「ま」の暇潰し定義達

見合・・・優秀な遺伝形質を存続させる為の分業を肩代わりする"異形"の相互選別業務(注)"選別"する事の強みを活かす余り、"選別"されている現実を最も認識しない浅はかさが「金のかかる不毛の食事会」へと形を変える所以でもある。これは若年層に顕著であり、仲介役は如何に当人への自覚をそれとなく促すかが勝敗の分かれ目でもある。なまじ「立場(年齢)を弁えろ」等と窘めると、なけなしの自尊心に抵触する恐れがあり、最悪「白馬に跨った王子様」を切望する"行かず後家"ともなりかねない。注意されたし

醜い・・・評価対象外の、その意味で穏やかで綺麗な

真面目・・・個体の自我に誂えてある"器"の一つ。「誉められる=快感」という条件反射を幼い頃より習得、家族や周りの環境から個体を常に最適な状態に保つ力を持ち、個体にかかる負荷が日常に差し障りないレベル(個体毎に異なるが、主に思考判断が及ぶ範囲)では、相殺される嗜好物や習得した考え方等で抑える事により感情として露出することは少ないが、"器"より溢れ出る負荷(内・外因、主に個体の感知出来ない発生源、非日常的な事象。例えば予期せぬ事故の加害者になる等)により自我をも変貌させ、個体維持機能が大幅に減衰、日常の挙動をマヒさせ、行為に対する歯止めを取り払う力を持つに至る。かかる負荷を内に向かって完結させる場合屡々死をも意識し、外に向かう場合はワイドショーなどで「普段は真面目な人なんですが・・・」と言われる格好のネタとなる。個体の"癖"の一つ

無能・・・人間がその形質上最終的に行き着く究極の"能力"。いかなる思念・思惑を超越した英知。人間の思考形態では伺い知ることの出来ない程の「平安」をもたらす。が、社会生活上での整合性が極度に少なくなる・関与しなくなる、という点ではこれに至らない側から見ると非常に厄介な存在と言える

面倒くさい・・・行政・自治体等の"勧告"→関わり合いになって経費を持ち出されるより、意思表示として「取り敢えず言っておきます」という責任逃れが主目的。一般的に「条例」と呼ばれている

目論見違い・・・大量迅速処理の最新鋭シュレッダーを開発したまではいいが、デジタル機器の普及で書式の殆どがディスク化されてしまい、開発・製作ライン・広告・人件費諸々で株式が抹殺されてしまう様。「企業インフラと社会需要は同調しない」という基本概念を理解しない経営陣の息の根を止めるに相応しい→大方の起業はこれを回避する為に、不動産や株・債権などに収益を振り分けておくのである

マヒする・・・克服する、打ち勝つ→"大人に"なる

民間の・・・マス・メディアが最も広く求め重用する消耗品。特に"(つてを利用していない、公募で引っかけた)一般庶民"は珍重される。その方が末端消費者も感情移入し易いからである(拠出金を抑える事が容易→その分だけ"抜ける")。無償の場合はモザイク処理及び合成ボイス、有償の場合はプライバシー及び家庭環境露呈、隠しカメラ設置

迷惑・・・個体領域で完結できない"趣味"の為に他存在の領域を蝕む事。最悪なのは「迷惑をかける行為」自体が個体の"趣味"の場合。「それが快感であり、それしかやることがない」という思い込みで公的機関のお世話になる事も。この"趣味"に対しても事前に抑制する手段はない。従ってそれによる某かの犠牲が顕現しない間は野放しとなる

万が一・・・背中に負ぶった場違いな重装備・大荷物が雄弁に語るもの。一泊の小旅行に用意された「ボストンバッグ二個とリュックサックとポシェット」のうちで、「ボストンバッグ一個半」の中身(通常では使用されない事が前提の)

見込みのない・・・(育成・開発・矯正等の)拠出に見合うだけの還元が期待できない、若しくはその能力が「思っていた・予測していた」程ではない事が次第にハッキリとしてきた様

元不良・・・社会に隷属する意志(帰巣本能)が働いただけの話だが、通常のプロセスよりもエネルギー変換効率が悪いので、その分周囲の好奇心や関心を掻き立てる要因の。「普通の奴より濃い人生を送っている」という勘違いを抱かせる

見苦しい・・・資本主義経済機構下で最高の美意識であり、発信者に金銭取引の利潤をもたらすもの

物思い・・・断続的な行為の中で一貫する"私的な考え事"の割合が(質的向上に伴い)増大する事で、神経系統の領域を冒し始め、通常弛緩運動に微妙なズレが生じ、視線が泳ぎ始める事。当人は誰かに"窘め"を受けるまではその状態に漬かっているが、逆にそれは「速く抜け出したいが自分の力ではどうにも出来ない」と全方位に訴えかけているのだ。つまり"窘め"="救い"となるわけだ。貴方が窘めている相手が心なしか安堵の表情を浮かべている時はこのケースであると思っていれば間違いない。この時に「一体どうしたのか」とは聞かぬ事だ(相手の"物思い"を肩代わりしたくなければ)

持ち物・・・なくす為にわざわざ名前を書き、失う為にわざわざ持つ事。従って個体が"持っている・所有している"と考えている全てのものは"(期限付きで)借りている"だけの話である。何故ならその肉体すらも単なる"借り物"なのだから・・・この道理が分からない為に人間は持ち物に振り回され、浪費し、命を賭する。それが人間か・・・?

目の黒いうちに・・・(その地位を掴み取り、盲目的な賛同者を擁する)支配階級が最も罹りやすい心因性の脳髄マヒ症候群の一種。主な症状として 1.脳内より「(普遍的な属性を維持する社会体質に対する)全体性への様々なあせり・苛立ち→急進変革物質」の流出 2.変革に伴う外的苦痛の正当性主張推進 3.変革を拒絶する(対応できない→旧属性への依存度の高い)無能の輩を排斥 4.目的完遂手段の狂暴(簡略・単純)化 5.行為に関する全規範の完全掌握 云々、大抵が「一代で築き上げた」自負とそれを発展・維持及び目的意識への隷属を示唆・鼓吹する必要悪への無意識なプレッシャーが発症要因と思われる

惨め・・・言い訳という言い訳が悉く裏目に出る事で他人の"情け"をちょっとばかり刺激する可能性を含んだ

稀・・・その使用目的に於ける個人的解釈の正誤・差違が最も明確に顕れる語句の一つ。「機会や場合が極めて少ない様」というのが通常だが、その語句が使用可能な状態に及び"こんな事は稀にないね"といったおかしな使われ方をする場合が稀にあるが、当人は「稀である」事を強調したつもりで言っている事が多い("滅多にない"との間の子の可能性がある)ので、会話の歩調が保たれている状態で「揚げ足を取る」行為に及んで協調関係をぶち壊したくなければ、"そうだね、極稀だね"と用例を変更して投げ返してやるとよい。そうする事で運が良ければ相手は次回から貴方の用例を採用するかも知れないし、貴方が指摘しなくても必ず何処かで痛い思いをするはずだ。以上の処置は他人が妙な語句の言い回しをしている際に有効

身の程・・・肩書きの効能。「だからどうした」と言われない範疇での優越感

間抜け・アホ・・・愚鈍でのろまな様をさすが、さにあらず。常識人に迎合しないしたたかさをもち、常に多角的な視点で物事を捉えている有識者。常識人に"のろま"と映るのは、常識人のような浅はかで単純な認識及び結論を遙かに越えたレベルで物事を達観しているからである、と常識人が考え出すと、"能なし"とほぼ同じ扱いを受けることになる。世間ではマイノリティーだが、強固な意思と信念を発揮すれば一国の舵取りなど造作もないことである。それだけに"能なし"と比べ段違いに扱いづらい(常識人にとって)。あまり言い訳をして取り繕うことをしない為、屡々言われなき重荷を背負わされる(参照→責任)が、本人達は気にも止めていない。大概気に止める前に片が付いている

無理・・・行為を為さざる個体は山を見て「登れない」と謳い、行為を為す個体は登山途中で「引き返す」と謳う事。その場合に苛まれるのは"損得勘定"と"見栄"。事象が及ぼす過程で個体の被るダメージを最小限にくい止める、若しくはダメージを被らぬ為にかなり早い段階で行使されるのが通例

満足・・・年齢の推移、情報の摂取量と金銭の上昇が比例して起こる精神液状化現象。その代償として還元される対象が高価で自己顕示欲を煽る様なものであればあるほど個体の精神系統に組み込まれている"欲望の器"は大きくなり、相殺に際しより大規模なステップアップを必要とする(バイクの次はクルマ、クルマの次はマイホーム云々、若しくはより高額な特定の対象物)。個体の内部で完結できない凶悪なモンスター。達成と同時に新たなる対象を求めて流離うか、若しくはその状態(所有している事)に不安を抱き、常に何かに対して警戒心や猜疑心を持つさもしい個体へと変貌を遂げるきっかけとなる。時として「結婚・離婚」という常用現象に付随、役所と葬祭業者に複数不定期的に仕事をあてがう。記憶が洗練される(優れた前例を保持する)事で更に悪化する

未来・・・遠い遠い"過去"からやってくるもの

魅力的な・・・そう簡単に飽きが来ないであろう、と目論んで→結果的には凝視する頻度が高い為に予定よりも減衰するスピードの速い

民族・・・人間たらしめる枠組みの上位部(男・女、血液型等の領域)。独自性という名の優越感を盾に他を貶める為に結束、その実体は過去の遺物に依存して安堵感を覚て安心するだけの狭量な人種が主にこれを主張するが、個体が民族性の欠片であるこいう思い込みを促進させる効果がある、という点では学ぶべき要素の多い形態でもある。個体の仕様毎に選別

間違い・・・正しい規範・解釈。行動の選択肢を左右する分岐点で屡々活用され、"絶対的否定"という「思い込み」の強硬推進作用による打ち消しに依存する事で相殺され、うんと後になって手痛い打撃を受けている最中にその存在価値がピークに達するもの

未熟・・・最も楽しく、最も有意義で、最も充実したひととき。一般的な個体の人生観に於いて、生涯を通じての意義や重要性が最も軽視されやすい無形重要文化財の一つ。この状態を全うする幸せよりもこの状態を全うする悔しさが先行する為と思われる

見切りが着かない・・・もたらされる結果についての"言い訳が出来ない"若しくは"立場を失う危険性がある"という不安から行為を踏み出せずにいる事。大抵「やって駄目ならやらない方がまし」という観念が二の足を踏ませている

無駄口・・・"利口・賢い・偉い"という賞賛を与えるに値する(実際、それらの麗句を持ち出さなければ止みそうもない"不毛のお喋り"に閉口して)

見切りが着く・・・もたらされる結果についての"言い訳が立つ"、若しくは"連帯責任を負う連中を周りに配備している"という安心感が行為の根拠として作用する様。大抵「やらないで駄目と言うぐらいならやった方がまし」という観念から活動を試みる

罷り通る・・・袈裟、若しくは法衣に庇護されている連中の稼働範囲。その衣服の中身は「治外法権」扱い。場合によっては"警察官"のそれよりもたちの悪い

脆い・・・"すぐにでも解散できるほど浮き足だった、若しくはすぐにでも楽になれるよう虚脱した"部分の総称

身軽な・・・捨てるもの・所有物・欲望・背中を槍でつつく(催促する)人等のいない、若しくはいても気にしない様。当然ながら周囲がその分身重となる

的を得る・・・ジョーク・パロディ・ウィット等の小賢しいテクニックを駆使し、正論を幾重にも覆い隠す事でわざと核心を探り難く誂え、長きに渡り一般人の「スルメイカ」と成り上がり、様々なメディアに利潤を供給する高等戦術の一つ

無為・・・巷に溢れ返っている情報・知識・学問etc...を一旦全部取り込み、それらを取捨選択・純化し、最適で最善な帰結すべき結論を導き出した"最高で最悪の結果"。個体から放たれた(発生した)ブーメラン(自我)が、時を経て個体に戻る作用。一般的には「結局何も掴めないまま時が暮れる」程度と考えられている

無感動・・・目の前に展開する光景が、個体の反応速度制限値を遙かに越える情報量を持ち、しかもめまぐるしく遷化を繰り返す状況に置かれてしまい、思考プロセスがフリーズし、肉体が基本動力制御に切り替わる様。この状況に晒されている時間によって精神思考系が「幼児返り」「先祖返り」と退行、最終的に"純粋生物"へと発展を遂げ、生命として実に理想的な存在として、細胞サイクルが終焉するまでの期間を幸せに過ごす(あくまでも当人の主観による)

モチベーション・・・家族(妻一人、小学生の息子と乳幼児が一人、ゴールデンレトリバー一匹)を真新しく小綺麗にしているワンボックス車に詰め、暑い盛りの郷里に帰省する途上、大渋滞に巻き込まれ、車内のあちこちで続発する生理現象と共に高ぶる感情に怯える父親の眼前に数限りなく発生しているもの

持て余す・・・若年期に妄信的に打ち込んでいた趣味への挫折(内外的失陥や力量不足を自覚する事等)によって生じる、行き場の無い、喪失した様

無邪気・・・残忍で残酷なる狂気を内包した。五感の知覚による学習が(様々な要因により)不十分、若しくは経験として個体内に蓄積されない為に他への軋轢により生じる苦痛に無頓着な様

無邪気で悪気のない・・・他生物への残忍な行為が当人に無自覚である場合に、親類縁者が擁護のつもりで、唖然とする周囲に向けて言及する事の多い常套文句。立場的には"最高レベルの重罪人"

ムーンウォーク・・・アメリカを代表するポップ・スターのマイケル・ジャクソンによって一躍脚光を浴びた「ブレイクダンス」の一形態で、前進しているように見せ掛けて停止・後進する"巧妙な足先の挙動"を指す。これが示す真意は、進展しているように見せ掛けて、実際は停滞・後退している様々な個人的・社会的示威活動全般に内包され、特に「政治家」が「民衆」を、「エージェント」が「クライアント」を、「男性」が「女性」を、「"ひょっとして騙されているんじゃなかろうか?"と勘ぐり、リコール運動に発展する迄は懸命に外に向かって努力している様に見せる(欺く)」効果のある"巧妙な舌先の挙動"の事を指す

マーキング・・・犬で言えば"電柱にオシッコをひっかける"事であり、人間で言えば"雑貨屋やレンタルショップ、コンビニや飲食店等をぶらつく"行為を指す。こうして犬も人間も、活動範囲の拡充及び活動領域の確認作業を行う。日常では無論の事、更に旅先等見知らぬ土地へ赴いた時にも効力を発揮する(注)海外では、時間帯等によって"マーキングが行えない・してはいけない"場所(特に繁華街の路地裏等)が存在するので気を付けたい。その土地特有のしきたりをお座なりにし、浮かれて羽目を外し、帰国して友人に吹聴出来る"スリリングな自慢話"を入手するつもりで不用意に足を踏み入れてしまう為に多くのツーリストは(当然の代償として)厄介なトラブルに巻き込まれるのである。少なくてもその"ウエストポーチ"は避けた方が無難である

未練・・・心地よい眠りを提供してくれていた"抱き枕"が自発的に"抱き枕"としての機能を放棄してしまい、今まで何の意識もなく"抱き枕"に依存して得られていた充足感が損なわれる事で発生する「あの抱き枕じゃなければ、もう心地よい眠りは得られない」という思い込み。或る一定期間寝食を共にし、日常に於いて「それがあること」への有り難みがマヒしてきた事に対して、"抱き枕"に不安を与えてしまう事がそもそもの発端

見栄・・・高価なモノ・高級なモノを所有している理由が"稚拙"である、若しくは容姿とのバランスが取れていない場合、それとなく周囲に与えてしまう印象

モノを大事にする・・・貴方の身の回りには、「以前、生物として"野山を駆け回り、草を食み、水を湛え、土に浸透し、昆虫の拠り所"としての記憶が写り込んだ、様々なパーツの集合意識」に囲まれて生活を送っている。黙っていてもそれらは貴方の肉体・精神の無意識下で相互に影響を与えあっている。つまり、貴方は日々彼等と交信し合っているのだ。貴方が活かされるのは彼等のお陰であり、彼等が活かされるのも貴方のお陰である。彼等は貴方の元へ、純粋にその役目を担う為にやってきた。貴方が彼等を無下に扱えば、その見返りは必ずやって来る。すぐ壊れたり、すぐ動かなくなったりして。従って、機械物と相性の悪い人間は、彼等に「嫌われている」とも言える。それらを回避するには、彼等の機能面で得られた結果について、絶えず感謝の念を忘れず、いたわりの気持ちを持つ事である。お互いにその関係が保たれていると、モノとしての寿命は飛躍的に伸びる。これが無意識に出来ていると「モノ持ちがいい」人となる

問題・・・以下の文を読み、困れ。
 『死産した胎児の或る部分を健常者に移植すると、その健常者は少なくても寿命が50年は伸び、更にその肉片を加工し、服用すれば、現在治療不可能とされている様々な病気を根元的に治す事が可能である・・・』科学者は、"有効利用に関する"重大な研究を行っていた。この研究が人類に与える影響は凄まじく、彼がその成果のみを学会で発表すれば、ノーベル賞確実である。反面、その研究結果を報告するには、当然ながら"倫理・道徳的な"問題が立ちはだかっている。最悪の場合、研究結果の重要性を飛び越えて、その問題が世論を巻き込んだ一大スキャンダルに発展する危険性も考えられる。何せ、その反復データを出す為に、少なくても2ダース程の胎児を廃棄処分にしている。これが公になると、名声はおろか、非難と糾弾の果てに、職権の剥奪、禁固刑という最悪のシナリオに発展するかも知れない。彼は思案した挙げ句、実業家である友人に話を持ちかける。友人は彼の研究とその成果に慄然としながらも、どの様に世間にアプローチをするのが最善であるのかを科学者と話し合った。その結果「世間に公表する前に、裏ルートを使って暫く高収益事業として稼働させないか」と言う結論に達した。科学者と友人は、その研究を元に起業する為に必要と思われる人員と斡旋先の確保を精力的に行った。後は商品の開発だけとなったが、肝心の商品を供給する提供者が、「百万円では安すぎる」といちゃもんを付け始めた。考えてみれば、商品を提供するまでに、少なくても数ヶ月は母胎に管理され、その間は「出産する」前提で周囲に公言しておかなければならない。この事業主旨は原則的に提供者以外には極秘にしておかなければならないので、その間母胎に加わる精神的な苦痛は相当なものであると考えられる。仮に夫婦共に事業に賛同し、胎児を商品として提供する事に抵抗がなければ問題ないが、大抵の場合は夫や家族には伏せられている。その間母胎にかかるストレスへの礼金としては、後百万円出してもおかしくはない。その結論を鑑み、友人は『商品提供一件に付き二百万円』とした。二百万円では採算が合わないのではないか、と科学者がクレームを付けたが、友人は「一千万で流すルートが確保されている」と一蹴した。「僕の友人には某有名病院の院長をやっているのがいる。彼にこの話を持ちかけ、彼が懇意にしている、金はあるが萎えてきている連中の刺激を喚起できれば、この事業は飛躍的に伸びる。君は、君の研究成果を確固としたものにする為に邁進し、僕は事業としてそれらの営みをサポートする。これ以上の運営システムはないだろう」と説き伏せた。第一回目の商品が納入され、冷凍された商品は空路、某有名病院へと運ばれた。施術は科学者の指図通り完璧に行われた。施術費用は総額で五千万を優に超える額だったが、五十年分の回春を手に入れたと考えれば、実に安い買物であった。また、重度の疾病で手だてのない患者にも、症状を緩和し、回復の見込みが立つまでになった。移植者も、病院側も、科学者も、その友人も、全てに利益が還元され、事業は一見して順調に推移するかに思えた。しかし、ここで重大な問題が発生する。商品提供者である妊婦の一人が「二百万円を返還するから子供を返して欲しい」と言い出したのだ!全く思いもよらぬ事態である。約款には明記しておいた筈であったが(商品の返還請求には応じません、という主旨の)、直情的な思考主体性を纏った妊婦は、そんな紙切れの約束事はお構いなしである。その上「もし子供を返さなければ、マスコミにあらいざらいぶちまける」と言う脅迫までするようになった。返したいのは山々だが、妊婦の胎児はとっくに、誰かの回春と疾病の症状解消の為に利用されている・・・

 さて、ここまでのところを読んで、一番悪いのは誰であろうか?
 科学者→彼はその崇高な職務に忠実(善悪の派生は結果次第)、という意味で悪者ではない。新しい何かを追求する為の犠牲と考えれば納得は行く。彼にとっての実験体は、何であれ"モルモット"等と大して変わりはしない。モルモットは殺しても構わない、とする、何の根拠もない風潮自体がおかしいだけである(モルモットに大変失礼な話)。ただ"何か"が欠落している、と言うだけの話である
 実業家の友人→彼もまた、科学者の提示した条件と、自分の領分である実業とをリンクさせ、有意義な経済活動を見出した、という意味では悪者ではない。需給バランスの整備と実益の配分システムを構築し、職務に忠実であったのだ。ただ"何か"が欠落している、と言うだけの話である
 病院の院長→実業家の友人が提供する商品を、それを必要とする顧客に宛い、顧客の満足を促進した、という意味では同じく、彼も悪者ではない。例え供給された商品が"死産させた胎児"であったとしても、彼が直接それを入手するべく算段したわけではない。そのスタンスに於いてリスクが分散軽減されている、という観点から、行為に対しての罪悪感が乏しいだけである。彼も又、その職務に忠実であったのだ。ただ"何か"が欠落している、と言うだけの話である
 移植者→「五千万で50年分の回春が手に出来る」この謳い文句が魅力的であっただけで、彼はその正当な代償として、例えそれが何であったかを知っていたとしても、悪者である、とは言い切れない。この実存性に対する執着が、五千万より上回っているだけの事である。取りも直さず彼もただ"何か"が欠落している、と言うだけの話である
 妊婦→強いて上げれば、その産業活動に致命的な打撃を及ぼしかねない、という意味で、返還を訴求する、という前提で"悪者"であると言える。何せ彼女はその産業にとっての極めて重要な"インフラ"であるからだ。従って、二百万円と言う、労働への対価を受け取り、それを以て代償への償却としていれば、彼女も何ら悪者ではない。理由はどうあれ、奉仕に対する正当な賃金を受け取るまでの話であり、「商品」になるのであれば、それを糧として人生を有意義に過ごす事は他人がとやかく言う筋合いではない。子供に保険金をかけて、借金への返済アイテムとする母親よりも罪悪感は少ない、かもしれない。「水商売」の延長である、と言っても十分理屈は通る。平たく言えば、彼女は"養殖業者"なのである。ただ"何か"が欠落している、と言うだけの話である

 以上のように、一度でも産業としてその活動が成り立っているのであれば、それに歯止めを掛けるのは「第三者の感情的な言いがかり」だけである。それに対して、産業構造自体の魅力が勝って(この場合"死産胎児"への道義的な善悪論争よりも"延命施術"に対するニーズが上回って)いるのであれば、モラル自体を見直さなければならない。そうでなければ、食用として生まれたわけではない動物を養殖する業者も、そいつを殺して加工する業者も、加工された肉片を調理する業者も、そいつを口にして喜んでいる消費者も、全て"悪者"と言う事になる。その、属性での決め事で線を引かれた部分では"好き勝手"に振る舞える権利を手に入れたような気になって、経済活動に従事する事が既に異常な事態であるが、それを異常と感じずに、迎合する世間そのものが、取りも直さず"何か"が欠落していると言える。その"欠落"が問題なのだが、それを問題とする事に見て見にフリをする事自体に更なる問題がある。「それを言っていたら埒があかない」と言うのなら、せめて"種族の優位性"だけでも放棄した方がいい。人間も正確には、誰かの"食用"であるのだ・・・

ミサイル・・・誕生初期の有用性は主に「稼働前提」でのみ見受けられていたが、技術開発力の拮抗し、施行範囲の拡大及び手軽に製作保有の可能な現在では主に「稼働を"ほのめかす"前提」での有用性が見出された、国益を外国から無償で提供してもらう為の"外交デバイス"の一種。この場合、実用性・流用性の高い、テクノロジーの粋を集めたような高価な代物を誂えなくとも、単に巨大で見映えのいい(何となく外部に"威力がありそうだ"と匂わせる効果を狙った)物で充分はったりはかませる。外部資本で自国の干上がった民衆を食わせる目的の→実際はその資本で更に見映えのいい物を開発してたりするのだが

惨めな・・・眼前に幸せな、楽しいイベントを控えている有頂天な人間に「親しい」というだけの理由で個人的な悩み事を相談したところで"極めて楽天的で雲をつかむような"回答しか得られない、という事。訊くだけ無駄。それならば一人で悩んでいた方が件の知人を嫌いにならずに済む事が慣例となっている

無念の・・・効率よく浮遊霊・自縛霊を製作するのに必要な思念。通常、日常生活でバラ撒かれている夥しい情報から、自ら"やりたいこと"という形で個体内に蓄積、還元される前に夭折する事で物理界に定着。夏場の"呼び物"として珍重される

間仕切り(パーテーション)・・・遺伝形質の違う二つの物質を単一の空間に閉じ込めておくと、最初の内はくっつき合ったり、じゃれ合ったりと活発な様を見せるが、暫くすると互いが互いを"飽き"始めてしまい、動きも鈍くなり、悪くすると離反してしまう。年がら年中顔つき合わせて、見たくもないものまで見えてしまうのだから当然である。これを回避するのに有効な手段として、ホームセンター等で売っている、屏風状の遮蔽物で単一の空間を二つに分断する事で、双方に個別の空間がもたらされているような錯覚を起こさせる。それによって、同じ顔を見る回数が格段に減ってくる。さすれば結果として、互いに"飽き"が来るスピードを遅くする事が出来るのである。従って間仕切りとは、二人の関係を遮る"邪魔者"ではなく、二人の関係を長続きさせる"緩衝剤"の役目を果たしているのである。こうして"他人に見られたくない"秘め事は、日夜間仕切りの向こうでせっせと行われているのである

負けない・・・目的達成と実力・気力との間に落差があり、その上結果が大方予期される場合に、「経験値」としての参照データを入手する目的へと鞍替えし、"あとどのくらい普段から努力をすれば主目的を達成できるか"という、自分の置かれているポジションを確認する為に一応ガス欠になるまで走ってみる様。つまり「勝負に負けて試合に勝つ」という、他人から或る程度の評価が期待できる心情的な充足感を手にする際の"当日引換券"。たとえ力量の差が明らかな相手でも、勝つ事に固執せず、一矢報いる為に努力すれば、周囲から"賞賛・慰め"の言葉を掛けるに値する。あくまで"次回への希望を託す"意味として用いられるので、次回も落差がある場合は"勝てない"へと名称変更、無駄な自助努力への見切りを付ける判断材料へと移行

認められる・・・人間の尊厳としてではなく、「何をやっている」人間として尊重されているか、という実存性を選択した結果として、周囲の人間に自分の存在価値を知らしめる努力をしてしまう様。欧米社会に於ける基礎的な情操教育の一環。「巨人の星」でお馴染みの"大リーグ養成ギブス"を使用している姿を他人が見て「あんな事迄は出来ない」と思ってくれる様。この場合、結果として世間的に評価されるという条項は含まれない。従って、単純に「プラス査定」として認識されるという事でもない。「とんでもない愚か者」として認識される場合もある、という事である。何れの場合も「他人から一応認めてもらえる」事には変わりない

無責任・・・「信じる力こそが幸運を手許に引き寄せるエネルギーとなる」という確証のない謳い文句に込められた真意。問い質せば「だって俺には無関係だ!」という解答を得るだけの。一般的に"方便"と呼ばれ親しまれている

密猟・・・動物愛護団体に仕事を宛うに正当な根拠となる道義付けを提供する職務。持ちつ持たれつ

無意識に・・・肉体意識(細胞の集合意識)が精神意識の断りなしに行為の単純遂行・反応を試みる様。精神意識が忙しい(何かに熱中している、心を奪われている)時に身体の活性代行を務める。「電話に熱中し、身体が落ち着かず余った方の手が股間に添えられる」の類

丸くなる・・・肉体の反応速度が精神のそれについて行かなくなる事が頻繁になるに連れ、切実に「老い」を感じ始め、"諦めの境地"を選択する様

文句・・・相手が真っ当な根拠・動機と正当性を持ち、その挙動が辺りを振り回し、他人の生体速度を著しく阻害しながら暴走しているにもかかわらず、こちら側が何ら有効な反論材料を持ち合わせていない場合の緊急措置として、その場凌ぎの主張を繰り返して相手の稼働率を低下させようとする試み。傍観側に"そうできない"苛立ちと嫉妬心から産み落とされた「ひがみ」根性の一つ。この場合、相手から「文句があるんなら言って見ろ!」という"禁句"が先に発せられていない事が条件の一つとして挙げられる

矛盾・・・人間であれば誰でも装備している「矛(攻め手)」と「盾(受け手)」は、使用方法如何では容易く人の生存領域を奪い去る能力を秘めている。その道理を無視し、無闇にそれを言及する(バランス感覚を指摘する)という事は、場合によっては"死"をもって報復とする程のリスクが及ぼされる危険性がある、という自己戒律の意が含まれている。「ついカッとなって」という顛末の裏には、自分の「矛」と「盾」への他人の執拗な道義追求に対する"純粋防衛本能"である「逆ギレ」の道程が克明に記されている。まあ、何事も程々に

モラルの低下・・・厳密には"モラルの純化"と位置付けられているもの。社会環境の整備・成熟化に伴って低下する宿命にあり、逆に、社会環境の崩壊・実存への帰属性低下に伴って復権する見込みのあるものの典例。"生きる手段"としての選択肢が複雑化(やりたい事が多い、という思い込みが先行)し、一つの物事に集中して"負荷"をかけている余裕がない(根気がない)若者が、より純粋に多くの目的を達成する為の様々な枠組みの最上部に位置する"金策"を単純化する様が、大人達にはその様に映るらしい。大人達の"後悔するぞ・間違っているぞ・虚しいだけだぞ"という象徴的で、若者達がそうせざるを得ない実状を理解する気のない脅し文句が"抑止力"として何の効果も見られない現在では、却って若者達の「あんた達大人が無分別にまき散らした種が順当に発芽しているだけだ」という理屈に言及できないもどかしさだけが空回りするだけなのである。従って、強引にモラル自体を正常化(大人側からの論理で)したければ、社会インフラの利便性を一旦破壊する(過去に戻す)しか手段はない。そうしなければバランスは保てないし、第一"健全"ではない。あれだけ夥しく垂れ流される情報を前に「常に目をつぶっていなさい。蓋をしていなさい。そうすれば惑わされません」と言うようなもので、どだい無理がある。それを大人達もよく分かっているはずだ。彼等は大人達のまき散らした情報に食い付いているだけなのだから。彼等の食い付きが、大人達に「実存性への充足」をもたらしているのだ。だから大人にそれは出来ない。恐ろしくて出来やしない。「実存性に対する価値依存」を維持する事しか念頭にない大人には。結局今の大人達に出来る最善の方法(慰み)は、表向きは"今の子供達は〜"とアピールしながら、陰で女を買い、賭事をやり、海外旅行で浮世を忘れ、金のかかる趣味で自意識を満たし、酒で憂いを払拭しながら「自分の子供だけは違う(自分の子供にはちゃんと蓋をしておいてある)」と思い込むぐらいのものである。「私の時代はこうだった」等という繰り言は全く通用しない程世の中は千変万化している、という道理に早く気付くべきである。自分の周囲だけの"平穏"にぶら下がっている時代はとっくに終焉を迎えたのだ。「帰属すべき体制が崩壊するかもしれない」という漠然とした危惧感への反動を"モラルの低下"という格好のいい言葉で括っているのだろうが、存在形質が持つ「創造−繁栄−維持−破壊」の純化プロセスは確実に進行しているのだ。その進行をくい止める為だけにしか機能しない実存性なら、すがっている価値すらない。理に叶っていないのだ。従って、そのプロセスに純粋である為に、大人達に出来る事は唯一つ「進んで醜くなる事」である。"醜くなる事"とは、本音をぶちまける(金が欲しい、男が欲しい、女を抱きたい、美味いモノを喰いたいetc...というような肉的・物的欲望をさらけ出す)という事である。少なくてもみんな知っている。テレビの討論番組で"鼻持ちならない"連中の"鼻持ちならない"主張が「大嘘」である事は。その「大嘘」を最もらしく持ち上げているのが、これまた"鼻持ちならない"実存性に依拠している大人達である事を。その「大嘘」にすがって徒党を組む大人達を、当の子供達は"心の底からバカにしている"という事実に早く気付くべきである。大人達が「醜く」なり、それを見ている子供達が「俺達が何とかしかきゃ」と感じる・・・これこそが、"明るい未来"を標榜する大人達の願いであるはずだ。その願いは、大人達の「礎」の上に築かれるのだ。共倒れを回避したいのなら、大人達は進んで"犠牲・生贄"になるしかない。"さらし者"になるしかないのだ。間違っても、きれい事だけを口にして死んでいくような無責任なマネだけはして貰いたくはないものである

巻き込まれた・・・モザイク(ボカシ)とボコーダー処理をしているとはいえ、それと分かる雰囲気が知人にバレて「幾ら貰ったの?」と質問を受けて

撒き餌・・・より効率的に魚を釣る為には、その前段階として魚をおびき寄せなければならない。魅力的なエサを付けて糸を垂らしていても、魚が集まらない事には"釣り"として成り立たない(そこが漁場等の"入れ食い"状態であるなら話は別だが)。幾ら説得力のある「商品説明マニュアル」を誂えたところで、消費者が聞く耳を持たないと"商売"は成り立たないのである。モノが最初から世間的に認知されていれば(ブランド物とかの場合)、後は物流ライン・価格や接客の問題だが、単価に対して販売価格がとんでもない(適正とは言い難い)商品を売りつける(ガラス玉に"念"を封じ込めて、旦那の一ヶ月分の給与をせしめ、恒久的なリピーターと仕立て上げる)には、売人側にある程度の技術が要求される。物腰のソフトな話術と過剰な反応と同情心、正誤のハッキリしない語句の多様(消費者の特定が出来ている場合には、消費者身辺の基礎データの習得)と時事問題の互換性を応用し、相手の挙動に応じた幾つかの提案を即座に類別、反復によって蓄積された確率性と法則性に照らし合わせ、更に「赤の他人」をでっち上げた用例の付け足し及び"感謝の言葉"。これが"撒き餌"である。これのお陰で無意味なガラス玉は、床の間の上に鎮座ましますのだ。これこそが現代の「錬金術」

無・・・人間の感知領域"規格外"のもので満たされ、その為に"好奇"の欲望を刺激する根拠のある


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