「は」の暇潰し定義達
文明の利器・・・故障して場所を取るだけの体裁となって初めて正当な存在確認作業が行われるもの。「購入・保全・修理・処分」どれを取っても出費を強いるものであり、場合によっては、更なる自意識を高める為に購入した様々なアクセサリの利用価値をも台無しにする可能性を秘めた
プレゼント・・・他人の贖罪を喜んで受け入れ、自分の贖罪を包装紙でくるみ、不安定な所有物のご機嫌取り手段として重用する事。つまり「贖罪の相互交換業務」
他の事をする・・・持ち回り時間及び金銭をトレードして得られた主目的よりも、当座の副目的へと興味の対象が移行する事。「無理して並んだ封切り映画の内容が朧気である」「演奏会で流れてくる音響の振動は心地よかったが、音楽は半分以上聞いていない」等の場合、この業務を遂行している可能性がある(要は"寝ている")
飽和・・・"悦楽享受"の人口比率が高くなり、周囲と同じ条件で浸っている状態に一種の"物足りなさ・不満感"を覚える事で、鮮度の高い、(マスメディアなどの煽動により)まだ一般化されていないと思われる悦楽を探求する弾みとなるもの
ふるい落とし・・・長期休暇の効能→社会生活への帰属意思確認作業。復帰対応の柔軟性(隷属意識の定着率)と復帰後の稼働率を等級別に振り分け、ドロップアウトする危険性のある個体を正常個体からアイソレートし、リリース処理する為に管理側が用意するもの。社会人は言うに及ばず、早くは「夏休み・試験休み」「高校・大学卒業後の長い春休み」と言う形で施行されるのが一般的
パーツ(部分)・・・「背中が好き」「額の生え際が好き」「唇が好き」→全体には別段興味がないが"恋人になって欲しい"とか告白されているわけではない場合の用例。告白されている場合は、前例の語尾に「だけど・・・」を付加。万が一恋人になった場合、周囲の好奇を前述の理由で捌く為に保持し、「だけど・・・」の部分を「・・・だけど」に変更し、用例を修飾する接頭語として用いる。「鼻が嫌い」「目が嫌い」「口が嫌い」→全体的には好印象だが、恋人になった場合の"気に入らない点"を周囲に吐露する際の用例(例外)"特に"という冠詞が付く事で、総体・部分共に救いようのない状態を意味する。注意されたし
早とちり・・・人生の岐路に於いて「状況を見据える」「相手の出方を伺う」以外の主観的能動行為全般。結局は、誰かの早とちりに便乗するか、自分から早とちりを引き起こすか、赤の他人の早とちりに巻き込まれるかの選択しかない。損得は何れ付いてくる
腫れ物・・・会う機会が頻繁で、その度に程々の会話が楽しめていた相手に、より深い相互理解を実現させる目的で、親しみを込めて気の利いた洒落を言ったつもりが不幸にも真に受けられ、「こいつはこの程度の人間だ」と無言で断定されてしまい、それを契機に相手の下手に出ざるを得なくなる(ご機嫌伺いの"当たり障りない"会話しか出来なくなる)様。この"腫れ物に障るような"関係が成立してしまったら自力・独力での関係修復は不可能である。そうなる前に、件の"洒落が通じていない"と判断される時に、「そこで貴方に笑って貰いたいんだ」とにこやかに提案してみるといい。大抵は引きつりながらも笑ってくれるだろう。そうすれば「こいつにはこういう側面もあるのか」と、若干好意的に受け取ってくれるはずである。だが稀に「人をバカにするな!」と頭ごなしに怒鳴りつける"腫れ物性癖"を持つ者も存在する。この手合いは、周囲の人から長きに渡って"腫れ物"として承認されているのだ。"腫れ物"の古くからの友人もきっと"手を焼いている"に違いない。従って余程の利害が絡んでいない限りは怒鳴られた時点からなるべく相手にしない方が賢明である(もっとも、大抵の場合"腫れ物"の方から遠のいていくだろうけれど)
不況・・・実はこれを声高に主張する連中が民衆をあおり立てる要因を生み出している事に 1.気付いていない 2.気付かないフリをしている 3.それを逆手にとって私腹を肥やしている、という"からくり"である事が徐々にバレ始めた感のある、近代的民衆煽動・鼓吹・浄化手段
卑下・・・口汚く尊敬される事。大抵が「常識」の範疇から飛び出た個体の行為・在りようを罵るが、本心で羨ましがられている様。「〜が邪魔して・・・しない、出来ない」というのがその羨ましさに対する言い訳。演劇等の幕引時に立ち上がって「ブラボー!」と叫ぶ人を嘲笑うのがこれに当たる。常識的に「馬鹿な・愚かな」行為に及ぶ事で試行側に奇妙な優越感を伴わせる効能がある
美・・・意思決定時の「袖の下」。同程度の実力・能力を有する二者以上を選択する必要に迫られた場合「より好ましい」という観念を予め植え付ける力を発揮、これをもって"公平で正当な判断"という戯言は綺麗に打ち砕かれる。それだけその存在が雄弁であると言えるが、その陰で犠牲になる連中の物言わぬ屍が累々と横たわることを忘れてはならない。従って"美"とは、夥しい"醜"という「屍」が、その存在価値を光り輝かせるのだ
豹変・・・相手の気を引く(モノにする)為に被っていた"建前の仮面"が、相互意思確認による所有化が決定した瞬間から次第にムレ始め(背伸びしていた状態が長引き、ふくらはぎが痙攣し始め、若しくは"きぐるみ"の中で窒息しそうになり)、急激に"淡泊"な態度に変化、相手を愕然とさせる様
閉口する・・・以前聞かされた覚えのある話を、前回と同様の抑揚をもって相手が綿々と話し始める様。「前にも聞いた」とクギを打つ勇敢さを有していない、若しくはクギを打てるような立場の輩ではない場合に顕著。だが、その話の山場で、以前の学習を踏まえ、より効果的な合いの手(感嘆詞の類)を入れられる、というメリットがあり、それに乗じて相手の機嫌を高レベルに保たさせるチャンス、と考えれば少しは気が楽になる筈である
排泄物・・・じき咀嚼される物。創世に関わる極めて重要な形質。貴方の食欲をそそるに十分な、全ての高級食材に悉く記憶され、充填されるもの。そして宇宙に還元され、やがて宇宙を生成する
老け入る・・・"あと何回味わえるか"という心情
排泄行為・・・個体が感知できる領域(家庭等の限られた)以外での目的達成に際し常に高レベルのテンションを伴う行為。「公共施設」と呼ばれる大多数が一つの領域を共有する場所で不用意に催され、あまつさえその行為が別個体に感知される事で、時には数十年に及ぶ「第二の呼称(渾名)」で親しまれる特権を与えられ、為した個体の人格形成及び行動形態に多大な影響を及ぼす。人生を通じ、特に十代前半に至っては細心の注意を払う必要のある
馬鹿・・・外部依存でのみ機能する主体性しか持たない、あらゆる束縛と制約に安堵し(そうすることで"世間体"という言い訳が立つと思い込んでいる)、目先の状況で一方的な結論を下し、その愚かさを他人に当て擦る能力を授かった動く肉塊。おかしな事に「馬鹿」と言われる・思われる事を最も嫌い、日々どうでもいい情報やメディアに振り回されて(知識や雑学として身になっていると思いこんでいる)、首を縦に振る単純動作しか出来ない者同士で群を成すことで安堵感を得ている。「他人が満たされる(幸せそうに見える)」事を、筋肉笑いを浮かべながら心の底で嫌悪する。貴方が正気でいたければ、極力この手の類とは接触を避けるべきである。不幸にも相手をしなければならないなら、何も喋らずにいる事だ。そうすればこの手の類は簡単に貴方を「馬鹿」と決めつけ、連中から貴方との接触を断つ筈だ。それにより貴方の内面の平穏は保たれる。しかし貴方が最も気を付けなければいけないのが「親切と優しさを他人に押し付ける事を美徳とする馬鹿」である。連中は貴方の興味を引こうと様々な目に見えるお節介を焼きたがる。その結果貴方の「役に立っている」と思い込むことで"貴方を見下す"という優越感に浸ろうとするのだ。不幸にもこれに遭遇した場合、貴方は形ばかりの礼を払うことだ。こうすることで連中のご機嫌は保たれるが、「恩を売ってやった」という負荷が罹るのを忘れてはならない。貴方は連中同士の不毛な会話のネタになっている筈だ。それがいやなら無視する事だ。とりあえずは徒党を組む馬鹿の仲間入りをしなくて済む
ブラフマー・・・創造神→年金生活世代(礎として踏み固められるべき) ヴィジュヌ・・・繁栄・維持の神→管理世代(あらゆる軋轢を担う事で) シヴァ・・・破壊神→子供達全般(後にここから新たな創造が始まる、とされている)
バカにつける薬はない・・・稼働部品の手入れに追われている炭素組成生物に根元的治療法は存在しない、という事
バカは死ななきゃ治らない・・・"死んでも治らない"というのが真意だが、目障りでなくなった分だけ言葉ほどの実用性があると認識されているもの
励ます・・・立場が違う(同じ境遇に陥る可能性のない)事を確認した上で、挫折しかかっている他人の悪あがきを適当に刺激してやる様
美貌・・・商品価値。学識や知識で武装する手間が省けるので、より楽に食い扶持を確保することができるが、これを有する多くの個体はこれを維持する事に振り回されて人生を消費するのが通例であるが、反面、極めて巨大で永続性のある優良市場でもある
不覚にも・・・「一体何を考えている!」と罵られてもなお自らの生理衝動の歯止めが利かなくなる様。肉体・精神疲労時に於ける感覚的刺激により露見する場合が多い。"徹夜明け"等のシチュエーションでお馴染みの
破廉恥極まる・・・"子供・小動物・死に損ない・第一級障害者・他国の難民"をエサに名を馳せる思惟行為全般を美化するもの。収益事業から公益事業を取り出す時に用いる
博愛・・・実に厄介な話だが、ある才能を用いる事で世間的に認知され、地位と名誉を手に入れ、物や肉で満ち足り、その安寧な生活に飽き始めた連中はどうやら「人が殺し合わず、死の恐怖からも解放され、国境も、宗教もなく、自然と共に人類を愛と平和に育む」という大嘘を本気で人類の"幸せ"と考え始めるらしい。この症状は地域を問わず、ある一定の概念を有する事(個人の発言・行動が世間に影響を与えるポジションに就いている事)により発症する。それは「自分の才能ではもうやることがなくなって後は死ぬぐらいの事しか出来ない。"金"も"名誉"もあちらの世界での"至福"と換金してくれる業務がある訳ではなさそうだ。そうなれば来世での安泰はここにいる連中を哀れんで施す事で報われるはずだ」という帰結により一時的避難場所としてこの考え方を受け入れることで起こると思われる。残念ながら今の医学をもってしても彼等を正気に戻すのに有効なクスリ・療法は存在しない。屡々「つくり笑顔と甘ったるい言葉で人の頭でも撫でてやる」行為が愛であるという思い込みと潜在的優位性と傲慢さを携えて(隠し持って)やって来る。称して「愛の安売り・押し売り人夫」。一般化されていないが"破廉恥"の隠語としてこの語句を使用する場合がある。極稀に"死に損ない"からの参入も
別売・・・でかい買い物をして当分入り用はないと思われる人間を否応なしに来店させる憂き目に遭わす「隠し玉」。更に癪なのは、大抵が「定価とさほど変わらない」値段で購入しなければならないところである。メーカーや小売店も、これを見越して本体の価格を抑えられるのだから止むを得ない、といったところか
崩壊・・・"惰性"と"思い違い"という爛れたまま放置された傷に溜まった膿を吸い出す為に、デモンストレーションでとして日夜親しまれている先の見えない間怠っこい議論を飛び越えて横っ面をひっぱたく実力行使に出る事。つまり「効きもしない塗り薬を塗布してその場しのぎの時間稼ぎをするのなら、爛れた細胞ごと根こそぎ切り取る」潔さ
風習・・・踊る・痛い思いをする・汗をかく・入管で足止めを喰う、のどれか、若しくは全て
保証・・・国が、社会が、企業が貴方と貴方の行為をネタに「ゲーム賭博」を主催する事
"ほっ"とする・・・自分よりも身体能力の劣った(と本人は思い込んでいる)友人と一緒に過ごすひととき。「妙な意識をせずに済むので"楽"」という本心から
必要・・・用が済めばすぐに破棄できる体制を整えて多くを欲し、肩代わりしてもらう事。「足りない」が故に欲するのではなく、「ちょっとした小細工で簡単に入手・代用できるのなら敢えて自分の手を汚さなくてもよかろう」と、物のついでに欲する様。よって「僕にとって君が必要だ」と囁かれたら「僕のケツを拭く紙になってくれ」と思っていれば大抵は間違っていない。人間が人間を必要としている場合は往々にして「尻拭い」してくれる人物を当て込んでいる場合が多い。そうすれば行為に及ぶ結果如何で「非難される」可能性がある場合のリスクを分業してくれると見込んでいるからだ
不必要・・・入手済みの"必要"のうち、何となく「場所を取っている」と思われるものの総称。通常は「棚の上→戸棚の中→押入→物置」の順に居場所が変遷し、「集積所・知人・バザー」と言う末路を辿るもの
奉仕・・・見返りを求めていない"フリ"をする事で他人を欺く害悪が相殺されているという思い違いに依存して自らの手を汚す行為で満足感を得ようとする愚行の一つ。主に「他人の幸せの為」という思い上がりから発生、受け手側に「慈愛」という足枷を填め、"未来の僕"としてタダ飯にありつく際の"足掛かり"とする
法則・・・癖や趣味を実益に昇華させる為に考案された「依存しても他人から文句を言われる可能性の低い」体系の根幹を成すもの
誉める・・・真剣におだてる事(油断させる為の常套文句)→狙い:出し抜く
本質・・・"理屈"と認識され始める迄の、他人が無言でいる頃合
秘密・・・「筒抜け」になるであろう事を重々承知の上で他との馬鹿さ加減を競い合い、双方の馬鹿さ加減を互いに共有する事で漏洩に対しての抑止力になっていると思い込む事で相互欺瞞を生み、結果として知り合いを減らす事。時間的振幅により「冷ややかな視線・冷笑」を送る人物を増殖させ、予想外の結果を生む
犯罪・・・個体が純粋衝動として自らの快適性を追求する行為の内、そのプロセスで他人の快適性に抵触する恐れのあるもの、若しくは他人の快適性を侵害する事によって購われる快適性。俗に(社会的規範に於いて)"罪を犯す"と位置付けられている行為が他人に知れる事を意味する。1.本人に罪を犯したという認識がない 2.他人がそれを黙認している(直接利害に関わらない為) 3.そういう趣味が生き甲斐で、欲望のはけ口となる 4.そもそもそれが何故罪となるのか、納得のいく説明を誰からも受けていない という条件が個体の行動を司る要因として重なり、エスカレートする事で公的機関・有識者・学識経験者に食い扶持と自己満足とを宛う、有意義な経済活動の一種
不運・・・当人以外に張りと潤いを提供する"慈善事業"の一つ。前提として「一過性」である事が好ましい。それ以外(永続的・慢性的の場合)は、当人に張りと潤いをもたらし、周囲に不運を散布する逆の現象を招く。つまり、「たまたま降りかかった不運」は迎合され、「年中不運」は忌避される(永続的・慢性的不運は"不幸"へと昇華する可能性を秘め、それらはやがて"口癖"となり、"趣味"の一環として日常に取り込まれる)
ビジネス・・・法王のCDから殺戮兵器までに貫徹した理念
流行り廃り・・・システム概略:1.自分が感染した"流感"に対する冷静な分析を試みる 2.感染源の特定及び現状(感染人口等)の把握 3.感染源より新たに撒かれた魅力的な"流感"にまたしても(無意識に)冒される 4.周囲も冒され始めている事に安心する 5.冒されている比率が増加する事で鮮度・風味が落ち始める→1に戻る
日の目を見る・・・処分方法に思案した挙げ句、物置の隅で埃を被っていたガラクタと同型のガラクタがメディアで担ぎ出され、思わぬ高値を付けている事に気をよくして「その価値に前から気付いて大切に保管しておいた」と周囲に吹聴して回る事
便利・・・浪費の保険
不便・・・欲望の保険
贔屓・・・容姿端麗・頭脳明晰という"強力磁石"に吸い寄せられて個別判定基準(方位磁針)が気付かぬ内に、或いは意識的に狂い出し始める様
ハリウッド映画・・・性交渉をより円滑にする為の媚薬(医薬部外品)
振り回される・・・目的意識が似通っている、という理由で自分の都合と相手との共同作業でもたらされる利得とを天秤に掛け、相互に譲歩する姿勢を見せる事。最終的には「振り回されている」と感じている当人が相手を無意識に振り回している事実に気付かないほど悪化。恋愛関係に於いて、間違いなく双方が思っているもの
下手なこと・・・その後に浴びるであろう周囲の非難を考慮しなければ「やってみたいこと」。傍目では「バカなこと」であり、衝動的要因の極めて高い部分で、「取り返しのつかないこと」となる可能性を秘めた(例)スピーカーの丸い部分を指でつつく・自転車でわざと側溝の部分を走る・公園の手すりやガードレールの上を歩く等
保守・・・枯れかけた巨木を切り倒す勇気のない、その巨木の為に土壌を悪化させたツケを後人に押し付ける迄の間、その巨木の手入れをしているように見せかけて生計を立てる輩が得意とする
忘却・・・非常に難解なプロテクトが(個体の意識に関係なく)掛かったプログラム→その存在を"忘却"していなければこう解釈できる。それすら"忘却"したのならこの項目そのものを"忘却"し、"忘却"という単語そのものを「忘却」すると貴方の為になるが、「忘却」という単語自体に覚えがなければこの項目は飛ばした方が賢明だろう
はき違える・・・良くできた場つなぎの言い訳を作為的に「思い込ませる」行程で被験者が運悪くその言い訳を「肯定する」暴挙に出る事で当初の予定と大幅に食い違う結果を招く事。既に「思い込ませた」言い訳を有す複数での集団洗脳により修正可能
非難・・・大勢に加わって少数を誹る事。その際、自分が大勢の出であることを速やかに正当化する言い訳を平行して探すことが重要である(別の糾弾より逃れる為)。50対50の場合は男女の比率・権威ある人物の有無がものを言う。その際の判断基準は多勢に委譲。貴方はただ、一方的な愚にも付かない主張を声高に延々と繰り返している次期A級戦犯に調子を合わせて「そうだその通りだ!」と相槌を打っているだけでよい。そうすることで集団としての意向は保たれる。仮にバカを見る時も連帯責任で済むので、少数に属するよりはリスクが少ない
物質至上・・・鶏はタマゴを生む。タマゴはヒヨコとなり、成長して鶏となる。この流れのどこか一つを人為的に絶つ事で操業を終わらせる事は出来るが、鶏もタマゴもヒヨコも得られなくなる。世話を焼いた分の還元が見込めなくなる。手に入らなくなる。所有物にならなくなる。潤さなくなる。満たされなくなる。すると困ったことに貴方は"幸せ"ではなくなるのだ。「得られ、満たされることが幸せであり、それらを延々と生み出す作業に従事し、子供らに同じ苦痛を受け継がせる」と学校で習ったから仕方がない。だから回り続けるしかないのだ。"それ"が得られる内は。"それ"で浮世を忘れられるのなら。"それ"が生き甲斐になるのなら。"それ"に依存できるうちは。それから先の事は貴方達の"保険"に押しつければいい。人間という存在が「何かを成す為に生まれてきた、そのような筈ではない」という思い込みで自ら生み出してしまった"進化する袋小路"である。仮に貴方が何かに気付き、立ち止まったら、後に続く多くの人間が貴方を速やかに圧死させることだろう
本物・・・異形で不安定、難解で無秩序な形質が埃をかぶる事。1.権威あるバカ 2.良識を盾にする露出度の高いろくでなし 3.都合の良い投機先を見繕っている金の亡者等の介入により創作者の小言を聞かなくて済む(他界している)事が確認され次第、市民権を得る(金にする)為の算段に取り込まれる
複製・・・より優れた(楽な)形質を有する革新的な二番目以降の「金になる」と判っている"商い工芸品"
人の子・・・警官や教師や代議士や聖職者の"呑む・打つ・買う"に言及して
不安・・・欲望に方向性を持たせる個体原動力の一種。「もしこの現実が全て夢ではないか」という思いこみで現実に於ける不安は多少軽減される。大抵が目先の個別スタンスに対しての漠然としたものであることが多い。恐怖とは親戚同士だが、こちらの方が生ぬるく、潜在的で持続性のある痛みを伴う。従って目の前に顕現化した不安は"恐怖"となる
平安・安定・・・次の「貧乏ゆすり」までの準備期間。一般には「動作が緩慢な様」程度の認識
発生・・・"発生"の発生はその発生に際し"発生"を発生させ続けている。つまりその"発生"の発生に際して"発生"は発生を発生し続けているのだ。「なるほどそういうことか!」とおっしゃられた貴方は地国で閻魔様に引っこ抜かれるだけの立派な舌を、天国で天使達から授けられる月桂樹を載せる立派な頭をお持ちだ。その調子でせいぜい絶対的象徴のご機嫌を取るべく「人助け」とやらに勤しむといい
破廉恥・・・単に見てくれのイカレ具合と言動の辛辣さが物珍しがられているだけであるにも関わらず、それらを拡大解釈し「人間性が肯定されている」と勘違いしてのぼせ上がる・図に乗る事で増長した結果、旧知の馴染みから足下をすくわれる羽目となる連中が最も認識したくないもの(転じて、思い知らされるもの)
プロモーター・・・サラダボウルを持って小銭の徴収を行う者。吸着側よりデカイ小判鮫
爆弾・・・次の創造及び経済活性化に向けて有意義な種子の詰まった、解体業者に職を与える(規模が大きい場合はこの逆)だけの根拠がある
薄情・・・"自分が一番大切である"という根本原則に偽りのない
背徳・・・より複雑で負荷のかかる(管理職以上の)職務に就く際に習得が義務づけられている"必須履修科目"。会社全体の循環をチェックする為に、ボトムからの"停滞要素"をトップに察知されないよう穏便に処理する、若しくは好意見を吸収し、私的見解として上申、半期毎のボーナス査定を有利に運ぼうとする能力。恒久的なスパンよりも目先の利益確保が最優先課題とされている。この能力を身に付ける事で、土地付き一戸建てを手にするだけのローン耐性が整う、とされている
背任・・・誘拐行為。事業体が操業により培った社会資本のシステム体系(虎の子)の有用性に着目し、経営者(親)に無断で持ち出し(連れ回し)、私腹を肥やす(慰み物にする)事
皮肉・・・思考承認プロセス上での"斜行癖"
美化作用・・・脳内映写機に投影するレベルに達するには情報量が少なく、正確な記憶として思い返す機会に恵まれなかった事が幸いし、保有していた映像に意識的な手直しがかかり、勝手な妄想へと姿を変える作用。主に衝動的欲望の自律相殺手段時に於いて即効性のある
避妊具・・・還元率の高い"宝くじ"。「十中八九当たらない」前提が購入動機となる為、仮に"大当たり"の場合、個体の日常生活全般に多大な影響を及ぼす要因となる。宝くじ(避妊具)会社を相手取ってPL訴訟を起こす機動性がなければ、それを以て"宿命"と取り違えると少しは気分が楽になる、かもしれない
不幸・・・現実の餅を美味しく頂くことの出来ないさもしい精神状態。しかしながらこの状態を発憤材料とすることで幸福に移行することが可能。その際の原動力は言わずもがな"欲望"である。まさに悪循環。三者は互いに他を侵略する事で潤いを保っている。大方の人間はこのサイクルを行ったり来たりして対外的な体裁を取り繕う。純粋認識下では、申し訳程度に突きだした氷山が幸せならば、水面下のとてつもない大きさの氷の塊が不幸であると考えられている。それだけ犠牲を必要とするのだ。屡々「極限まで抑制された生理現象が不測の場所にて解放される」事で発生したりもする
反省・・・仮に今読んでいるこれを床に放ってみる(本当に放るとそれどころではなくなるので注意)→拾い上げる→何処を読んでいたか判らなくなる=とりあえず断片としてもたらされる「顛末」によりうなだれる。つまるところ、個体の行為全般に付いて回る"金魚のフン"。個体の行動ををより狡猾にする為の学習機能。主に余計な癇癪により手近にある高価なものに八つ当たりをした後処理時等に発生。加齢や環境の向上(人から指摘を受ける立場から遠のく等)により、表現として露出する事が忌避されるようになる(プライド・自己顕示欲等の副産物により)
保存・・・余計な延命措置を施すことで存在が本来持っている形質を損ない、仮死状態に陥れる事
バカ後悔・・・連続した達成条件のうち、一つが得られればそれだけで満足すべき結果であるにもかかわらず、前後の二つも手に入れていた場合の収益を想像する余り、周囲の反感を買うに十分な不満を露わにする事(例)宝くじの一等が当たり「前後も購入しておけば良かった」と口にするような
破壊・・・創造の種蒔 創造・・・構造的破壊
非合法ドラッグ・・・この物質世界に於ける一方的な判断基準を根底から見直す(一定に仕切られた点滅速度での認識を、拡大された感覚を用い、肉体時に割り振られた一方的なリアリティーよりの解放を促す)手段としは非常に有効な、当然ながら物理世界の(人間同士の共生を司る)決まり事を逸脱する(物理・非物理世界の領界分別を曖昧にする)という意味で非使用者の神経を逆なでする根拠のある。これを使用する事によって「肉体・精神の侵蝕、中毒依存症状」を"害悪要因"とし、潜在的次期使用者への"戒め"としているが、実際は使用者の肉体及び精神が「一方的なリアリティーへの拒絶→拡大リアリティーへの移行準備」を無意識に行っているに過ぎない。つまり、「物理世界の個体協調意志の減衰→すがれるだけの魅力消失」という使用者の"絶望より見出された希望の光"が反映されているだけなのだ。が、それを悟られると物理界に於ける「社会的」秩序に依存する理由が無くなってしまう恐れがある(文明の空洞化→物質依存がもたらす幸福感の崩壊)が、現在の様に「社会」が保有・小出しにしていた価値観に個人が依存するほどの権威が消え失せている状況下では、何らかの(使用時の環境を制限する隔離施設の提供→医療機関等を利用した)条件・制限付きで合法化せざるを得ない、と思われる。条件付きで認可されれば、使用側も「その程度の価値がこの社会には残されている」と感じるかも知れない。いつまでも対策を渋っているとやがてこの世界は「禁酒法下のアル・カポネ」が席巻する事にもなりかねないのだ
破綻再生・・・"膿の吸い出し"を行わずに縫合施術をして、施術を行った連中がくたばるまでは治療しているように見せかける事。仮に内容物の腐敗が著しい場合は、新しい皮膚を調達、傍目を幾重にも誤魔化す様
判定・・・"バカ二人"よりも"アホ三人"の方が、"アホ五人"よりも"バカ十人"の方が、同じく"バカの五点"よりも"アホの十点"の方が相対的に優れているという通俗理念。翻って先ず、これらの"脳味噌に蜘蛛の巣が張った"連中を事前にチェックする審理機関が必要と思われるが、それ自体"バカとアホ"の持ち出したイベントならば致し方ないと思われる。そうなれば「踊らにゃあ損」という心持ちでいる方が幾分気が楽である
法・・・道徳・倫理よりフィードバックし、その振幅(柵)内で人間(羊)を飼い慣らす為の技術。経済機構を円滑に運営する為の"牧羊犬"の役目を果たすが、羊が囲われている柵は頑丈ではなく、所々逃げ道もできている。管理者(政治)もその事を重々承知で放置しているが、それは"厳密にこれを執行すれば全国民をブタ箱に放り込まなければならない危険性がある為"である。そうしないと経済活動が希薄になる恐れがあるからだ(注)実際はこの社会全体が柵ではなく、大きなブタ箱であることを国民が認識できないだけ。と、いうことは国民は羊ではなくブタという事になる→「ブタは太らせてから喰う」は言い得て妙
非日常・・・日記の内容。運動会で変成意識を体験するような
平和・・・あらゆる意味でねじ曲げられてしまった哀れな言語。昨今は"麻雀の役"と言った方が存在価値がある。その真意は、それとはほど遠い状態より抜け出たほんの束の間の状態。期間にしておよそ18時間程度(平均的睡眠時間を差し引いた数字)。それ以後は混乱→怠惰へ移行。最早言葉程の状況が現実化する見込みがない"過去の言語"
風土病・・・観光旅行の名目で立ち寄った異国の光景が"電気的触媒作用"を肉体に及ぼし、細胞が"先祖返り"を起こして帰還不能になる様。別名"土着効果"
変動相場・・・生きているうちにやらかした粗相が祟って付加価値が下落し、便乗して立ち上げた様々な商売に致命的な打撃を及ぼす事
発狂・・・数十年間人間を続けてきてある日「あっ、そういうことか!」と悟ること。通常は究極的自己意識拡大に伴い自我・肉体や神経系統にまで偏重を来すが、このバランスをとる工夫さえ出来る能力を備えていれば"聖人"として信仰対象にもなりうる。大抵は"能なし"として屡々厭世志向を取る
フォアグラ・・・これを常食する特権階級に「フォアグラのような出で立ちの連中が多い」という事で"共食い"の晩餐儀式に用いられる高級食材
文明・・・人間の能力を効率よく奪い取り、無力化し、物質に依存させ、物質を身の回りに置く優越感・安堵感を積極的に煽ることで進歩していると思いこませる為に考え出された実に美しいスローターシステム。大抵は政治・経済とががっちりスクラムを組んで人間を貶めるが、多くの人間はそれに依存しきっている為に如何ともし難いが、麻酔が要らない、と言う意味では実に良くできた脳性マヒシステムと言える。更に進歩すればそのうち人間はダルマ(目に墨を入れるアレ)の様な形質になるだろう。それでよければそれでよい。人類の望む事だ。否、望むと望まざるとに関わらず
文化・・・現在では11月にバザーや露天を出す、通り一遍の儀式を行うだけの"うち捨てられし"言語。元々は"人間生活を高めていく"という意味合いだが現在では"物欲生活に拍車を掛ける"為の様式美。「物質至上が人間生活を高め、豊かにする」という洗脳教育が功を奏したと言うべきか。何れも政治・経済・文明及びそれらで潤滑する金による影響をまともに受ける為、その性質は脆弱となる
評価額・・・有名なボクサーが繰り出すパンチ一発と肉体労働者一年分の給与が一致するからくり
病気・・・個体の本体を構成する夥しいパーツが最小単位毎に"より楽な"状態に移行する事でパーツの組成物が機能停止を起こして実生活に支障を来す事。単位事にこなせる仕事の質量に対する増加率に伴い、それに見合った休暇を与えない為に単位事の組合が起こす"ストライキ"のようなもの。要因は様々であるが(主に外因・内因等の負荷)非常に微細な細胞がより「楽」になる事でそれを含有する細胞達が徐々に「楽」になり、最終的に機能を司る部位がとても「楽」になる事で発生。が、パーツを構成する本体を失う事によってそれらの障害からは解放される
豊富・・・余計な(ビギナーを惹き付けるに足る魅力を備えた)
疲労・・・存在に於ける行為の"上納金・年貢"。とりたてて本人の気を引かず取り立てを行う為に、他人から指摘されるまで気付かない事の多い
風格・・・個体の皺の間に溜まった塵、経年劣化。趣のある"風化"が醸し出すもの
皮肉・・・期せずしてダイレクトに駆動した冗談・洒落。鈍行列車の区間をリニアモーターカーで突っ走る程の勢いでまくし立ててしまったが為に、景色という"趣"が綺麗に消し飛び、余りにも速く目的地(腫れ物の部分)が露呈されてしまう為に起こる
武装・・・「個体が社会環境に適応する為には、その前提として周囲の個体に迎合されることが優先課題である」これは個体が快適且つ円滑にライフサイクルを全うする為には必要不可欠な要素である。個体が存在としてこの物理世界に落ちる過程で、実に様々な要因が、それから先の人生に於いて身に付けるべきアクセサリーを左右する。先ず「レベルS」だが、個体を生み出した両親の融合度合に加え、両親の稼働質量によってもたらされる(金銭的)権威が周囲に迎合する度合を指す。「金持ちでハンサム・スポーツ万能で秀才」という評価。次に「レベル1」だが、個体を生み出した両親の融合度合で決定され、そのままの容姿でも周囲に迎合する度合を指す。「ハンサム・スポーツ万能で秀才」という評価。次に「レベル2」だが、容姿を度外視し、頭脳の出来具合が周囲に迎合する度合を指す。「インテリ・エリート」という評価。次に「レベル3」だが、容姿・頭脳を度外視し、運動能力の出来具合が周囲に迎合する度合を指す。「スポーツ万能」という評価。次に「レベル4」だが、容姿・頭脳・運動能力を度外視し、両親の出来具合(後光)が周囲に迎合する度合を指す。「金持ちのボンボン」という評価。最後に「レベル5」。新興宗教の熱心な信者になる・偏重した趣味に己を見出す事により、或る特定の周囲に迎合する度合を指す。「よくは知らないけど、真面目で大人しい人でしたよ」という評価。この「レベル5」に関しては、前述の「レベル1〜4」からの参入者も含まれ、受け皿としてはメジャーになりつつある
本音・・・"閉所で身をかがめて指を湿らせながら札束を勘定する"部分。個体の密かなる"愉しみ"の部分であり、且つ見咎めを受ける可能性のある部分だが、「何が悪い!」と開き直れれば、立派な根拠が存在する分、他人がとやかく言う問題ではないが、次回から"慈善"という説得力は消え失せ、理解者と思しき友人を減らす事にも
反体制・・・ファッション全般に渡りエッセンスとしてもてはやされ、幼児の遊び道具としてフィードバックされ、十分去勢された形で体制に取り込まれるもの。"体制"とは「主従」の関係にある
弁明・・・過去の不遇を寄せ集めて現在焦点を当てられている問題への情状の余地拡充に用いる事
弁解・・・過去の不埒を寄せ集めて現在焦点を当てられている問題の詳細を克明にする自滅行為
平凡・・・"理想"とされている「踏み台」。この状態を望む・公言する事により生じる美徳があたかも自分が"非凡"であるかの錯覚を起こさせ、それをもって自己満足へとすり替わる性質を持つ
非凡・・・悪あがきが尾を引く事で"才能"として誤認される、それ自体"至って平凡"。間違いなく全人類の全てが自らに対して抱き、周囲にそれとなくアピールする事で知覚される
不景気・・・"景気"という、近来稀に見る凶暴性を持った怪物に対して、それを最初に発明・使用した愚か者を断罪し「市中引き回しの上打ち首獄門」とする事を可能にし、全国民の怒りの矛先を受け止める勇敢さを持った。さあ、みなさんご一緒に「お前が悪い!」
ふれあい・・・「性善説」信奉促進用宣材。他人の痛手を共有する嗜好 なれあい・・・「性悪説」承認用宣材。自分の痛手を黙って肩代わりさせている間の"ふれあい"
風光明媚な・・・血塗られた惨劇、殺戮、惨殺、凄惨な過去の夥しい思念が染み込んでいる
偏執狂・・・純粋芸術家。純粋蒐集家。超単一指向性のエネルギー互換(放出・収束)作用がもたらす存在確認業務に御執心の
風景・・・目にするものは、全てが心地よく、思い描くものは、全てが物悲しく。それらが全て、情報によって刺激され、蓄積し、その刺激は知覚によって容易に引き起こされ、物理的リアリティの結実した証拠物件となり、営業成績として記憶内に映り込む。それは恰も「サブリミナル効果」の様に、何て事はない日常を続けている、ありふれた瞬間瞬間に差し込まれ、光を帯び、色を帯び、鮮やかに、優しく、人を苦しめるのだ。このような機能が標準装備されているお陰で、多くの個体は生きる喜びが未来にあるものと錯覚し、悲しみを過去へと置き去りにする事で、現実が何となく進んでいる様な感覚をおぼえるのである
ビジネス・・・純度→鮮度→精製度→販路という順にコスト低下を実現させる事で、システム考案者の資産を増加させるもの
発祥・・・「なあ、ちょっとこの姿勢も飽きてきたな」「ああ、そろそろ次の姿勢に移りたいな・・・何か良いのはないか?」「おーい、みんな!これは楽しいぞ!それに楽だぞ!お前らもやって見ろよ!」「どれどれ・・・うおっ、こりゃあ楽だなあ!」「ああ、確かに楽だ。こうしてこう繋がればいいだけだし、これなら随分と楽しめそうだな。しばらくはこれでいこうぜ!」と、原子達の挙動が変化し始めたポイントの
不一致・・・互いの「独占欲・依存欲(支配と隷属)」が噛み合わない事。互いが互いを「支配」しているものと勘違いしている事から発生する。つまるところ"主役"は二人も要らない、という事
不評・・・余計な説明や釈明をしなければならない、見ただけでは真意が伝わる見込みのない(一般人の観念を凌駕している、又は単なる"未熟"な)様
腐蝕、或いは侵食した・・・ユネスコの「世界遺産」登録済み物件の
平等・・・死ぬまでは生きている(生かされている)位の。それ以外のは「妄想」。一般的には"背丈を同じにする為の台、同じ目方にする為の重石、同じ稼働力にする為の手助け"と思われている(等級付きの障害はこの限りではない)
発明家・・・"人類の進歩に貢献する純粋な目的意識"という「野放しの"正論"と名の付く凶器」をフル活用し、その後の人類を大幅に後退させた贖罪を負う必要のない(その頃には既にこの世に存在していないのが通例)、未来に於いて評価の基準が大幅に入れ変わり、「断罪人」として記録媒体にその名を連ねる勇敢さを持った(贖罪対象として大した意味をなさない)
ひがみ・・・身体的特色の立脚点が常人より低い位置に設定されているという思い込みが先行する事で自己弁護が饒舌な様。通常「どうせ私は〜」で始まる
被害妄想・・・(参照→強迫観念)敷設された地雷に触れる不安に苛まれ、挙動や言動を著しく圧迫し、その時にフィードバックされた(肉体・精神が受けた)不快感を十二分に学習・吸収し、やがては何の関係もない(敷設に携わっていない)他人に対しても過敏に反応、臆する事で"癖"の一つとして定着し、自分の領有地に聳え立つ城から外へ出掛けなくなる事。そしてこの手合いが行き着く、最終的な判断基準は「城から窺える眺め」だけとなり、二次元に展開される"絵画"のような印象で全てを知った風に一方的な決めつけを行なってしまうのだ。貴方の周りにもいるであろうが、一度会っただけ・見ただけで善悪・正誤の断定を行ってしまう人等は、過去に敷設された地雷が撤去されていないという事が考えられる(これらは格好良く"トラウマ"で片付けられる場合が多い)
紛争・・・一抱えある菓子を頬張りながらテレビを見るぐらいしか趣味のない連中への刺激亢奮材料として、作為的ドキュメンタリー・自然災害・動物・子供モノ等を凌駕して重用される"放漫先進国用の映像ダネ"。他国間の戦争がシステマティックでロジカルな、映像として実に味気ない側面を持つ為、"内戦"としてより生々しい現実を提供する、という意味に於いてこの手の血なまぐさい戦闘は、その火種をこちらから(殺戮の動機を植え付ける。通常"外交"というビジネスを)用意すれば、ほぼ恒久的に"高視聴率を叩き出す映像"と"抑圧された感情への同情と人間的耐性への関心"材料を供給できる場所として認識されている。当然ながら、政治的解決・会談による和平への糸口を自力で模索し始める、というのが最も厄介な
本格的・・・初見の人間を騙す(払われた犠牲や因縁等の暗い過去を隠蔽する)為に、表面上煌びやかに映る他地域の歴史的建造物の張りぼてやデフォルメ、意匠を日常生活・遊戯アトラクションに取り入れる商業行為全般。建国して間もないが経済力旺盛な国家が得意とする
翻弄・・・言葉に振り回され、行為に依存する「外から付け足す・奪い取る生き甲斐」を肯定している間は蝕まれている事に気付かない"病原体"の作用。その病原体は脳にある種の信号を送り続け、その信号で貴方の挙動は決定される。その信号とは「自分の欲望の為に」という極単純・純粋で持続性の強いもので、肉体の耐性レベルがその信号と行為、及び外因の間で均衡が保たれている間は「納得のいく人生を送っている」という言い訳で罷り通っているが、加齢等によりその成果が上がらなくなる・欲望が還元域に達しなくなる事で徐々に我に返り始めるのである。更に不幸なのは、その"病原体"の信号が、肉体の耐性が低下しても尚同じ強さ、若しくは更に強い信号を脳に送り続ける事である
腐蝕・・・お気に入りだったプラスティックの筆箱にくっついてしまった"剥き出しの消しゴム"が及ぼす力で知られている
歯止め・・・「〜の為」という、自らの行為に対してのモチベーション及び責任所在を、全て外因であると「言い逃れ」をする愚か者がもっとも効かなくなる事が統計により明らかな、その「言い逃れ」がもっともらしく聞こえる為に他人が制止する術のない(翻弄されている事を指摘できない・しても無駄な)
雰囲気をぶち壊す・・・携帯電話と咳払いと硬質嗜好咀嚼物が"場"の張りつめたテンションに風穴を開け、周囲の憤りを生み出す一連の作用
不正・・・過去に於いて、利害を同じくする者同士で発生した事態を、穏便に収拾する手段(世襲制度の一環)であり、用いたトップが円滑に作用する事で底辺にも相応の恩恵(職が行き渡る、受発注増加、給与アップなど)があったが、社会環境が臨界に達し、これ以上拡張の余地がないと認識されるようになってから、これらの穏便手段を"過去の貯金"として返還要求を求める動きが起こっている。当然ながら過去にこの手段を用いた側に罪悪感はなく(当時は重宝された手段であったし、前任者も当然行っていた。幸か不幸か前任者はもうこの世には存在していないので責任の矛先を向けるに値しない。親族を追求しても仕方がない)、正す側も単なる自己満足(実利が発生する事で"正義"を貫徹するという一種の達成感を伴う)に終始する。が、余り痛手のない部分を切り売りしているだけ(上の連中にとって)なので、"不正"の本質はこれからも形を変えて(巧妙化して)保たれていく
必要悪・・・ありもしない"平等"という名の「白昼夢」を婉曲した形で子供に服用させる事で生じる、未来に於ける"醜い争いの火種"という名の「副作用」を利用して様々な経済活動へと転嫁させようとする、永きに渡って維持されてきたメカニズム。これを有効に活用する為に"弊害"という形で露呈した問題を如何に「修正」するように見せかけ、先送りにし、それを一般大衆に「悟られないようにする」かが肝要である
文化人・・・運動会の"棒倒し(正確には、棒詰り)"に興じる人々の総称。自分の領地に聳えている棒(持論の類)を倒れにくくし(支持者・信奉者を擁して悦に入り)、周囲の棒と不毛の舌戦を繰り広げる事で得点率を争っている。この場合、相手に反論の余地を残すのが礼儀。相手の棒を倒す(退路を断つ)行為は周囲の非難を浴びる可能性があるので忌避されるのが慣例(馴れ合う、という事)。従って、彼等は自分から棒を倒さない限りこのゲームを半永久的に愉しむ事を黙認されている。舌戦となりえるネタの多くは、実存の優位性(本業・本職域での一般評価及び世間的認知度)に依拠。→野党
プライド・・・勝負事の雌雄を決し、負かされた相手から差し伸べられた手をはね除けて立ち上がる事で維持され、傷付けられずに済むと思われているもの。スポーツ競技で頻繁に見受けられる事で有名
本末転倒・・・我欲優先で日々の生活に勤しむ人間が"将来の不安"を口にする様。"将来の不安"を純粋に口にできるのは、生まれたての赤ん坊の"オギャー"ぐらいのものである
不徳の致すところ・・・地面に残された"足形"が原因で、中に埋めた「背徳」の数々を掘り返され、それ以前に行った仕事の信憑性が疑われ始めてしまい、仕方なしに「一応に反省しています」という表向きのアピールを行うに最適な言語を抽出、メールやファックスで配信される支離滅裂な言い訳の括りに充てられる"自己弁護慣用句"。単純に"言葉の響きが格好良く、知的な印象を周囲に与える"、という理由で使われる事が多く、本来的な「謝罪」としての意味合いが薄れつつあるもの
ポリシー・・・方向性の確立された欲望癖。見栄嗜好を"こだわり"へと進展させる効果のある
便利・・・人間が本来持っている「創意工夫」の精神に「怠惰・余暇」という触媒を加え、抽出されたものを『家電』製品に混入して出荷するもの
普及する・・・騙されている人間が次第に増えてきた
不要な・・・来客用の
太る・・・美醜の追求を逃れ、作業能率の低下に対する言い訳を最もらしく聞こえさせる為の逃避先。「(痩身した場合)ひょっとすると・・・」という先行期待感を抱かせる効果アリ("痩せていた頃の評価を知らない"事が前提)
物理的に・・・頭で想像する、思い描ける範疇での一時的帰結→実演して統計データを列挙するまでもない場合の(はなからそうする気はないが)。転じて「余程の"分からず屋"か"バカ"でもない限り」長々と下らない説明を納得させる手間を省く大変便利でオールマイティ、妙な説得力のある、確証性の極めて曖昧な"仮想状況証拠"。後に繋がる否定語句を説得力のあるものへと昇華させる為に用いられる。類義語として「論理的に・理論的に」がある
不足はない・・・タダでは済みそうもない状況。ダメージを蒙ることが確実な
夫婦・・・(ちょっとしたきっかけで分離する)素材配列の違う物質から、双方の形質を取り入れた「簡易接着剤(いわゆる子供)」を拵え、双方の弱い(離れると日常生活への"強度"が無くなる恐れがある)部分に張り付け、分離に対する抑止効果を双方が無意識に期待する事で運営がなされるもの。双方の呼び名が"固有名詞"から"父さん""母さん"に変化する事でより強化される
別格・・・相手の立場を尊重する・技量を認める自分の"大らか"な心持ちを支えている確固たる「立脚点」。相手を讃える反面"自分はこいつとは違う・もっと上手くやれる"という根拠を成すもの。逆に、相手に対してこれを使用する場合、少々グロテスクで人間離れした表現を伴う(バケモノ・怪物・キングコング・ゴジラ等)
ピル・・・病院(特に"皮膚科"と"性病科")と葬儀屋と免疫研究施設への恒常的業務斡旋薬。これらの業務及び技術を発展させる上で欠くことの出来ない先行投資であり、種族選別・淘汰に於いても威力を発揮すると見込まれて公的に認可の下りた、過剰人口を大幅に抑制できる最善で最高の特効薬
卑怯な・・・リスク分配・転嫁型簡易保険制度に基づく個別思考・行動原理の実践。「火中の栗」が"そこにある"事を他人に示唆し、取得後の配分法を提示する様。その「火中の栗」が、決まった個人の所有物である場合のリスクを他人に被せる事で露見される(勿論この場合、栗を取りに行った他人のリスクは"Who Knows!")
ポジショニング・・・優れた武道家・格闘家と、厚かましいオバサン連中に共通する習得技法。前者は「より素早く、より低消費で」立ち技・寝技を極める為に修練され、後者は「より素早く、より低消費で」横割り・居座り・居直り主張を強要させる為に発揮される
ハッカー・・・実に有能なコンピュータ関連開発営業者。主な業務内容は、ソフトウエア開発用データ搾取及び提供・自己増殖キャリア型プログラム構築及び構築データの保守管理及び守秘契約販売。つまり「コンピュータ関連事業」委嘱の正規雇用者。常勤の技術者とは比べものにならない厚遇を受けるが、足切り(摘発)の対象として来るべき不遇を享受、「頭のイカレた技術者」というレッテルを貼られ、お払い箱。企業との取引対象となる開発プログラムの事を、一般的に"コンピュータ・ウイルス"と呼ぶ
比較・・・たいして良くもなく、これと言った特徴もない複数を並べ、個々の欠落箇所を消去法でリストアップ(あら探し)し、さほど崩れの少ない一つに「優」のスタンプを張り付け、"スタンダード"に祀り上げる儀式
被害妄想癖・・・殊に店舗経営者が"在庫管理"等の運営システムと並行して習得が死活問題とされている"マネージメント・プログラム"の一つ。前者は「入荷した商品のチェック、流動状況把握云々」を明確にし、円滑に運営する目的で用いられ、後者は「然るべき手続きを踏まえず、不用意に出荷してしまった(かもしれない)商品の"決済時に数字として明らかになる"危惧のある部分に直面する際に発生する、やり場のない"憤り"」を少しでも緩衝・転嫁させる目的で先行使用される。従ってそれが"単なる思い過ごし"であろうとなかろうと、ないよりもある方が・弱いよりも強い方が「委嘱先の警備会社や商品コード管理会社、雇用パートやバイト」へ攻撃の矛先が容易に向けれる、という意味で非常に有利に作用する。
施し・・・戦闘機の胴体に記された"撃墜マーク"のような。このマークの取得枚数が、次回の飛行に有利な気象条件をもたらしてくれる、と中産階級以上の多くは信じている(正確には"そうであって欲しい、と望んでいる")、らしい。従って、宗教上の建前以外は大して機能しないもの(大義がない分)
非業の死・・・何処にでもいる三品芸術家の、独りよがりで愚にも付かない芸術作品を燦然と輝かせ、ちょっとした美術館で「回顧展」として祀りあげられる事を可能にし、その世間的評価から、肉親が"手記"や"作品集"を出版する位にまでエスカレートするもの。その貢献度合から"第一級障害者"より上部に位置する事で知られている
法則性・・・家族構成と趣味、服装や装飾品を身に付けているカテゴリーに応じた"話術"を持ち出す事で相手の"財布の紐"が緩み出す計数
独りよがり・・・「こぢんまりと趣味の域でとどまっていた方が良かった」と他人から言われて思い知る、実益として見込まれる算用が妙なテンションを生み出し、才覚を蝕んでしまう様。地元ではちょっと面白い部類に属すると思われる連中をテレビカメラの前に立たせた時等に顕著な
恥・・・民族的なタブーとされているが、成熟化著しい現在では、逆にここへ化粧を施す(俗に"上塗り"と言う)事が、画一化して情感的にマヒした民衆に一服の清涼剤を提供する事で知られるもの。経済効果と自己表現への常套手段及び感情移入効果を見込んで、マスコミやメディアが好んで利用する事で"デファクト・スタンダード"の地位を戴く。従って現在では、主に「常識や良識・学識を着飾った(学習した)"自己主張"を繰り返すだけの世間・現状知らず」の事を意味する
一息つく・・・自分の窶れ具合を痛感し、出し切れる体力の上限を縮小し直す為に
バカ正直・・・短命の
"ペット(何て軽妙な響き!)"・・・もし、道義的責任を全うするなら、愛玩動物を購入する時に"(安楽死用の)劇薬"を付帯購入する位の覚悟が必要であろう。それが「日常の気休め・慰めで飼っている」動物に対して、飼い主が自覚せねばならない戒めである。その"劇薬"を使用する、しないは別として(引き取り手があるのなら問題はないが)、最低限その位の"心構え"を持て、と言う事である。「飼えなくなった」状況は飼い主が作り出したものだ。ペットがその状況をもたらしたわけではない。つまり、その状況を変化せざるをえない事実が、優先順位で"飼育環境を維持する"事よりもほんのちょっと上位に位置してしまっただけのことである。だが、その状況で訪れる「可愛そうだから・自分の手は汚したくないから」という結論から動物を投棄する行為は、無責任な飼い主の稚拙極まるエゴによる"責任放棄"である事に他ならない。位置付け・移入度合がどうであったか(家族の一員として・あくまで観賞用として・手持ち無沙汰で)はこの場合全く問題ではない。投棄する事によって、それ(投棄した動物)に及ぼされる影響・それが及ぼす影響・物的被害・犠牲を、投棄する前にちょっとでも考える脳味噌があるのなら、自分の目の前で、その死に水を取る位の覚悟無くして、動物を飼う資格など無い。家族の一員と自負していたのなら、その"元家族の一員"が外で起こした粗相は、とりもなおさず飼い主の責任であり、言い逃れは出来ない。人間性批判・人格否定に及ぶのも相応と言える。つまり、自分で自分の置かれている状況を把握し、その都度自分の領域をコントロールする立場にいない人間が『場当たり的な感情にかまけて生き物を取り込むな』という事である。対人間の世界でも須く同一である。この基本的な観念が軽視されている背景が、子供達の虐待・頓死や暴走に一石を投じている事に関心を払った方がいい。取りも直さず"無責任な飼い主=無責任な親"という図式である。最早同時系列で語られるほど差し迫った状況である事は言うまでもない。本来動物は、飼える環境が整ってから迎え入れるものである。成育状況に応じて飼育環境を変化出来る資金的・領域的余裕がなければならない。軒下で雨露をしのぎながら震えている"仔犬"に同情する事は誰でも出来る。その一時の"同情心"から来る自己満足とは裏腹に、そいつが必要以上に大きくなり、持て余し始めたからといって処分方法を検討する様は、「物心付いて生意気盛り」の我が子に対して、"学校"に処遇方法を押し付け、その責任を放棄しておきながら、その子に及ぼされる外的影響のみを浚って外部に"いちゃもん"をつける為の(賠償金請求用の)道具としてしか見なくなるようなものである。これは物質の世界でも一緒である。幾ら素敵で魅力的な"ソファ"だからと言っても、置くべき場所がなければ購入には踏み切れない。それは当然であろう。仮に購入する環境にあっても、その環境が変化を余儀なくされ、移転先に持ち込めなければ処分するしか方法はない。その処分までが持ち主の責任である。子供も同じ事だ。生育環境を維持できない人間が、「生みたい」という本能的な衝動・欲望や"室内装飾品・ファッション"の一部として"軽はずみに"生命を誕生させてはならないのだ。その欲望を達成する為には、その至福を享受する為には、それ以上の責任を還元しなければならない社会的な道理がある事を理解するべきである。これは"義務・権利"と名の付く、属性的な「条文」ではなく根本原則だ。思考種族を自負するのなら、優性淘汰の原理を敢えて持ち出す(種族としての逃げ道に固執する)こともないだろうし、それに逃避するのは危険極まる「論理のすり替え」である(帰属する社会性に対するささやかな反抗意識、と取れる節もあるが、方法があまりにも無責任すぎる)。ただ、昨今流行りの"デジタルペット"は「慰み物」という意味に於いて極めて有効と思われる(生命の希薄さ・気安さ及び尊厳の崩壊に拍車はかかるが。何せ"バッテリー"抜きゃあいいんだから)
不本意・・・このちっぽけな宇宙に漂う全ての存在が、少なからず自覚しているもの。そしてこの自覚こそが、"明日のより良き存在"へと昇華する弾みへと繋がっているような錯覚を覚えさせる。実際は「純度」が変化している(余計なことを考えなくて済む形質へと変遷する)だけで、その内容物は、ここに存在する限り「ミソもクソモ一緒くた」である。何れも"分離する"宿命の存在は、その間、寝ても覚めても、その自覚が"何か"をさせようという力となっている事に、そわそわとした、苛立ちにも近い感覚を覚えるのだ。そこに"思考が介在する"種族ともなれば、事態は一層深刻である。その思考によって、その自覚は常に前方の軸へと転がり、貴方も一緒に転がっていくのだ(「ローリング・ストーンズ」だな、こりゃ)
不謹慎な・・・ふと、湧き始めた「面白い・楽しい」情感が"神妙な"面持ちを突き崩す様が他人に察知され
不平・不満・・・最善であり且つ当たり前であった事象が時を経て正当評価(当座の)を下す段階にさしかかり(慣れによる)、発生する様々な諍いから生きる目的を探索する様