用意される"パンドラの箱"。屡々自慢を介することで相手に対し「奴とはもう二度と話す事はないだろう」と思わしめるほど甚大な影響力を持つ。過去に強制・拷問的であった事柄が時間を経て個体の自己顕示欲を他に誇示する"自慢話"として昇華する様。受け手側より発せられる嘲笑が、発する側には羨望の感嘆詞に聞こえるから不思議だ。通常「へー・ほー・はー・すごい」の類。ボケーッとして視線焦点を外しまくる・大欠伸をすることで主張に終止符を打たせることが可能。敢えて自分から進んで相手の"パンドラの箱"を開ける事で相手がまくし立てている間は何も考えずに済むという利点があるので、場合によっては有益であると言える(注)一番手に負えない類が「話すことを特技とする連中」であることは言うまでもない
畑違い・・・持久力を主体とする距離競技の選手だが「運動選手だから大差ない」という偏見によって"瞬発的な力仕事"を強要され、専門的な言い訳をしなければならない様
為・・・諸悪の根元。全ての言い訳。「〜の為」という形式で「愛する人の為」「自分の為」「自然の為」「未来の為」「子供の為」、果ては「恵まれない人の為」等様々な規範があるが、全てが"都合"で左右され、"最適化"で順位を付けられ、その都度個体の言い訳として帰結する。もし本当に貴方が「全ての為」を思うのなら、その「為」という言い訳で正当化する屁理屈は早々に忘れてしまった方が得策である。今よりは少なくとも楽になるはずだ。「周りの為」という余計な欲望を持たなくて済む。「為」を溜め込んで苦しんでいるのならそれは「貴方の為」にはならない。そんな貴方を周りは密かに嘲笑い、貴方よりも格段に優れた言い訳を作り上げる際の格好のサンプルになっている事だろう。しかし「誰かの為」に死をも厭わない行為は賞賛される。何故なら確実に一人はそれにより夭折する美徳を実行する可能性を秘めているからだ。一人分の食い扶持を生み出す算段をしなくて済むが、国としては負債の担い手が減ったという意味では都合が悪いと言える。従って「自分の為」に自ら死を選ぶ行為は歓迎されない(国の為にならないから)。ましてや「死に損ない」なら尚更(医療での実入りが見込めなくなる)
大した事じゃない・・・そこ迄がある種(制御や許容)の限界・臨界点である、と認識される直前・一歩手前の
出任せ・・・急場しのぎで誂えた言い訳が他人の共感を呼び、当人が感知出来ない場所で熟成されて、最終的にはその「尾ひれの付いた言い訳」を有する数多くの他人の暇つぶしとなる事で当人の日常生活を多分に脅かす危険性のある魔物へと変貌を遂げるもの
天災・・・自然の恵。次の生産に向けて野焼きをするようなもの(予告なしに)。これのお陰でこれを被らなかった地域は救済に際した経済活動にテコ入れをし、政治は"生贄"の探求から免れると同時に売名行為に精を出し、これを被った地域は過剰人口を整理できる。そしてそれらが"お涙頂戴"のドキュメンタリードラマとなり、メディアは下らない有名人のあら探しで視聴率を稼ぐ必要悪より束の間解放されるのだ。概してまず起きそうもない地域で発生するのは、その波及効果を自然が一番熟知しているからだ。知らぬは人間ばかりかな
近道・・・予定より早く腑抜けになる・手持ち無沙汰になる
ダメ人間・・・社会機構・社会秩序に隷属する意志のない個体向けに隷属側から一方的に位置付けられる"危険等級"。薄っぺらな社会機構に依り縋る連中の戯れ言であるから、仮に貴方がこう言われても別段気にする事はない。むしろ「誉め言葉」と受け取るべきである。マイナスとマイナスはプラスであるのだから
達成・・・転落する為に登り詰める事。登り詰めなければ転落できない
つまらない・・・不覚にも「感情が表に出た」事に対する保険。"しまった!面白いじゃないか"という心情が言語に変換される過程で、素直に感想を述べるのが癪に障る場合に用いられる
大切な・・・歴代最高に位置する"依存対象"。次の歴代最高に遭遇するまでは有効
同意する・・・死ぬ程つまらないお喋りに終止符を打つ為に相手の繰り言を全て肯定する様。敵に塩を送る事。後の憂いと後悔を増幅させる為の足掛かり
同意させる・・・実り多い進歩的な会話。してやったり
秩序・・・平和から怠惰、怠惰から混乱、混乱から争い、争いから破壊という循環のうち、痛みが割と少ないと思われる(肉体に及ぼされる)部位を引き延ばす為に用意された、品番付自由(制約)という"配給"の恩恵に与る為に隊列を崩さず黙々と行進する義務。その際「何故行進しなければならないのか」はタブーとなる。何故なら貴方の親も、そのまた親も、そのまた親も・・・振り返らずに黙々と行進してきたからだ。それを「ばからしい」と感じる事は彼らを犬死にさせる事になる。もし「親孝行」を、と思うのなら、貴方も貴方の両親がやってきた事を淡々と繰り返していればいい。所詮はその程度しか持ち合わせていないのだ。人間は
嘲笑・冷笑・・・「後悔・自責」と等価交換で借り入れ、先だって愉しまれるもの。この愉しみが長引けばその分だけ「後悔・自責」の利息も膨れ上がる事は余り知られていない
道理・・・道を歩いてる途中、躓いて膝小僧をすりむいた原因の「石っころ」が、"そこ"にある、という事。「何でこんな所に・・・」と始める者が、かかる内面の不幸を抱え込めるだけの趣味性を有していると思われる
道徳・・・優しく慎ましく、思いやりと笑顔をもって他を踏みにじる言い訳。良識という名の「朽ちかけて穴だらけのお盆」の上で人々を飼い殺す為の技術。それによる弊害(お盆から落ちる事)を倫理のせいにする
騙される・・・時間が経つ
等価交換・・・木を原料にした"印刷された紙屑"を使って木を原料にした"木屑の集まり"を手に入れて、"印刷された紙屑"を手に入れるまでの手段及び行程を肯定する事で日常に変化をもたらした気になって喜ぶ行為(金属を原料としている場合も同様)
立ち直る・・・(填り込める要素のある)魅力的な依存対象物を提供する(宛ってみる)事で慰めや更正に割かれる時間・手間を短縮する事。殊に失恋・犯罪等からの脱却に於いて効力を発揮する。優れた芸術家やスポーツ選手・格闘家や聖職者等の"立脚点"となっている事の多い
定説・・・文明社会、特に先進自由主義経済機構の根幹を司る規範であり、数学・科学・医学等ある程度の検証の確証正当性が半永続的に保証されている分野に依存する考え方。要は「モノを生みだし、モノで還元される」物質主義を熟成させる為の属性制度。当然の事ながら"精神のありよう"はその支持基盤が優性である事が前提とされる。つまりその支持基盤によって"先立つもの"を確保してから「愛」だの「幸せ」だのを論じろ、という事である
調和・・・現在に於いてはヴィヴァルディの協奏曲の題名に使われる程度の利用価値しかない、「平和」と双璧を成す"いにしえの言語"。人間が理解・実践すれば経済は破綻し、人口は激減するが、人は幾らか正気を取り戻し、存在そのものに何かを見出すだろう。概して振幅の狭い人々には理解不可能。「宇宙から原子まで、若しくはその循環での和」を指す。人間が認識している「人間同士が認識と歩調を合わせて様々な機構の効率を調節する」というものとは根元的に違う
淘汰・・・どうあがこうが、反駁しようが、正当化しようが、"人間は捕食される側にある"という事実を遠ざけるために考え出された優性種・選民思想。侵すことにためらわず、侵されることに抵抗する様。「そういうことか!」と気付いた時には肉体より分離している状態・状況。最低である自覚がない為往々にして"人為的"にしか起こらないと思いこみ、自然災害を単なる「運の悪さ・自然の猛威」で片づける浅知恵
(参考)「ハーメルンの笛吹き男」・・・12世紀にドイツで実際におこったネズミの集団入水と子供達の失踪を題材とした寓話で、この時代ヨーロッパで猛威を振るっていた恐ろしい伝染病に深く関係がある物語として認識されている。「黒死病」と呼ばれる伝染病"ペスト"(法定伝染病)菌は、人間が感染すると瞬く間に発病、皮膚が黒紫色に変色して死に至るというそれはおぞましい病だが、このペスト菌のキャリア(保菌運搬)担当は、前述のネズミであった。その菌を蚤が媒介し、最終的に人間を死に至らしめるわけであるが、彼らネズミは瞬く間に繁殖し、速やかに人間のテリトリーに進入、菌をまき散らし、最終的に全ヨーロッパで7,000万人もの犠牲者を出した。この騒ぎで導き出された結論はこうだ「衛生管理はきちっとしましょう。ネズミは汚らわしい生き物ですから最初期の駆除が肝心です。それにしても自然は無慈悲なものですね」。現象とそれに対しての結果だけで判断するのが人間の悪い癖だが、それではペストも、蚤も、ネズミも浮かばれない。別に彼らを擁護する立場にいる、というのではない。この世界に存在する物質及び"種"にはそれぞれ「個(個人)」「全体(集団)」の持つ無意識の自然伝搬機能が備わっている。人間も例外ではない。大自然は全生態系の調和のバランスを保つ為にこれら"種"に、自然界の調和バランスを著しく乱す恐れのある挙動及び動態に対し無意識に作用する「スイッチ」のようなものを取り付けた。「スイッチ」としたが、要はあらかじめ録音してあるカセットデッキのようなもので、あらゆる諸問題に"種"が直面しているときに、無意識に全方向・全方位に向けて選挙宣伝カーのスピーカーよろしく、隅々まで情報が伝達する、といった類のものである。この「スイッチ」が、顕在意識とは無関係に自然界に情報として伝搬し、それを読みとった自然は、過去と未来の連関における"種"の存在と自然に対する全ての関連性を熟慮し、最善の方策を思索、環境及び生態系の理にかなった方法で増えすぎた"種"を淘汰すべく手段を講ずる。今回の現象で送り込まれたペスト→ネズミ→蚤の連関作用型淘汰システムは、いわば大自然がその英知をもって地上へと派遣された「純粋なる英知・自然界の忠実なる僕」である。彼らは限られた地球の環境でその役割を遂行すべく的確に、純粋に活動し、その結果憂慮していた自然界の調和バランスは保たれた。いったん調和バランスが保たれると、今度は増えすぎたネズミが自らを犠牲に、ある者は互いに殺し合い、ある者は海へと身を投じ、その純粋な役割に終止符を打った。他の"種"の生態系バランスを守る為に。なんと崇高にして高潔な者達であるか! 真の問題は生物自身の内的潜在意識に厳然と存在し、外部からの要因や思考への依存でその結論を婉曲する事は、いわばその大切な問題を棚上げすることはおろか、極めて温厚にして寛大なる自然の同胞(的確な表現ではないが)を「悪しき者」として貶めることでしかない。最近、テレビなどでしきりに「クマネズミの大量発生」などと深刻に放送しているが、彼らがいつ、「有史以来最強の"伝染病キャリア"」と変貌しないとも限らないのだ・・・
逃避・・・古い依存から新しい依存に乗り換える事。古い依存は、例えそれが非常に魅力的であっても、入手と共に"砂時計の砂"が流れ落ちるように退色していく(これは個体の特性で「飽き」から生じる)。程度の差こそあれ、個体のモチベーションが還元され次第、新たな依存を物色する。この際に「道徳・羞恥心etc...」という壁が個体に立ちはだかり、突き崩す程の根拠(言い訳)がない場合、単なる「浮気者」というレッテルを頂戴する事になる。突き崩せる程向こう見ずな場合、依存対象物と個体の生活環境を天秤に掛け、傾いたと思われる方に落ち着いてみる。この一連のサイクルを貫徹すると、立派な「癖」として逃避は昇華され、個体のTPOに合わせて数々の対象物を身の回りに配する事に生き甲斐と快楽を見出すきっかけとなる
戦う・・・結論を外に求める行為の中で最も簡潔で単純な、集束プロセスの最下層に位置し、刺激として知覚される事が多く、しかも手っ取り早い"自我復権手段"の一つ
突き放し・・・悩み事の相談に於いて、結局「相手の立場若しくは個性の尊重」で逃げを打つ様。実際的な忠告は時としてその所在を追求される危険性がある故
大志・・・世界・人類全体に波及するような戯言を抱えながら、目の前で小言しかこぼさなくなった妻子を扶養する不条理に遭遇する事で初めてそれが"幻"であったと思い知るもの、と世間的に位置付けられており、特に現代では、個が関与する枠組みの能率化を達成させる、という一種のノルマである事が確認されている。いずれにしても言葉ほどの実効性は何億分の1程度にしか作用しない
正しい・・・沢山・大勢・多数。"善"とは幼なじみのいとこ同士であったが、近年に入って"常識"という悪友と親交を深め、屡々二人で"善"の間怠っこしい様(時代性のなさ)を罵る。最近では親戚筋である"悪"との交遊が盛んで、彼(悪)の優れている部分を取り込み、解釈の方法に幅を持たせる事で体裁を保つ形態へと変貌、弟子である"正義"に入れ知恵を施し、様々な諍い事の火種を産み付け、数多くの趣味を発掘する
テレビゲーム・・・初期の目的であった"レクリエーション"としての意味合いは還元され、飽和の極みにある醜い社会環境からの現実逃避による認識のボケを利用して様々な犯罪行為を誘発させ、それらに対抗する手段を講じる必要悪を自ら発生させることで幾重にも渡る経済効果を見込んだ実に素晴らしいテクノロジー産業。風俗・賭博と並び称され、"先進国"と呼ばれる欲ボケ国家の基幹産業を司る
出しゃばり・・・直接的な利害とは無関係な他人の趣向に小賢しい難癖をつけて得意がる知識バカの高揚したバカ面にくっきりと浮き出ているもの。「私は私の立場を濫用して貴方を詰る権利がある。私は一般的に見て"成功者"であるからだ」という真意を含んだ
定価・・・逆競りの発句。市場が持つ適正値より大幅に上回る設定を打ち出す事で消費者に"値頃感"を刷り込ませる為の手段として用いられる。極稀に「定価で購入する」行為が人の羨望を集める場合があるが、この場合は「優越感を購入する」のであって、「商品を所有する」事よりも「購入」手段そのものに意義があるという思い込みによる所産、といえる
建前・・・CM
知性・・・本来持ち合わせるものではなく、元来備わっているものではないが、殊に脆弱な存在が、同形質の存在との歩調を合わせる目的で、外部からの余計な刺激を脳内に蓄積し、周囲の存在相互で落ち着きがあり、傍迷惑ではなく、比較的安定した挙動を保てる範疇で作用する様に、脳に巣くっている寄生虫に情報を送る経路の構築を指す
毒・・・その評価以前は人類を進歩させた功績を発見者の名誉とすり替えられ、その評価に対して人類に張りと潤いを与えた功績を忌まわしがられる極めて不遇な、如何なる使途に於いても(使用側の目論見通り)それ自体極めて有益で純粋な作用を発揮する"無実の声無き被告"
体制・・・「何かがおかしい」という疑問を持つまでは隣人面をしているもの。人口比率で"大勢"が参拝する墓地の一つ
抽象・・・眼球にレントゲン機能が備わる、及び脳の空間認知機能に歪みが生じる事
著作権・・・先んじて生まれ、先んじて為し、先んじて不埒であった事を自覚せず、あまつさえ棚に上げるほどの"身の程知らず"が法廷で弁護士を窘め、一般大衆の共感を集めて調子づく権利。"先に味を占め、先に私腹を肥やした"事に関しては何のお咎めもなし。大衆より「浅ましい・諄い」と思われるまでは主張できると見なされるが、それに関する当事者の自覚の有無はその限りではない。しかし、何だってみんな"恰幅"がいいのかねェ・・・
中途半端・・・物質として存在している、思考を有する、個性・個別化は絶対である→以上の3項目及び関連する全ての事象を統合し、それが無意味である事の本質に行き着く(流れ着く)事で初めて思い知るもの。それまでは「純粋・英知・至高etc...」といった非常に聞こえのいい言葉で一括りにする事で逃げる(結論を出す)事を許された(追求するだけの論証を誰も持ち合わせていない為)"完全無欠の秩序"
知覚過敏・・・磨りガラスや黒板を爪で擦る・銀紙やアルミホイルを誤って噛む・剃刀が肌に触れる、という言葉により惹起される"想像的苦痛"に悪寒が走る事
忠告・・・個体の立脚点が確認できる余地(逃避場所)がある間は「つけっぱなしのテレビ・ラジオ」程度に思われているもの。他人の未来に於ける「後悔」という高性能時限爆弾を敷設する作業行程で、通常個体の記憶毎にその存在意義の再確認が行われ、成就と共に認識の浅はかさと柔軟性のなさを痛感させ、個体の中で昇華させる貴重な資源となるが、時として責任の所在を転嫁される宿命を帯び、その際常套文句として「何故もっと強く言ってくれなかった!」「あの時貴方がやってくれれば・・・」等が挙げられ、それをもって貴方の「忠告」が成就されたものと解釈できる。これらを鑑み、結果如何で余計なとばっちりを受けたくなくばなるべく他への「忠告」は避けるべきであると貴方に「忠告」しておく。その結果で発生する痛みを共有する事で満足感を得るように誰かに諭されたのならば話は変わってくるが
ついでに・・・当面は活躍する機会のない(特定の状況でしか使用されない、若しくはストックとされるような)商品を、"たまの休みのたまの買い物"という理由との相乗効果で購入に踏み切るきっかけとなるもの。「折角出掛けたんだから」という類
大団円・・・ちょっと先の夢に思いを託しながら目先の突発事故で頓死する当人に宛てられるべき麗句。さぞや当人は幸せな
取っておく・・・「捨てるタイミングを繰り越しておく」の隠語。次の大掃除に同様の"思案する"感触を愉しむ(大掃除の作業効率を著しく低下させる)為に
取引・・・双方の欠落箇所を指摘し合い、それを補って余りある好条件をお互いの鼻っ面にぶら下げて、先に食らい付いた方が後手に回る事で先んじて非難の矢面に立つ事を許される「近代競技」の一種。当然ながら、後から食らい付いた方が生ぬるい非難を長時間浴びる事になる
どこにでもよくある・・・無意識に加害者・被害者
伴わない・・・「あの野郎ぶっ殺す!」と息巻きながら笑顔で会釈する、若しくは「極めて良好だ」と言っておきながら刃傷沙汰に発展するケース
退屈な・・・他人の会話中にストローの包み紙で器用さを発揮する様
強度・・・個体の持つ苦しみと悪あがきへの耐性→より質の高い苦しみと、より醜い悪あがきを長引かせる目的の
つきあいで・・・友人・知人に営業マン・セールスレディがいる事で降りかかる災難
手厳しい・・・十年ぶりの同窓会で再会した「胸焦がした」あの人の変貌ぶりに愕然・閉口した挙げ句、周囲から当時の"物的証拠"の有無を問い質され、そのどさくさに乗じて変貌したあの人が自慢げに当時のやり取りを吹聴し始める、今となっては忌まわしい私的な「秘め事」の赤裸々になる状況
中途半端に・・・世に棲息する数多くの芸術家の殆ど全てが自覚する「固い煎餅を一般大衆が咀嚼しやすいように口の中で予めかみ砕いてやる」過程の重要度
対応策・・・数ある"最善策"の上から二番目を採択する事で少なくても二度楽しめる(二度分は延命させられる)原因を提供する事。最善策ほどの緻密さがなく、善後策ほどの虚しさがない分だけに軽んじられ、結果その後に訪れる最善策と善後策への導入データとしての役割を担うもの
テレビ・・・大衆の「バカさ加減」を効果的に取り込む事で潤いを保つしたたかさをどれだけ利用できるかで、スポンサーから金を巻き上げ、新たな「バカさ加減」を発掘・推進する実に画期的な、その影響力に於いては「原子爆弾」を遙かに凌ぎ、「エイズ」と双璧を為す事が立証された。画像処理技術の向上とご都合的な保護処置によって真実を映し出す事のなくなった、単なる"エンターテイメント"だけの、"疑う"という思索を民衆に提供する、という意味での価値しか残されていない
たちが悪い・・・"悪気がない"という卑怯な言い訳を真っ先に主張されてしまい、責任の所在追求が勢いをなくし始める様。「それを言っちゃあ・・・」
投機物件・・・才覚と容姿は優れているが金のない"ヒモ"を調教・モノにする為に自己資金を拠出、見返りに与ろうとするもの。資産家のうら若き未亡人が退屈を凌ぐ("飢え・渇き"を癒す)為に好んで利用していた事で古くから親しまれている→現在では主に"プロダクション"と呼ばれている事業体の"先行商品(基本給制で満足しているレベル)"全般を指す
騙された・・・お馴染みの公開実演販売と同様の効果を自宅で期待し、購入した商品を使い切ってしまう(飽きてしまう)迄「きっと自分の使用方法や環境に問題がある」と思い込んでいる様。そして果ては「外国製だから・・・」と言う事で自分を慰めてみたりも
対抗・・・男らしい男性−男っぽい女性、女らしい女性−女っぽい男性の間で次第に発生する"(自分の方がよく分かっている、とする)感覚・知覚的"優位性の比較・検証及び制圧意識
妥協・・・一方が引き算、一方が現状維持で成立する物件だが、双方とも主張が「引き算」で、内心は「現状維持(損失のない状態)」であるるかのような意識を持たせる事で知られている
度胸・・・生活水準は極端に落ちるが、それを差し引いても尚お釣りが来る勘定の、依存できる趣味なり仕事なりの確保できている状態に寄り掛かる心持ち
待機・・・"好転する兆しを待ち受ける"状態を意味する「期待」と一対を形成し、"好転する兆しの微塵もない状態"を維持させる為に通達される事の多い社会的な季語(冬の到来を意味する)。従って現在流行のスタイルである「自宅待機」とは"活かす機会のない連中に自宅で生殺し状態を維持させておく"という意味
待遇・・・身柄拘束条件
ドーピング・・・(参照→身体能力)普段から「原野を疾走している・高地を駆け回っている」地域格差を持つ連中と同じ土壌で競う為には、最先端の科学的トレーニング理論と同じく重要視されるもの。つまり、その薬物を使用する事で"一時的な地域格差を克服する"効果がある、とされている(肉体に与えるデメリットはさておき)。又、加齢によってピークの過ぎた人間が、過去の栄光を再演させたいが為の"回春行為"として用いる事も
泥沼・・・互いの尾尻(欠点)にかみついた蛇が、互いを呑み、消化し合う事で収まりがつかなくなる(元の状態に戻れなくなる)様。それでも当人達はいつかは"終息させたい"と考えているのだろうが、どっこい「周囲の好奇」はそんな当人達を尚一層つつき回す。どちらが正しい・間違っていると言った規範はそこに介入せず、あるのは単なる"疲労"のみである(その疲労を"達成感"と取り違えると幾分気が晴れるかもしれない)
適正価格・・・時代背景を反映した価格設定。つまり、バブルの頃に一億円で購入したマンションが、現在三千万で取り引きされている事の正当性。一時期相場でウン十万もしていたスニーカーが数万円で足踏みをする現在でも、その価格が持つ商品価値は以前変わらない。単に市場取引レベル(浸透比率)が変動しただけであり、物の価値自体は変化していない(劣化はするが)。この道理が理解できない、若しくは高値で買った事(何れ高騰する、という口車に乗って買わされた、という汚れ商売根性)がやっかみを生む材料となって、マンションや土地の取引は依然として滞っている。現在では"底値"的な物の価値を正当化する為の言い訳としてこれを主張するが、そもそもいつの時代も価格は常に"適正"であったのだ。単に目の前の商品を手際よく捌く為の「常套句」として使用されるべき言葉ではない。商品を「右から左」へ移動するだけで飯が食えていた時代は、情報手段の整備に伴い終息しつつあるのだ
血も涙もない・・・服務規約に忠実な
大義・・・領域外の不穏対象(気にくわない相手)に"虎をけしかける"理由。つまり、「虎をけしかけても領域内からそんなに反対(人道的見地とかいう正論)の声が挙がらない」明確なモチベーション示唆。易々と不穏対象を屈服させる力はあるが、他の外郭勢力から反感を買う恐れがある場合の"域外アジテーション"
転生・・・「人間という形質に興味がある」「又是非人間を体験したい」「今度は男・女をやりたい」「あともう一度でいいから・・・」等と願っていたから貴方は人間として生を受けたのだ。それは貴方の継続的自我(リセットがかかる前)が切実に願っていたのだ、様々なリスクを承知の上で。従って貴方の両親を恨むのは筋違いも甚だしい。何故ならその選択すら貴方の望んだ事だからだ。ただし途中で気付いて「もう人間なんてこりごりだ」と願いつつ、自らの生にピリオドを打つ位の潔さがあれば、ひょっとすると貴方はもう人間をやらなくて済むかも知れない
忠誠・・・「報酬」との相関関係で成立すると考えられているもので、"人間"と称する種族のみに当てはまる概念。つまり、"人間"と称する種族には、残念ながら或る条件付きでしか確認できず、他の種族には生来備わっている(敢えて分けて論じるほどのものではない)、という類のもの。外に対しての「報酬」を見込まない(たかが知れている)場合、その忠誠は自らに向き、行動の優先順位を割り当てを行う。死んだ主人の墓参りをする犬などに対して「墓前の供物目当ての行動」という報酬がある為と言いかねない"バカ学者"の戯言に根拠を持たせる為のカテゴリー
敵対・・・特定の相手の意志を尊重し、別の場所でその相手への"尊重(譲歩→妥協)"せざるを得なかった苦々しい心情を周囲に吐露する事で、周囲の共感からほだされて成立するもの。ちょうど磁石の"S極とN極"のような立場を取り、周囲(砂鉄)の賛同(吸着度合)によって、両者の間に見えない磁界を発生させる。この際双方が明確な意志表示を相手に突き付けなくとも(面と向かって言い合わなくとも)この関係は成立する(ご親切にも周囲が相手に告げ口する事が多い故)。これが俗に言う"敵対勢力"である。この場合、最も慎重なのが、双方をよく知り、双方の意見に賛同しかねる(中立の)立場を取る者である。何故なら、何れ時間的振幅によって、磁界はどちらか一方に強まる可能性があるからだ。自己利益を求める余り、強まった方になびいた場合、敵対関係の中和と共に、その優柔さが露呈、周囲から誹謗される事となるかもしれない。つまり、賛同が後手に回れば回るほど、中和された時に周囲から"風見鶏"として詰られる可能性がありる、という事である
ドキュメンタリー・・・作り込まれて美化された"真実とは程遠い事実"。ノンフィクションを元手にフィクションを練り上げる技法だが、現在では幾分順序が入れ替わり、フィクションを元手に恰も"ノンフィクションの如き"錯覚を起こさせる、リアリティー溢れるカメラアングルや家庭用ビデオ、モザイク処理や音声変換、果てはCG迄の作為全般を指す。そのフィクションに信憑性を持たせるのが「リアルタイム・アドバンス(実存時間との共時的進行性)」つまり"えげつなさ"。「密着!潜入!」という謳い文句の本質
動物愛護・・・減ったら重宝し、増えたらメニューの一品、若しくは日用装飾品に仕立てる為の公的養殖テクノロジー。乱獲の友→乱獲無しには成立しない観念
調査捕獲・・・10人中7,8人が「殺してもかまわんだろう」と真剣な討論を重ねて同意し、生態持続性の不安定な生物を殺し、臓腑を抉り、肉を刻み、血を吸い尽くし、焼却処分となる迄弄んだ挙げ句、下らない紙っきれをでっち上げ、そいつらの空きっ腹を満たす迄にその生物が増えているかどうかを確認する業務。その下らない紙っきれには、時として"地球温暖化の兆候"とか言う更にどうでもいい屁理屈の連結作業がくっつけられていたりもする。その方が"殺す"という行為に対するやましさが正当な根拠として機能する為であると考えられている。学者なんて趣味を持つとろくな死に方はしない。"学問"を盾にすれば大方の暴挙は罷り通ると信じているのだから。そんな事をしてまで自分は廉潔でいたいと思うのか、恥を知れ
動機・・・無数の"リアクション"が結実したもの。そうせざるを得ない・そうしてしまった根拠は、貴方が生まれてからの、様々な"アクション"と"リアクション"の運行ダイヤグラムがそうさせているのだ。ご愁傷
動物に出来るんだから・・・動物だから出来るんだよ、バカ! どう努力しても、どう思索しても人間は彼等の足物にも及ばないのだ。悉く全ての面で。それが出来なかったからこそこんな世界を造り上げたんだろうが!。動物には生来備わっているのだ。経験や学習で身に付く類のものではない。それをもうちょっと理解した方がいい、出来るなら
棚卸しされる・・・その場その場の取り繕いで捏造していた結論の所在と実在性の有無をほじくり返される事。一般的に"あら探し"と言う名で親しまれているもの
友達感覚・・・広告等の鬱陶しい諸経費を使わずに人材を確保し、一般アルバイトの賃金以下で使い回す際に鼻先へぶら下げる謳い文句の一つで、過去に顔つなぎ用にばらまいた名刺が無思慮に利用(悪用)された結果として身に降りかかるもの。新規事業を立ち上げる経営者が好んで多用し、"知人の知人"という触れ込みで紹介してもらった優秀な人材からの有用なアイディアを無償で吸い上げ、仮にビジネスベースとして"利益"が発生しても、相手から相応の還元を要求され難い形を作っておく為に前もって"初回会食時"にその立場関係を強調する事で知られている。嘱託で企業への事業計画提案を請け負っているプランナーが最も注意しなけなければいけないクライアントの類であり、最悪の場合「ボランティア」となりかねない位置付けでもある。貴方にとってその関係がもたらす利得と目論見について、1.接触した経営者の事業スパンが魅力的である 2.事業インフラが整備され、資金にゆとりがある 3.立場的な負い目がある 4.人生経験を積む 等の項目に当てはまりそうもない場合は速やかに手を引く方が貴方の為になる。でなければ貴方には"家族ぐるみのおつきあい"ができる都合の良い「使いっ走り」としての運命が待っている(貴方が"余程のお人好し"でもない限り、この関係を維持する努力はしないに限る。こちらサイドから連絡を断ち切って、自然消滅を待つしかない)
ドラマ性・・・「史実」と言うパイ生地にトッピングされるもの。一貫したテーマを持ち、尚かつ時代性を超越して継承される史実に関しては、前回のパイ生地に乗ってあったトッピング(製作配給時の世相背景や技術発展度)を検証し、実存のニーズを反映したトッピングに乗せ替える事で斬新性("新解釈"・"新機軸"と美化されるもの)を強調、特殊演出効果と呼ばれるスパイスを存分に振りかけて、年中行事の一環として性懲りもなく使い回されたりもする。「笑う部分の極端に少ないコメディ・パロディ」と考えると幾らか筋の通る
付け足す・・・準(商業)芸術家の標準的な向上能力で、作品の洗練度合を増幅させる目的で利用されるが、その反面、創作活動の生産性を低下させる(創作用具をしまい込むタイミングを計れなくする)デメリットを併せ持つ。従って、純粋芸術家は最初から持ち合わせていない・必要のない能力
付き合う・・・「真心・貞節・誠意」と書かれた"発泡スチロール"状のクッションに槍の先端部分を軽く刺し、相手の背中に押し当てて暫く様子を窺う様。相手の不忠度合に応じて背中に立ててある槍が発泡スチロールを徐々に刺し貫き、先端部の鏃が背中に到達したところでゲームオーバー(友人以下)となる。が、現実的には双方とも不忠であるにも関わらず、互いに"発泡スチロール"に書かれた条件を相手に強要している事で潜在的な抑止効果を見込む状態のままで推移するのが常である。それを言及しない事が双方の不可侵領域(つけ入る隙とつけ込まれる隙を互いに共有する事)であり、その事に敢えて触れないのがこのゲームを長続きさせるコツである。仮に「双方の槍が互いの背中を刺し貫いている」場合"痛み分け"となり、それをもって「腐れ縁」と呼ばれ、観念的な関係とは懸け離れたポジションを与え合い、新しい恋人が嫉妬する要因となる(注)「アイツはそんなんじゃないから」という言い訳が出る、という事は、半分はこの可能性がなきにしもあらず。恋人とは違った"ワーキング・レート"を楽しむ為に以前から契約更新がなされている、と見てほぼ間違いはない。通常これを「異性の親友」と呼び、当人達以外はその"サブスタンス"を理解し得ない間柄となり、新しい恋人がその神経を疑う根拠となる(後の半分は本当に「そんなんじゃない」と思われるので、さして心配は要らない)
第一人者・・・人生に於いて少なくても二度は醜態を晒す事が立証済みの。一度目は、優れた後人を指導する立場で、既に「時代遅れ・用済み」であるにも関わらず、その実存領域から孤立してしまう事への恐怖感(遅れてやってきた"実存虚脱→自我の崩壊")から知覚され、二度目は、"過去の偉業"という亡霊の為に、ヨボヨボの風体で「現存最高位」に君臨する者への栄誉を公衆の面前で称えなければならない(比較される実害に甘んじなければならない)状況下で知覚される。その「足掻き度合」に応じ、本人がとっくにくたばった後、公共の施設や設備、商標、果ては通貨に「苗字」や「在りし日の横顔」を宛われたりする事も。まさに踏んだり蹴ったりであるが、唯一の救いは、その多くが「醜態を晒している」事実に極めて無自覚である、という事であろうか
誕生日・・・人々が生きていく上で標榜する、あらゆる社会事象への"個人が関与する可能性"が"妄想・幻想"へと吸収される過程を、当該年数と同じ本数のロウソクを吹き消す事によって本人への自覚を強いる、年に一度は確実に訪れる拷問。個人差はあるが、早くは十代前半から自覚症状が顕れる事も
打算的・・・「後の面倒事を軽減させる為の算盤勘定」。この利用価値の高い思索について、理論上は人類が同程度の考えを持ちながらも、女性が適時利用を弁えているのに対し、残念な事に"男性"と呼ばれる種族が「後に更なる面倒事を抱え込む為のやっつけ仕事」となる手法しか講じられない事で知られている。つまるところ、女性が男性向けに利用する事で一様に"実績"を上げ、男性が女性向けに利用する事で一様に"株"を下げるという作用をするもの
出来るだけor出来れば・・・「いやいやいや!それが出来ないからこそ・・・」
突然の死・・・次の準備をする心構えなしにリムジンの送迎がやって来る事。「何故今迄できてたことが急にできなくなったのか」と疑問を感じる前にそもそも自分が死んでいることに気付かない状態。個体意識が認識に至るプロセスを飛び越えて個体が速やかに維持機能を停止する為に起こる。その人々(?)は大抵貴方の側にいて同じ繰り言をぶつぶつ言っている。そもそも何故そこにいるのかを気付くまではそこに留まっている。思念の固着化現象
とばっちり・・・自分が属する領域内から三面記事ダネが排出された事で、部外者から一括りに受け取られ、会話を意識的に加工されてしまい、挙げ句は人格否定にまで及ぶ事
探求・・・今際に後悔と徒労と自責の念に苛まれる為に最初から到達目標を設定せずに歩き回る事。それを誘引するのは「無意味」。"〜の筈"という過去の妄想に煽られてその為に個体の衝動を犠牲にしたような気になっているが、それは「やらねばならぬ事がある」と思いこむことで個体の立脚点が確保できると考えての上である。そうまでして生きる事が美徳なのか?それ無しでは生きる喜びも見つからないか?
転用・・・他国の"人工衛星打ち上げ用のロケット"が脅威となる事実。何をさしおいても(人類全体の技術的発展に関与するような事象であっても)そのロケットが原因で外交政策に精彩を欠く理由
得・・・人間の意志決定全般を左右する「マネージメント3要素(時間・場所・金銭)」のうち、いずれか一つに魅力があり、思案の末他の要素は騙されてもよし、犠牲にしてもよし、バカにされてもよし。注)1.家から歩いて五分の商店に、貴方の物欲レベルに触れた商品が定価付近で売っている。貴方は様々な情報を駆使して新たに三つの選択肢を手に入れる(この時点で既に時間を浪費しているが)。一つは「交通機関と労力を使って(丸一日潰して)遠くのディスカウントスーパーに出向く」、一つは「その商品が"型(流行)遅れ・在庫過多"になるまで待つ」、最後の一つが「リサイクルショップ・フリーマーケット巡り」と、合計で四つの選択肢がある。もし貴方が、知人や友人に対して「優位性」という精神的な"得"要素を採るのであれば、間違いなく最初の選択肢を選ぶべきである。選択肢は順を追う事に、"得"であるイメージ規模を縮小する傾向にある。つまり、周囲の羨望が嘲笑・失笑、果ては慰みへと変化する可能性があるのだ。そうなれば、貴方にとっての"得"は、極めて貴方個人のみに作用する"自慰的"なものとなる。注)2.仮に貴方が何の情報もなしに、ふらりと寄った店先で五千円の商品を衝動的に購入したとする。貴方の友人がそれと同じ商品を気に入り、貴方の所有状況を元手に様々な情報を採取してより値段の安い店を物色、購入したとする。貴方にとってその友人は、同じ商品を購入するまでの間「優位性」としての"得"をもたらしていたが、貴方と同じ商品を破格で購入した事で、今度は友人が貴方に対して「優位性」を主張し始める。貴方に残ったのは、友人が同じ商品を持つまでの間に貴方を満たしていた記憶だけである。友人の"得"は、貴方への羨望と情報の採取に時間を浪費した見返りとなっているが、商品に流行性がある場合、どちらかというと友人が惨めな思いをするのは時間の問題と思われる。貴方もさっさとその商品に飽きてしまうといい。リサイクルショップでも買い取りの値崩れは起こっていないだろうから。次からその友人は値段で勝負しようとは思わなくなるだろう
つぶしが利かない・・・真面目な性格と真面目な業務内容→金銭関与による協調性の欠落した
照れる・・・長年の知り合いであり、言葉数が少なくても十分意思の伝わる相手から、不意に素直な表現が投げかけられ、思わず「何を今更・・・」という返しが出てしまう理由
対抗策・・・素手にはカッターナイフ、カッターナイフにはジャックナイフ、ジャックナイフには日本刀、日本刀には拳銃(この辺りがボーダーライン→使用タイミング如何では双方とも"荼毘に臥す"可能性が高くなる)、拳銃には爆弾、爆弾にはミサイル、という具合に密度・稼働範囲を上げ合う事で、直接対決となる事態を避けているつもりでいる姿勢を双方共に願う様。つまり「取り敢えず一応所有する(出来れば使用しない、かもしれない)」事で所有者側に訪れる束の間の「緩慢・痴呆」状態(より優れた機能を持つオモチャを相手が開発・入手する迄の間は効力のある)。つまり、取り合ってしまわない(相手になってしまわない)為の武装化。やせぎすよりも筋骨隆々の方がイチャモンはつけられにくいでしょ?
天性の・・・優れた掛け合わせと的確な嗜好物を宛う事で開花するもの